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敗戦の意味

青学VS聖ルドルフの試合の後に行われた氷帝学園の試合を日南は目を丸くしてた。
青学VS聖ルドルフの試合の後とはいってもその試合を見せて貰う事は出来なかったのだけど。

「嘘、でしょ?」

現在シングルス3。
日南はコートを囲うフェンスの外からその試合を見つめていた。
シードで本日初試合の氷帝男子テニス部の相手は杏の兄で九州二翼の片翼・橘 桔平が部長を務める不動峰中。
監督である榊の意向で関東大会までのオーダーは準レギュラーで構成し、試合によっては一部正レギュラーが参入する事になっている。
都大会までは全戦全勝出来て当たり前。完全実力主義の氷帝学園では当たり前に呟かれている言葉だったのだが、今までのダブルス2試合とも氷帝は不動峰に勝利を許してしまっていた。
昨年、全国出場を果たしている氷帝はもう既に後がない状態だった。現在のS3の試合ももう既に後がない。

「宍戸先輩、頑張って……」

右手でフェンスを掴み、握る手に力を込める。
しかし、現在コートで試合をしている宍戸の相手は運悪くもあの橘 桔平だ。彼の試合はダブルスしか見た事が無かったけども、ダブルスの試合でも実力は相当なものだった。
無名校の選手に追い詰められていく宍戸に氷帝メンバーは段々と応援が尻窄みになって行く。
自分の試合じゃないのに悔しくて下唇を前歯で噛んだ。
しかし、その隣で跡部が深く溜息を吐く。

「ありゃ駄目だな」
「! 景吾君?!」

何でそんな事言うの、と咎めるような視線を向けると本日2回目の跡部の溜息が零れた。

「日南、お前も宍戸の相手が何なのか気付いてるんだろ」
「!」

気付いている、訳ではない。橘の存在をこの試合の前から知っていた。
そう告げれば跡部はどんな表情を浮かべるだろうか。卑怯だと解ってはいるけど顔を俯かせ、目を伏せる。

「アイツは九州地区の二強の一人にして獅子学中の元エース・橘だ。今年の春先、四天宝寺にもう一人が転入して来たんだろ?」
「……うん」

跡部は他の学校の情勢も細かくチェックを入れているのか、そう日南に尋ねる。
千歳が転入してきた事実に小さく頷いた途端、無情にも審判が氷帝敗戦のコールを告げた。
コールに顔を上げると跡部は話を切り上げて日南の頭を撫でると、一瞬だけ目を伏せ、樺地を率いてコートの中に入っていく。勿論試合後の挨拶の為だ。

「あんな奴がこの都大会に出てたなんて。……誤算だな。無名校だからノーマークだった。それを利用してハナから3試合で決めにくるとは……やられたぜ、橘」


===============


結局その日は青春学園の試合を見る事が出来なくて、跡部達男子テニス部の面々と共に帰宅する事になった。
会場の公園を歩きながら、跡部は携帯電話を耳に充てて淡々と試合の結果だけを告げている。電話の相手が監督の榊である事は明白だ。

「ダブルス小川・竹林ペア4‐6で負け。ダブルス甲斐田・柏ペア1-6で負け。シングルス宍戸、正レギュラーの癖に0-6と惨敗……。ええ、準々決勝でまさか氷帝が敗れるとは」

受話器の向こうの榊も淡々と何かを跡部に指示しているらしい。
しかし、日南は跡部と榊の会話よりも一番沈んでいる宍戸の事が気になって仕方が無かった。
悔しそうに下唇を噛んで、俯いている。夕日の所為でより一層悔しさが伝わってくる。
だが、跡部は宍戸に死刑にも似た宣告を無慈悲に下す。
跡部が、と言うよりは電話の向こうの榊が、だけども。

「はい。今後宍戸は正レギュラーから外します」
「……!!?」
「それと、来週までにジローの奴を呼んでおいて下さい」

そう告げて跡部は携帯電話をジャージのポケットに仕舞った。
今、跡部がなんと言ったのか。宍戸を正レギュラーから外すと、そう聞こえた。
「け、景吾君?」と声を震わせて跡部の事を呼ぶと、「あーん?」といつもの調子で返事が返って来る。

「そんな、たった一回の敗戦でレギュラー落ちって……」
「風鳥さん、だめだよ。それが氷帝男子テニス部の掟だから」
「でも、柏先輩」

跡部に食って掛かりそうだと判断した柏が日南の肩を掴んでそう言うけど納得が出来ない。
すると跡部は「日南」と名を呼んだ途端に思い切り日南の額を小突いた。
よろけた所を柏が受け止めてくれたから転ばなかったけど、額はじくじくとした痛みを発している。

「部外者は黙ってろ」
「跡部、何もそんな言い方しなくたって……」
「あーん?敗者が誰に口を利いてるんだ。日南は女子テニス部、部外者も部外者だろーが」
「……」

正に蛇の一睨み。柏は事実を述べられてそのまま口を噤み、列に戻る。
すると跡部は本日何回目かの溜息を吐き、「帰り、家に寄ってけ」と言ってそれきり話をしなくなってしまった。

