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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

心の亀裂

「災難だったな」
「? 何が?」

関東大会前も日吉との練習は継続されていた。
まず二人で走り込みをして、柔軟をして、それから実践練習に移る。
そしてその実践練習が一段落した休憩時間に、日吉がポツリと呟いた。因みに今日のゲームは日吉が優勢だ。

「女子は初戦から立海大付属なんだろ?お悔やみ申し上げます」
「ねぇ日吉君、喧嘩売ってる?」
「売ってねぇよ」
「男子の初戦は青学なんでしょ?レギュラーになって初の試合、頑張ってね」

そう言って返してドリンクボトルに口をつけると日吉はムスッとした表情を浮かべた。眉間にシワが寄っている。
何か日吉の機嫌を損ねるような事を口にしたかと不安になったけど、日吉は「試合に出られない」とこぼした。

「え?でもでも、日吉君レギュラーになったんじゃ」
「……」

日吉は日南の言葉に沈黙を浮かべる。
実は昨日、男子テニス部でひと悶着があった。
レギュラー落ちをした宍戸がレギュラーである滝と試合をし、滝を打ち負かしたのだ。
レギュラー落ちをした雪辱を晴らし、改めて自分の実力を見せつけてレギュラーに戻る為に。
しかし、その試合を見た榊は宍戸ではなく日吉をレギュラーに押し上げると言ってその場を去ったと、昨日の帰り向日と忍足から聞かされた。

「宍戸さんが髪を切ったのは知ってるよな?」
「えっ?あ、うん。あの髪、自慢の髪だって聞いてたからびっくりしたけど……それがどうしたの?」
「監督の前で髪、切ったんだよ。自分の覚悟の表れとして」
「!!」
「更に言えば跡部さんもそんな宍戸さんの後押ししたらしくてな、晴れて宍戸さんはレギュラー昇格。俺は一応レギュラー扱いだが控え選手だ」
「日吉君……、その、残念だったね」
「別に。これも下剋上のチャンスだと思えばどうってことは無い」

「だが、つまらねぇ……」と日吉は更に眉間にシワを寄せて吐き捨てた。
自分の実力でレギュラーになれた訳ではなく、更に完全実力主義の氷帝学園においてレギュラーに這い上がった宍戸の復活劇は日吉にしてみたら面白くない事この上ないだろう。
でも、日南は聞いていて心がワクワクしていた。努力を重ねた上で復活すると言った類の話が好きだから。
宍戸は何となく怖くて取っつきにくい人だと思っていたから、その話を聞いてなんだか交換が上がった。
日吉にしてみたら訃報も訃報なんだろうけど。

「じゃあさ、もう一回試合しよう?それで嫌な気分とか吹き飛ばしちゃおうよ!私、付き合うよ」
「悪い……。夜、この後家の道場で兄貴と組み合う約束もあるから遠慮する。また、頼んでも良いか?」
「勿論!怪我しないでね?」
「……さんきゅ」

そう一言だけ告げて日吉はコートを後にしていった。
しかし、まだ門限まで時間はたっぷりあるし、テニスしたりない。壁打ちは物足りないからどうしたものか。
そう考えていたらふと、あのストリートテニス場のことを思い出した。
そういえばテニス部に入ってからは一回も行ってないし、もしかしたら杏も来てるかもしれない。
僅かな希望を抱いて日南はラケットをしまってストリートテニス場まで向かった。


===============


公園の階段を駆け上がっていけばテニスボールが勢い良く打ち出される軽快な音が鼓膜を震わせる。
誰かゲームをしているのは明白で。あと少しの残りの階段を登る足取りが軽くなっていく。
階段を登りきるとコートでは同じ年頃の男子が試合をしていた。その傍らのベンチには杏の姿も見受けられる。

「杏!」
「えっ?!あ、日南!」

杏に駆け寄っていけば杏もベンチから立ち上がって日南に駆け寄ってくる。

「久しぶり!あれから会わないから寂しかったんだから。……ってあれ?そのジャージ」
「あ、これ?実は女子テニス部に入部したんだ。だから此処にもなかなか来れなくなっちゃって……」
「……そう」
「? どうかしたの?」

急に元気がなくなった杏に日南は首を傾げる。
もしかしたら都大会での男子テニス部の試合の事を気にしているのだろうか。だとしたら真剣勝負なんだから気にしなくても良いと思うのだけど。
しかし、日南の想像とは裏腹に杏は違う方向に表情を曇らせていた。
すると赤みが強い茶髪の少年(不動峰と氷帝の試合の時に見た事があったけど名前が思い出せずにいた)がこちらにやってくる。

