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再会

「あ、足痺れた……」
「大丈夫か?」

あの後、迎えに来た兄・眞尋のスクーターで自宅に帰宅したは良いが結局家には門限を過ぎて帰ってきてしまった。
その為、彼女らの厳格な祖父の部屋に呼びつけられ正座で子一時間怒鳴りつけられていたのだ。
「風鳥家の嫡子である自覚が無い」「だからお前達は何時まで経っても誰にも認められない」「球遊びばかりに現を抜かしおって、若輩者共が」と迎えに来てくれた眞尋まで何故か一緒に怒鳴られる始末になってしまい、日南は完全に気落ちしてしまっていた。
大好きな兄まで怒鳴られ、罵倒されて。そんな事は日南には耐えられない事だった。当の眞尋は「気にして無いよ」とは言っているけども。
挙句の果てに東京に、この家に居る間は常に着物か学校の制服を着ている事を義務付けられて更に気落ちする。着物なんて動きにくいから余り着たく無いのに。
眞尋に着付けて貰い、髪型を正すと脚を崩して上等な畳の上にへたり込んだ。

「お兄ちゃん。私、もう大坂帰りたい」
「ちょ、待ってよ。日南の実家は此処だろう?そんなに大坂の生活の方が楽しいの?」

そう聞かれて即座に日南は首を大きく縦に振った。

「お兄ちゃんの事大好きだからまた、一緒に生活出来るのは嬉しいよ?でもお養父さんもお養母さんも、お仕事忙しくて余り家に居ないけど優しくしてくれるし、学校もとても楽しいから、大坂の方が良い」

そう言ったきり日南は黙りこくってしまった。

風鳥家。室町時代から続いていた華族の家系であり、現在では世界に名を轟かす財閥と徒党を組んでいる大手企業の会長一家。眞尋と日南はそんな家の子供だった。
小さい頃は母の故郷であるドイツで過ごし、6年程前に日本に始めて来た。その頃から既にこの家の事は苦手だったけど。
5年前には大坂に住む叔父叔母夫婦の元に養子に出されていたのだが、家の都合で急遽東京に戻ってくる事になったのだ。
養子に出しておいて今更"戻ってこい"等とは言わないよね?とは思うが、万が一その考えが外れても、祖父の考えなど子供である自分達には何一つ知らされないで商談の道具に使われるのがオチだ。
それに、氷帝学園に通うようにと言いつけたのも祖父だ。何でも祖父の友人の孫が生徒会長を勤めているらしいけれど、そんな事は日南にとっては如何でもいい事だった。
しかもこの後、その友人の孫やその外の著名人達が家に来て会食会をするらしい。
眞尋が「そういえば」とどんよりとした空気を変えるべく、話題を投げかける。

「日南を迎えに行く前に侑士君、心配して家に来てくてれたよ」
「! 侑士君が?」
「うん。まだ帰ってないって言うと『帰ってきたらこれ渡して下さい』って言って帰っちゃったけどね」

そう言って日南に小さめな紙袋を手渡す。
気になって中身を出してみるとレースのイラストがあしらわれたお洒落な箱の中にカラフルなマカロンが詰め込まれていた。思わず感嘆の声が零れる。

「日南、マカロン好きだもんね。学校始まった時に侑士君にちゃんとお礼言うんだよ?」
「あ、後で電話してお礼言う!」
「そっか」

機嫌が少し良くなった妹の頭を優しく撫でてから抱きしめる。
ずっと離れて暮らしていた妹が愛しくて愛しくて堪らない。まだ、テニスをしていると言う事実に対しても感謝しなければいけなかった。
日南にとってテニスは切っても切れない物だけど、それ故に因果が強い物だったから。

「眞尋様、日南様。大旦那様がお呼びでございます」

屋敷で働く使用人が祖父が呼んでいると告げに来る。
「行こうか」と先に立ち、手を差し出した兄の手を取ると日南は未だ痺れが残っている足でゆっくりと立ち上がった。


===============


「お久し振りです。お爺様」

そう言ってスーツ姿の跡部は大きな日本家屋に足を踏み入れた。
目の前には厳格そうな、袴を身に纏った老人が杖を付いている。

「忙しい所すまないのう、景吾君。君にどうしても会わせたい者が居ってな」
「いえ、構いません。丁度お爺に様聞きたい事がありましたから」
「……話は座敷の奥で」

そう言って老人は先に屋敷の中に入り、跡部を座敷の置くに通すようにと使用人に命じた。
座敷に通されると既に名の知れた実業家や作家等が座敷で寛いでいた。
何度もこの家の会食会には来た事があるが、会食会が始まる前までは自由な物だ。一度始まればあの老人が総てを牛耳ると言うのに。
正直言えば跡部もあの老人の事が苦手で仕方がなかった。老獪と言う訳でも食えない訳でもないが。

「あ、景吾!」

座敷の入り口から昔から実の兄の様に慕っている人物の声が聞こえ、視線を其方にやる。

「眞尋兄さん」
「良かった、来てくれてたんだな。最近テニス部如何だ?全国優勝出来そうか?」
「兄さん落ち着いて。まだ都大会すら始まっちゃいませんよ」

「だよな」と跡部の言葉に眞尋は笑う。跡部もまたその屈託の無い笑顔につられ、ふっと口元を緩ませた。
しかしふと、視界に鮮やかな赤い着物が映り込む。すぐに眞尋の背後に引っ込んでしまったのだが。

