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共同練習

その後何事も無く時間が経過して行き、2週間に渡って開催された都大会が終了した。
惜しくも不動峰との試合に敗れた氷帝男子テニス部はコンソレーションで聖ルドルフを破って勝ち上がり、関東大会出場を決め、対して妃率いる氷帝女子テニス部も決勝を勝ち抜き、関東大会出場を決めていた。
今日の練習は休みで。練習休みの日でも監督に申請さえ出せば学校のテニスコートを使用する事が出来る。

「あ」
「ん?」

日南も自主練習で先生に鍵を借りてコートに来ていたのだが、ばったりと日吉と鉢合わせた。
ほぼ同時のタイミングでドアの前に来たのに何で今まで気がつかなかったのだろうか。
でも日南はやんわりとした態度で笑顔を浮かべて声を掛ける。

「日吉君も練習?」
「それ以外にここに来る用事なんて無いだろ」
「それもそっか。……ねぇ」
「何だ」
「日吉君も一人なら一緒に練習しない?この前みたいに一緒にラリー、やらない?」

ドアを開けて、中に入りながらそう話を持ちかけると日吉は少し考え「構わない」と短く答えた。
実を言えば、日吉も日南が一人で練習するようだったら声を掛けようと思っていたのだ。
この前の日南とラリーをしていて、実践練習の相手に丁度良いとそう思っていたから。
それに日南は女子テニス部に入部してすぐにレギュラーに上り詰めた。周りはそれをコネを使ったと言っているけど日吉はそうは思わない。
実際に試合をしてみたら解かる。日南が基礎練習を沢山積んでいると言う事を。日々研鑽を重ねていると言う事を。
過去に彼女が築き上げてきた経歴を見ていたら、決してコネでレギュラーになったとは思わないけど。

それに、1週間前学校を来てすぐに体調を崩して帰っていったのを見たけどあれから体調は大丈夫なのかも気になる。
早退していった翌日の部活休憩の時も跡部が樺地や忍足としきりに女子テニス部に様子を見に行っていた位だから余程酷かったのだろう。
でも、一番日南の傍にいる妃からはその後の経過は良好、都大会決勝戦にも出て活躍してもらったと言っていたから多分大丈夫だとは思うけど。
教室にいる時も普通に授業を受けていたし、顔色も悪いと言う事も無かった様な気がする。
妃には「クラスメイトなんだから私に聞かないで直接話しかけて聞いてみれば良いのに」、なんて呆れられたけど。
「それが出来たら苦労しませんよ」と返したら何か含みがある笑みを浮かべられたけど、あれは一体なんだったのか。気にしないように首を横に数回振って、頭の中から振り払う。

「……なぁ、風鳥」
「何?」
「いや、……何でもない。気にするな」
「?」

思わず名前を呼んでしまったけど、余り踏み入らない方が良い事の様な気がして思わず何でもないと、そう言ってしまった。
日南は何があったんだろう?と首を傾げながらもその場で軽い屈伸運動をし始める。そして、ラケットをバッグから取り出すと「準備出来たら始めよっか」と笑みを浮かべた。


===============


「相変わらず、お前のボール重いな」

1試合終わらせると日吉と日南はベンチに座り、短時間の休息をとる。
先程まで繰り広げていた試合は日南が僅差で日吉に勝利した。でも、その時の日吉の悔しそうな顔を思い出すと「すぐに追い越されちゃうんだろうな」なんて考えてしまう。
試合を通していると解かる。日吉はかなり負けん気が強い。
よくクールで冷静沈着、他人に流されない性格だという話を聞くけど胸の奥に秘めた激情を上手く隠しながら虎視眈々と相手を追い詰めていく。
下剋上。それが彼が掲げる座右の銘の様だけど、達成する為にも徐々に力をつけていっているようだ。
正味、右手が少しひりひりしている。

「日吉君こそ、短期間でめっちゃ強くなってる。ボールのスピード速くなってるし、前よりも打球にずっしりした重さあるし」
「当たり前だ。跡部さんに下剋上を果たすには日々是精進だからな」
「景吾君も強いからね。基礎練習も体力。筋力トレーニングも毎日欠かさないし。ああ見えて努力家だから」

