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分かり合う

翌朝。日南は大きな紙袋を手に、早めに学校に来ていた。
勿論、紙袋の中身は日吉が貸してくれたジャージで。家に帰ってからすぐに洗濯をして綺麗にした。
妃曰く、日吉は朝早く学校に来きてテニスコートに居るという。更に言えば男子テニス部は毎週水曜日が休みで、今日がその休みに当る。
でも、正レギュラーの座を虎視眈々と狙っている彼は休みでも朝早くコートで練習していると、そう聞いた。
だから教室に向かわず、真っ直ぐテニスコートに向かうと妃が言う通り日吉が其処に居た。
服装は制服ではなく白いTシャツに、長ジャージだ。今でも少し肌寒さがあるから、体を動かしているとは言えTシャツだけでは寒いのではないだろうか。
駆け足でコートに駆け寄り、無許可だけど中に入ると「日吉君」と声を掛けてみる。
日南の声に気が付いたのか、日吉はすぐに練習の手を止めて日南の方に振り返った。

「……風鳥?何だよ」
「練習中にごめんなさい。……昨日、ジャージ貸してくれたでしょ。だから返しに来た」
「別に教室でも良いだろ」
「妃ちゃんに、日吉君が朝早くから学校のコートで練習してるって聞いたから、早めに返した方が良いかなって。まだ、朝肌寒いから風邪引いたら困るだろうし」

日吉はその言葉に驚いたのか切れ長の目を開ける所まで見開いて、それから「ありがとうな」と不器用に返した。

昨日の帰り、妃と女子テニス部入部の話をしながら帰ったのだけど何故か妃は日吉の話ばかりしてきた。
その中で彼女がはにかみながら言った言葉がある。
「日吉って、私が見た感じだけど不器用なんだよね。でも、憎まれ口叩いてもちゃんと尊敬すべき人間の事は尊敬しているし、上下関係もしっかり弁えてる。ちょっと向上心強くて不器用だからつい、キツイ言葉を使ってしまうみたい」。
もしかしたら昨日のあの発言も、実は鳳を意識しているからああ言ってしまったのかもしれないと、そう思うようになっていた。言葉の真意は日吉にしか解らないけども。

「練習熱心なんだね」
「中学に入ってテニスを始めたからな。あの人に下剋上を果たすには上に登っていかなくちゃいけない」
「あの人?」
「跡部さんだ」
「!!」

確かに鳳や妃が言っていた通り向上心が高い。いきなり越えるべきハードルを跡部にするだなんて。
昔は、ドイツに住んでいた時によく家の用事でイギリスの跡部の屋敷まで行って、跡部とテニスをしていた。その時は長期戦にもつれ込みさえしなければ、日南が紙一重で試合に勝っていたけど。
でも、現地では日本人の体格では周りの子達と差が開いていた跡部は血が滲むような努力をして、その時の彼よりも技術が上回っていた日南を追い越して。そして、相手の弱点を突くテニスを得意にするようになって強くなっていった。
昨日の妃との試合も、上手く妃の弱点や死角を突いてポイントを取っていた。妃が途中で体力切れを起こした部分もあるけれど。
何だか、少しだけ日吉が跡部に似ているなと思うと、自然に笑みが零れた。

「おい。今笑ったな?」
「え?わ、笑ってないよ」
「いいや、笑ってた。どうせ俺には跡部さんを越す事が出来ないと、そう思ってるんだろ。お前は跡部さんの婚約者なんだからな」
「!」

「本当ムカつく!」。そう返したかったけど何とか言葉をグッと堪えて、深呼吸をする。
変な目で見られたけど別に気にしてない。いきなり深呼吸なんてされたら誰だって訝しむだろうし。

「別に、日吉君が景吾君を越せないだなんて思ってないし、景吾君には婚約関係解消したいって言ってある」
「!! お前、正気か?」
「正気って、どういう意味?」
「いや……氷帝の女子は跡部さんにきゃあきゃあ騒ぎ立ててるからな。俺が知る限りで騒ぎ立ててないのは九条さん位だ」
「妃ちゃんが好きなタイプの男の人、大分渋いからなぁ……」

そう呟くと「そうなのか?」と日吉に聞かれた。頷くと「そうか」と少し驚いたような顔をしていたけども。
もしかしたら妃の事が好きなのかな?そう思ったけど敢えて口にしなかった。
また変に言い合いになるのは嫌だから。

