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遠く離れていても

白石はしきりに日南の携帯に電話を掛けていた。
先程着信を受けた時一体何があって電話を掛けてきたのかも気になるし、それに最後に聞こえたあのけたましい音や悲鳴も気になる。
試合が終わったばかりだったから周りに居たレギュラー達も気にしてそわそわしている始末だ。
試合には善戦全勝しているのに、嫌な気がしてならない。
でも、幾ら誰が日南の携帯に電話を掛けても『お掛けになった電話番号は、お客様の申し出により暫くの間止めております』とアナウンスが流れるだけ。
どうしようもない焦燥に思わず舌打ちをしてしまう。

そんな余裕のない白石を見てか同じく、日南に電話を掛け続けていた財前は溜息を短く吐き捨てると、気難しい顔をして日南の安否を祈っている謙也に声を掛けた。
日南と直接連絡が取れないのであれば日南と繋がりがあって事情を知っていそうな人物に連絡すればいい。丁度良い人物が目の前にいるのだから。

「謙也さん。確か氷帝に従兄弟がいるって言ってましたよね?従兄弟さんなら何か知ってるんやないですか、日南の事」
「! せやな。侑士に電話掛けるみるわ」

すぐに忍足に電話を掛ける謙也は珍しく貧乏ゆすりを繰り返していて。
無理もない。この四天宝寺の中では謙也が一番日南との付き合いが長い。それに日南にお兄さんとして慕われている。
謙也もそんな日南の事を大事にしているし、異性として好いている事を財前は良く知っていた。
自分も日南の事は友人としても異性としても大好きだ。それを差し引いても、大切な仲間だから無事でいて欲しいとそう思っているけど。
電話が繋がったのか「侑士!」と叫ぶように従兄弟の名前を呼んだ。

「侑士、今時間ええか」
『……日南ちゃんの事やろ』
「なして解かった……それよりも日南ちゃんは?!一体なにがあったんや」
『……』

電話の奥で無言になる忍足に謙也は「侑士!」ともう一度名前を呼んだ。
焦っても仕方ないという事は謙也も解かっているだろうけど、焦らずにはいられない。
周りにいるレギュラー陣も固唾を呑んで忍足従兄弟の言葉を待っている。
急かす様に次の言葉を紡ごうとするよりも先に電話の向こうで忍足がゆっくり唇を動かした。

『大会帰りにトラックに轢かれたんや。会場の最寄り駅の目の前でな』
「なっ」

携帯から漏れてきた重々しい忍足の言葉に四天宝寺の面々は顔色を蒼褪めさせる。小春なんてショックのあまり顔を両掌で覆って泣き始めてしまった。
四天宝寺に来たばかりで日南と過ごした時間が少ない金太郎も千歳も悲痛な表情を浮かべている。金太郎はほぼ放心に近い状態だ。
しかし、これであればあのけたましい音と悲鳴も納得が行く。
次に思った事は日南の安否だけでも知りたいと言う事で。
そう思って謙也に声を掛けようとするけど放心から我に返った金太郎が白石のジャージの裾をぎゅっと握った。
その表情は今にも泣き出しそうだったけど、グッと涙を堪えている。
金太郎は入学早々優しく接してくれた日南に懐いていたし、実の姉の様に慕っていた。
後輩と言う贔屓目もあったのだろうけど日南も金太郎を事ある事に甘やかしていた。それはもう白石や小石川が呆れるくらいに。
日南の一時転入が決まった時もずっと「行ったら嫌や」と言って日南の事を一番困らせていたのも金太郎だ。

「金ちゃん?」
「なぁ白石、日南大丈夫やんな?ちゃんと大坂に戻ってくるやんな?」
「……わからへん」

顔を俯かせてそう言うと金太郎は「嘘や!嘘や!嘘や!」と地団駄を踏む。
白石だって日南に大阪に戻ってきて貰いたい。日南が事故に合った事を嘘だと思いたい。
これが現実ならあまりにも酷すぎる。
まだ、日南に伝えていない大切な事があるのにこのまま伝えられず仕舞いだなんてそんなのは嫌だ。
金太郎は白石を睨むように見上げると言葉を全身全霊で叩き付ける。

