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入部

「集合!」

翌日の放課後部活が始まると同時に妃が部員達に号令を掛ける。
その妃の隣に、真新しい氷帝のテニス部ジャージを身に纏った日南も並んでいた。
日南の事を知っている生徒が多いのか「あの子……」と部員達はざわめいた。無理もない、人が沢山集まる昼休みのラウンジで跡部が婚約者である事をカミングアウトしてしまったのだから。
でも余りいやな印象は持たれていない様だ。「新しい子が入ってきた」「新入生の子ってテニス強いって聞いてたから楽しみ」と中々に好印象を持たれている様な言葉が聞こえてくる。
中には凄い形相で日南を睨みつけている人もいるけど、極少数だ。

「一時転入で短い期間の入部になるけど、今日から新しい部員が入ります。……ひぃちゃん」
「あ、は……はい!転入生の風鳥 日南、2年H組です。短い期間になりますがよろしくお願いします!」

頭を下げると「よろしくお願いします!」と元気で華やかな声が返ってくる。何だか嬉しい。四天宝寺に居た時は女子テニス部が無かった所為か野太い男子の声ばかり聞いていたから。一人一人の声はそんな風に聞こえないのに声って不思議だ。

「じゃあ、風鳥さんと仲良くなる為にお話しするのは休憩時時間にお願いね。早速全員素振り800回!それが終わったらコート周り20週!!始め!」

妃がすぐに号令を掛けると部員達は蜘蛛の子を散らすように自分のラケットを取りに行き、素振りを開始する。それは日南も例外ではなくてすぐに自分のラケットを取りに行くと素振りに参加する。
解っていた事だけど妃が自分の事をいつもの愛称の"ひぃちゃん"ではなく、"風鳥さん"と苗字で呼ぶのは距離が出来たみたいで悲しいなぁと思うと同時に、幼馴染で元ダブルスパートナーであっても贔屓はしないと言う強い意志が伝わってくる。
妃はやっぱり日南にとっては憧れのお姉さんだとそう思いながら久し振りの素振りを頑張ってこなす。
選手のマネージメントも楽しいけどやっぱりこうして自分でテニスをするのも楽しい。そう思うと自然と笑みが零れた。

コート周り20週を終えた後、すぐに1回目の休憩に入る。すると周りに1年生、2年生、3年生関わらず沢山の部員が寄ってきた。
皆聞いてくるのは跡部や忍足、後は部長である妃の事だけど。
覚悟はしてたけどこう、短期間で何度も質問責めに合うのって少しきついなぁと、思いながら愛想笑いを浮かべてしまう。
そんな中で少し離れた所から「転入生だからって調子に乗ってんじゃねーよ、ブス」とあからさまな悪口が聞こえてくる。
悪口が聞こえてきた方向に視線を向けると3人位のグループが日南に嫌悪感を込めた視線を向けている。まだ自分に向けられた悪口だからいいけど、悪口を言う時点で何だか嫌な感じだなと思って視線を逸らす。
それが癪に障ったのだろう、グループのリーダーであろう女子が大きくチッと舌打をした。

更に少し離れた所でそれを見ていた妃も眉間に皺を寄せて日南とその女子を交互に見返す。
「あの子、何かしでかさなければいいけど」。杞憂に終わってくれれば良いのだけど。そう思ったけどそうは行かないだろうなと思って妃は溜息を吐いた。
何故なら次の練習は都大会に向けてのレギュラー決めの為の練習試合なのだから。


「すごーい、風鳥さんストレート勝ち」

サービスエースで先制を取ってから、1ゲームも落さないで試合に勝利する。
男子と女子を比較対象にしちゃ行けないんだろうけど、やっぱり白石や財前達と試合をしているのと少し違う感じがする。
でも、全くテニスをしていない訳でもないけど試合をする事自体は久し振りだから1ゲームも落さないようにするのは少しキツかった、集中力を保つ事は勿論、この後の試合の事も考えて体力を温存するようにしなくちゃと色んな事を考えてしまう。
昔はそんなにあれこれ考えないでのびのびと好きなようにやっていたけど。

コートから出ると先ほど仲良くなった3年生の先輩が渡してくれたタオルを受け取り、顔の汗を拭う。
すると背中に何かが当りドンッと鈍い音がその場で響いた。背中が思い切り叩かれたのか、痛む。
音に驚いた部員が「どうしたの?」「大丈夫?」と駆け寄って心配してくれるけど、何が起きたか日南も把握していないから「大丈夫」とも何とも言う事が出来なかった。
ただ。顔を上げてコートの方に視線をやったらあのグループの女子がくすくすと冷笑を浮かべながらこちらをチラチラ見ていたから、彼女が叩いて行ったんだなと言うのは容易に解った。
試合で当ったら絶対負かす。そう思いながらも彼女の背を見つめた。


