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勝負

関東大会初日は天候に恵まれた。
雲一つない青空に熱く照りつける太陽。テニスをするには持って来いな天気だ。
でも日南の胸の内ではそうでもなかった。
結局あの後跡部に話をする時間を貰おうと彼の所属する3-Aや生徒会室、忍足に付き添ってもらって男子テニス部の部室に入れてもらったりしたのだけど跡部にあって話をする事は出来なかった。
それじゃあ電話で話そう!と、帰宅してリラックスしている時間を見計らって電話を掛けるもコールのみで繋がらない。
跡部邸の電話に直接電話を掛けるも執事が出てランニングに出て暫く帰ってこないと言われて意気消沈していた。
しゃがんで靴紐を結び直しながら溜息を吐くと影が被さる。
顔を上げれば眉間に皺を寄せて物凄い形相を浮かべている、あの3年の先輩が立っていた。

「何ですか。また嫌がらせ……嫌味でも言いに来たんですか」

イライラしている所為かつい言葉が刺々しくなる。
するとそれが癪に障ったのか先輩は「本当可愛くない。死ねば良いのに」なんて上品差の欠片もない言葉を発する。
別にそれで腹を立てるつもりもない。言いたい事は言わせとけば良い。そう思っているから。

「あんた、今日もシングルス3でしょ。落したりしたら承知しないから」

しかし先輩の口から零された言葉は普段の侮蔑や馬鹿にした言葉ではなく。それでも随分と上から目線な物言いだとは感じた。

「勿論。落すつもりなんてさらさらないですし、勝つつもりでいます」
「ハッ、本当小生意気。あんたがシングルス3なんて大役任されてなけりゃこんな事言う事もないのに、ムカつく」

そう言って先輩はいつもの取り巻きの元に向かった。
シングルス3は重要な役目だ。ダブルス1,2が負けている場合はストッパーとして、勢いをつける為にも勝たないと行けない。
逆にダブルス1,2が勝っている場合は確実な勝利を刻み込む為に勝利しなくてはならない。
本来なら部長である妃がこの立場に立つ筈なのだけど、指名されたからには役目を果たす。

「ひぃちゃん、そろそろコートに入るよ。準備して」
「うん」

傍に置いておいたラケットを右手に握り、妃の傍に寄る。
コートの中には黄色いジャージを着た少女達が既に整列していた。
その中でもこちらを見て不敵な笑みを浮かべている幼馴染に、日南もフッと笑い返した。

『それでは立海大付属中と氷帝学園の試合を始めます!』


試合の流れは悪く、日南のシングルス3までのダブルス2戦は6-0のストレート負けで終わってしまった。
流石昨年男女共に優勝を果たしただけある。
でもそれ故に日南は不謹慎にもわくわくしていた。久々の大きな公式試合でこんなに楽しい試合運びになってくれるだなんて。
それに目の前に立つ幼馴染であり、立海大付属女子テニス部部長を務める花祭 京が相手だなんて心が躍らない訳が無い。

「ひぃちゃん。いくらひぃちゃんでも立海の勝利の為に本気ださせてもらう。体の事知らないわけじゃないけど、躓いても容赦なくいくよ」
「解ってる。本気の勝負で手を抜かれるの嫌いだって知ってるでしょ」
「まあね。相変わらず、そこだけは意固地だね」

京ははにかみながら右手を差し出す。
日南もその手を握る為に右手を差し出して、固い握手を交わした。


===============


関東大会初戦は大会規定により、3敗しても最後のシングルス1まで試合を行う事になっている。
しかし、結局氷帝女子は日南のシングルス3と妃のシングルス2しか勝利を得る事は出来なかった。
そしてそれは氷帝女子の全国進出はなくなったという事を示す。
折角女子テニス部に誘ってもらえたんだから全国に行きたかったな。そう思っていたけど、自分達の力が及ばなかっただけだ。仕方が無い。
そう思いながら日南は現地解散後、少し離れたコートで試合を続けている男子テニス部の方へ向かっていた。
今は最終のシングルス1跡部と青春学園・手塚 国光が長時間に渡ってタイブレークを繰り広げている。そう小耳に挟んで最後でも試合が見たいと無心でコートに向かって駆け出した。

コートに付いた時もまだタイブレークは続いていて現在は36-35まで続いていた。
2点以上の点数は離れない。しかし、そんな拮抗した試合がこうも長時間続くだなんて。
日南は固唾を飲みながら跡部と手塚のタイブレークを無心で見つめていた。
まだたった一球の勝負しか見ていない筈なのに、最初から試合を見ているような緊迫感。
2人は涼しい顔をしている様に見えたけど、既に跡部も手塚も限界を迎えている事は日南にも解っていた。

