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決意

放課後。日南は帰りのホームルームが終わるとすぐに教室の後ろ側に立てかけて置いておいた自分のテニスバッグを肩に掛け、帰宅準備に掛かる。
凪達に「バスケ部の練習見に来てよー」と誘われたけど「ごめん、また今度見に行かせて!」と断る。
申し訳ないから明日なんかお菓子でも買ってきてあげよう、と思いながら教室を出ようとすると背後から「おい」と声を掛けられた。
振り返ると其処には日吉が少し高い位置から日南の事を見下ろしている。

「日吉君。どうかしたの?私、今日何も当番ないよ?」
「そうじゃない。……お前、俺の事覚えてないのか?」
「え?」

いきなり何を言っているのだろう。確かに、鳳が写っていたクラス写真に日吉も写っていたけど。
不思議に思いながら首を小さく縦に振ると、心なしか寂しそうな表情を浮かべられた。

「もしかしたら、日吉君も昔私と同じクラスだった、とか?」
「あぁ。鳳も一緒だったけどな」
「ごめんなさい、幼稚舎にいた時の事自体あんまり覚えてない」

そう言うと日吉は切れ長で細い目を大きく見開いて驚いた様な顔をする。
そして、何か考え少し間をおいてから寂しそうな表情で「……そうか」と呟いた。

「悪いな。急いでたんだろ」
「別に急いでる程でもないから構わないけど……でも、いきなり何で?」
「いや、鳳がお前の事心配してたから気になってな」

昨日はあんな悪態を吐いていたけど、本当は友達思いなんだなと、少しだけ日吉の事を見直す。
だが、次の日吉の言葉でそんな関心もすぐに瓦解する。

「鬱陶しいんだよな、昨日から。練習の邪魔されるし」
「何もそんな言い方しなくても」
「練習を邪魔される程、鬱陶しい物はない」
「長太郎君は日吉君の友達じゃないの?」

あまりの物言いに思わずムッとしながら言葉を吐き捨てる。
鳳は日吉に悪態吐かれても彼の良い所を上げて日南に教えてくれたのに、そんな物言いは酷い。
しかし日吉当人はそう思っていないどころか、なんとも思っていないようだ。その態度が更に日南をムッとさせる。

「鳳?あいつは俺の興味範囲外だ。下剋上の対象ですらない」
「そういう言い方ないと思うんだけど」
「お前こそ何言ってるんだ?元居た学校がどうかは知らないが、此処は完全実力主義の氷帝学園だ。弱い奴に興味はない」
「っ!!何か、君、ムカつく」

そう言い捨ててから日南は肩を怒らせながら教室を出る。
剣呑な空気を悟ったクラスメイト達は固唾を飲みながら二人のやり取りを見ていたが日南が怒って教室を出て行ったのを見て心配そうにその背中を見送った。
日南が日吉の事をよく解っていないから、と言うのもあるだろうけど日吉も日吉だ。教室に残っていた凪はそう思いながら静かに溜息を吐いた。

教室から出た日南は真っ直ぐ玄関へと向かい、校門へと向かっていく。
転校早々やらかしてしまったけど、何もあんな言い方しなくたって。
胸をむかつかせながら歩いていると、視線の先で女子生徒達がきゃあきゃあ騒ぎながらある方向へ向かっていく。
耳を澄まさなくても聞こえてくる。「跡部様が妃様と試合されるんですって」「本当?!見に行かなくちゃ」「どちらを応援しようかなぁ」「そりゃあやっぱり跡部様でしょ!?」「でも妃様にも勝って欲しいー」と黄色い声が鼓膜を揺らしては過ぎ去っていく。

「景吾君と妃ちゃんが、試合?」

ストリートテニス場に行こうかと思っていた足が、その場でぴたりと止まる。
跡部とも、妃とも試合をした事はある。だからこそ、あの二人の強さを知っている。
そんな二人が試合するとなると。それは面白い試合になるだろう。
日南は気分を切り替え、そしてすぐに方向転換をし、他の女子生徒の流れに乗りながらテニスコートに向かった。


