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友達として
その後、着替えを終えて部室から出てきた日南は何時も通りの態度でマネージャーの仕事を開始した。
部員全員のドリンクを作って、次の大会の為の練習メニューを渡邊と一緒に作成して、怪我人が出たら手当てして……。その間も表情はいつもと何一つ代わり映えはしない。
さっきのあの女子生徒は何年何組だろうか。財前はぼんやりとそんな事を考えていたが、如何せんテニス部と掛け持ちしている軽音楽部のメンバー以外との人間関係が希薄なお蔭でつい数十分前に見た顔すら思い出せなくなっていた。
そんな時、小石川がラケットを2本手に持って日南に駆け寄る。

「日南、今手ぇ空いとる?」
「ん、うん。空いてるよ」
「なら、1ゲームでええから少し相手してくれへんか?日南と一回打ち合ってみたかったんや」

そう言ってラケットを日南に差し出した。
日南は少し考える素振りを見せてから「うん!」と元気良く頷き、小石川からラケットを受け取り、コートに入る。
その表情は僅かに明るくなっていた。

「(あいつ、ホンマにテニス好きなんやな)」

そう思うと同時に日南がどんなプレイをするのかを見る事が出来る、と少しだけ胸が躍る。
練習の手を止めてコートの端に寄っていた謙也や石田達の隣に並ぶ。

「先輩達は風鳥の試合、見た事あるんすか」

身を乗り出してそう問えば石田が「あるで」と返す。
そして続け様に謙也が「あの子、運動神経悪そうやけどかなりテニス上手いんや」と真っ直ぐ、日南の背を見て言う。

「寧ろ、これで現レギュラーは全員試合したんやないか?」

いつの間にか練習に参加していたハラテツが背中にラケットを挿し、大きな欠伸をしながら此方に寄ってくる。
小春や一氏に「何処行ってたんスか」と聞かれても「ちょお野暮用でな」と軽く流していた。
前々から気になっていたけどもこの人も大概謎が多い人物だな、と財前は思った。
3年生である彼はつい数ヶ月前まで部長を務めていたと聞いたが、何故白石に部長の座を譲ったのだろうか。
白石に部長の座を取られたというのなら確執がある筈なのだが、見た限りそんな事も無い。寧ろ仲が良いとすら思える。
それに同じ新入生の日南も3年生である原に対してかなり打ち解けてるし、寧ろあだ名で有る「ハラテツ」と呼んでいる位だ。原もそれを享受して可愛がっている節が有るのだけども。

「日南は中学生離れしたテクニック使ってくるで。その他は平均的なんやけどな」

「まぁ病気がちやからしゃーないけど」と、真剣な眼差しで小石川と日南の試合を見ていた。
日南のサーブから始まった試合は未だ点を取られず、互いに守りつ攻めつの鬩ぎあいでラリーが続いている。
ドロップショットで小石川を前衛に誘いだしてからのロブを上げるが、球の速度が緩やか過ぎる。これではすぐにスマッシュで返されてしまう。
冷静に日南のこの後の動きを財前はシュミレートしてみるがどうあがいても小石川がスマッシュでポイントを取るとしか考え付かない。
現に小石川のラケットは頭上高く掲げられ、スマッシュを打ち込む体制に入っている。
そして極当たり前の様にラケットがボールをコートに叩き付ける。
「しまいやん」。そう思った束の間、日南がボールに対して突っ込んでいく。

「なっ、アイツ何あんな危ない……」
「そう思うやろ?でもな、このポイント」

「日南が取るで」。原がそう言った瞬間、先程小石川がスマッシュを決めた時と同じ強いインパクトの音が財前の鼓膜を揺らした。
一瞬の事で余りよくは解っていなかったが、日南がスマッシュをスマッシュで返した。様に見えた。

「おお、出た出た。"落花散"」
「"落花散"?なんすか、それ」
「日南はんが今やってみせた技の名前や」

語感からしてテニスでの正式名称ではないとは思ったけども、石田の説明に「技名ってそんな、ガキか」と、そう思ったが敢えて突っ込まないでおく。
此処で突っ込みを入れでもしたらお笑い大好きなこの先輩達の事だ、「財前が突っ込んだー!」とはしゃぐに違いない。それだけは勘弁願いたい。
その後も小石川と日南のラリーを見てきたが結局小石川が先にリードし、そのまま勝ってしまった。
まぁ、現役のテニス部員でしかもレギュラーである小石川に日南が勝てる見込みと言うのはそうは無いのだけども。
しかし財前には日南が本気を出しているようには余り見えなかった。
まだまだ余力を持っているのに、出し切れていない、不完全燃焼さ。全力を出しつくせないなりに、ぎりぎりの所まで力を出したというのは何となく解るのだけど。
握手でラリーを終わらせ、コートの外に出た日南に財前は駆け寄る。

「なんやけったいな技持ってるんやな」
「見ててくれたんだ」
「……まぁ。風鳥の試合、気になっとったし」

少しだけ声を小さくしてそう言うと日南は頬を左手人差し指で引っ掻く。
良くこの仕草をしている所を見るが癖なのだろうか。そう思うが日南の仕草は嫌いでは無いから別にそのままでも構わないのだけど。