「何か、日吉君の事誤解してたかも」
「? 何を誤解してたんだ」
「嫌味で卑屈な男の子だと……」
「奇遇だな。俺もお前の事を誰にでも媚び諂うタイプの強気な女だと思ってた」

そう言い合うと、言葉に間が出来る。でもその間が何だか可笑しくって二人して急にくすくすと笑い出してしまった。
何と言うか、互いに悪い方向に印象を抱いていたけれど実際はそうじゃなくて、誤解していた事が何だか恥ずかしい。

「お前が、余り性格変わってなくて良かった」
「?」

そう言えば日吉も幼稚舎にいた時の日南を知っているんだっけ。そう思うと今の発言にも納得がいく部分が多い。
でも、鳳と言っている事が食い違い過ぎて逆に混乱しそうだ。
余り気にしても混乱するだろうから考えないように話を受け流すけど。

「ねえ日吉君」
「何だ」
「まだホームルームまで時間あるよね」
「ああ。でも、それがどうした?」

日吉が言葉を言い終わるよりも早く、日南はテニスバッグを肩から下ろし床の上に置いた。
そして、ファスナーを開けると水色のラケットを1本、その手にしっかりと握り締める。日吉の練習相手になれるかな。そう持ったから。
その様子を見て、日吉も日南が何を言いたいのかを瞬時に理解し、不適に笑う。

「手加減はしないからな」
「当たり前だよ!手加減なんかしたら怒るからね」
「ふん」

二人はコートに入ると、日吉のサーブから試合を始める。
特にゲームの内容は決めていないけど、何となくでボールを互いに打ち返す。いつもの試合の様に。
日南がポーチに出れば日吉は高めのロブを上げて点を取りに行く。しかし、その行動を呼んでいた日南はすぐにロブを拾いに行き、思い切り日吉の左サイドに打ち込む。
だが、日吉も日南の行動はある程度呼んでいたのか難なく打ち返した。
例え軽い手合わせでも負けたく無いな。日南はそう思ったけど恐らくそれは日吉もそうだろう。
そうじゃなければ二人して一緒にこんなに一生懸命ボールを追いかけるだなんて事はしない。
何よりも、日南はこうして日吉とラリーを続けている事が楽しくて仕方が無かった。
意外に日吉の打球は癖があるけど、その癖からも日吉がどんな人間かをほんの少しだけ垣間見る事が出来る。

「風鳥、お前、意外に強い打球打つんだな」
「そりゃあね!いつも筋トレ代わりに重たいダンボールとかジャグとか一人で運んでたから!」
「筋肉つけたからと言ってこんな打球が一朝一夕で打てる訳、ないだろっ!」
「まぁね!」

まだ数分しかラリーを続けていない筈なのに、何十分もずっとラリーをしている錯覚に陥る。
出来ればずっとラリーしていたいな。そう思った。


===============


ホームルームが始まる25分前にはラリーを切り上げてコートを後にした。
ラリーで汗をかいた所為か少しだけシャツが張り付いて気持ち悪い。ブレザーを脱いで腕に抱えているけど、せめてTシャツに着替えてからラリーを開始させてもらえば良かった。

「風鳥」
「何?」
「今更だが、制服でテニスするの止めろよ」
「うん。熱いし、汗で張り付いて気持ち悪いし、動きにくい」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃなくて」

しかしすぐに「もういい」と日吉は匙を投げるように言葉を放った。言いたい事があれば言えば良いのに。
もしかしたら下着透けちゃってるかな、何て思って制服を確かめるけどシャツの上には指定のセーターを着ているからそれはないし、スカートの下も短めのスパッツを穿いているから見えることはまず無い。他に何か心配する事あるかな、と考えてみるけど特に何も思い浮かばなかった。
そんな日南を日吉は冷ややかな目で見る。前言撤回。やっぱり昔の、日吉が良く知る日南とは性格が違う。
昔の彼女であれば、笑う事は少なかったけど転んでスカートが捲れただけで泣きそうな顔してぷるぷる震えていたのに。こんな大雑把で恥も外聞もなさそうな言動はしなかった筈だ。
大阪に行って生活環境が変わったからなのか、大分明るくはなっているみたいだ。明るくなっている事に対しては日吉も嬉しいとは思うけど、もう少し慎みを残していて欲しいと思った。
日南が動き回る度にスカートが捲れ上がって、少しだけ冷や冷やしたから。