「日南はワイと約束したで!用事が終わったら絶対四天宝寺に帰ってくるって」
「金太郎……」
「また一緒にテニス部で頑張るって!!日南は嘘なんて吐かへん!」

ひとしきり思っている事を吐き出したのか金太郎は白石から背を背ける。
小石川と石田が体をぷるぷる震わせている金太郎を言葉で宥める。二人も日南の事が心配で仕方が無いからいっぱいいっぱいの様だけど。
謙也の方を見ればまだ従兄弟と話をしているようだ。どこまで、どんな内容を話しているかはまだ解からないけど。

「わかった。また何かあったらメールでも電話でも何でもええから教えてくれ。……後生やから、頼んだで侑士」

そう言って電話を切った謙也の声を聞くのは悲痛だった。
いつも元気で明るくて喧しい位に思う彼がこんなに気落ちするだなんて。
一氏も声を震わせながら尋ねる。

「謙也、どないやった」

声だけじゃない。体も小刻みに震えていた。
一氏は何だかんだ言って日南がマネージャーとして入部して来た時から何かと世話を焼いてやったり、小春と一緒に作ったネタを誰よりも先に見せに行ったり、何かあったらすぐに構ってやったり先輩として相当可愛がっていたから。
その様子を見ていて羨ましく思ったけど時々嫉妬に似た何かを抱く事もあった。

「……とりあえず、一命は取り留めとるって。せやけど……」

以降の言葉を紡がないで顔を俯かせる謙也に皆息を呑む。
最良である生存が発覚して嬉しい筈なのに、その言葉の続きが気になって仕方が無い。
もしかしたら四肢切断を要する状態なのか、それとも植物状態になってっしまったのか。
最悪な方向にばかり考えが向かってしまい、白石の血圧は徐々に下がっていく。
そんな中、石田がいつもの落ち着いた様子で話の続きをそれとなく聞きだす。

「どうしはった」
「……エンジン近くに潜り込んでしもた所為か火傷酷いって。特に顔が砂利やアスファルトで擦れて顔の右側の皮膚が捲れ上がったり爛れてるらしいて」
「!!」

小春が引き攣ったような悲鳴を上げた。
小春は日南の容姿を可愛い可愛いと褒めていたからショックだろう。そんな事で日南を嫌う事はないとは思うけど。
顔の怪我の度合いも気になるけど、日南は精神的に苦痛を感じていないか。女の子の顔の怪我は特に苦痛と言うから。
きっと日南は大阪に帰ってくる事を躊躇してしまうかもしれない。自分達の日南を見る目が変わってしまうのを恐れて。
そんな事はしないし、する人間はこの四天宝寺男子テニス部には誰一人としていないけど。
白石はぎゅっと左手の拳を握り締めた。
でも、これだけは皆思っているだろう。「日南が生きていて良かった」と。

「詳しい事は日南ちゃんのお父さんからオサムちゃんに連絡入れるて話みたいや」
「……さよか」
「……皆、この後少し時間あるかろうか」

白石の返事の後、重々しく呼びかけた石田に皆「ある」と返事をする。
一体何をするんだろう。そう思うメンバーも居たけどすぐに石田の言わんとしている意図を読み取って笑みを浮かべた。
四天宝寺は寺の敷地内に校舎を構えている。
そして、その大元になる四天宝寺は五百羅漢の一人であり難病を患いながらも髪の衣を着て修行をしたと言われている"紙衣仏"が祀られているお堂がある。
紙衣仏はその死に際に徐災無病の利益を人々に与える誓願を立てたといわれると、以前石田自身が言っていたのを覚えているから。
そういえば日南もその話を聞いてからよくお堂に御参りに行っていたなと白石は思い返す。白石も一度だけ、日南の心臓が良くなるように祈願をした事があった。

「よっしゃ。そしたら早く学校戻って日南の為に紙衣仏さんに祈願しに行こか!」

白石がそう言って拳を頭上高く突き上げると皆も明るい笑顔を浮かべて「おお!」と拳を突き上げる。
日南が生きているならそれだけで良い。怪我の事は祈願できるのであれば祈願すればいい。気休めでもその想いが日南に通じてくれるのなら。
次会った時思い切り抱き締めて、頭を撫でて沢山たくさん甘やかしてやろう。「よう頑張ったな」と。
そう思いながら白石は部員達と一緒に四天宝寺に向かった。


2016/06/08


萬燈院について間違いがあったらごめんなさい……