「強いんやな」
「何が?」
「テニス。昼休み自信なさそうにしとったからドヘタクソなんやと勝手に思っとった」
「……財前君はやっぱり意地悪だ」

唇を尖らせ、日南はぶすくれる。
中学1年なんてまだまだ子供なのだけど、彼女のそれは妙に子供らしくて思わずぷっと笑ってしまった。

「ホンマ自分おもろいわ」
「面白い要素何処にもなかったと思うけど?」
「表情ころころ変わるん、おもろい」

面白い、と思うと同時に可愛いとも思うけど。そんな言葉は気恥ずかしくて言葉に出来ない。
しかし日南はそういった事は言われなれていないのかきょとんとした顔をしてから、小さく笑った。
それよりも財前には気がかりな事があった。

「そういえば自分、もうええんか」
「……さっきの事?」
「おん。……自分、お人好しやからな。他人の事悪く言いた無いのは解るけど、何があったか位は教えてくれへん?……俺ら友達やないんか?」

友達。その単語を口に出した途端、日南はさっと財前から顔を背けた。
一体どうしたのだろうか。もしかしたら友達として認識されていなかったのだろうか。だとしたら一体どういう認識をされているのだろうか。
彼女の中の自分の存在がどういうものなのか気になるけども、少なくともショックを受けているのではない事は容易に解った。
何故なら日南が小声でふふっと嬉しそうに笑っているから。

「言われてみたら、財前君は中学校入って始めて出来た友達だ」
「奇遇やな、俺も風鳥が中学初の友達や」

笑いあってコートの隅にあるベンチに向かう。
そろそろ休憩時間だから日南はすぐに次の仕事に取り掛からないといけない。次の仕事とはタオルやドリンクを部員に渡す、と言う仕事だ。
普段なら置いておけば皆勝手に持って行くのだけど、女子マネージャーに舞い上がっているのか皆日南から手渡しで受け取りたいと日南に頼み込んでいたのだ。
その様子を財前は「阿呆くさ」と思って眺めていたのだが、一度日南から直にドリンクとタオルを受け取って考えを改めたけども。意外に好感触だった。

そんな時、コートを囲うフェンスの外から誰かの強い視線を感じ、財前はじっとそちらを凝視した。
こちらを見ていた人物は走って逃げたのかすぐにその場から居なくなってしまったけども。黄色いひらひらが見えたから恐らく制服を着ていた女子だ。もしかしたら白石に迫っていたあの女子生徒かもしれない。
日南は何も言わないけどもあの女子生徒と何かがあったのは明々白々で。女子生徒が日南に暴言か何かを言ったのであれば日南が泣いていた理由にはなるし、テニスコートに視線をずっと向けていてもなんら不思議は無い。

「帰り、マクドにでも行って話しよか。話したくないんなら無理に話さんくてもええけど、昼休みの続き」
「誰にも話さないって約束してくれるなら……」
「解った」

今にもうな垂れそうな、僅かに小さい同級生の後頭部をわしゃわしゃと撫でると、少し離れた場所から白石の「休憩ー!今まで試合してたメンバーは確りクールダウンしてから休憩入りやー!」と、号令を投げかける。
すると日南の周りにワッと部員達が集まってきた。
すぐに全員分のタオルとドリンクを渡すと日南も休憩の為にフェンス際に寄り、腰を下ろす。

「日南ちゃん」
「! 小春ちゃん。お疲れ様」
「ありがと。隣座ってもええ?」
「どうぞどうぞ。小春ちゃんなら大歓迎」

そう言って小春が座る場所にある小石や土を払う。小春は微笑んでから日南の隣に腰を下ろすと「仲良くなったなぁ」とポツリと声を零した。
呟きとも違う、語りかけるのとも違うその言葉に日南は「ん?」と声を零して小春のほうをじっと見つめた。

「財前君と仲良くなったなぁ、と思って。ほら、日南ちゃん財前君を入部させるって言ってた時苦手意識抱いてたやろ?」

その言葉に確かに最初はびくびくおどおどして接していたなと思い返す。今でも若干びくびくしてしまう事もあるけど。
今思えば全く他人と係わり合いを持ちたがっていない訳でもなかったのだから普通に接していれば良かったなとも思うけど。
いつの間にか表情は苦笑を浮かべていた。

「そうだね。でも、財前君は意外に取っ付き易くて、趣味合って、お話してるの楽しいよ?」
「あら!もしかしたら財前君の事、好きなんとちゃう?」
「好き?何言ってるの小春ちゃん、私はテニス部のみんなの事が大好きだよ」

笑顔で答えると難色を浮かべて「そういう意味やないんやけどねぇ……」と小春が言うがその言葉の意味が上手く理解出来ない。
「まぁ、ええわ。いつか日南ちゃんも気付くやろうし」と、そう言って小春は立ち上がり石田や小石川にギャグを披露している一氏の元に向かってしまった。

「どういう、意味だったんだろ?」

多分、先程の言葉の意味を小春本人に確かめに行っても彼は頑なとして答えも意味も教えてくれないだろうな、と漠然と思う。
でも、"いつか気付く"と言うのならそのいつかを待てば良いのだからと日南も立ち上がり、皆が作る輪に駆け寄った。


2016/01/21