「杏ちゃん?」
「あ、神尾君」
「どうしたんだ?あれ、その子友達?……っ、氷帝学園?!」

神尾君、と呼ばれた少年は日南(と言うよりは日南のユニフォーム)を見て怖い顔をしている。
一体何があったんだろうと思っていたら急に「跡部とかいうやつの差し金か?!」と言われて思考に落ちる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!私が景吾君の差金?意味わかんないよ」
「神尾君、止めて!日南はそんな事するような子じゃないわ!」
「でも!……杏ちゃんがそう言うならそうだよな。いきなり意味わからない事言ってごめん」
「え?あ、ううん、気にしてないよ。でも景吾君の差金って、何かあったの?」

話の流れがわからないままだったし、跡部が何かしたと言うように聞こえて日南は杏と神尾に詳しい話を尋ねる。
すると杏も神尾も下唇を噛み締めて黙りこくってしまった。
もしかしたら怪我でもさせられたんじゃ。そう思って杏に声を掛けようとするも、神尾が遮る。

「……実は杏ちゃん、跡部にナンパされたんだ」
「そうなの?」
「……うん。後はストリートテニスの事を馬鹿にされてカッとなっちゃって、つい手が出て殴り掛かろうとしたら"気が強い女は好みだ"って言われて」
「……そんな」

跡部が杏をナンパしたと言うのも衝撃的だけど、何よりもストリートテニスの事を馬鹿にしたと言う事の方が衝撃が強かった。
テニスのことに関しては真っ直ぐ、ひたむきな人がそんなことを言うだなんて俄に信じる事が出来ない。

「あの、差し支えなければでいいんだけど、景吾君、どんな事を言ったの?」

もしかしたら杏や神尾と跡部の言葉の認識の違いかもしれない。
そう思ったけど杏の言葉に一縷の希望は木端微塵に打ち砕かれた。

「……ストリートテニスは弱者の溜まり場だって」
「!」
「私達はテニスが好きだからこのストリートテニス場でもテニスをしているだけなのに。こんな言い草、あんまりだと思わない!?」

辛そうに吐き出された杏の言葉に日南は胸が締め付けられる。
感情に任せて言葉を吐き出してしまった事に気付いたのか、はっとした杏は日南に控えめに「ごめん」と謝るけど、そんな杏が謝ることではないと日南は思っている。
寧ろ、謝らないといけないのはこちらの方だ。
氷帝の部長が、ひいては生徒会長が、婚約者が誰かを傷付ける言葉を人に向けて使ってしまったのだから。

「謝るのはこっちの方だよ。……うちの、氷帝男子テニス部が酷い事を言って、本当に申し訳ございません」

態度を改めて頭を下げると杏が慌てて「顔上げてよ!」と日南に言うけど、日南は顔を上げる事は無かった。
信じられない。そう思う気持ちの方が大きかったから。
すると神尾も慌てて日南に顔を上げるように声を掛ける。

「そうだって、顔上げてくれよ!君は跡部と関係ないんだろ?その、俺もいきなり食って掛かって、ごめん。いきなりびっくりしたよな」
「ううん……、全く無関係とは言えないから。景吾君、私の……幼馴染みだし」
「日南」
「本当にごめんなさい!嫌な気分にさせちゃって」
「もう気にしてないよ。だから日南もそんなににしないで。ねっ、神尾君!」

神尾にウィンクをした杏は笑顔で。
対して杏の顔を見た途端に顔を真っ赤にした神尾も笑顔を浮かべていて。
何だかんだわからないけど、胸が苦しくなってくる。発作ではない、別の息苦しさ。
そのまま踵を返そうとすると杏に「日南?」と呼び止められる。

「どうしたの?打っていかないの?」
「ごめん、また用事思い出したから。またね!」
「あっ、日南」

呼び止めてみるけど日南はその場から走っていなくなる。
杏は寂しそうな顔で黙って見送った。
やっぱり、跡部の事を気に病んでいるのかもしれない。幼馴染み、とそう言っていたから跡部に近しい間柄だろうし。

「なんか、悪い事しちゃったかな……」
「そんな、杏ちゃんが悪い訳じゃないから気にしなくて良いって!」
「……うん」

神尾の言葉に頷くけど杏は釈然としていなかった。
何だか、喉に何かが突っかかている気がしてすっきりしないでいた。


2016/04/22