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出会い

日南はふらふらと色んな所を見て回っていた。
これから、どの位東京に住むかは解からないけど地理を覚えておかないといけない。
せめて家から氷帝までの距離は今日の内に覚えておかないとまずい。週明けからもう氷帝の生徒なのだから。
大坂に居る時から東京の電車路面図とにらめっこしていたが大坂のそれと比べ、ごちゃごちゃしていて解かり難い。

それよりも日南には気がかりな事があった。
忍足と岳人に悪い事をしたな、そう思うとどうにも気が重い。岳人は気にしていない風にしていたが気分を害していたらどうしよう。そんな事ばかり考えてしまう。
それに、四天宝寺の皆はどうしているだろうか。まだ東京に来て3日も経っていないのにもう気になって仕方が無い。
特に今年入ってきた新入生。かれは入学早々、部長である白石 蔵ノ介の指示をよく無視していたから。
それは偶然試合会場で出会った彼が入学してくる前から解かっていた事だけども。
途中で入った公園の自販機で飲み物を買い、傍のベンチに座って一息を吐く。

「蔵ノ介さん、頑張り過ぎて倒れてないかな。大丈夫、かな……」

誰よりも頑張り屋で努力家な部長の姿を思い出し、少し心配になる。
白石は日南が入学した時、2年の時には既に部長を務めていた。監督曰く「誰よりも勝ちたそうにしていた」と言う事だが、実力も何もかもが当時の四天宝寺の誰よりもトップクラスに到達していた。
1年生からマネージャーをしていた日南は誰よりも白石の努力を目の当たりにしている。頑張り過ぎて彼が倒れたのを介抱した事も何回かある位だ。
「格好悪いから他の部員に言わんといてな」と、よくはにかみながら言われた物だ。日南は白石のその努力を一度たりとも"格好悪い"と思った事は無いし、そんな事を言う位なら無茶な、過度の練習は控えてくれとは何度も思ったけども。

それに今年から"九州二翼"と呼ばれるプレイヤーの片翼が四天宝寺に転入してきた。
昨年よりも強く、より癖が強くなった四天宝寺を束ねるのは骨が折れるだろう。
いつの間にか片手がカーティガンのポケットに入れていた携帯電話を手にして、アドレス帳で白石の名を探していた。

「駄目だ……。寂しがり屋だと思われる」

それに何より白石には東京に来る折、別れの言葉すら告げなかった。
白石だけ日南の見送りに来なかったのだ。他の部員達はその事に対して苦言を零していたが、副部長の小石川 健次郎だけは「あいつも辛いんや」とそっと教えてくれたのだけど。

「帰ろ……」

飲み掛けだったジュースを飲み干し、空き缶を籠に捨てる。
既に軽いホームシック状態になってしまっている頭を左右に振って考えを飛ばす。
しかし、公園を出ようとした所でよく耳にする乾いた音の応酬が耳に入ってきて、其方にふらふらと寄って行ってしまう。
音源に導かれるまま辿り着いた場所は矢張りテニスコートで。コートでは同年代の男の子が1on1でラリーをしていた。
帽子を被った身長が低い男の子とツンツン頭のガタイが良さげな男の子。
帽子を被っている方の子は綺麗なフォームでツンツン頭の子のパワーボールを打ち返している。その上、返球の速度も早い。

「凄いなぁ。基本を確りと体に叩き込んでるからこそ、あの綺麗なフォームが出来る。それに打ち合ってる彼も筋力トレーニングをやり込んでいるのが解かるし、無駄に筋肉をつけているだけじゃない」

思わず、感嘆の溜息と共に感想が早口で口から出てきてしまう。
彼らは一体何処の学校だろうか。自前のウェアの様だから何処の学校かはわからないけども、じっと見ているとツンツン頭の子がミスをし、ボールが此方に飛んでくる。
「あ、まずい」。そう思うよりも先に肩に引っさげていたテニスバッグから水色のラケットを取り出し大きく振り上げる。

「危ない!」

ツンツン頭の子が声を荒げるが、日南は冷静な顔でラケットを振り下ろした。
ラケットの面は見事にボールを捕らえ、垂直に地面に叩き付ける。跳ね上がったボールが重力に従い落ちてくると左手で拾い上げた。
すると今までラリーを続けていた二人がこちらに寄ってくる。