===============


日南は時間を忘れて跡部と妃の試合を見つめていた。
現在の試合運びは5−5でほぼ互角の試合運びだった。
空気が震えるくらいの声援がコートいっぱいに響き渡る。男子テニス部も女子テニス部も、部外の生徒達も声を張り上げている。
妃が放つ強烈なストロークを跡部は難なくコーナーに返す。しかし、妃はすぐにコーナーに走りロブを上げてしまったのだが、何とか打ち返した。
だが、跡部にロブを上げるという行為は自殺行為に等しい。跡部はロブに対して強みがある。

「これで仕舞だ、破滅への輪舞曲!」
「しまっ……」
「妃ちゃん!」

跡部が放ったスマッシュが妃のラケットのグリップに当り、手から落ちた。
だが、ボールは綺麗に跡部側のコートに緩やかに戻って行く。再度、跡部は鋭いスマッシュを妃のコートに撃ち放つ。

「ウォンバイ跡部!6-5!」

審判を努めていた女子テニス部の生徒が跡部の勝利を告げると途端、耳を劈く位の黄色い声が一斉に上がった。
跡部も妃も大量の汗を掻きながら、肩で呼吸を繰り返しながら握手を交わす。

「……はーっ、悔しいけどやっぱり強い。負けたわ」
「当たり前だ。俺様は日々進化してるんだよ。だが……」
「? 何?」
「お前も、強くなっている。だから誇れ。氷帝のクイーン」
「……その呼び名、薄ら寒いから止めてくれる?」
「相変わらず、冷たい女だな」

嬌声と拍手に包まれる空気の中で妃は冷笑を、跡部は苦笑を浮かべる。
その様も日南は瞬き一つもせず、肩を僅かに震わせてじっと見つめていた。

「……おい、妃」
「何?」
「日南、見に来てるみたいだぜ?」

日南の姿に気が付いた跡部はくいっと顎で妃に指示を出す。
妃は振り返ると僅かに表情を明るくさせて「ひぃちゃん……」と、小さく零した。

「今の試合見て、入部してくれれば良いんだけど……」
「そうだな」
「……貴方としては、ひぃちゃんをマネージャーに欲しいんじゃないの?」

意地悪くそう聞けば跡部は口角を上げて、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
確かに、経験豊富な日南がマネージャーとして男子テニス部に入部してくれれば有難いと言えば有難いし、跡部も安心出来る。
しかし、あの日の日南のあの顔を見ていたら、今の試合を眺めていたあの顔を見ていたら、マネージャーより選手としてテニスに関わっている方が彼女の幸せに繋がる。そう思っている。

「あいつは、お前の所で昇華させてやれ」
「! あの子が、その気になってくれれば幾らでも、ね」

空を見上げ、妃は呟く。
後は日南の気持ち一つ。この試合が日南の心を突き動かしているかどうかはわからないけど、少しでも突き動かす事が出来ていれば。
あぁ、今日もムカつく位にいい天気ね。と、そんな事を思いながら祈った。


===============


日南は制服のまま、公園でひたすらに壁にボールを打ち続けていた。
無心に、一打一打に力を、体重を込めて。
あんな試合を見せ付けられたら、体がテニスを、試合をしたくてうずうずして仕方が無い。
跡部と妃の試合を見て「私も、あんな試合がしたい」。そう、心が叫び始める。
この前の越前との試合も楽しかったけどお互いに本気を出していなかったし、何よりも途中で試合を放ってしまった所為で消化不良を起こしていた。
だからこそ、越前を探しにストリートテニス場に訪れていたのだけど。でも、今日も越前 リョーマの姿を見る事は出来なかった。
一層の事、彼が居る青春学園に行ってみようか。
地区大会が終わったこの時期に部活を見に行っても偵察に来たのか位で済まされるだろうし。、
一際強く、壁から跳ね返ってきたボールを強く打ち返す。
打ち返されたボールは強い回転が掛かったまま、跳ね返らずに壁を押す様に回転を続ける。
やがて回転が収まるとそのまま地面に転がり落ちた。壁には摩擦が生じた、少しだけ焦げた後が残った。