「まぁ、お前に行っても右から左なんだろうけどな」
「……怒って良いかな」
「好きにしろよ」

日南の後頭部に腕を伸ばし、頭を掴むとわしゃわしゃと業と髪を乱すように日南の頭を撫でる。
「な、ちょ、止めてよー」なんて情けない声で日吉の手を掴もうとするけど、掴まらないように腕を動かすと猫の様に手を追いかけてくる。地味に面白い。
そんな光景を少し離れた廊下から忍足と妃が眺めていた。

「あれって準レギュラーの日吉と日南ちゃんやんな?……あの二人何してんねん」
「随分仲良くなったわね。昨日までひぃちゃん、あんなに日吉の事嫌味な人!って言ってたのに」
「そんな事言うて、自分確か日吉と去年委員会同じで仲良かったやんな?何かしたんやないか?」
「別に?日吉がひぃちゃんの事気にしてたからちょっとひぃちゃんの事を教えてあげただけ」
「……思い切りに何かしてるやん」
「あら、侑士はひぃちゃんが友達出来なくてしょんぼりしてるのが見たいの?」
「そうやないわ。……ああもう自分と話してると気分狂うわ」

隣で憎らしくも「ふふふ」と笑う日南に忍足は溜息を吐いた。
「こいつ、人の関係性で遊んどるわ」と。


===============


妃に連れられて昼休みの内に入部届けを顧問の先生に提出して、今日は男女共にテニス部は休みだからと放課後は真っ直ぐ家に帰った。
入部届けを出した折にすぐに先生が(何故か満面の笑みを浮かべて)ユニフォームをくれた。
跡部や妃が着ていた、昨日日吉が貸してくれたものと同じジャージだ。サイズを元々知っていたのかサイズはぴったりだ。
すぐに袖を通してスタンドミラーの前に立ってみる。スコートは規定を破る物でなければ自分が動きやすい物を自由に選んでいいと言われたから四天宝寺に居た時から穿いている白い、プリーツ形状のスカートを穿いている。
実はこのスカートは昨年、小春からプレゼントされたスカートだった。部活中もずっと穿いてた大切なスカートだ。だから東京にも、四天宝寺のユニフォームと一緒に持って来た。
壁に、ハンガーにかけて吊るしてある黄色と黄緑のユニフォームを見ていると少しだけ罪悪感が芽生える。

「……メールか何かでお知らせした方がいいかなぁ」

寧ろ、四天宝寺に居た時同じクラスだった財前みたいにブログを開設してみようか。そう思ったけどブログの開設の仕方なんて解らないし長続きするかどうかも危うい。
悩みながら部屋着に着替えて、ユニフォームを小さく畳んでテニスバッグの中に入れる。
一息ついてからベッドの上に寝そべりながら、目蓋をそっと閉じた。

「日南ー、いる?」

ノックの音と一緒に兄の声が聞こえて「うん、帰って来てるよー」と返すと、眞尋がひょこっと顔を覗かせる。服装はまだ制服のままだから多分学校から帰ってきたばかりなのだろう。
しかし、眞尋の更に奥に誰かの、人間の手が見えた。眞尋の手よりも大きいような気がする。
ベッドから起き上がると恐る恐るドアの方に向かうと、身長が高い白髪に青いメッシュを入れた男性が立っていた。

「お、お兄ちゃん。その人は?」
「俺の先輩の越知 月光さん。高等部男子テニス部部長ね」
「こ、こんにちは」

ぺこんと会釈をすると、ぶっきらぼうに聞こえるけど優しい声で「よろしく」と返してくれた。
青いメッシュの所為もあるのだろうけど、前髪で顔を隠している所為もあってかミステリアスな人だな、と言うのが第一印象だ。

「月光さん、これが俺の妹の日南です。結構日南もテニス強いんですよ。テクニックだけだけど」
「お兄ちゃん一言余計」
「だってそうだろ?日南は体力ないし、それなりに打球は重いけどずっと維持できる程の筋力ないし」
「ううう……」
「あまり妹をからかってやるな、眞尋」
「はーい」

越知がそう言うと眞尋はしょぼんとしながら日南に「今日はゆっくり休みなよ」と頭を撫でる。
一体なんで。そう思ったら「妃からメール貰ったから。明日から頑張れよ」と越知と一緒に日南の部屋を後にした。もしかしたら敷地内にあるコートで練習をするのかもしれない。
見に行きたいな、と思ったけど何だか少し眠い。
部屋の中に戻ると日南はまたベッドの上に寝転んで少しの間、眠りに付いた。


2016/02/28