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氷帝学園

東京都、私立氷帝学園中等部。

「此処が、氷帝学園」

その名門校の校門前でテニスバッグを左肩に掛けた少女が髪を風に靡かせながら校舎を見上げていた。
しかし少女が身に纏っているのは氷帝学園の制服ではなく、黄色と紺のワンピースセーラーと若葉色のカーディガン。胸元のスカーフには四天宝寺と校章が刺繍されていた。
今まで通っていた四天宝寺とは明らかに規模が違う大きさと、清廉さがある雰囲気に思わず足が竦む。
でも、大丈夫。怖い事なんて何一つ無い。週明けから一時期ではあるが、この学校の生徒になるのだから。それに大好きで、頼りがいがある幼馴染だってこの学校に通っている。
少女は何の臆面もなく氷帝学園の敷地内へ踏み込んだ。


===============


「あ」
「あーん?」
「跡部、堪忍な。ちょい練習抜けるわ」

ジャージのポケットから携帯電話を取り出した青み掛かった髪の少年が何かを思い出した様に傍に居た"跡部"と言う少年に声を掛ける。
跡部が「あぁ、構わないぜ」と言うと「おおきに」とコテコテの関西弁で返し、すぐにコートから駆け出していく。
その様を見て跡部は何かを思い出したかの様に空を見上げ、「そうか。今日か」と呟く。

「何が、ですか?」
「鳳か」

背後から現れた短い銀髪の、長身の少年が恐る恐る声を掛ける。
鳳 長太郎。氷帝学年の2年生にしてレギュラーの座に居る。
彼は中学からテニスを始めたのだが、その長身から繰り出される"スカッドサーブ"でレギュラーの地位を手に入れている実力者だ。そんな彼に跡部も一目置いている。

「今日は大坂から転入生が転入届を提出しに来る。喜べ、お前と同じ2年だ」
「2年生に転入生ですか!うわぁ、楽しみだな」
「あの忍足の幼馴染でテニスの名手と聞く。どんな奴かは知らねぇがな」
「だから忍足さんが……。相当大切なんですね、幼馴染さんの事」
「みてぇだな」

幼馴染。その言葉に跡部は自身の幼馴染の姿を思い浮かべる。
彼女は今、何をしているのだろうか。5年前、ドイツから日本に引っ越してしまった彼女は。
父を頼り彼女の家族の所在は辿る事は出来たが、残念ながら彼女だけは何処にいるか掴む事は出来なかった。
昔から体が弱かったから、もう……。今はそう思っているが、そう思った方が幾分か気が楽だ。そもそも死んでいるか、生きているかすら彼女の父は教えてくれないのだけれども。


===============


少女は教職員に導かれ、学校内を軽く案内されてから職員室に連れて行かれた。
そして予め用意されていた書類を提出し、軽く学校の説明を受け、氷帝学園の制服を受け取る。今日の用事はこれだけだ。
会釈をし、職員室から出ると丸眼鏡を掛けた青髪の少年が立っていた。

「やぁ、元気そうやな」
「! 侑士君!」

彼の名を叫ぶように呼ぶと少女は満面の笑みを浮かべ、少年に掛け寄り、ぎゅっと抱きつく。そんな彼女をよしよしと撫でて「相変わらずやんなぁ」と、つられた様に笑みを零す。

「ちょ、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。抱きつくんはええけど腕の力抜いてな。痛い」
「ご、ごめん侑士君。嬉しくて、つい」

すぐに離れてしょんぼりとすると"侑士"は「しゃぁないか」と思い、溜息を吐く。
彼女とは5年前、大坂の小学校に通っている時に出会った。
その時から引っ込み思案で泣き虫で、寂しがり屋で、人見知りが激しい。1歳でも年上な自分達が守ってあげないとな、と従兄弟とずっと彼女の傍に居た。
此方に来てからも時々電話で話をしたり、学校や部活の合間で休みが取れたら大坂まで帰って会って遊んだり。
1週間前に電話で「氷帝学園に通う事になった」と言われた時は思わずお得意のポーカーフェイスを崩して柄にもなく喜んでしまったくらいだ。

久し振りの再会を喜んでいると職員室から教職員が出てくる。先程、少女に学校案内と説明をした担当の教員。確か、榊と名乗っていた筈だ。

「忍足か」
「監督……」

榊の事を"監督"と呼び、会釈する。
その様を見て頷いてから忍足の隣に居た少女に視線をやり、合点がいった様に頷いた。

「そうか、忍足も風鳥も大坂で活躍していた選手だったな」
「はい。彼女とは一時期男女混合でダブルスも組んでいました」
「ダブルスを」

榊は少し考えてから「風鳥」と少女を呼ぶ。少女は肩を萎縮させて、それでも落ち着きながら「はい」と返事を返した。

「帰り、時間があれば練習を見に来なさい」

「忍足。練習に戻って良し」と告げると職員室に戻っていく。
自分のデスクに戻り、先程提出された調査用の書類に目を通す。
"風鳥 日南"。転入前は大坂・四天宝寺中の男子テニス部の女子マネージャーを務めていたと書き記されている。
しかし、榊はそれよりも更に前の経歴に興味を引かれていた。
ドイツテニスジュニア大会・女子の部優勝。ドイツだけではなくイギリス、フランス、ポーランドとヨーロッパ各国の大会で優勝経験がある。
女子テニス部は管轄外だが彼女ほどのプレイヤーが氷帝学園に来てくれた事を嬉しく思っていた。
それが喩え、彼女の家の都合で一時期だけの転入であろうとも。
ただ、四天宝寺からの一時転入に加え、男子テニス部のマネージャーである彼女が入部に応と答えてくれるか。其処が問題点ではあるが。

