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夏の終わりを告げる

※流血描写有


「日吉君!」

次の試合にの為のアップから戻ってきた日吉に日南は柄にも無く声を張り上げた。
その声に振り返った日吉の表情は「安心しろ、勝って来る」と言いた気な不敵な笑みを返すと、そのまま踵を返すとコートの中に入っていく。
そしてそんな日吉の相手は、と視線を相手コートにむける。その姿を瞳に写した途端に日南の瞳は大きく揺れた。

「越前、リョーマ君」

日南が日吉の対戦相手である少年の、東の天才1年生の名を呟くと傍に寄って来た忍足が反応した。

「何や、あの1年坊主の事知っとるんか」
「……うん。あの日、氷帝転入前のあの日の帰りに少し、ね」

忍足の声に返事を返しながらもその目は確りと越前の姿を見つめていた。
東京に来てこの2ヶ月で彼はどんな進化を遂げてきたのだろう。そう思うとわくわくして仕方が無い。
尤も、幾ら越前が更に強くなっていても日吉もかなりの練習と実践を積んで強くなっているから勝敗がどちらに傾くか解らない。
不謹慎だとは思うけど、さっき自分達が負けた事なんて日南の頭からはもう何処かに吹き飛んで行っていた。
視線は真っ直ぐと日吉と越前が立つコートに向けられている。
そんな中でコートの一角に立てられている拡声器から次の試合を告げる

『氷帝対青学の試合は2勝2敗1ノーゲームにより、第6試合は控え選手によるシングルスを行います』



===============


試合は越前が日吉を翻弄し、青学がリードした。
しかし、負けず嫌いな日吉がこのま越前に好き勝手ゲームメイクさせるとは日南は思っていなかった。
越前も実力の全てを出していない事に気がついていたけど、それは日吉も同じだ。
日吉はラケットを持つ右腕を後方に引き、真っ直ぐと越前を射抜くように見据える。
その独特なフォームに青学をはじめ、試合を観戦していた他校の生徒がどよめく。

「日吉の奴、あの独特なフォームに変えてから急に伸びてきたよな」
「何でも実家が古武術の道場をやってるやしいわ。日吉にとってあのフォームが自然体らしいわ」

忍足の言葉に日南は小さく頷いた。
日吉と仲良くなってから数回行ってた実践練習の中で日吉に数回負けている。
それがあの独特な"演舞テニス"の構えを取られてから急に動きその物が見違えるように変わった。
今でこそ動きに慣れたけど最初の内はその動きを読む事が出来ずに、裏をかきすぎて点を取られていたっけ。
現に越前も日吉の演舞テニスについて来れていないのか一気に1-1まで追いつかれてしまった。
でも、越前はまだ隠し玉を持っている。

「行っちまえ日吉ー!」
「演舞テニスを出した日吉にあの1年が勝てる訳……」
「どうかな……」
「ん?日南ちゃん、それどういう意味なん?」

忍足が日南に尋ねた途端、準レギュラーが一気にどよめく。
そしてどよめきの中から聞こえてきた。「あの1年、左に持ち替えた?」「まさか左利き?」。
その言葉に忍足も普段のポーカーフェイスを僅かに崩して「何やて?」と視線を日南から越前に移した。

「確かに日吉君も演舞テニスに移行したらめっちゃ強い。それは何回も試合して負けてるから解ってる。でも、彼も本気を出したらめっちゃ強いよ」
「へぇ、自分がそないな事言うなんて珍しいな」
「皆私が強い強いって言うけど、長期決戦にも連れ込んだらすぐにばてるからそんな事もないけどね」
「長期に縺れ込ませる前に潰す癖によう言うわ」

溜息を吐いた忍足に日南は「えへ」なんて舌を出して笑ってみせる。
でもそんなおちゃらけた表情はすぐに消えて真剣な顔でコートに視線を戻す。

「(ホンマ、テニス好きなんやなぁ)」

忍足が謙也と一緒にテニスを始めたのは日南がテニスを一生懸命やっていて、楽しそうに思えたから始めたような物だった。
元々センスが良い事があってかジュニアの世界でもそれなりに名前が知れた存在になっていたけど、そんな名声なんて関係無しに今もテニスが楽しくて続けている。
でも日南がテニスを本当に楽しんでいるように見えるのはダブルスの時だけだ。
シングルスの時は何故か暗く、冷たくて、悲しそうな表情をしている。その理由を知っているけどあえて日南には何の慰めの言葉は掛けずにいた。
眼鏡の淵を光らせ、忍足も試合観戦に戻る。

「お前にとっての下剋上はここにはないんだよ!」


===============


ずっとハイテンションで試合を続ける越前に対し、日吉は緩急をつけた大人らしいテニスを繰り広げていたが越前のテンションの方が勝り試合は6-4で日吉が敗北した。
それは氷帝学園が初戦敗戦した事を示していて。
日南は会場であるアリーナ公園に残っていた。
日吉のあの悔し涙を見ていたらぎゅっと胸が締め付けられる。
なんて言葉を掛けたら良いか、その言葉すら浮かんでこない。

「残念だったわね」
「妃ちゃん、こっち来てたんだ」
「ええ。何だかんだ言って男子の試合も気になったからね。日吉に何か言葉掛けなくて良いの?」
「うん。……なんて言葉掛けたら言いか解らないから」

