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優しい言葉

学校の廊下を歩く足が重い。
昨日のストリートテニス場での一件の事を思い出すと胸の辺りのもやもやが酷くて寝つきが悪くて、あまり眠れなかった。
テニスバッグを肩に掛けたまま欠伸をして教室に入ると早朝と言う事もあってか、まだ誰もいない。
足を引きずりながら窓際一番後ろの席に着くとそのまま机につっぷす。
今日は女子は朝練習がなかったけど、男子は練習をしているみたいでボールを打つ軽快な音が教室の中にまで聞こえてくる。テニスコートと校舎までは結構距離があるというのに。
小鳥のさえずりも交じって、いよいよ目蓋が重く閉じかかる。
もう明後日からは関東大会が始まるというのにテニスボールを打つ音ってこんなに心地よい、子守唄みたいな音だったかなぁなんて呑気な事を考えながら。


朝練習が終わって教室に戻ってきた日吉は気持ち良さそうに眠っている日南を見て絶句した。
回りにいる日南の友人や他のクラスメイト達はニヤニヤしながら日南の寝顔を写メに収めたり、頬杖を付きながら日南の事を見守っている。
日南も日南で気持ち良さそうではあるけど視線の関係か時々呻っていたり、眉間に皺を寄せている。それでも起きる気配は当分なさそうだ。
溜息を吐きながら、席にバッグを置くと日南の傍まで無言で近付いて思い切り拳骨を頭に落とした。
いきなり拳骨が落ちて来た所為か日南の口からは「ぐえっ」と蛙が潰された様な声が零れる。
クラスメイト達も日吉の行動に理解が追いつかなくて呆然としていたけど、すぐにハッとして声を上げる。
内容は勿論日吉の行動に対しての非難だ。
自分でも女子の頭に拳骨を落す事は良くないと思っているからあくまでも軽めに落としている。

「ひ、日吉!お前何やってんだよ!」
「そうだよ、日南が可哀想」
「こんな所で呑気に眠りこけてるこいつが悪い。おい、起きろ風鳥」
「……なに、舌いたい」

拳骨を落とされた当事者は呑気な事を言いながら手の甲で目蓋を擦って、猫の様に体を伸ばす。
「おはよー」なんて間の抜けた声で挨拶してくるから日吉は本日二度目の溜息を吐いた。警戒心がなさ過ぎる。
四天宝寺にいた時もこんな感じだったのかと問い詰めて小一時間説教をしてやりたい位だ。

「お前、教室で寝るなよ……」
「あ、日吉君おはよう。もしかしたらさっきの拳骨、日吉君?」
「ああ、そうだ」
「痛くしないでくれてありがとう」
「……」

早いもので本日三回目の溜息を吐いてしまった。
溜息にはリラックス効果があるというけど、日南のあまりの馬鹿さ加減に言葉が出ない。
テニスをしている時は鋭く尖った槍の様なのに。
そのまま無言で席に戻ると凪が「なに、あいつ」と吐き捨てながら、拳骨が落とされた場所を撫でている。
他のクラスメイトは何とも思わないのか。朝早くから教室で眠りこけている日南の無防備さを。
初めて日南とテニスで手合わせをした時だって男子の目の前でスカートを翻しながらテニスをしていたし。悪い輩がなにをしでかすか解かったものでもないだろう。
途端、何でそんな保護者みたいな事を考えているんだとハッとして日吉は首を横に振った。


===============


日南が授業中も眠たそうにしているのを少し離れた席から見詰めていたが、朝たっぷり寝ていた所為か、眠らずしっかりと授業を受けていた。
でも、まぁ昼休みのちょっとした時間でまた眠るだろうななんて思っていたら、眠たさが何処かへ吹き飛んだような顔をした日南が「ひーよしくん」と声を弾ませて近くにやってきた。

「一緒にお昼食べよう?」
「なんで。和歌山達はどうしたんだよ」
「凪も裕子も部活の先輩に引っ張っていかれたから一人で……」
「お前、学食だろ。生憎だが俺は弁当だ。他を当たれ」

そう言うと日南は日吉の席に黄緑色のチェックの包みを置いた。見た感じ何かの箱だ。
もしやと思って日南の顔を見上げるとムカつくくらいに明るい笑顔で「私も今日はお弁当なんだ」なんて言うから、また溜息が出てしまった。
日南の所為で1日に吐いた溜息の数でギネスに載れそうな気がしてならない。

「解かったよ……」

折れて脱力しながらそう言うと日南は喜んで「ありがとう!」なんて笑う。
日吉の前の席の男子に椅子を借りると日南は丁寧な手付きで包みを開いていく。
中身は変哲のないただの弁当の様だけど風鳥の息女だ。きっと最高級食材を板前が調理しているに違いない。

