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れっつごー跡部邸

跡部と日南を乗せたリムジンは大きな門を潜ると、そのまま5分程度跡部邸の敷地内を走り続ける。
日南の実家である風鳥もそれなりには大きいけどやはり跡部邸は桁違いに広い。一体京セラドーム何個分の敷地面積になるんだろうとぼんやりと考えていた。
リムジンのドアが開けられるとずらっと執事が並んでいる。何度もこの光景を見た事はあるけどやっぱり何度見ても慣れない。
先にリムジンから降りると跡部も続けて降りてくる。
途端に執事達は頭を下げて、声を揃えて「お帰りなさいませ、景吾坊ちゃま」と跡部の帰宅を称えた。
一糸乱れぬその出迎えっぷりに開いた口が塞がらない。間抜けな顔を曝すのは嫌だからすぐに表情を正すけど。

「行くぞ」
「あ、うん!」

颯爽と肩で風を切り自宅の中に入っていく跡部にすぐに駆けて着いて行く。
風鳥家本家も大きいけど、やっぱり跡部家の邸宅の方が幾分か大きい気がする。建物の造りが違うから尚更そう思うのだろうけど。
ジャージのまま、跡部にくっついて辿り着いた場所は豪華な調度品が置かれた寝室だった。

「此処は?」
「俺様の部屋だ」
「景吾君のお部屋?」

確かに、テニスの大会のトロフィーや賞状、楯が硝子ケースに綺麗に収まっているし、写真立てなんかも沢山置いてた。それに本や(洋書が多いみたいだ)脱ぎかけのパーカーが椅子の背凭れに乱雑に駆けられていた。確かに客間と言うには生活感がある。
不躾なんだろうけどきょろきょろと部屋の中を見回していたら、ぷっと跡部が吹き出した。

「お前、子供の時と同じ反応するな」
「だ、だって!同年代の男の子のお部屋ってそうそう入らないし」
「……済まない、そうだよな。あれから何年経ってると思ってたんだ、俺は」

優しげな視線で日南の姿を頭の天辺から爪先までじっと見詰める。
昔と姿はあまり変わっていないけど、身長も伸びてるし、マネージャーの仕事をしているとは言えしっかりと腕や足に筋肉がついてる。日南だって成長している事は明らかに目に見えて解かっているのに何故今、再確認してしまったのだろう。
それは多分、あのうじうじおどおどしていた日南が数年会っていなかったにも関わらず、あの頃と同じ様に跡部に接しているからかもしれないけど。そう思うと日南が成長している事を感じ取れて、嬉しくなる。
成長していない、と言うのはそれはそれで恐ろしいけど。
しかし。

「まずったな」
「? 何が?」
「お前の服装だ。まず先に風鳥に立ち寄った方が良かったかもしれないな……」
「あ、そっか。ジャージだもんね」

この後届けられるのはあくまで制服と授業道具を詰め込んだバッグだけだ。それに、既に遣いの人間ももう家を出てこちらに向かっているかもしれない。
跡部は少し考えてから指をパチンと鳴らした。途端、執事が「失礼致します、景吾お坊ちゃま」と礼を告げならドアを開く。

「至急日南をバスルームに連れて行け。その後マッサージを受けさせろ。着替えの準備もだ」
「え、景吾君?!」
「畏まりました。日南お嬢様、こちらに」
「え?あ、あの?」
「お前も疲れてるだろ。ゆっくり疲れを癒して来い」

