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高校生

「……」

何時も通り、部活が終わり、壁際に寄せておいたテニスバッグにジャージを取りに行くと日南は冷たい目でジャージとバッグを見下ろしていた。
バッグの中身は荒らされており、ジャージは業とらしく「踏みました」と言わんばかりに靴跡が幾つも踏みつけられている。
まだ寒いから試合していない時はジャージが必要なのに。もう部活上がりの時間だからこの後ジャージに袖を通す必要はないけど。
それに氷帝テニス部のジャージは白い布地の面積が広い。狭いチャーコブルーの部分は余り踏み込まれていなかったけど、白い部分にはべったりと跡が付いている。
くすくすと笑い声が聞こえる方に視線をやると、案の定あのレギュラーの先輩グループがこちらを見て下卑た笑みを浮かべていた。
せいぜい馬鹿にしているといい。レギュラーの座そのものから引き摺り落としてやるから。
自惚れている訳ではないけど彼女達よりもテクニックもパワーもスピードも何もかも上だとは自負しているから。


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「はー。これ、ちゃんと落ちるかなぁ」

誰も居ないストリートテニス場がある公園のベンチに座って靴跡塗れのジャージを広げる。
明日も勿論の事練習があるし、朝錬もあるから不安になる。ジャージを着ていなかったら着ていなかったで寒いし、妃や他の子達にあのグループに何かされたのかと心配されるから。

それにもうじき6月になる。
6月になると男女共に全国大会に向けて都大会、県大会、府大会、道大会が開催される。
日南は都大会に先駆けて、幾度と無く繰り返された練習試合の結果を総合的に見られてかすぐにレギュラーに選出された。
氷帝学園において、実力こそが全て。それを生徒達も良く解っているのか、すぐにレギュラーになっても波風が立つ事は特に無かった。ある一部の部員を除いては。
ジャージを汚したであろうあの先輩達から執拗に嫌がらせを受けているのが現状だ。
忍足や向日、鳳には「何かあったら遠慮なく相談しろよな!」と言われているけど彼らだって都大会に向けて自分を鍛え上げるのに精一杯の筈だ。それを思うと無用な心配は掛けたく無い。
早く家に帰って洗濯にかけるか。溜息を吐きながら立ち上がると、少し先にあるストリートテニス場の方から聞こえてきた。
耳を澄まして聞いてみればなにやら喧嘩をしているようだ。
日南はジャージをテニスバッグに押し込むとすぐにテニスコートの方に走っていった。

その場で見た光景に日南は目を大きく見開いた。
コートでは喧嘩ではなく、当たり前だけど試合が繰り広げられていて。白髪の長身の男性が一人で複数の男性プレイヤーを圧倒しているから。しかも制服姿で。
そして、日南はその男性につい最近会ったばかりだった。

「越知、月光、さん?」

興奮しているのか、それとも日南が聞いたあの喧嘩っぽい声以前から既に何回もゲームをしているのか解らないけど、息を上げている相手プレイヤー2人に対して越知は至って冷静にサーブを打ち放つ。
そのサーブは高打点から放たれている所為か恐ろしく早く、途中で消えた様に見えた。
目が錯覚を起こしているのか。そう思って手の甲で目を擦ってから、良く目を凝らして次のサーブを見てみるけど、矢張りサーブが消えた様に日南の目には映った。
相手の男達も越知のサーブに驚愕の声を上げる。

「なんなんだよ、あいつのサーブ!さっきから途中で消えやがる!」
「しかもいつ打ったのかわからねぇ」

音も無く、気付いた時には既にボールが相手コートでバウンドしている。
でも、横から試合を見ている日南にはしっかりと越知がサーブを打つ姿を捉えていた。
しなやかで、でも力強さがあるサーブだ。

その後もずっと無言で試合を眺めていたけども、試合はたった一人で試合をしている越知が圧勝だった。
サービスを取らせない。そして、高身長でコンパスが長い故に死角にボールを打たれない限りははほぼ歩いてボールを拾いにいっているような物だった。
相手選手が帰って行ったのを見て日南は走るようにコートに向かい、「越知先輩!」と声を掛ける。
顔は見えないけど越知は少し驚いた様相で日南に振り返った。

「お前は確か……眞尋の妹の」
「日南です!試合、拝見させて頂きました。サーブ、凄いです!ボールが消えたみたいでびっくりしちゃいました」
「そうか」

初めて会った時と相変わらず静かに、短く言葉を紡ぐ。
しかし越知はラケットを自身のテニスバッグに仕舞うと、そのままふらふらと自販機の前まで移動する。
もしかしたら試合見てたの気に障ったのかな、そう思ってしょんぼりしていたけどいつの間にか戻ってきた越知は日南にオレンジジュースの缶を差し出していた。

「喉、渇いていないか?」
「え?」
「お前にやる」
「?? あ、ありがとうございます」

別に喉は渇いていないのだけど越知の好意だ。ありがたく受け取る。
すると今度は空いているベンチに座ると日南にも隣の開いているスペースに座る様に指示を出した。日南はおずおずと越知の隣に腰を下ろした。越知はじっと日南の顔を見つめる。何故だか知らないけど、何となく気まずい。