ふわふわしたタオルで頬を伝う汗を拭いながらそう言うと、日吉は「だろうな」と薄く口元に笑みを浮かべた。

「俺達氷帝学園を束ねるあの人が、何の努力無しに200人の頂点に立てる筈が無いからな。天才だってなんだって、努力しないとあそこまでの実力は発揮出来ないだろ」
「日吉君……。うん、そうだね」

なんだか、跡部が褒められているみたいで嬉しい。自分の事よりも身の回りの人が褒められた方が何となく嬉しいのは何故だろうか。
頬を綻ばしていると「お前はどうなんだよ」と不意に尋ねられて「へ?」と変な声が出てしまう。
日吉の切れ長で細い目はじっと日南の顔を捉えていた。

「お前も毎日練習はしてるんだろ?」
「そりゃあ、まぁ。女テニに入ってから、だけど」
「どんな練習してるんだ」
「え?ええっと、まず朝起きたら腕立て腹筋背筋スクワット350回1セットに時間に余裕があれば家の敷地内走り込んでみたりとか。家に帰って来たらご飯までにもう一回腕立てとかやって、ご飯後にお兄ちゃんとラリーやってるくらい?」
「くらい……って、結構ハードだな」

彼女の家の敷地がどの位の広さかなんて知りやしないけど、風鳥の屋敷の噂を聞く限りはかなりの敷地面積を有する事は想像に難い。
思わず目を大きく見開いてしまった日吉はそのまま、まじまじと日南を見ていた。
あの日、初めて氷帝学園に姿を現した時もそうだったけどその時以上に女子の平均以上の筋肉がしっかりとついている。それこそ首から下を見れば男と間違われそうなくらいにだ。
日南本人的に筋肉質な体は嫌ではないのだろうかとは思うけど、嫌でなければこんなに筋肉はつけないよなと悩んでしまう。

しかし、これで合点がいった。日南が体躯に見合わない思い打球を打てる事にも、あの妃が絶賛し、すぐに女テニ正レギュラーに入れた事も。
涼しい顔で普段の練習量をさらりと言ってのけたけど、それでもきっと練習中は苦しいに違いない。
でもその苦しさを乗り越えているから今此処でこうやって、女子テニス部正レギュラーとして勝ち残っているのかもしれない。
そう思うと、自分が知っている日南と今此処にいる日南が違う人物なのではないかと錯覚してしまうけど。
なにも昔の日南が努力を知らないお嬢様だった、とは言わない。ただ、強くなったなと感心してしまう。

「私、日吉君の事応援してるからね」
「俺の応援?」
「うん。日吉君が景吾君を下剋上するの、応援してる」
「! 良いのか?そんな事して」
「何で?」

首を傾げる日南に「何でって……」とつい言葉が出てしまう。
確かにこの前も跡部に下剋上してやるという話をした時に婚姻関係は解消したいと伝えていると、そう聞いたけど。

「風鳥。お前、俺の事嫌いなんじゃないのか?」
「ん?んー、最初は嫌いと言うか嫌な感じだなとは思ったよ。でも、嫌いだったらこうして話しようとしないし、ラリーにも誘わない。日吉君もそうじゃないの?」
「!」

これは少なからず好意を持たれていると思って良いのだろうか。
そう思いながらもぶっきらぼうに「……ありがとう」と言うと「どういたしまして」と締りが無い笑顔を浮かべて返事を返してくる。
柄にも無く、昔の、幼稚舎の時の事を思い出してしまう。
あの時も何かあったら「ありがとう」「どういたしまして」と言う会話をしていたっけ。
それにあの時は「風鳥」「日吉君」なんて他人行儀な呼び方はして無かったよな、なんて少しだけ寂しさを感じる。
でも、此処で名前で呼び合おうだなんて言うのも気恥ずかしい。そんな、鳳でもあるまいし。
鳳は鳳で日南と仲良くなりたくてぐいぐい押していっているみたいだけど。まぁ、それは昔からそうだったなと思えばなんて事もない。