四の五の言う前に部屋から連れ出され、あれよあれよと言う間にジャージを脱がされてメイド数名にバスルームに連行された。
広いお風呂は薔薇の香りがして思わずうっとりする。
お湯自体は白濁色に濁っていて、湯船には真っ赤な薔薇の花びらが浮かんでいた。
シャワーを浴びて、メイド達に洗髪や体を綺麗に洗って貰ってから、ゆっくりと爪先から湯船に浸かる。
やっぱりお風呂はいい物だ。ぽかぽかしてあたたかくて、なんでかは知らないけど気持ち良い。
気持ち良さに身を委ねていたら今日の試合の事がぼんやりと頭に浮かんでくる。
試合自体は余り気持ちが良い物ではなかったけど、体を動かす事自体は楽しいし、コートのライン際に叩きつけたスマッシュの感覚が今も手に残ってる。スマッシュを打った時、本当に気持ち良かった。
あの先輩達の作る嫌な空気さえなければ女子テニス部に入部して本当に良かったと、そう思える。


===============


跡部は別のバスルームを使い、今日一日の疲れを癒していた。
髪も乾かして既に自室に戻り、紅茶を飲んで寛いでいる。子供の頃のアルバムを眺めながら。
収められている写真の大半は自分と日南と眞尋の3人か、日南と一緒に写ってる物が多かった。その中でも手を繋いでいたり、チークキスをしている物が多くて。その時の事を思い出すと少し胸がむず痒い。
昔は婚約の言葉を告げる位には、日南を愛していたのに。今では妹位にしか思えないとは、月日の経過と言うのは残酷な様な気がする。
次のページを捲ると跡部の顔が急に曇った。
幼い自分の肩に手を置き、微笑んでいる女性。日南や眞尋と顔が似ているけど、彼女達とは違う。
優しくて、清廉で、大人しい。そんな雰囲気を纏った大人の女性。

「Alexia…」

そっと指先で、写真の彼女の髪をなぞってみる。
そういえば、跡部が小さい頃から彼女はよく色々な我儘を聞いてくれていたっけ。
その時の会話を昨日の事の様に思い出せそうなのに、もう彼女の声すら忘れてしまったから思い出す事も出来ない。

「景吾君」
「!! 日南か。……俺の見立てた通りだな、可愛いじゃねーの」

郷愁に浸っていたらいつの間にか日南が部屋に戻ってきていて、アルバムを閉じる。
赤と白のストライブ模様のドレスワンピースに、白いレースのショートカーディガンを身に纏っている。跡部が日南の為にと急遽、執事のミカエルに用意させたものだ。
本当は跡部が好きな金色と黒のドレスワンピで良いかと思ったけど日南のイメージに合わない。
赤と白は何となく日南に合いそうだからと思ったけど、少しばかり彼女には溌溂とした組み合わせになってしまっている。別に似合わない訳でもないけど少し、イメージと違った。

手招きすると小さい歩幅で跡部の近くに寄ってくる日南をソファの隣に座らせるとまだ、水気が残っている髪を優しく撫でる。

「ごめんなさい。何から何まで用意して貰ったり、良くして貰ったりして」
「いいんだよ。お前は俺の婚約者なんだからな」
「それは」
「言った筈だぜ?婚約関係の件については"お前が本気でそいつの事が好きだって俺に解からせてくれたら婚姻関係解消してやる"って」
「うう……解ってるよぉ。景吾君の意地悪」

唇を尖らせてむくれる日南に「日南が本当の妹だったらこんな会話を毎日出来るのか」と思うと同時に実兄である眞尋や、大阪の四天宝寺の面々が羨ましくなる。
日南の事は嫌いじゃない。ただ恋愛的に好き、と言う訳ではなくて、親愛的な意味合いでは大好きで仕方がない。

「なぁ、日南」
「ん?なぁに、景吾君」
「夕飯までまだ時間がある。四天宝寺での生活の事、色々教えてくれないか?」

今日日南を家に誘った一番の理由はこれだ。
自分が知らない日南を、他ならない日南本人の口から聞きたかった。
学校じゃ他に沢山の生徒が居るし、忍足や向日が邪魔をしてくるし、生徒会室に呼び出して話をするにしても他の生徒に日南が目を付けられる事だってありうる。
現に、既に生徒ラウンジでの婚約者発言で数人に目を付けられているみたいだし、部活でも上手く行っていないという事は妃から電話で聞いていた。
それなら家に招いて話をした方が良いという考えに辿り着いた。
日南の祖父にいつ日南が大阪に帰るのかと聞いてみたけどぶっきらぼうに「まだ先だ」と返されたし、人様の家の事を余り詮索するのも良くはない。自分の行為で祖父間の仲がこじれるのももっての外だ。