「……」

摩擦熱を帯びて僅かにこげた、熱くなったボールを手にとるとテニスバッグの中に放り込む。
そしてスカートを揺らしながら踵を返し、走る。
やっぱり自分の気持ちに嘘は吐けない。テニスがやりたい。強い相手と戦いたい。その一心で。
それに、また、一緒にテニスをしたいと言う妃の言葉が何よりも嬉しかったから。
まだ、部活は終わってないだろうか。そんな事を考えながら日南はずっと学校までの距離を走る。
全力で走る事は負担が掛るから、余力を残して、時折休憩を挟んで。
でも、早く学校に行って妃に自分の意思を伝えたくて。そう思うと、いてもたっても居られない。
四天宝寺に居た時はよく一氏に「自分はホンマ見かけによらず猪突猛進やな」と言われたけど、全くその通りだと思う。でも、気持ちが抑えられないのは仕方が無い。

20分近くの時間を掛けて学校に戻るとまだテニスコートでは練習を続けていて。もう跡部と妃の試合が終わったと言うのにまだ沢山の生徒が部活を見学していた。
部活が終わるまで待ってるかな。そう思って、コートを四方に囲う観客席の一番上に座った。
流石一番高い場所から眺めてるだけあってコートの全貌を伺う事が出来る。
コートの中は男子部員と女子部員が混ぜこぜになっているから恐らく男女混合練習なんだろうな、と今更に思った。

「やっぱり、楽しそうだなぁ。部活」

女子テニス部に入部したとして、上手くあの輪の中に溶け込む事が出来るかな。
四天宝寺の皆は優しくて人情味に溢れた人たちばかりだからすぐに溶け込む事が出来たけど、氷帝の生徒は少し違う。鳳や向日の様に優しい人も多いのは解っているけど。
少し心配だけど「まぁ、何とかなるかな」と思いながら練習を見学していた。


そして、練習が終わった18時少し過ぎた頃。
男子も女子も練習が終わって部室へ向かう。練習中だけど妃の携帯にメールを入れて置いたから、多分練習後少しは話をする事が出来るだろうけど、色々忙しい人だから気付かないかもなぁとゆっくりその場から立つ。
春先とは言え、まだ少し寒いなと思っていると背後から、頭に何かを掛けられた。その掛けられた何かに視界を遮られ、驚いた拍子に肩が跳ねた。
ふんわりと白梅の香りがする。

「な、何?!」

頭からそれを剥ぎ取るとそれは氷帝学園のテニス部ジャージで。
誰が掛けたんだろうと、きょろきょろと辺りを見渡すけど練習が終わって人が疎らなテニスコートには日南にジャージを掛けてくれたらしき人はいなかった。

「誰、だったんだろう」

持ち主が解らないとジャージ返しようが無いなぁ、何て考えていると少し離れた場所から「ひぃちゃん!」と妃が走ってくる。

「妃ちゃん!」
「ひぃちゃん、女テニ入ってくれるって本当?!」
「うん。やっぱり、皆とテニスしたい!」
「あの試合を見て、そう思ってくれたの?」
「うん!でも、もう一人切欠になった子がいるから」
「? 切欠?誰の事?」
「内緒!」

「教えてくれないのね」としょんぼりとした妃は頭をうな垂れさせるも、すぐに日南が腕に抱き締めているジャージに「それは?」と尋ねてくる。

「妃ちゃんの所に行こうとして立ち上がったら誰かが頭に掛けてくれたんだけど、誰のか解らなくて困ってる」
「ちょっと貸して……これ、サイズ的に男子ね。えぇっと、名前は……あったあった。日吉 若」

ジャージの内側に刺繍されていた名前を妃が読み上げる。
だが日南は読み上げられたその名前に「え?」と驚嘆の声を上げるしかなかった。
日吉 若君って、同じクラスの嫌味なあの男子の日吉 若君ですか。何で彼が日南にジャージを掛けてくれたんだろう。放課後にあんな言い合いをしたのに。
不思議に思っていると妃は「成程ねぇ」と楽しそうに声を弾ませた。心なしか新しい玩具を見つけた時の猫の様な顔をしている。何が成程、なのかも良く解らないし。
もしかしたら妃は日吉と仲が良いのか。首を傾げながらじっと妃を見つめると「あの子、いい子だから仲良くしてね」と微笑まれた。
妃には日吉がいい子に見えているのか、そうか。と思うと何だか途端につまらなくなる。
ジャージはちゃんと洗濯して、明日お礼を告げて返すけど。
でも、どうやって日吉に声掛けようかな。少し、気まずいな。なんて悩んでいたら妃に背中をバシッと叩かれた。


2016/02/24