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マネージャー

トレンチコートにチューリップハットを被った青年はベンチに座り、目の前で繰り広げられる練習風景をぼんやりと眺めていた。
今日は競馬も競艇も休みだからやる事がない。パチンコにでも繰り出そうかなと思ったら左腕に包帯を巻いた部長におっかない顔をされる事を思い出し、自重はしたけども。
だからこそ此処、四天宝寺中敷地内にあるテニスコートにいて適当に顧問の責務を果たしている。
そんな時、携帯電話が初期設定のままの着信音を鳴らす。

「はい。もしもし」

ディスプレイに映し出されている人物の名前を確認せずに通話ボタンを押した。

『もしもし、オサムちゃん?』
「その声、日南か!」

応答後の第一声に電話を掛けてきた相手の名前を告げると四天宝寺男子テニス部の面々は練習の手を止め、渡邊を注視し始める。
数日前に転校していった部員の、マネージャーの日南からの電話だと解るといそいそと渡邊の近くに集まっていく。
ただ一人、部長である白石を除いて。

「なんや、久し振りに声聞いた様な気ぃするわ!元気でやってるんか」
『うん、元気元気。でも世間話は今はどうでも良いの!今日の練習、ちぃくん……千歳先輩参加してる?』
「千歳ぇ?」

突如名前を出された新入部員に怪訝な顔をするも、少しだけコートの中を見渡してその姿を確認する。
だがコートの中には日南のお目当ての部員の姿は何処にも無かった。

「いや、今日も練習に出てへんわ。何や、千歳が練習に参加してるかどうか心配で電話掛け……」
『"九州二翼"』
「何?」
『九州二翼のもう片翼、橘 桔平……見つけた』
「何やて?」

日南の言葉に渡邊は眉間に皺を寄せた。そして、日南が何故電話を掛けてきたのかを悟り、口角を上げた。

『直接本人を見た訳じゃないんだけど、妹さんに会って少し話しただけなんだけど仲良くなった。東京に来て、不動峰って学校のテニス部で部長してるって』
「ほぉ?んで、転校してもマネージャーのお仕事熱心な日南ちゃんはそれを千歳に伝えてどないするつもりやったん?」
『別にどうにも?でも、お友達だったんでしょ?お友達の事なら知っておきたいんじゃないかなって、そう思っただけ。どうせ本人に電話掛けても電話出ないだろうし』
「……成程な」

1年生の頃からマネージャーとして部活に籍を置かせていた彼女の性格が相変わらずで思わず笑みが零れる。
そりゃあ何ヶ月も前に転校して行った訳じゃないのだから性格はそう変わるものでもないのだけど。
それよりも。

「日南、この後も時間あるか?」
『え?うん。家帰る途中だし、もう家着くから時間はあるけど……』
「なら、家着いたらもう一度電話くれへん?」
『? 構わないけど、どうかしたの?』
「お前と話したくてうずうずしてる連中が仰山おってなぁ。このままじゃ練習にならんのや」

渡邊は電話越しににかっと、あどけない笑みを浮かべてそう告げた。
途端、渡邊の周りに集まっていたテニス部の面々は「いや、そうやなくて」「日南ちゃん元気かな思って」と急にそわそわし始める。
皆、何だかんだ言ってまだたった数日とは言え今日今まで連絡を寄越さなかった日南の事を心配していたのだ。
中には日南に片想いしていて一時転入だといっているのにずっと東京に行ってしまうのだと勘違いして大泣きした部員もいる位だ。日南はその事は知らないし、渡邊はその様を見て「青春やなぁ」と思っていたけども。

『うん。それじゃあ一旦切るね。家着いて落ち着いたらまたオサムちゃんに電話掛ければ良い?』
「おう。待っとるで」
『わかった。じゃあ後でね』

通話が終わった事を告げる音が鳴ると渡邊も終話ボタンを押して携帯をトレンチコートのポケットに押し込めた。

「ほれ、皆大好き風鳥マネージャーはまた後で連絡くれるさかい、練習に戻りや青少年達ー」

いそいそと練習に戻っていく部員達を見ながらまた「青春やなぁ」と思いながらある事を考え付く。

「せや、今から1球だけの練習試合して上位8位に勝ち残った連中は日南とサシで電話させたるわ」

そう言うと部員達は先程の謙遜は何処へやらすぐにどういう組み合わせで試合をするかを輪になって話し合う。
そんな部員の輪の中に矢張り、部長である白石は混ざる事無く「オサムちゃん」と渡邊に詰め寄った。