「あ、日吉君のお弁当可愛い。人参がお花の形してる」
「母さんがいつも作ってくれるからな」
「……いいなぁ。私お弁当作る時はいっつも自分で作らなくちゃいけないから。今日はお兄ちゃんが作ってくれたみたいだけど」

はにかみながらそう言った日南に、そういえば風鳥の父親や兄貴は幼稚舎の頃に見た事があるけど母親の姿は見た事はないなと思い返す。
別に日南の家族の事が気になる訳ではないのだけど何となく気になってしまう。
まぁ、日南自体心臓が弱いとは聞いているから母親も体が弱いのかも知れないと勝手に思っているけど。聞いたところで何の特にもならない話だしと、日吉は金平牛蒡に箸を伸ばした。
一方の日南は少しだけ浮かない顔をしていた。
これは何か話を聞いて欲しいから声を掛けたのではないか。そう思って声を掛ける。

「で、何か話でもあるのか?」
「……うん。あの、日吉君はさ。ストリートテニスってどう思う?」
「ストリートテニス?あの公園とかにあるコートで試合する事だよな。悪い事だとは思わないし別に良いんじゃないか?」
「……」
「どうした?」

急に黙りこくった日南は何かを考えているようで。大方ストリートテニス場で何か合ったのだろうとは思うけど。
「風鳥?」と名前を呼ぶと「景吾君がさ」と、眉間に皺を寄せて男子テニス部の部長であり、この学園の王の名を出した。
一体跡部がどうしたのだろうか。ストリートテニスとは程遠そうな人だけど。
日南の次の言葉を待ちながら金平牛蒡を咀嚼した。

「ストリートテニス場で出来た友達に言われたんだ。景吾君がストリートテニスを"弱者の溜まり場"だって言ったんだって」
「あの跡部さんが?そんな事言うような人じゃないと思うが……、聞き間違いじゃないのか?」

すると日南は小さく首を横に振る。

「私はその場に居た訳じゃないから何とも言えないけど、あの怒り方見てたら聞き間違いとかじゃないかも。……私、東京に戻ってきてからの景吾君の事、実を言えば良く知らないしどうしたら良いか解からないよ」

顔を俯かせた日南の表情は辛そうで。もしかしたらずっとその事を悩んでいて寝不足になったのだろうと思うと、少しだけ日南に悪い事をしたななんて思ってしまう。
それでも少しは警戒心を持って欲しいとは思うけど。
日吉は少し考えてから思った事を口にした。

「どうもしなくて良いんじゃないのか?」
「え?」
「お前の友達にも矜持があるから跡部さんの言葉に苛付いたのは俺も解かる。でもな、跡部さんはそう簡単に他人を傷付けるような事を言うような人じゃねぇよ。高圧的だから解かりにくいけどな。それに、跡部さんの事を理解していないというなら、お前の立ち居地ならいつでも話は出来るんじゃないのか?」
「!」
「気付いてなかったのかよ……」

日吉の言葉に顔を上げて「話をすれば良いんだ」なんて顔をしている日南に何だか毒気が抜けてしまう。
でも、少しでも手助けになったのであればそれはそれで嬉しい。
後は日南がどう行動するかが鍵になる。流石にそこまでは手助けしようとは思わない。後は全て彼女次第だ。

「今日、景吾君話出来るかな」
「どうだろうな。明後日から関東大会が始まるし、打倒青学の手塚さんに燃えてるみたいだし今日明日明後日は時間取れるかどうか……」
「じゃあやっぱり月曜日の方が良いかなぁ。個人的にもやもやして仕方ないや」
「九条さんや忍足さんがいれば、少しは話しやすくなるだろうな」
「ううん、この件に関しては2人は巻き込みたくない……」
「俺は巻き込んでおいて何言ってんだ」

少しだけ不機嫌さを織り交ぜると日南は急にあわあわしながら「ご、ごめんなさい!」と謝る。
よく鳳に色々巻き込まれるから慣れている。
「怒ってねーよ」と日南にでこピンを食らわせると再び食事に戻る。
早めに昼食を済ましてしまいたい。じゃないと日南との会話で昼休みを使ってしまいそうだから。

「そういえば、今日女子も事前にオーダー知らされるんだろ?」
「うん。妃ちゃん情報?」
「まぁ、そうだな。あの人は聞いていない事も教えてくる。嫌いではないが、少し勘弁してほしい所だな」
「妃ちゃんはお姉ちゃんで世話焼き好きだから日吉君の構いたくって仕方ないんだよ、きっと」
「……俄然止めて貰いたいな。お前からも言ってくれ」
「ええー」

けらけら笑う日南に日吉は「別に良いけどな」と何かを諦めながら言葉を返した。


2016/06/02