「あ、あの。お兄ちゃん、学校でご迷惑、かけていませんか?」
「いや。あいつは他人に迷惑を掛ける様な男ではないからな。寧ろまだ至らない俺を支えてくれて感謝をしている」
「そんな、お兄ちゃんより越知先輩の方がしっかりしてるように見えます」
「! ありがとう」

礼を言うと照れて頬を上気させる日南の頭に自然に手が伸びる。
何と言うか可愛らしい。日南が大坂から東京に戻ってくる前から眞尋からよく日南の話を聞いていたけど、確かに可愛がりたくもなる。妹や弟と言った兄弟が居ない分、尚更。
眞尋の事も後輩として、部長である自分を支えてくれる副部長として、見ているけど「弟が居たらこんな気持ちになるのか」と思うこともままある。
日南は何故越知に撫でられているのか理解出来ていないのか首を小さく捻るだけだった。

「学校は楽しいか?」
「え?……まぁ」
「どうした?」
「学校自体は楽しいんですけど、人間関係の方面で部活がちょっと辛くって。みんな優しいんですけど、みんながみんなって訳でもなくて」
「……そうか」

聞かれたく無い事をピンポイントで聞いてしまったか。そう思った越知はそれきり口を閉ざす。日南も同じく口を噤んだままだった。
そうしてまた、日南の髪をくしゃりと撫でる。何だか、普段苦ではない沈黙が急に苦しくなって。
越知にも経験があったのだ。高身長で、目つきが然程よくなく、愛想も良くないから避けられる事が多かった。でも、今はもう違う。
今や越知にも沢山の仲間が出来た。いざと言う時助けてくれる、大切な仲間達が。少しばかりあくは強いけど。
日南にもそんな仲間が出来れば、少しは部活も楽しくなるのではないか、とそんな風に思う。眞尋の話を聞いていたらそう言った仲間は沢山出来たみたいだけど。
まだ、大阪から東京に来て時間は浅いから尚の事、人間関係のやっかみが強ければ、部活に入ったばかりの日南が上手く溶け込めないのだろうと越知は考えていた。
だからと言って越知が日南の学校生活で出来る事など何もないに等しいのだけど。

「携帯電話。持っているだろう。貸してもらっても良いか?」
「え?はい」

言われるがままブレザーのポケットから携帯電話を取り出すとそのまま越知の大きな掌に乗せる。
矢張り今まで見てきたどんな人の手よりも大きい。割とサイズが大きめな物を使っているのに、携帯が少しだけ小さく思えた。
越知は少しだけ日南の携帯の操作に首を傾げながらも自分の携帯を取り出し、何かを打ち込んでいる。それは紛れも無く、越知の連絡先で。越知も日南の携帯番号やアドレスを自分の携帯に打ち込んでいた。
他の人間であれば「何してんの?」と言って携帯を取り上げる(その前に携帯を貸す事すらない)けど、大好きな兄が慕う先輩なら別に気になることはない。
寧ろ越知は自分の事も気に掛けてくれているみたいで、何だか嬉しかった。特に関わりがある間柄と言う訳でもないに関わらず、だ。

「勝手にすまないが、連絡先を交換させてもらった」
「いえ!でも何で私と連絡先を?」
「眞尋には何かと世話になっているからな。その眞尋の妹が困る事があれば助け船を差し出すのが年長者の役目だ」
「でも、ご迷惑じゃ?越知先輩、高校生ですし」
「さして問題はない」

きっぱりと問題ないと言った越知は最後にもう一回だけ日南の頭を撫でると薄く唇を綻ばせた。

「来週辺りから都大会が始まるのだろう?頑張れよ、日南」
「!!」

今まで名前を呼んでくれなかった越知が初めて名前を無性に嬉しくて表情筋が自然に緩む。
そんな日南にふっと笑うと越知はその場に立ち上がり、帰宅する体制に入る。

「今度、機会があれば試合をしよう。無論、手加減はしないが」
「! お願いします!」

そう告げて越知はコートを去っていく。
日南もベンチから立ち上がり「越知さん、ありがとうございました!」と礼を告げると、その大きな背中が見えなくなるまで越知の帰りを見送る。
今まで縁や繋がりが無かった人達とこうして繋がりあえるって素敵だなぁ。なんて一瞬思考に逃避するけど、そろそろ家に帰ってジャージを洗濯しなくちゃと思うと急に現実に引き戻される。
でも、日南の表情は頬が緩みっぱなしだ。
大好きな兄が慕っている人が、応援してくれるから。

「都大会、頑張らなくちゃ」

先輩からの嫌がらせなんかで立ち止まっていられない、と気持ちのスイッチを入れ替える。
どんな強い相手が出てくるんだろう。腑抜けた試合なんで士照られないな。そう思うと胸の高鳴りが止まらない。
帰ったら洗濯機回して、ご飯食べて、時間があったら少しだけ眞尋にラリー付き合ってもらおう。この後の予定を立てて日南もコートを後にした。


2016/03/08