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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

テニス部

生徒会室から出ると思い切りその場で大きく溜息を吐いた。
数十分しかいなかった筈なのになんだかどっと疲れが沸いてきた。
今日はもう家に帰ってゆっくり休もう。そう思い玄関までとぼとぼと歩く。
既に部活が始まっているのか廊下にいる生徒は疎らで朝よりも人が少なく感じた。それでも四天宝寺よりは人がいるのだけども。

「あれ、日南?」
「ん?あ、向日さん!」

背後から掛けられた元気な声に振向くと氷帝に来て一番最初に知り合った先輩が其処にいた。もう既に指定の茶色が基調の制服ではなく白と水色が印象的なテニス部のユニフォームに着替えていた。
そしてそんな向日の他にも同じユニフォームを身に纏った男子が2人。
金髪の癖っ毛の男子生徒と、焦げ茶色の髪を後ろで束ねている男子生徒がいた。
向日はそんな2人の存在を忘れているのかの様に日南の手をとりぶんぶんと上下に揺らす。大きく上下する腕に体が言う事を聞かずによれる。

「体調悪かったんだろ?あの後大丈夫だったか?」
「あの後……、あ、はい!大丈夫です。無事家に帰れたので」
「そっか。よかった。あ、紹介するぜ。男子テニス部レギュラーの宍戸 亮と芥川 慈朗。2人共3年で俺の幼馴染なんだ」

向日がそう紹介すると日南は頭を深々と下げ「2年に転入してきた風鳥 日南です。よろしくお願いします」と軽く自己紹介した。
芥川はにへらっとした表情で「よろしくねー」と返してくれたが宍戸は腕を組んだまま、無愛想に「おう」とだけ返した。

「なぁ日南、この後良かったら練習見にこねぇ?昨日は体調悪くて帰っただろ?」
「おい、岳人」

向日が元気そうな笑顔を浮かべて日南を誘うと宍戸が急に不機嫌そうな表情になる。
初対面で失礼ながらも元々ムッとした感じの表情の人だな、とは思っていたけどこんなに露骨に嫌そうな顔をされるのは傷付く。
対する芥川はのんびりした表情で「いーねぇ。女の子に見てもらうとやる気出るC〜」なんて暢気な事を言っているけども。

「何だよ宍戸」
「そんな事やってる場合かよ。早く練習行くぜ」
「っち、わーったよ。日南!気が向いたらで良いから練習見に来てくれよな」

宍戸達の背を追いかけながら日南に大きく手を振り、尚も練習見学に誘う。日南もそんな岳人に小さく手を振り返し「また、今度見に行きます」と返した。
3人の姿が見えなくなると踵を返し、改めて玄関に向かう。しかし。

「わっふ……」
「うわっ?!」

踵を返した先に人がいたのか、気付かないままその人に激突してしまう。
声は若干高いが体格からして相手は3年生の男子か。そんな事を考える余裕はないのに如何でも良い事を考えてしまうのは日南の悪い癖だ。
ぶつかった拍子に体が跳ねて後ろに転送しそうになったけども、ぶつかってしまった相手が咄嗟に腕を伸ばして抱き締めてくれたお蔭で転倒する事は免れた。

「大丈夫?」

優しい声で心配の言葉を掛けてくる男子生徒にすぐに「大丈夫です!ごめんなさい!!」と謝ると、男子生徒は爽やかな笑みを浮かべながら「良かった」と言って名前からそっと腕を離した。
身長が高い彼の顔を見るには少し顔を上げなければいけなかったけど、男子生徒はニコニコと人が良い笑顔を浮かべている。
そして彼もシャツこそは普通の白Tシャツだけども、氷帝のテニス部ジャージを身に纏っていた。

「怪我はしてない?」
「はい、大丈夫です。本当にごめんなさい、前方不注意でぶつかってしまって」
「気にしないで。でも怪我がなくって本当に良かったよ……」
「えと、先輩もテニス部なんですね」

