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関係性

昼休み。日南は凪や他のクラスメイトに誘われて食堂で昼食をとっていた。
跡部の実家である跡部財閥や日南の実家である風鳥グループ、それにあの榊グループが学校に資金援助しているという話を聞いていたがこんなに豪華な学校があっても良いものなのかと思いながら今までの時間を過ごしてきたけど。
昼食がビュッフェレベルで少し感覚が可笑しくなりそうだ。
幾ら日南は大企業のお嬢様とは言っても大坂に居た時は普通に放課後にファストフード店やカラオケに行ったり、帰りにスーパーに行く程度の普通の女子中学生の生活を送っていたのだから。

「そういえば日南ちゃんって高校生のお兄ちゃんいる?」
「ん?うん、いるよ。高等部に通ってるんだ」
「もしかしたらお兄さんの名前って」
「眞尋だよ。テニス部の副部長してるって自分で言ってた」

そう言うと凪達は小さく色めきだった声を零す。そしてその途端に眞尋の事を色々聞かれたから困惑してしまう。
一度会話が止まった所で眞尋の事を何でそんなに知りたいのかと尋ねてみた。

「だって、高等部の風鳥 眞尋先輩って言ったら大手企業の御曹司で」
「イケメンで、でも気取ってなくて優しくて」
「スポーツ万能で頭が良くってとっつきやすくて」
「あの跡部様とも幼馴染のミスターパーフェクトじゃない」
「そ……そうなの?」

確かに妹目線でも兄は格好良いし優しいとは思っているけどそういうものじゃないの?と日南は考える。
それに電話でほぼ毎日電話していたとは言え、年単位で離れて暮らしていた所為で実を言えば最近の眞尋の事はそんなに詳しく知らない。
でも嬉しかった。兄がこんなに他人に好かれている事が。昔から自慢の兄だったから尚嬉しく感じる。
そんな時、ラウンジの入り口に人だかり(とは言っても殆どが女子だけど)が出来、きゃあきゃあ黄色い声が飛んできた。

「な、何事?」
「あ、そっか。日南ちゃん転校初日だから知らないんだもんね」
「跡部様がラウンジにお食事しに来たんだよ」
「……景吾君が?」

凪達は立ち上がると「日南ちゃんも行こ!」と日南の手を引き、跡部を見に行く。
別にそんなに珍しい事でもないと思うけどなぁ、とは思いつつも跡部に用事があるからとそのまま腕を引かれる。
しかし女子の壁は思っていたよりも厚く、跡部に近付く事は容易ではなかった。

「まるで芸能人みたいな扱いだね」
「そりゃ跡部様は氷帝学園のトップだもん!格好良いし」
「あの強引な所が素敵だよね!」
「あ、確かに景吾君って昔から強引な所あったかも」

そう呟くと凪は「へ?景吾君、って?」と今になって日南の跡部の呼び方に気がつく。
そういえば彼女達に自分の交友関係の話はまだしていなかったなと思い、まずは跡部との関係を説明しようとするが、何処から説明しようか迷ってしまう。
何せ、昨日再会するまで長い期間彼に会っていなかったのだから。

「ええっと、景吾君ともおじいちゃん同士がお友達だから昔からの幼馴染で」
「いいなぁ!眞尋先輩の妹で跡部様と妃様、それに忍足先輩の幼馴染って言う役得ポジション!」

説明も途中に凪が大声そう言うものだから近くにいた女子生徒達が五月蝿そうに睨みつけてくる。視線のお蔭で凪はハッとして口を閉じて「ごめん」と小さく謝罪してきた。
別に悪気があった訳では無い事を知っているし、テンションが上がっちゃっただけなんだと解っているから「大丈夫、気にして無いよ」と微笑みかける。
すると女子生徒のざわつきが大きくなった。
視界が影に覆われて少し暗くなった事で日南は顔を上げて、その人物を見上げる。
目の前には跡部本人が居て、少し高い位置から日南の事を見下ろしていた。