一方日南は忍足に連れられ、男子テニス部のコートに来ていた。
榊にもああ言われた、と言うのもあるが単純に忍足がどんな学校でどんな練習をしているのかと言うのが気に名って仕方が無いというのもあるが。男子テニス部マネージャーを努めていた手前、と言うのもあるが。

「氷帝のコートって大きいし広いんだね。大会の会場みたい……」
「なんや、四天宝寺のコートは其処まで大きくないんか?」
「うん。4面はあるからそれなりには大きいけど、こんなに設備は整ってない、かな」
「さよか」

「なぁ」と言葉を紡ごうとしたら二人の背後から「あー!!」という大声が耳に飛び込んでくる。日南は吃驚して忍足の腕にぎゅっと抱きついた。

「くそくそ、侑士が練習サボって女の子といちゃついてる!何時の間に彼女作ったんだよ!!」

赤み掛かった髪を独特なおかっぱにした、少し小さめな男の子。
同年代の男のに比べて目が大きくて可愛いなぁと、失礼ながらも日南は思った。
未だに日南と自分をじーっと見ている少年に忍足は小さく溜息を吐いた。

「岳人……ちゃうねん、この子は週明けから氷帝に通う事になった俺の幼馴染の風鳥 日南ちゃんや」
「幼馴染?」

訝しげに下から覗き込まれ、日南は更に吃驚して後ずさりする。
何だか値踏みされているみたいであまり好い気はしないけど初対面の人間に対し不遜な態度は取れない。
それが忍足のチームメイトで友人であれば尚更。忍足の友人であれば仲良くしたいのが本音だ。

「ふーん?ま、良いけど。日南っていうんだ?俺は向日 岳人。宜しくな」

にかっと笑うと日南に握手を求めてくる。おずおずと手を差し伸べると勢い良く握られる。
可愛い見た目してるのに、手は大きくて確りと筋肉が付いていて。やっぱり男の子なんだと認識する。
忍足は岳人が日南を気に入ってくれたんだな、と思うと少しだけ安心した。

その様を遠巻きにテニス部の一人が練習の手を止めてじっと見つめていた。鋭い、切れ長の目を大きく見開いて。
そして、練習の喧騒に溶け込むくらいの小さな声で呟く。

「日南?」

そんな外からの視線に気付いていないのか岳人は次から次に質問をしていく。
忍足とはどういう風に出会ったのか、どんなプレイが得意なのか、何が好きなのか。テニスの話題から他愛の無いもので。
日南も戸惑いながら質問に答えていき、忍足も時折助けを入れながら次々と話題を流していく。

「へー。日南は昔侑士とダブルス組んでたのかー。なぁ、今度俺とも組んでみねぇ?」
「……いつかな」
「……侑士、俺日南に言ったんだけど」
「はい!いつか向日さんともダブルスしてみたいです」

微笑みながらそう返すと岳人もへへっと鼻の下を人差し指で擦り、笑う。
そして小さく肘で忍足の横腹を小突いた。

「なんだよ侑士、こんな可愛い幼馴染居るなら紹介しろって」
「堪忍な、隠していた訳やないんや。ただ日南ちゃんは普段は別の学校でマネージャーやってるから中々こっちにこれへんねん」
「他の学校で今着てる学校の、四天宝寺の?なぁ日南、何で氷帝に来たんだ?」

途端に日南の表情から笑顔が消える。そして急に言葉の歯切れが悪くなった。
まずい。忍足は日南の肩を両手で抱き締めると「堪忍な、今日はしまいや。少し疲れたみたいやねん」と嘘で取り繕い、その場から離れる。
岳人もその嘘に気付かないまま「そっか。悪かったな」と謝り、それから「また来週な!」と告げて練習に戻っていく。

「侑士も早く練習に戻って来いよー!!」
「おう。……一人で帰れるか?」
「……うん」
「そか。何かあったら何でも俺に言うんやで。電話でもメールでも何でもええ。俺のクラスの……H組に直接来てもえぇから」
「うん」

ふらふらと忍足の横をすり抜けて校門に向かう。
本当に大丈夫か。少し心配になるが自分も練習があるし、これ以上抜け出したままだと跡部に何を言われるか解かった物ではない。
帰り、家に寄って様子を見てみるか。家に来られたくは無いみたいだけども。自分の家の事は余り好きではないようだから。

「忍足!」
「跡部……今コートに戻る所やったんや」
「そうか。おい、転入生は?」
「体調悪そうやったから返した。岳人の質問責めにおうて少し疲れたみたいやったから。それに東京に慣れてへんみたいやったし。何や跡部、俺の幼馴染に興味あるんかいな」
「そんなんじゃねーよ」
「そんなん言わなや。せや、帰り家寄ってくけど跡部も来るか?可愛いで、幼馴染の日南ちゃん」

日南。その名を忍足が口にした途端、跡部のこめかみが僅かに反応した。
跡部の幼馴染の名も日南。もしかしたら、いや偶然かと小さく首を横に振る。

「生憎だが部活後は人に会いに行く用事があるからな」
「……週明け、顔見せさせたるわ」
「あぁ」

まさかな。そう思いながら跡部と忍足を引き連れてコートへと戻っていった。


2016/01/01