日南がそう言うと目の前の男子生徒は目を丸くしてから、それから控えめにくすくすと笑った。

「違う違う、俺は君と同じ学年だよ。2年C組の鳳 長太郎って言います。同じ学年だから何かと会う機会あると思うからよろしくね、風鳥さん」
「? 何で私の名前……」
「友達のクラスに転校生が来たって聞いてたから。それに風鳥さん、昔幼稚舎に通ってた事あるでしょ」
「! うん!」

ドイツから日本に来た時、大阪に養子に出されるまでの半年間は、実はこの氷帝学園の幼稚舎に通っていた事がある。
しかし、そんなに目立つような事はしていなかった筈だ。幼稚舎に通っていた時はテニスには全く関与していなかったし、その他の事も特にしていなかった。
すると鳳は「覚えてない?」と少し寂しげに聞いてきた。

「同じクラスだったんだけど」
「……ごめんなさい、覚えてない、かも」
「そっか。小さい頃だもんね」
「本当にごめんね!……今回も氷帝にいる期間短いけど、仲良くしてくれたら嬉しいな」

はにかみながらそう言うと長太郎も笑顔を浮かべた。

「勿論。よろしくね、風鳥さん」
「鳳」

鳳と話をしていると鋭い目な男子の声が会話に割り入ってくる。
鳳とほぼ同じタイミングで声がした方向に振向くと其処には同じクラスの、大人びた雰囲気を持つ少年が立っていた。
長い前髪で此方から見る分には隠れて見える切れ長が二人を射抜くように見つめている。

「レギュラーだからって随分余裕じゃねぇか。女子と立ち話なんかしてよ」
「日吉……だって、幼稚舎の時同じクラスだった子と再会出来たんだよ。嬉しくて立ち話もしたくなるじゃないか」

鳳がそう言うと日吉は鼻で笑い、そして「下らない」とそう言って身を翻す。

「お前がそうしている内にも俺は先輩達に下剋上を果たし上にのし上がってやる」

そう言って日吉は最後に日南を睨みつける様に見つめ、颯爽と廊下の奥に消えていってしまった。
日吉の鳳に対しての話を少し聞いていたが、なんなんだあの口振りはと少し機嫌が悪くなっているのを感じた。

「何か、嫌な感じ……」

ポツリと本音が零れる。すると鳳にも見事に聞こえていたのか、彼は困った様に「ははっ」と笑うと「日吉は向上心旺盛だから。本当は良い奴なんだよ」とフォローを入れた。
人柄がいい鳳がそう言うならそうなのかもしれないけど、良い人があんな風に嫌味な言い回しをしたり睨みつけてくる訳が無い。
兎に角日南の中でも日吉の第一印象は最悪だった。

「俺もそろそろ練習始まるから行くね。もし良かったら明日、一緒にお昼食べない?教室に迎えにいくよ」
「うん。一緒に食べよう」
「ありがとう」

会話もそこそこに駆け出していった鳳に小さく手を振り、ふうっと一息吐く。
そういえばものの数分間で氷帝男子テニス部の生徒に沢山会ったなぁ、と漠然と考える。放課後だし、各部活練習開始時間に差し掛かっているから会うのは必然といえば必然なのだろうけど。
そんな事を考えながらとぼとぼと歩き、自宅までの帰路につく。其処でふと、昨日のあの公園に寄ってみようと思い、少しだけ向かう方向を変える。
また、彼は公園にいるだろうか。あの姿を思い浮かべるだけで心が躍動するのを感じた。

「……いない」

公園のストリートテニスコートに駆け足で向かってみるも其処には昨日の、越前 リョーマの姿は無く。そりゃ毎日このテニスコートに来てるかと問われれば来ていないかもしれないだろうけど。
落胆してやっぱり家に帰ろうとしたその時「どうしたの?」と、今度は快活そうな声の女の子に声を掛けられた。