「だ、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫。はい、ボール」
「おっ、サンキュー!」

ボールを確かに渡すとツンツン頭の子が「ん?」と声を上げる。

「見ない制服だな。何処の学校だ?」
「え?あ、実は関西の方から転向してきたばかりで……学校は氷帝学園に通う予定なんです」

一瞬にして彼の表情と、纏う空気が変わる。
一体どうしてだろうと思うと帽子の子が「へぇ」と鍔に指を掛け、目深に帽子を被ると「ねぇ」と声を掛けられた。

「ん?」
「テニス、強いみたいだけどさ、俺と勝負してみない?」
「んんー。……うん、いいよ」

帽子の子に誘われるがまま、日南はラケットを肩に担ぎコートに降りた。


===============


大坂府立・四天宝寺中学校。
男子テニス部では何時も通り部活が行われていた。
そのコートの片隅で金髪の少年が携帯電話で話をしている。

「そか。日南ちゃんと無事会えたんやな、侑士」

忍足の名を呼んだ彼は不適な笑みを浮かべ、電話の向こうの忍足との問答を繰り返す。

『ああ。でも、余り元気ないみたいやな。大坂から出てきたばかり、それに加えてあの堅苦しいご実家や。色々気ぃ揉んどるみたいやな』
「……」
『今、部活が終わったばかりやさかい。帰りに寄ってこう思っとる』
「……」
『謙也?』

急に黙りこくった従兄弟に忍足は怪訝に思い、声を掛ける。しかし謙也は忍足の声に反応を示さない。
謙也は謙也なりに何かを考えているんだな、とそう感じとたからこそ忍足は電話の向こうで口元を緩ませ『ほな、また今度電話するわ』とだけ告げ、終話ボタンに指をかけようとするがスピーカーから「侑士」と謙也の真剣な声が聞こえてくる。

『何や?』
「日南ちゃんの事、頼んだで」
『おん。解かっとるわ』
「っちゅーてもお前に日南ちゃんはやらんけどな!」
『……るっさいわ、阿呆』

そう言うと忍足は無理矢理に謙也との電話を強制終了させた。
すると謙也は神妙な面持ちのまま電話をジャージのポケットに仕舞う。
だがそれと同時に「こら、謙也」と言う声が背後からし、振向き様に額にチョップを落とされた。

「白石」
「何サボって電話してんねん。……相手は日南か?」
「いや、従兄弟や。日南ちゃん、氷帝に転入予定や言うとったから。氷帝には従兄弟がおるし」
「……さよか」

白石は端正な顔に影を落し、僅かに俯く。
そんな白石に謙也は眉間に皺を寄せ、ずっと気になっていた事を問いかける。

「なぁ、白石。自分、なしてあの時見送りに来んかったん?日南ちゃん、寂しそうな顔しとったで」
「……わからへん。ほんまは行こう思ってたけど、変に胸んあたりが痛なって見送るんが辛なって」
「……阿呆。そんなん俺ら皆同じや」

「あの子も、俺ら四天宝寺中テニス部の部員やで」と白石の背を思い切り叩く。
ふと謙也の顔を見たら苦々しい、無理をしている事がすぐに解るような笑みを浮かべていた。
そうだ。それに日南だって短期間とは言え東京に行く事は精神的に堪えていた筈だ。
それなのに自分だけ辛い思いをしている様な顔して、彼女の見送りにすらいけなかった。電話を掛ける事すら出来ずにいる。あの時来なかった事を責められそうで。
白石が知っている日南はそんな些細な事で責めはしないだろうけども、自分自身を責め立てずにはいられない。
今生の別れではないからと、何処かで安心していた事もあるだろうけど。

「そんなに気ぃ揉んどるんなら電話でも掛けてあげたらどうや?きっと、喜ぶで」
「……せやな」
「……安心しぃ。見送り来んかっただけでお前ん事嫌いになるような子や無いで、日南ちゃんは」

そう言って、正面を見ながらもう一度白石の背を軽く叩いた謙也は「おっしゃ!ぎーん!次俺と組もうかー!」と言ってコートの方へ向かっていく。

「そんくらい、解っとる」

誰にも聞こえないようにそう呟くと白石もすぐに通常に戻り、部員達に指示を下しながらコートに戻って行った。


===============


日南はコートの上で呆然としながら、背後を転がるボールを見つめていた。

「15-0」

今、目の前に居る少年が打ったサーブは間違えがなければツイストサーブだ。
しかも跳ね方がえげつない。あんなサーブは初めて見たと、日南の胸の奥で闘争心に少しだけ火が付いた。