「景吾君……手塚さん……」

どちらが勝っても心の底から「いい試合だった」と、そう思えるだろう。
但し跡部が此処で負けてしまえば氷帝学園は男女共に関東大会初戦敗退と言う辛い結果を残す事にはなってしまうけど。
日南は先程自分達が繰り広げてきた試合の結果を思い出し、眉間に皺を寄せ、奥歯をきつく噛み締めながらスカートをぎゅっと握り締めた。

手塚が放ったショットがネットに当り、そのまま跳ね返る。
誰もがその光景を、言葉を発する事無く見守っていた。
そのままボールは手塚側のコートに転がり落ちる。

「ゲームアンドマッチ!氷帝・跡部7-6!」

審判が跡部の勝利を告げると全力を出し切った手塚はその場で深く息を吐き、それからゆっくりとした足取りでネット際に歩いていった。
そして跡部と手塚は固く、互いの健闘を称える様に握手を交わす。

「……いい試合だった」

跡部は素直に手塚の健闘を称え、握手したままの手を頭上高く掲げる。
試合が終わった跡部は少しばかり覚束無い足取りながらも観戦スタンドに座り込み、頭からタオルを被る。
タオルから覗く口元は遠目から見ても苦しそうに歪められていた。
あの最後のタイブレークを見ていただけなのに、跡部に対して抱いていた胸のもやもやも何処かに飛んで行っていて。
立ち止まって試合を見ていたその場所からすぐに氷帝レギュラー陣がいるスタンドに駆け出した。

「流石あの跡部部長だぜ!本当にあの手塚に勝っちまった!!」

200人居る男子テニス部の誰かの言葉を耳にしながら日南は跡部に駆け寄る。
当たり前だ。跡部は、跡部 景吾はこんな所で止まる様な男じゃない。
日南はそう思いながらスタンドの階段部分を軽快にステップを踏む様に降りていく。

「景吾君!」
「……日南か。何時から見てた」
「試合が決まる直前」
「……そうか」

本当は、最初から日南に試合を見ていて貰いたかった。
そう思ったけど日南にも試合があったからそんな事は思っていられない。それにもう過ぎ去った事だ。
跡部は呼吸を上げながらも日南に優しく笑みを浮かべた。僅かに意地の悪さを滲ませながら。

「んでお前達女テニには結果、どうだったんだよ」
「……」

跡部の言葉に日南は、苦々しい表情を浮かべる。
その表情に何かを察しながらも目の前でスカートを握り締めている少女の名を呼び掛ける。

「日南?」
「……2-3で負けた」
「嘘だろ」

向日が忍足の横から身を乗り出して日南に「信じられない」と言わんばかりに、顔を俯かせている日南を見つめた。
男子テニス部の面々は知っている。自分達と相対する女子テニス部も全国区の実力を持つ事を。
そして跡部や忍足、そして女子テニス部部長である妃が実力を認める程である日南を迎えても関東大会初戦で敗退を喫した。

「手も足も出なかった……」
「日南……」
「悔しい……。やっぱり強いよ、立海大付属」

日南は悔しさに声を低く呻らせた。拳を強く握り締めた所為で掌の皮膚に爪の先端が食い込んだ。
ここに来て悔しい気持ちが触れてくるけど、日南がどうしよう何をしようと変わらない。
でも今は気持ちを切り替えなくては。今はまだ試合をしている男子テニス部の応援をしなくては。
いつか全国大会で白石達四天宝寺と氷帝がぶつかり合う事になるとしても。
そんな日南を見て跡部は手首を掴んでグッと引き寄せると、よろけそうになった小さい肢体をしっかりと支えて自分の隣に座らせた。

「お前は全力を出し切ったんだろ」
「……うん。相手は、京ちゃんだったし」
「京……花祭か、奴も相当な手練だと聞く。でも、花祭との試合には勝ったんだろ?」

優しい口調で尋ねられた言葉に日南は小さく首を縦に振って頷いた。
途端に頭にタオルが乗せられる。顔を上げて跡部の顔を見ると先程まで彼の頭に乗せられていたタオルは何処かに消えていて。
今自分の頭に乗せられているタオルがそれだと気付いた時にはタオルの上から頭を撫でられていた。

「それなら、その勝負はお前の勝ちだ。氷帝にとっても価値がある、な」
「慰めてくれてる?」

そう言うと跡部は一瞬言葉を詰まらせて、目を伏せてから笑う。
上手く気持ちを切り替えさせようとしたら違う方向に考えを読み取られてしまったらしい。
寧ろ慰めるとかそういった事は柄ではないし苦手な部類だけど、日南がそう取ってくれてるそれで良い。

「バーカ。そんなんじゃねぇよ。それよりも次は日吉の試合だ。日南」
「え?今のが最後の試合じゃないの?」
「ああ、今は2勝2敗1引き分けだ。だから次の勝負で勝敗が決まる。しっかり応援してやれよ、日吉が俺達男子テニス部に勝利をもたらしてくれるんだからな」

タイミング良く、アップに出ていた日吉が先程日南が居た方向からこちらにやってくるのを見て、日南は大きく頷いた。


2016/06/03