「貴方もテニス好きなの?」

振り返れば髪を綺麗に切りそろえた、紫色のテニスウェアを着た女の子が腰に手を当てて立っていた。同性の日南からみてもとても可愛らしい。

「今日はテニス道具持ってきてないけど、それなりには」
「へぇ。その制服氷帝学園?」
「うん。転校してきたばかりだけど」
「そうだったんだ。あ、私は不動峰中の橘 杏、2年よ。貴方は?」
「私は風鳥 日南。私も2年だよ。よろしくね」

自己紹介をすると杏も「よろしく!」と言って握手を求めてくる。別に握手をする事に抵抗はないから喜んで右手を差し出すけど。
握り締めた彼女の手は可愛い見た目とは裏腹にテニスプレイヤーらしく豆が出来ていて少しごつごつしていた。

「日南って呼んでも良い?」
「構わないよ。じゃあ私も杏って呼んでも良いかな?」
「OK!立ち話もなんだし、其処のベンチに座って話しない?」

頷くと二人はベンチの方に移動する。

「さっきいないって呟いてたけど誰か探してたの?」
「うん。実は、青春学園の越前 リョーマ君、来てるかな?って」
「越前君?」
「知り合いなの?」
「うん、まぁね。青学……青春学園と不動峰、地区大会で当ってるし」

地区大会。その単語が日南の頭の中で引っ掛かった。
越前は名前を聞いた時確かに1年生だと、そう言っていた。確かに越前の実力は日南も解っているけども。
この時期に1年生をレギュラーに入れるだなんてそんな突飛な事をするのは四天宝寺の監督位なものだと思っていたが、どうやら実力重視学年不問と言う学校は他にもあるようだと日南は少しばかり感心した。

「不動峰も都大会参加するの?」
「ええ。青学には負けはしたけどね」
「そっか。強いんだね」
「えへへ、ありがと。不動峰はうちのお兄ちゃんが部長なんだ」
「部長さん?!凄いね、杏のお兄さん」

部長になれる、と言う事は人望が厚くテニスの腕もあるという事だ。だとすれば杏も結構の実力の持ち主なのでは、と日南が思っていると杏は次の言葉で日南の思考を停止させた。

「実は私も半年くらい前、かな。お父さんの仕事の都合で熊本から東京に来たばかりなんだ」
「熊本?熊本って言ったら獅子学中、強いよね」
「よく知ってるわね。お兄ちゃん、其処で"九州二翼"って呼ばれたた強い選手なの」
「……九州二翼」

日南は九州二翼の事をよく知っている。
忘れもしない。昨年の西日本大会決勝で四天宝寺と試合をした。
それに、もう片翼である男・千歳 千里が今年度から四天宝寺の生徒として転入してきたのだから。1ヶ月もない短い期間ながらも日南は千歳と共に部活動を行っていた。

「日南?」
「! ごめん、少し考え事してた」
「? 考え事?」

日南の言葉を反芻すると杏は少し不思議そうな顔をしていたが、日南はベンチから立ち「ごめん」ともう一度謝る。

「どうかしたの?」
「考え事してたら用事、思い出しちゃった。ごめんね、今日はもう帰るね」
「え?うん。用事なら仕方ないよね、……日南」
「ん?」
「また此処に遊びに来る?」

悪戯な笑みを浮かべて問いかけられたその言葉に日南は「うん」と顔を頷かせながら「また明日来るつもり」と返した。

「そっか。私は明日は来ないけどまた会えたらその時は、ゆっくりお話しよ。その時は軽く打ち合いましょ」

ウィンクを向ける杏に日南は表情を明るくして頷く、

「楽しみにしてる!ごめんね、慌ただしくて」
「気にしないで」

手を振り合いながら杏とその場で別れると、歩きながら携帯電話を取り出し、素早く電話帳を開いてある人物に電話を掛ける。【渡邊 オサム】と言う人物に。
この時間であれば部活が始まっている時間だけども彼の事だ。きっと部活には遅刻して参加して居る筈だ。そう思いながらも日南はコール音に耳を傾けていた。

2016/02/04