四天宝寺の名を出した途端日南の表情がぱあっと明るくなっていく。
それは跡部が四天宝寺の事を気にしてくれるのが嬉しいのか、それとも四天宝寺の話が出来るからなのか何なのか。
跡部からしたら日南が元気になってくれるのであればどちらでも良いのだけど。
先程の宍戸の準レギュラー落ちの電話からずっと元気が無かったから。
日南の他人の事でも自分の事の様に悲しんだり喜んだり出来る部分が跡部は今も昔も大好きだ。

「何から話そうかな!沢山楽しい事あったんだよ!!」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ。じゃあ、入学した後の、テニス部マネージャーを始めた経緯から教えてくれないか?」
「うん、解かった!」

そう言った日南は、再開してからの一番の笑顔を浮かべていて。
悔しいけど日南にとって一番の居場所は四天宝寺なんだな、と認識する。
そして、日南の話の中で日南が誰が好きなのかを察する事になる。
入学当初女子テニス部が廃部になってしまったばかりでその関連で男子テニス部マネージャーに誘われた事、同じクラスのクール系男子と仲良くなったと事、全国大会ベスト4敗退と言う結果に思った事、昨年の文化祭で女装喫茶をやった事。テニスの話から取り留めのない話まで色々、日南は跡部に伝えようとする。

その中でもある人物の話が跡部の興を引いた。
白石 蔵ノ介。彼の名前が沢山出てくるし、何より彼の話をしている時の日南の表情は今まで以上に柔らかで、女の子らしくて。声音には特に変化は無い様に思ったけど僅かに頬が赤く染まっていた。
そして悟る。「日南が好きだという男は白石 蔵ノ介だ」と。
確かに白石は跡部が知る限りでは性格温厚、器量良し、そしてリーダーシップに長けている男だと思う。テニスにかける情熱も熱い。
昨年、その試合を見たが一度手合わせしてみたいと、そう思ったくらいだ。
でも、果たして日南を任せられる程の度量があるのか。そう思うと首を横に振るのだけど。
今も元気に話を続ける日南に跡部は表情を僅かに綻ばせながら相槌を入れていく。

「本当に、四天宝寺が好きなんだな」
「そりゃあもう!四天宝寺に入学して後悔なんてしてないし、毎日楽しいし……あ、勿論氷帝も楽しいよ?景吾君だって侑士君だって妃ちゃんだっているし」
「そう言ってもらえるとは光栄だな」

ふっと鼻で笑うと日南の頭に手を伸ばして、頭を撫でる。
どうしてかは解からないけど日南と一緒にいる時は何かあったら無性に頭を撫でたくなる。
犬系ではなく、どちらかといえば猫系なのに。それでも日南は嬉しそうに目を細めて喜んでくれるけど。
でも、日南が本心の底で本当に言いたい言葉を押し込めてること位は解かっている。
本当は女子テニス部で感じている軋轢に責任を感じて、どうにかしたいのにどうにも出来ないから悩んでいる事に。
頭を撫でてやるのはきっと、その行為に相手を安心させる効果があるから無意識にそうしてやってるのかもしれない。でも、それで日南が少しでもリラックス出来れば跡部としても嬉しい限りだ。

「日南」
「ん?どうしたの景吾君」
「今、楽しいか?」

そう尋ねると日南は「へ?」と声を零してから少し悩んで、笑みを浮かべる。「楽しいよ」と。
その答えに目を細めるともう一度、今度はガシガシと日南の頭を撫でた。


2016/03/18