はにかむと妃は寂しそうな顔をして「そう」と呟きながら背を向けた。
妃も敗戦のショックが拭えていないのだろう。3年生はここで引退になってしまうのに。
日南は女子テニス部の敗戦が決まった時、泣く事すら出来なかった。自分でも薄情者だと思うし、きっと妃も今回ばかりはそう思っているのかもしれない。
初めて妃が泣いている姿を見たけど、胸が重くなって息が詰まっただけで何の感慨も出で来なかったから。

「ひぃちゃん?帰らないの?一緒に駅まで行きましょう?」
「え?あ、待って妃ちゃん」

妃に駆け寄ると日南は「ごめん」と言葉を掛けた。
でも妃は何で日南が謝罪の言葉を口にしたのかわからず、「何で?」と優しく返す。

「私、氷帝が負けても泣く事が出来なくて嫌なヤツにしか見えなくて……」
「別に気にしてないよ。ひぃちゃんが試合に負けても泣かない性格だって昔からよく知ってるし、泣けないなら無理に泣かなくたって構わないんだよ。私は泣きたいから泣いただけ。ひぃちゃんは泣きたくても泣けない。それって少なくても負けてショックを受けているっていう事でしょ?」

「余り気にしても毒だよ」なんて無理に笑う妃に対して悲しい感情を抱いていく。
妃は、とても優しい人だ。ずっと、こういうお姉さんになりたいと憧れを抱かせてくれた。
だからこそ気に病んでしまう。初戦敗退して悔しい筈なのに心のどこかでは敗退して安心してしまっている自分の性格の悪さを。
悩んでいると「ひぃちゃん?」と妃が心配そうに顔を覗き込んできた。
不意打ちの事で驚いてしまったけど、妃が何を言おうとしたか瞬時に理解する。ポケットの中に入れておいた携帯電話がキャッチーなメロディを軽快に鳴らしていた。
電話をかけてきたのは兄の眞尋からで。一体何の用事だろう?と思っていたら「出なくて良いの?」と妃が尋ねてくる。

「ごめん、出るから少し待ってて」
「はいはい。ほら、早く出なさい。相手待たせてるでしょ」
「うん。どうしたのお兄ちゃん?」

電話に出ると『ようやく出た』なんて明るい声音が聞こえてくる。

「どうしたのお兄ちゃん」
『ばあちゃんが日南が今日の試合頑張ったから外で一緒にご飯食べようって。うちの会社の系列の店だけど。今何処?迎えに行くよ』
「今妃ちゃんとアリーナ近くの駅に向かって歩いてる」
『じゃあ迎えに行く。ばあちゃんは少し休んでるって近くの喫茶店にいるし』
「解かった。待ってるね、お兄ちゃん」

電話を切ると「眞尋お兄ちゃんから?」と妃が少しきょとんとした顔で尋ねてくる。

「うん、お兄ちゃん。おばあちゃんが一緒に外でご飯食べようって言ってるんだって。迎えにも着てくれるって。あ、妃ちゃんも一緒にどうかな」
「私は遠慮するわ。私もおばあ様が帰りうちに寄りなさいって誘ってくれているから。誘ってくれてありがとう、ひぃちゃん」

他愛ない会話をしながら歩いていたらすぐに駅までついてしまって。
眞尋が迎えに来てくれるから駅の前のガードレールに腰を預けて携帯電話を弄る。
西日本大会も今日からだっけ。この時間ならもう試合は終わっているかな。そう思って白石に電話を掛けようとする。
そういえばあの日以来テニス部に入って忙しくなったから電話出来てないや。頬を綻ばせながらアドレスを開いて白石の日南を探し、コールを鳴らす。
しかし。

「危ない!」

叫び声がしたのに気が付いて電話を耳から離し、人が集まっている駅の方を見詰める。
何でこんなにざわつきながらこちらを見ているんだろう。
中には日南の方を指差して「後ろ!」と叫んでいる人がいる。
後ろがどうしたんだろう。そう思って振向くと猛スピードでトラックがこちらに突っ込んでくる。
早く、逃げなくちゃ。頭では解っているのに、その先の事を考えてしまって脚がすくんで動けない。
そうしている内にもトラックは日南に距離を詰めていく。

『堪忍な日南、電話気付くん遅なったわ』

電話のスピーカーから白石の声が聞こえる。
でも、その声は日南には届いていなかった。
一向に日南の声が聞こえてこない事を不思議に思ったのか白石はずっと日南の名を呼び続ける。
途端、急ブレーキのけたましい音と何かがぐしゃぐしゃに鳴った音、それに複数人の悲鳴が聞こえたと思ったらその後電話は強制的に終了された。
白石が知らない所でトラックはガードレールと日南を巻き込んで、駅の入り口近くの証明にぶつかって漸く暴走を止めた。
摩擦熱で焦げ付いたアスファルトとゴムの臭いと、血の鉄臭い臭いが周囲に広がる。
その光景を少し遅れて迎えに来た眞尋は顔を青くしながら目を大きく見開いて、見詰めていた。

「日南……?日南ッッ!!」

トラックの下から伸びる、生気のない腕に駆け寄り咽び泣く。
誰かが呼んでくれたのか救急車とパトカーのサイレンが近付いてくるのを、僅かに残っていた意識の中でぼんやりと聞いていた。


2016/06/08