「そうだ、景吾。喜べ」
「何を」
「日南、隠れてないで出て来いよ」

日南。その名前に跡部は目を見開いた。
転校生である忍足の幼馴染の名も"日南"。偶然だとは思っていたがまさかこんな所で結びつくとは思わなかった。
眞尋がさっと身を翻して背後の人物をかわすと、跡部は更に目を大きく見開いた。
跡部がこの世で知りうる風鳥 日南は目の前に彼女だけ。
ずっとずっと、探していた少女は幼い頃から変わりがなくって。変わった部分としては髪型と、身長が伸びている点だけ。見間違える訳が無い。

「日南、覚えてるでしょ?幼馴染の跡部 景吾」
「景吾、君……?あの、泣き虫だった景吾君、なの?」
「っ!?泣き虫は余計だ!!」

口を開いたと思ったら余計な事を思い出したのかおずおずと確認する様にそう言った。
思わず怒鳴る様に返してしまったがすぐに咳払いしてその場で跪きながら、20センチ程小さい日南に視線を合わせる。

「本当に、日南……なのか?」
「うん」
「お前、今まで何処に……」

声が、震える。
ずっと、所在を教えてもらえなくてとうの昔に病気で死んだと思い込んでいた彼女にまたで会えた事が嬉しくて。
きっと他の女にはこんな感情は抱きすらしないのだろうけど。
日南は小さい時からイギリスに来る度、跡部の背を付いて回っていた大切な存在だ。
そんな二人の再会を眞尋は黙って、でも嬉しそうに見守っていたが座敷がざわつき始める。

「二人共、感動の再会は一先ずそこまで。お爺様がいらっしゃるから席につこう」


日南の祖父が現れると空気は一気に緊迫した物となったが乾杯の音頭を取り終わると無礼講の会食会が始まる。
しかし日南はその場から動けずにいた。
周りには沢山の人間がいて、次々に質問を繰り広げてくるからだ。
「何故今になってこの家に戻ってきたのか」「関西での暮らしはどうか」「彼氏は出来たのか」重たい話題から軽い話題まで色々。
当たり障りが無いように答えて行けば、時間が経つにつれ面白いように人は捌けて行った。
何だか、香水の臭いが混ざって気持ち悪い。
そう、隣に座る眞尋に伝えると静かに廊下に出て新鮮な空気を吸う。

風鳥家が経営する会社は主に食品を取り扱っている。この屋敷の敷地内にも料亭として店を構えている位だ。
だから今日出されている料理も質がいい肉や魚を使っているし、美味しい筈なのだが箸が進まない。
溜息を吐くと隣から「飲め」と、頭上から低い男性の声が聞こえる。

「景吾君?」
「具合悪くしたのか」
「……うん。色んな香水の臭い、混ざってるの嗅いでたら気分悪くなっちゃって」

差し出された白湯を飲み、一息つく。

「相変わらず、体は弱いんだな」
「まぁね。でも、テニスの試合しても辛くなくなる位には強くなったんだよ」
「! 続けてるのか、テニス」
「? うん。って言っても大坂戻ったらプレイヤーじゃなくってマネージャーなんだけどね」
「……」

その言葉に跡部は考え込む。
マネージャーは特に取るつもりはなかったのだが、日南であれば傍に置いておくのもいいかもしれない。
彼女のテニスの知識は跡部のそれに勝るとも劣らないし、忍足が言っていた事なのだが自分では気付かない様な癖や違和感にも気付いて指摘をしてくれるだろう。
それであればマネージャーとしてテニス部に迎えるのもまた一興。
尤も、日南が諾としてくれればの話なのだけども。
マネージャーの仕事は簡単そうでいて熾烈な物だと跡部は思っている。それは氷帝程のレベルになれば更に上のランクの仕事も要求される。
自分で言うのも何だが、氷帝には曲者が揃っていると言うのあるし。

「あ、あの……」
「あーん?」
「(あーん?)景吾君、氷帝の生徒会長さんでテニス部の部長さんだったんだね。知らなかった」
「当たり前だ。俺様はいつでも頂点に立つ。生徒会長といえば学校の、部長と言えば部活の頂点だろ」

そういえば彼は小さい頃から頂点に上るのが好きだったなと思い出す。
イギリスにある彼の別荘の一つ、"キング・オブ・キングダム"で彼は日南にこう言った。「俺様が王様になる」と。

「そうなんだ。ふふっ、景吾君変わってなくって安心したなぁ」
「……お前は少し変わったな」
「そう?」
「あぁ。強くなった気がする」
「景吾君がそういうなら、そうなのかも。四天宝寺ってボケて、ツッコんでだから。多少図太くならないとやってけないよ」
「そうか」

手を伸ばし日南の頭を撫でる。

「日南。もしお前さえ良ければ、男子テニス部のマネージャーやらねぇか」
「え?」
「……四天宝寺でマネージャーやってるのは忍足から聞いてる。でも、今は四天宝寺の生徒じゃねぇ。無理に入れ、とは言わないから考えておけ」
「……」

そう言って跡部は立ち上がり、座敷の方へ戻っていく。
きっと日南は頷いてくれる。そう思いながら。

しかし日南の中では答えは既に決まっていた。
脳裏に浮かぶ四天宝寺男子テニス部で過ごしてきた思い出。その思い出を裏切る事は出来ない。
折角、再開出来た所申し訳はないのだけど次回学校に行った時、跡部に直接断りの言葉を伝えに行こう。そう、日南は思っていた。


2016/01/06