「転校初日の氷帝はどうよ、日南」
「景吾君。うん、楽しいよ。あのね、お友達も出来たんだよ」

そう言うと跡部は安心した様に「そうか」と言って日南の頭を優しく撫でた。
途端に女子生徒が悲鳴を上げる。悲鳴の中から「何よあのチビ」「跡部様に馴れ馴れしい態度しちゃって!」と言うブーイングも聞こえてきた。
それもそうだろう。日南は跡部がこの学校でどう言った立ち位置にいるかは知らないけど、見ている限り女子生徒からの支持率100%に近い状態で。まるでカリスマモデルや人気絶頂アイドルの様な物に思えた。
それが、いきなり見知らぬ生徒が馴れ馴れしい態度で接していたら誰だって腹立たしいだろうなと思う。だからと言って跡部への接し方を変えるつもりは毛頭ないけど。
跡部もこのままでは日南に危害が及ぶ事を危惧したのか、小さく舌打ちを打つと「放課後、生徒会室まで来い。話がある」とだけ告げてその場を去る。
それと同時に取り巻き状態の女子生徒も跡部についていく。去り際にも鋭い視線を無数に受けたけども。

「跡部様!あの女子生徒、何なんですか!?」
「そうですよぉ!転校生って仰ってましたけど」
「うるせーな。あいつは俺様の幼馴染で婚約者だ」

跡部がそう言い放つと女子は絶望した様な声を上げる。数人の生徒はショックでその場で気を失った様でラウンジの空気は一部混沌としていた。
その様子を少し離れた場所で見ていた日南達はただただ無言で気まずい空気を醸し出す。

「日南ちゃん……跡部様の婚約者って、本当?」
「……小さい時に景吾君がそう言ってただけで、まさか今でもそう思ってるとは思ってなかった」
「小さい頃の日南ちゃんは特にそうとは思っていなかった、と」

小さく頷くと「なるほどねー」と友人達が声をハモらせて頷いた。
それよりもいたる所から突き刺さる女子生徒の視線がちくちく背中に刺さって痛い。
確かに跡部の事は大好きだけど、別にそういう感情は抱いていない。幼馴染として大好きなだけだ。
何だか良く解らないけど転校初日からいきなりやらかしちゃったなぁ、と日南は溜息を小さく吐いた。


===============


放課後。日南は昼休みの一件の所為か一部女子の鋭い視線を受けながら生徒会室までやってきた。
ひそひそ何かを言われるのはあまり好い気はしないけど。そんな事一々気にしていたらとてもじゃないがやっていけない。
生徒会室の分厚いドアをノックすると既に中に跡部がいるのか「入れ」と聞こえてきた。
ドアノブに手を掛けると同時に内側からドアが開かれ、中に入る。
ドアの真正面にある高そうな机に書類の山が積まれている。更にその奥にあるこれまた高級そうな革張りの椅子にに跡部が座っていた。

「悪いな。まだ生徒会の仕事があるから適当に掛けてろ」

書類に目を通したままの跡部にそう言われておずおずと黒い革張りのソファに座る。

「樺地。日南に紅茶を」
「……ウス」
「樺地……?もしかしたら祟弘君?」
「ウス。お久し振り、です」

樺地が紅茶を用意しながら軽く会釈する。
樺地 祟弘。跡部がイギリスにいた時から彼を慕う幼馴染だ。日南とは同い年で昔からの知り合いだけども、実を言えば彼は無口であまり話をした事は無い。
「久し振り」と返すとそのまま無言で紅茶の用意を再開する。

「あの、景吾君」
「あん?」
「テニス部のマネージャーの事だけど」
「……あぁ、その事か。で、お前の決断は?」
「ごめんなさい。引き受ける事は出来ません」

ばさっと、書類が机に放られる音がした。
もしかしたら引き受けないという回答が気に入らなかったのか、はたまたそんな回答をされるとは思っていなかったのか。どちらかは解らないけど空気が少し重くなったのは確かだ。
跡部が椅子から立ち上がり日南の真正面のソファに座ると「何故」と短く理由を問う。

「今は一時転入で氷帝学園の生徒だけど、私は四天宝寺のマネージャーだから」
「それで?」
「……四天宝寺のみんなの事を裏切る様な事は私には出来ない」
「そうかよ」
「本当にごめんなさい」