「何や白石、そないな険しい顔してからに。腹でも痛いんか」
「ちゃうわ。日南、なんて?」
「……俺に、と言うよりは千歳に用事があって電話掛けてきただけやな」
「千歳に?」

端正な顔をしている白石は眉間に皺を寄せ怪訝そうにチームメイトの名を呟く。

「九州二翼のもう一人、橘 桔平について話があったみたいやな。東京で橘の妹に会うたから、って」
「……」
「白石」

物言わない白石の肩に手を置くと、もう片方の手でチューリップハットを目深に被る。

「安心しぃ。日南は何処に行っても俺ら四天宝寺のマネージャーや。そうやなかったらメールで伝えればええ話を態々電話で伝えてきたりせんし」
「……オサムちゃん」
「ん?」
「日南、俺の事何か言うて……」
「無かったなぁ。二翼の事だけや。ま、この後も電話で話出来るんやし、何かあるならその時に話せばええ。俺の携帯やから積もる話は自分の携帯で話して貰うけどな」

そう言って渡邊はコートの外にフラフラと出て行った。
日南が自分の事を余り気にしていないのは気が楽だけども、それはそれで少し寂しいようなつまらない様な。
そんな事を考えていたらぴょんぴょんと元気な赤毛が視界に飛び込んでくる。大きく元気な声と共に。

「しらいしー!!」
「! 金ちゃん」
「白石は日南と話したないん?もう皆順番決めてんで」

昨年から何かと縁がある新入生である遠山 金太郎が何時まで経っても輪に入らない白石を心配して呼びに来た様だ。
金太郎のその言葉に白石は吹っ切れた様に笑みを浮かべ、金太郎の頭を撫でる。

「話しするに決まってるやろ!」


===============


結果。テニス部専用のテニスコート3面全てを使った1球勝負はこの場に居ない千歳を除いたレギュラー8人が制した。

「なんや、非レギュラーは惨敗かい」

コートに戻ってきた渡邊はきょとんとした顔でその場で荒い呼吸を繰り返しながら寝そべったり、座り込んでいる非レギュラーメンバーを見ていた。
四天宝寺は今年になってレギュラー以外のメンバーも大分強くなっていたとは思ったのだけど、矢張りレギュラーは一枚の二枚も上手だった様だ。

「こら、日南が戻ってきたらきっついお仕置きメニューが待っとるかもなぁ。あいつもなんやかんや言うて全国制覇に燃え取ったし」

尤も日南が全国までに四天宝寺に戻ってこれるかどうか不明ではあるのだけども。
本人も大阪を発つ前、不安そうにそう言っていた。しかしこうも言っていた。
「皆強いから、全国優勝出来る。私、信じてるよ」と。
そんな時渡邊の携帯が電話の着信を受け、軽快なメロディを鳴らした。

「日南か。丁度ええタイミングで電話くれたなぁ」
『丁度良い?何かしてたの?練習試合?』
「自分と話出来る権利賭けさせて部員全員で1球勝負させてた。まぁ、結果はお察しなんやけどな」
『あはは。レギュラーメンバーは皆突き抜けて強いからねぇ』

元気に笑う日南の声にふっと笑みを浮かべ、「せやな」と控えめに返した。
少し電話を遠ざけ、「で、誰から話するん?」と呼びかけると真っ先に四天宝寺の頭脳・金色 小春が「ほな、アタシから!」と元気良く手を上げ、渡邊から携帯を借り受ける。

「日南ちゃん、元気?」
『元気だよ!ちょっと色々あったけど』
「なになに?もう告白されたん?」
『ないないない、ないよ!何処の少女マンガさ、それ』

けらけら笑いながら小春といきなり恋愛絡みの女子トークを展開する。
恋愛事に興味が無い金太郎意外の他のメンバーはただ呆然と「異性間での会話やねんな、あれ」と見ているしか出来なかった。
小春との話が終了すると次にモノマネ王子・一氏 ユウジが「はよ帰って来い」と不器用ながらにコールバックし、副部長である小石川 健次郎は部室の備品やその外の確認事項を確認し、師範こと石田銀は日南に怪我をしないようにと優しく心配の言葉を掛け、日南の幼馴染である忍足謙也は照れながらも「忙しい思うけどたまには連絡してな」と言葉を掛ける。
次に電話が回されたのは黒髪の、5本それぞれのカラーリングが異なるピアスの少年。