「あ、そうだ日吉君」
「何だ」
「もし、また機会あったら一緒に練習しない?」
「は?」
「……駄目、かな?」
「いや、駄目と言う事もないが。俺で良いのか?」

そう聞き返すと日南は小さく首を2、3回縦に振った。
周りに妃や跡部、忍足と言った全国区選手がいるのに自分にこれからも機会があれば一緒に練習しないかと話を振ってくれた事が嬉しい。
でもその嬉しさは表情に出さないで、胸の奥底に閉じ込めておく。
そんな日吉を他所に日南は両掌を顔の前で合わせて頬を薄く染めながら微笑んでいた。

「日吉君強いし、実際お話してみるとなんだか話しやすいし、日吉君と練習して仲良くなれたら嬉しいな。なんだか昔の私って日吉君と仲良かった?みたいだし」

「また、仲良くなれたら嬉しいです!」なんて言って笑うものだから呆気にとられてしまう。
やっぱり本質は幼稚舎の時の日南から余り変わっていないのかもしれない。
なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで日南から視線を逸らしてしまう。

「俺はあんまり馴れ合うのは好きじゃないけどな。たまにだったら手合わせしてやるよ」
「それで良いよ。日吉君の下剋上の邪魔したい訳じゃないし」
「はっ」
「何、今の笑い」
「別に」

それ以降は特に会話もなく、休憩を終わらせてもう一度コートに立つ。
もう1セット試合をしたい。互いにそういう気持ちだった。

「次も私が勝たせてもらうから、覚悟して!」
「馬鹿抜かすな、俺がお前に勝つ」
「出来るものならね!」

日吉のサーブでゲームが始まる。
そんな光景を一人、榊が音楽室の窓辺からじっと見詰めていた。ふっと鼻先で笑うとそのまま、窓辺から離れて姿を消した。


===============


生徒会室で跡部と妃は資料の整理をしていた。無音の生徒会室に等間隔に乾いた、紙を捲る音が鳴り渡る。

「委員長会議議案書のチェック終わったわよ」
「ああ。判を押して持ってきてくれ」
「ん」

跡部が言い終わるよりも先に妃は書類に判を押し、跡部が使用している生徒会長席に書類を置いた。
跡部の背後にある大きな窓からはテニスコートが良く見えるのだけど、何気なしにテニスコートの方を見たら試合をしている人影が二つ。
目を凝らしてみてみると、それが日吉と日南だという事に気がついた。
あの二人いつの間にあんなに仲良しになったのかしら。そう思ったけど仲良くなっていく二人を見ているのはなんだか微笑ましい。
ずっと窓を眺めていたら「何が見えるんだ?」と跡部が隣に並んで窓の向こうを眺める。

「テニスコート。男女次世代コンビが試合してる。スコアまでは見えないからあれだけど」
「ほう、3-3で引き分けてるな」
「何で解かるのよ、この距離からで」
「ふん。俺様のインサイトを舐めるな」
「もうそれ、眼力が凄いってレベルじゃないでしょ」

半ば呆れながらそう言いつつも二人の試合は窓の向こうで繰り広げられている2年生の試合にずっと向けられていた。

「跡部」
「あん?」
「関東大会初戦のオーダーは決まってるの?」
「気が早いな。まだ抽選会も始まって無いと言うのに」
「一応よ。早めに骨組みを組んでおくに越した事はないでしょ」
「オーダーは榊監督が決める事だ。俺には権限はない。……お前が何を言わんとしているかは俺にも解かっているけどな」

妃が言いたい事。それは日吉を関東大会で出してみたらどうかと言う事だろう。
現時点で日吉は準レギュラーの中ではトップの実力を誇っているのだから。
女子の方は部長の妃がオーダーを組む事を一任されているみたいだから必ず日南を初戦から据えるだろうけど。
その前に関東大会の抽選会が先に彼女の頭痛の種になるだろう事は跡部には手に取るように解かる。
男子テニス部も、女子テニス部の事を構ってられる余裕はないのだけど。
関東大会までにはどうにかするしかないか。そう思うと不意に溜息が零れた。


2016/03/28