頭を深々と下げると「やめろ」と言われ、すぐに頭を上げる。声のトーンからしたら少し不機嫌そうだなと思ったけども、表情は少し寂しげだった。
でも、それでも日南の気持ちは変わりはしない。東京にいる間はテニス部から少し距離を置く。そう決めているから。
テニスだけなら何も学校やスクールでやらなくてもストリートテニス場へ行けば出来る事なのだから。
暫しの沈黙の後、樺地が2人分の紅茶をテーブルの上に差し出すと跡部はすぐにティーカップに手を伸ばす。

「後悔はねぇのか」
「何も学校じゃなきゃテニスが出来ないって訳じゃ……」
「俺様が言いたいのはそういう事じゃない」

テーブルに肘を付き指を組む。

「無理にとは言わないとは言ったが、マネージャーの仕事も結構好きなんじゃねぇの?」
「……みんなの成長をより近くで見られるし、そんなのみんなのサポートが出来るから好きだけど、やっぱり四天宝寺の皆に申し訳ないから。それに何時大阪に戻れるか解らないし」
「……そうか、解った。悪かったな、日南」
「こっちこそ本当にごめんなさい」
「くどい」

跡部はカップをソーサーの上に戻すとブレザーのポケットから携帯電話を取り出した。そして「携帯、少し貸せ」と言って日南の携帯電話を求める。
言われるがままに携帯電話をバッグから取り出し、跡部に渡すと器用に2つの携帯を同時に動かし何かを打ち込んでいく。
そして打ち込み終わると日南に携帯を返した。

「俺様のメインの連絡先を入れといた。何かあったら連絡しろ」
「あ、ありがとう」
「当たり前だ。子供の頃の約束とは言えお前はこの俺様の婚約者なんだ。この位の事は当然の様にしてやる権利がある」
「あの、景吾君。それについてなんだけど」
「言い触らすのをやめろ、だろ?」

うん、と小さく頷くと「今日のあれは少し軽率だったな。もう暫くお前がこの学校に馴染んでから言うべきだった」と跡部も少し後悔しているようだった。
でも日南が言いたいのはそういう事ではなくて。

「それもあるんだけど、ごめんなさい。そのお話もなかった事にして欲しいの」
「……何?」
「小さい頃に景吾君が一方的に言ってたお話だったし、あの頃は言葉の意味もよく解っていなかったからその……」

跡部の好意を無碍にしている、と言うのは重々承知している。
しかし、このまま自分の意思を跡部に見せなければこの話がこの先もずるずる続いていくのは明白で。
でも上手く言葉を紡げずにいると跡部は「成程な」と呟いた。

「もしかしたら大坂で好きなヤツでも出来たのか?」
「!!」

いきなり図星を言い当てられて言葉が詰まると同時に、段々と顔が赤くなっていく。
その様を見た跡部は「へぇ?」と意地悪な色調の声を零し、ニヤニヤと笑っていた。

「日南に好きな男ねぇ?まぁ、いいんじゃねーの?」
「景吾君、面白がって無い?」
「面白がってねぇよ。……解った、お前が本気でそいつの事が好きだって俺に解らせてくれたら婚姻関係解消してやるよ」
「! 今はまだ関係続いたままって事?」
「あぁ。……お前のお爺様に頼まれてるからな、お前の事」
「お爺ちゃんが?」

反語すれば跡部は真剣な表情で「ああ」と零す。

「昨日のあの後、座敷に戻ったらお爺様に"また日南を頼む"って言われてな。ぶっちゃけるとあの人は苦手だが、何かと世話にはなっている」
「……因みに景吾君は私の事、好きなの?」
「今では妹くらいにしか思ってねぇな」
「なら、景吾君も婚姻関係解消したいんじゃないの?」
「何でそうなった。別にかまわねーよ、お前が結婚相手でも」

「大切にしてやるぜ?」と頬杖を付きながら微笑んだ跡部に不覚にもくらっと感じる物があった。
昔はわがままでやんちゃで泣き虫な所があったのに、今ではこんなにも格好良くって妖艶で。本当に日南が知っているあの跡部 景吾と同じ人間なのかを疑ってしまう。
それでも日南が好きな、あの人には及ばないのだけど。"恋は盲目"だなんて上手い表現だと今になって思う。
日南は樺地が淹れてくれた紅茶を飲んでこの後の自分の身の振り方をどうするべきか考えた。


2016/02/04