「凄いね、今のツイスト」
「まだまだだよ」
「……本気じゃないって事」

本気じゃないのにあの鋭く切り込んでくるサーブを打てる、と言う事は本気で行かないと負ける。負けるのだけは嫌だ。
日南は口元を楽しそうに歪ませながらも次に放たれるサーブを今か今かと待ち続けた。
帽子の少年が、右手でツイストサーブを放ち、足元でバウンドする。顔面目掛けて飛んでくるボールを日南は上体を捻り、意図も容易くドロップボレーでサービスコートに打ち落とす。
まさかそのままドロップボレーで返されると思っていなかったのか帽子を目深に被る。

「やるじゃん」
「まぁね。一応関西ではボレーの名手って言われてたから」
「へぇ?」

帽子の少年は僅かに表情を楽しそうに歪ませるともう一度ツイストサーブで攻撃を仕掛けてくる。
今度はボレーではなくきちんとしたストロークで返球し、ラリーを続ける。
自分と同じくらいの背丈なのに1打球1打球が重い。流石は男の子だ。自分が女だからって負けるつもりは髪の毛先程も無いけれど。

「ね!君、名前と学校は?!」
「青春学園1年、越前 リョーマ」
「越前、リョーマ君ね!」
「アンタは?」
「風鳥 日南!」
「ふーん。覚えとく」
「ありがと!」

ラリーを続けながら、自己紹介を交わす。一応名前を覚えてくれるという事だったからお礼代わりにそろそろ必殺技を出してみるかと舌を舐めずり、返球直後にラケットを握りなおす。
そして前衛に出てドロップショットを放つ体制に出た。
しかし越前はドロップショットを打たせまいとコーナーにボールを打ち込む。
だが。

「!! アイツ、あの体制からコーナーに?!」

すぐに踵を返し、コーナーギリギリに飛んでいったボールを追いリターンする。
しかし、その体制は今までのボレー主体のそれとは違った。
戻ってきたボールを越前が打ち返そうとするが、サービスコートでバウンドしたボールは一向に跳ねる兆しを見せない。
それどころかボールの回転が徐々に弱くなっていき、やがて回転が止まり、ボールはころころと足元に転がった。

「今の……」

越前は何が起きたのか解らないまま日南とボールを見比べる。「あの人、今何をしたんだ」と。
その後、時間は経過していき現在3-3の30-15。日南が僅かながらにリードをしていた。
次のゲームに移行しようとするも「日南!」とそ知らぬ人物の声が飛び込んで来る。
日南と越前は其方に目をやると日南と顔が同じ、耳にピアスを空けた着流しの青年が其処にいた。

「誰だ、あれ?」
「お兄ちゃん?」
「え、お兄ちゃん?」

着流しの青年はずかずかとコートに入ってきて日南の腕を掴み、越前に頭を下げる。

「試合中ごめんね。でも、そろそろ妹の門限だからさ。試合、中断してもらって良いかい?」
「え?あ、別に構わないっすけど……」

いきなり現れて「門限だから」と言われて毒気が抜かれる。
思わず「構わない」と返答してしまったが越前としては先程のバウンドしない球を打ち返したくて仕様が無いのだけども。
見たところ目の前の着流しの男は高校生か大学生位だからと一応身を引く。

「ありがとう。さ、日南帰るよ」
「ちょ、待ってお兄ちゃん……!越前君!」

日南が"お兄ちゃん"に腕を引かれながら越前の名を呼ぶ。

「こんな形で中断になっちゃったけど、また機会あったら試合しようね!」
「勿論。その時はさっきのあれ、打ち返すから覚悟しときなよ」

そう言って日南は兄に手を引かれ、テニスコートから姿を消した。
その様子をただ呆然と見ているしかなかったツンツン頭、基い青春学園2年の桃城 武が越前の近くに駆け寄る。

「なんだったんだ、あの子」
「さぁ?でも、テニスが強いって事よく解った」
「さっきのあのボールか」

小さく頷くと「風鳥 日南、ね」と呟く。帽子を目深に被りながら。

「面白いじゃん」


2016/01/06