公園の入り口まで戻ってきた所で現地解散になったのだか、日南と跡部はずっと公園の前に残っていた。
学校の時もそうだけど、跡部は登下校の時も家から送り迎えをしてもらっている。
日南も一応父から車を出そうかと聞かれているけど折角の東京だし、朝錬が無い時限定だけど忍足が迎えに来てくれるのだからと断っていたのだけど。
ちらりと跡部の方を見れば携帯でまた誰かと話をしている。口調からして目上の人に話をしている、と言うのは解るけど。
そういえば、寄り道するなら帰り遅くなるっていう事を家の人間に伝えなくちゃな、と思い携帯電話を出そうとすると「その必要はない」と、携帯電話を畳みながら跡部がこちらに戻ってきた。

「どういう事?」
「今、お前のお爺様に直接電話をした。俺の我儘だからな、俺から説明した方が早い」
「景吾君の、我儘?」

別に跡部の我儘で跡部家に立ち寄る訳じゃないんだと思うんだけど。そう思ったけど自分如きが跡部を推し測れる訳が無いと、考える事を止めにした。
それよりも、イギリスにある彼の邸宅の事を考えたら日本にある跡部家邸宅の規模がどのくらいになるのだろうか、と言う方向に考えがシフトして仕方が無い。
そうこうしている内に黒塗りのリムジンが、不釣合いなこの公園の入り口にスマートな動きで停車した。
中から老紳士が降りてくるとすぐに「お疲れ様です。景吾お坊ちゃま」と頭を下げてから、後部座席のドアを開く。
考え事をしていた所為で反応が鈍くなっていた所為か、跡部がリムジンに乗りこんでいる事に気付かずにいた。

「日南、早く来い」
「え?あ、待って……」

駆け足でリムジンに近付き、老紳士に会釈するとすぐに跡部に手を引かれて車の中に引っ張られる様に乗り込む。
風鳥家でもリムジンは保有しているけど、跡部家のリムジンに比べるとやっぱり内装やら何やらが劣っている。余り乗るものでもないから気にはしていないし、比べるような物でもないけど。
畏まりながら跡部の隣で座っていると「緊張しなくて良い」と、さっきとは打って変わって優しく髪を撫でられた。

「日南、一つ言っておく。今、お前が居るのは氷帝学園だ。氷帝学園は勝利こそ全て、敗者には何の権限もない」
「……知ってる。クラスの子がそう言ってた。実力完全主義だ、って」
「なら、いい加減割り切れ。お前が優しい事は俺も良く解ってる。……お前の性格が変わっていないなら、な」
「? 最後の、どういう意味?」
「……悪い、なんでもない。気にしないでくれ」

頭を撫でる手を後頭部に滑らせて、肩をぎゅっと抱き寄せる。
そういえば、ドイツに住んでいた頃に跡部の所に単身泊まりに行って怖くて眠れなかった時、眠れるまでこうして肩を抱いてくれていたっけ。なんだか胸がくすぐったい。
小さい頃の事を思い出して「ふふっ」と笑うと「なんだよ」と返される。

「いや……小さい頃も景吾君、よくこうしてくれたなって思って」
「そうだったか?」
「うん、そうだった。景吾君は私にとっては二人目のお兄ちゃんだもん」
「あーん?何だ日南、俺様の事は男として見れないって事か?」
「えー?この前は私の事を妹みたいに思ってるって言ってたじゃん。それとどう違うの?」

まさかの切り返しに跡部はきょとんとして、それから控えめにだけどいつもの高笑いを上げる。「これは一本取られたな!」と。
この高笑いも小さい頃から何も変わりない。そう思うと安心する。
でも、そこで日南は違和感を覚えた。
何で跡部との事は覚えているのに、日吉や鳳達と一緒だった幼稚舎の時の事は覚えて居ないのだろう、と。
記憶障害が起きるような怪我をしたという風に家族から聞かされた事も無ければ、記憶障害を起こした事もない筈なのに。
考えていると気分が悪くなっていくから小さく首を横に振って、思考を無理矢理停止させた。

そんな日南を跡部は心配そうにでも表情を悟られないように見つめた。
妃や鳳達から日南に関しての話を聞いてはいたけどその時から薄々感づいていた。
日南には日本に来たばかりの時前後の記憶だけが欠落している。
無理もない。日南達風鳥親子が日本に来た理由が理由なのだから。その理由も、日南に再開出来た時に日南の祖父から聞いた話なのだけど。
日南にとっては一生もののトラウマ。消えないで引き摺る事になるだろう。跡部はそう思っている。
きっと、自分が同じ立場ならトラウマとして一生引き摺ってるかもしれない。その位に苛烈な物だ。
だから自分がどうこうして日南の心の傷を埋めてやる事が出来るとは思っていないけど、出来る限り婚約者として、幼馴染として傍に居てやりたいとは思っている。

「そうだ。日南、夕飯何食べたい」
「え?何で?」
「泊まってけ。お爺様から許可は頂いている。後で制服や明日の教科書ならなんやらを届けて下さるそうだ」
「お爺ちゃんがそんな許可を出すだなんて……景吾君、何を言ったの?」
「内緒だ」

今度はぽんぽんと頭を叩く様に撫でる。
日南が辛いのなら忘れたままでも構わない。そう思ってしまうのは酷い事なのかもしれないけど。
でも。でも、以前みたいに病気で暗く沈んでいる日南を見るよりも、彼女が笑って過ごしている方が良いと、その考えを無理矢理払拭した。
もうじき家に着く。日南には客間を用意しないで自室に通すか、なんて考えると楽しくなってつい口元が綻んだ。


2016/03/18