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お誘い

開けられた窓から涼しい風が入ってくるけど病室の中はじっとりと暑かった。
夏とはいえまだ午前中なのにこんなに熱いなんて。大阪のじっとりした夏よりはまだましだけど。
あの事故から既に1週間が経っていたけどまだ自由にベッドの上から動けずに居た。
院内をスロープ伝いに歩く事は出来ていたけど正味スロープが途中で無くなると歩くのが辛い。その位まだ体が軋みと痛みを訴えている。
いつになったら体の痛みは癒えてくれるのか。そう思いながら日南はベッドの上で額に掻いた汗を左腕で拭った。
左腕には大阪に、四天宝寺にいた時から愛用しているリストバンドが付けられている。
昨年全国大会に出場する前、四天宝寺男子テニス部のメンバーでオーダーしたリストバンドで、勿論日南も仲間としてリストバンドを貰っている。
日南にとっては何にも変えがたい宝物の一つだ。事故に合った時に焼け焦げたり血で汚れなくて本当に良かったと思う。
微笑みながらリストバンドを眺めていたらノックの音の後にガラガラッと病室のドアが開いた。

「日南ー。遊びに来てやったぜ」
「こら、岳人。病室なんやからもうちょい静かにせぇ」
「だってよー、静かにしてても日南の気が滅入っちまうだろ?それなら元気な方が良いじゃん」
「岳人先輩!侑士君も。あれ、二人共学校は?」

午前中だというのに病室に現れた二人に日南は歓喜の笑みを浮かべるけど、半面なんでこの時間に此処に来れたんだろうと疑問に思った。

「今日は授業はよ終わったんや。終業式やってん」

気にしていたら忍足が日南の心を読んだかの様にすぐに答えてくれる。
成程、終業式か。納得すると日南は頬を緩ませて2人を見詰めた。
惜しくも男子テニス部も関東大会初戦敗退を喫して3年は引退している。部長には日吉が選出されたと、この前日吉本人が見舞いに来てくれた時そう言っていた。

「そっか。お疲れ様」
「全くだぜ。クソクソ、校長の話長いんだよ」
「あはは、何処の学校も校長の話って長いんだ。四天宝寺も校長の話長くて……」
「せやけどお笑い練りこまれてておもろいんやろ?」
「うーん、私の感性にはあまり合わないかな?毎度こけるの強要だし」

はにかんでそう言うと向日も少し引いた様な顔をして「そりゃキツイな」と同調してくれる。

「あ、そう言えば……ほれ。見舞いの品。ゼリーやプリンなら間食で食べてええてオトン言うとったから」
「わぁ、ありがとう」

受け取った紙袋の中身を見ればフルーツゼリーが5つ。
時計はもう少しで12時を示すところで。
日南は早速ゼリーを3つ出してその内の2つを向日、忍足の前にスプーンと一緒に置いた。
2人はどういう事か解からずに顔を見合わせてから日南の顔を見た。日南は包帯に覆われていない顔の左半分でニコニコとした笑みを浮かべている。

「お昼前だし3人で食べよう?」

そう言えば忍足は小さく鼻で笑い、向日は嬉しそうに「さんきゅ!」と満面の笑みを浮かべた。


「ほな、また見舞い来るわ」
「リハビリ無理すんじゃねーぞ」
「はーい。またね」

夕方、面会時間が終わりに近付いた頃合で2人は帰っていく。
ドアが閉まった途端、さっきまで明るく、騒がしかった病室の中がしんと静まり返る。
途端に気持ちが真っ暗になって日南は真っ白な天井を見上げて溜息を吐いた。
寂しい。怖い。辛い。そんな気持ちばかりが湧いてきて。
四天宝寺にいた時も騒がしかった仲間の輪から外に一歩出てしまえば静まり返っていたのに、でもまた明日皆に会えるとそう思うと嬉しくて仕方がなかったから寂しいとか、怖いとか、辛いとかそういう感情とは無縁だったのに。

「……大坂、帰りたいなぁ」

目蓋を閉じれば騒がしかった今年の4月を思い返す。
金太郎に腕を引かれて無理矢理試合をして、テニス部に入部したのに中々部活に参加しない千歳を探しに行って、見つからずに半べそ掻いてコートに戻ってきたらユニフォームで謙也と試合している千歳を見て悔しくってわんわん泣いてしまって。
そんな日南を泣き止ませようと一氏と小春が漫才して笑わせてくれようとしたり、石田と小石川が千歳を説得してくれたり、財前と謙也が放課後気分転換にゲームセンターに誘ってくれたりした。
白石ははにかみながらもそんな日南の頭を撫でて「いつもありがとうな」と優しく声を掛けてくれて。
思い出す度に早く帰りたくて仕方が無い。
でも。

「日南ちゃん、顔の包帯変える時間だよ」
「あ、はーい」

アンニュイな気分に浸っていると担当の看護婦が包帯を変える為に病室にやってくる。
日南はこの時間が大嫌いだった。醜くなってしまった自分の顔を一瞬でも外気に晒すのが嫌で、苦痛で仕方がなくって。
看護婦さんは仕事だから何も言わないし、いやな顔を一つしないけど、四天宝寺の皆はこの顔を見たらどんな顔をするか……。何度目か解らない逡巡を繰り返して薄く口の形を歪ませた。


===============


翌日も忍足と向日はお菓子を持って日南の病室に来て宿題に勤しんでいた。
日南は元々一時転入と言う体で氷帝にいるから夏休みの宿題は出されていないのだけど。それを向日に言ったら「それはそれで寂しいよな」と返された。