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「そら災難やったなぁ」

帰り、タイミング良く帰路につこうとしていた忍足と向日と鉢合わせた日南は二人に誘われてたこ焼き屋に来ていた。
刻んだ柚子を載せた醤油ソースのたこ焼きを熱がりながらも咀嚼すれば向日が「大丈夫か?」と声を掛けてお茶をくれる。
お礼を言おうとしたら「はひらとうごらいまふ」なんて満足に言葉も告げる事も出来なかった。
お茶のお蔭で大分冷たくなったけど口の中が痛い。舌先で口腔内をまさぐると粘膜が火傷で少し捲れ上がっていた。
向日もジュースを飲みながら「でもよー」と声を零す。

「そいつとも試合して勝ったんだろ?ならいいじゃん」
「でも、私が勝ったのはただの偶然って言われて……ああもう本当思い出しただけでも腹立つ」

妃から聞いたところ、彼女は2年の時からずっとレギュラーを張っている3年生で、かなりプライド高い性格をしているとそう言われた。
だからいきなり現れた日南の事が気に食わないらしい。
彼女の所為で辞めた部員もいるくらいだから気をつけて、とそう試合が終わった後で忠告をされた。それは問題行為じゃないのかと考えてしまうけど。
とにもかくにも、その事までは忍足にも向日にも話すつもりは無い。
女子テニス部の事を男子テニス部である彼らに相談して巻き込むのは気が引ける。だから口を噤んだ。

「まぁ、何かあったら俺らも力になるわ。なぁ、岳人?」
「おう!一人で抱え込まなくてもいいんだからな?何たって俺はお前の先輩だし」
「ふふ、ありがとうございます向日さん。侑士君も、ありがとう」
「別に構わへん。心配やって言うのもあるけど、自分に何かあったら謙也がうるさいのもあるからな」
「あはは、謙也君は昔から心配性だからねぇ」

今度は火傷しないように、と息を吹きかけて少し冷ましてからたこ焼きを齧る。
忍足はまさかの日南の発言に目を丸くして、それから少しだけ謙也に哀れみの念を抱いた。
謙也が日南に抱いている感情が恋愛感情だと解っているから。多分、日南が大阪に来た時からずっとその感情を抱いている筈だ。
今でも日南が隣の家に越して来た時の事を鬱陶しい位に、内容を脚色して話してくる位だから。
でも日南の様子を見るからに彼女は謙也の事をそういった感情ではなく、親愛の方向で見ているらしいことは明白だ。
すると、一人だけ謙也の事を知らない向日が謙也に興味を持ったのか謙也の事を聞いてくる。

「なぁ、その謙也ってヤツ、時々侑士との話にも出てくるけど日南も知り合いなのか?」
「はい。私の家のお隣さんですよ。一緒に学校登下校してくれたりとか、夜コンビニ行く時とか心配して着いて来てくれたりとか。夜もお庭で一緒に話したりとか」
「へぇー。何かいい奴だな、謙也って。侑士の従兄弟らしいし俺も会ってみてぇ」
「謙也君、めっちゃいい人ですよ。優しいし、面白いし。もしかしたら向日さんと気が合うかも」

そう言うと向日は「おお!」と感動に満ちた声を上げる。
確かに謙也と岳人は気ぃ合うやろうなぁ、と忍足はうんうん頷いた。
だが、いかんせん東京と大阪で、互いに部活で忙しい身だ。そうそう会う事はないだろう。
会う事が出来るとしたら一つだけ、可能性があるのだけど。

「暫くはこっちに来れないらしいからなぁ……。せやけど、四天宝寺は昨年全国に進んでる学校や。多分、今年も全国にのし上がってくる。俺らも全国に進めば会えるんやないかな」
「全国に進むのは当たり前だろ!……俺達は特に、今年が最後なんだからよ」
「(最後……)」

向日の言葉に日南は顔を伏せて、目蓋を閉じた。
でもすぐに首を小さく横に数回振って考えを振り払う。
ダメだ。暫くは大阪に帰りたいとかそういう方向の事は考えないようにしなくちゃ。気が付くといつもそうだから気を付けなくちゃ。そう言わんばかりに。
すると向日は「あっ、そうだ!」と何かを思い出したように声を上げた。

「日南!お前、俺に対してそんなかたっくるしい喋り方しなくてもいいんだからな」
「え?」
「侑士はまぁ、幼馴染だから良いとして……俺だってお前と仲良くなりてぇし、何か堅苦しくて嫌なんだよな、敬語で喋られるの。お前も俺の事岳人って呼べよ、良いな」
「あ、はい……じゃなかった、うん。岳人、君」

はにかみながら日南を呼ぶと、意外に名前で呼ばれるのが恥ずかしかったのか岳人は僅かに頬を赤く染めた。そしてカップに残っていたジュースを一気に飲み干す。
そんな様を見て、忍足は「もしかしたらがっくん、日南ちゃんに惚れたんか」と口元をニヤ付かせて見つめていた。
まぁ、日南は向日が好きな女の子のタイプではないからそれはないかな、とは思ったけど昨日見た恋愛映画がそんな内容だったから感化されているのかもしれない。
微笑ましいわぁ。と思いながら忍足は烏龍茶を飲み干した。


2016/03/02