「相変わらず元気みたいで安心したわ」
『光!次は光かぁ……』
「なんや、俺やったら都合でも悪いんか?」

意地悪にそう言うと日南は電話越しにくすくす笑って『違うよ』と返す。

『光も元気そうで安心した。光って割と愚痴っぽいから』
「やかましいわ。……帰って来たら覚えとき、この阿呆日南」
『きゃっ、こわーい』

白々しく、業とらしいノリに正直に「うざい」とだけ最後に伝えて迷わず白石に電話を渡す。
が、白石は金太郎に電話を渡した。

「? 白石?」
「俺は最後でええよ。金ちゃん先に電話しぃ」
「ええの!?日南ー!!」

白石が先に電話して良いと言うや否や金太郎は元気に日南を呼ぶ。
僅かに携帯から零れる日南の声は少し篭っていたが『そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえてるよー』と嬉しそうだ。
金太郎は日南とどんな話をしようか考え付かないのか電話の前でうーうー呻っている。そんな金太郎を四天宝寺男子テニス部の面々は優しく見守り、また恐らくだろうけど日南も電話の向こうで微笑んで待っていてくれているだろう。

「あんな、日南。ワイ、早く日南と試合したいんもあるけどな、その……日南はワイにとってはねーちゃんみたいに思ってんねん。日南がいないと寂しいからはよ戻ってきて」

しょぼくれた顔でそう言う金太郎は本当に寂しそうで。確かに見送りの時も寂しそうに「日南がおらんくなるのさみしい」と抱きついて離れなかった事を思い出す。
白石は優しく、背後から金太郎の頭を撫でると微笑んだ。

『ううん、何時帰れるかは家の都合次第だけど……私も金ちゃんと早くまた一緒に部活したいな!私も色々頑張ってみる!』
「よっしゃ、待ってるで!最後白石が日南と話するから白石に電話渡すな」

そう言って元気に白石に携帯電話を回すと白石は切なそうな表情で唇を薄く開く。
あの日からずっと、最後に見た日南の表情が離れない。
上手く、話をする事が出来るだろうか。そう思いながらも、胸に抱いた思いをそのまま言葉に乗せて、声を発した。

「日南」
『蔵ノ介さん、久し振り』
「……ホンマや。そんなに日数経ってないのに話するんが何年越しくらいに感じるわ」
『本当だね。たった数日なのに』

電話越しの日南の声には棘なんて微塵も無く、いつも通り、四天宝寺にいた時と同じ調子で話をしてくれている。
本当に、あの時送り出せなかった自分に腹が立って仕方がない。
普段あれだけ日南も四天宝寺中男子テニス部の大切な部員だ。と言っているのに、自分の感情を第一にして引き篭もってしまった事が。
あの時に戻れるなら笑顔で日南を、もう一度送り出しに行きたい。もう叶わない願いでしかないのだけど。

「あ、あんな日南」
『ちょ、ごめん。お兄ちゃん呼んでる』

そう言って日南は電話に手を当てながらも『お兄ちゃん、なーにー』と声を掛けている。返事が返って来たのか『うん、解った。すぐ行く!』と言っている辺り電話がもう出来そうに無い事を悟る。

「もう電話無理そうなん?」
『ごめん。お兄ちゃんがどうしてもラリーしようって。あのね……』
「何?」
『もし、蔵ノ介さんさえよければ今日の夜、電話掛けても良いかな?』

まさかの日南からの申し出に白石は目を大きく見開き、僅かに頬を上気させた。
そして喜びを押さえ込まないまま、うんうんと頷く。

「待ってる。日南から電話貰うまで眠らへんから!!」
『ありがとう。よかった、蔵ノ介さんと沢山お話したい事あったんだよ。だから徹夜覚悟で話聞いてよね』

『じゃあ、また後でね』。そう告げて日南は電話を切った。
その様子を見た四天宝寺メンバーはホッと胸を撫で下ろす。
日南の見送りに行かなかった事で日南に嫌われているんじゃないかとずっと悩んでいた白石が元気になってくれたみたいで。日南も白石の事を嫌っている様子がなかったみたいで。
白石は電話を渡邊に返すと早速ラケットを持ってコートに入っていく。

「何ぼさっとしてんねん!練習戻んで、練習!!」

白石の言葉に四天宝寺メンバーはやれやれといわんばかりの表情を浮かべながらも、各々ラケットを手に取り練習に戻っていく。
その様を見て渡邊は子供の様に無邪気に笑った。

「やっぱりうちらのマネージャーは何処まで行っても天下無敵のマネージャーや」


2016/02/10