「そういえば、日南ちゃん四天宝寺の誰かに電話とかしてるんか?」
「え?ううん、あまり病室から出られないし、携帯も壊れちゃってるし」
「……そうか」
「どうしたのいきなり」
「いやな、四天宝寺の連中自分の事ごっつう心配しとるみたいやからな。また毎晩謙也から電話掛ってきてるんや」

溜息を吐いている割には忍足の表情は穏やかで。
何だかんだ口喧嘩はするけど基本的に忍足も謙也も互いの事が大好きだから、憎まれ口を叩いていても電話で話するのは楽しいだろう。切欠がどうであれ。

「そっかぁ。あ、そうだ侑士君。四天宝寺の方はどうなの?」
「ん?ああ、四天宝寺は順調に勝ち進んでるみたいやで。今んとこ誰も何処にも負けなしらしいわ」
「そっか。やっぱり皆強いなぁ」

笑って返せば途端に忍足の表情が暗くなる。そして小さく唇を「ごめんな」と動かした。
向日は気付いていないみたいだけど日南は左目でその動きを見て、何で謝るんだろうと一人考える。話の流れで忍足が謝る流れは何一つなかったはず。
首を小さく横にかしげると向日が時計を見て「あ」と声を零した。

「もう昼だな。日南も昼飯の時間だし、俺らも1階の食堂で飯食ってこようぜ」
「せやな。日南ちゃん、少し席外すわ」
「うん。あーあ、一人でご飯かぁ。寂しいな」
「俺達だっておまえと一緒に食べたいけどさ、でも」
「な。オトンから言われとんねん」
「……解ってる。行ってらっしゃい」

唇を尖らせて2人を送り出すと溜息を吐いた。
忍足のお父さんは2人が日南を甘やかすかもしれないと危惧している。箸を持って自分で食べるのもトレーニングの一環になっているから。
大阪にいた時、謙也と忍足が6年生で日南が5年生の時に心臓の病気の症状で手足が痺れて一時的に入院した時も箸を持つトレーニングをしていたのに、日南が箸を上手く持てないのを見かねて2人が「オトンおらんから今や!」「ほら、日南ちゃん、あーんして」なんて事もあったし。勿論3人で仲良く怒られた。
看護婦が食事を運んできてくれて、一人寂しくご飯だーなんて思っていたらすぐにドアがノックされて誰かが入ってきた。
もしかしたら侑士君か岳人先輩が忘れ物をしたのかな、と思っていたら学校良く見ていたクラスメイトが制服姿で病室に入ってきた。
そして日南の顔を見てびくっと肩を揺らす。

「起きてたのか」
「え?うん、お昼だし。と言うか日吉君お見舞いに来てくれたんだ」
「……ああ。今日は水曜で部活が休みだからな」
「? じゃあ自主練帰り?」
「いや、報道委員の方で。と言うか誰か来てるのか?」

ソファの上に乱雑に置かれている荷物を見て日吉は眉間に皺を寄せた。

「侑士君と岳人先輩がお見舞いに来てくれてるんだ。さっきご飯食べに1階の食堂に行ったよ」
「そうか」
「私に気を遣ってくれてるみたい。箸持ってご飯食べるのもトレーニングの中に入ってるし」
「……」
「日吉君?」

急に黙りこくってしまった日吉に日南は首を傾げた。
何か気になる事を行ってしまっただろうか。そう思っていたら「そんなに酷いのか?」と小さい声で尋ねられる。

「え?うん、まあ酷いというよりは大変、かな。鎮痛剤と時間のお蔭で大分痛みは引いてるけどまだ体痛いし、右肘とかも火傷してるから」

はにかみながらそう返したら日吉は眉間に皺を深く刻んで日南を見つめた。

「なんでヘラヘラ笑ってられるんだよ、お前」
「何でって、事故にあったのもそれで入院しちゃってるのも不運だけど、……何かもう色々慣れちゃってるから良いんだ」
「っ。本当に馬鹿だな、お前は」
「馬鹿って言わないでくれる?」

口角を上げ口端を引き攣らせた。大阪人に馬鹿が禁句なを彼は知らないのだろうか。日南もまだ6年程度しか大阪に住んでいないけど。
でもすぐに「お腹空いてるからご飯食べる」と言って昼食のきつねうどんに手を付ける。
右手に握られた箸は僅かに震えているような気がした。

「なぁ、風鳥」
「ん?」
「本格的なリハビリはいつからだ?」
「4日後から」

ズルズル音を立てて麺を啜る音が鳴る。
しかし日吉は気にせず言葉を続けた。
何故かはわからないのだけど日南の事を手伝いたい。その一心で。

「リハビリ、手伝う」
「え?」
「お前は1人だと頑張りすぎるだろうからな。俺が手伝ってやるよ」

その言葉に少し悩む。
確かに日南は昔から頑張り過ぎて倒れる事があったし、その度に誰か彼かに怒られた。大阪に来てからは忍足コンビに。その前は兄や妃、それに。

「(あれ?)」

脳裏に顔がない女性がテニスラケット片手に腰を屈めて自分に「Tun Sie sich keinen Zwang an!(無理しないで!)」と少し怒った口調で言葉をくれる。
でも彼女はすぐに「日南」と柔らかな、優しい口調で名前を読んでくれた。きっとその顔は笑顔に満ち溢れているんだろう。
目の前の女性が誰だか日南は知らないけど。

「風鳥?」
「ご、ごめん!ありがとう。でも日吉君は平気?」
「平気じゃなきゃこんな提案しねぇよ」
「……ありがとう」

顔を俯かせると嬉しさで体がぷるぷる震える。
4日後のリハビリがもう楽しみで仕方が無い。
顔を上げて「よろしくね!」と笑顔で言ったら僅かに頬を染めて、顔を背けて「解ったから早く饂飩食べろ」と返された。


2016/07/03