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後押し

翌日の授業中。日南は先生の話に耳を傾けながらも、口に手を当てて欠伸をしていた。
授業内容が大坂に居た時とまるで違う。使用している教科書自体が違うから内容が違うのは当たり前かもしれないけど。
授業の進み方も大分内容が違う。現在受けている数学の授業内容がちんぷんかんぷん過ぎて話についていくのがやっとだ。数学が苦手、と言う事を差し引いても内容が全く理解出来ていない。

そんな数学の授業も終わり、昼休み。
今日のお昼は鳳と一緒に食べる約束をしているのもあってか少しだけ気持ちが上向きになる。
昨晩の白石との電話の後に部屋の中を少しだけ物色してみたのだけど、幼稚舎に居た時の写真を数枚だけアルバムから見つける事が出来た。
その中に日南と近い距離に居た訳ではないけど、鳳も同じ写真の中に収まっていた。
そしてもう一人、同い年の、現在日南が快く思っていない少年も同じ写真に写っていた。日吉 若の事だ。
彼は教室の自席で弁当であろうおにぎり片手に雑誌(日南が解る限りでは超絶マニアックな心霊雑誌だ。何処で買っているんだろう)を読んでいる。

「日南ー、鳳君が呼んでるよー」

教室のドアの前でクラス委員の女子が日南に声を掛ける。
「はーい」と返事をしながら財布や携帯が入ったミニバッグを持って席を立つと、ふと、日吉と視線が合う。
でも、視線に気付かない振りをしてそのまま知らんか顔で教室を出て行く。自分でも感じが悪いなとは思ったけど鳳との約束の方が大事だ。

「おはよう、風鳥さん」
「鳳君、おはよう。ってもうお昼だからこんにちは、かな?」
「あはは、そうだね。じゃあ、学食行こうか」
「うん」

そうして二人は昼休みで賑わう廊下を談笑しながら歩き、学食に向かっていく。
学食に着いた時には既に席は沢山の生徒達で埋まっていた。座れるかな……なんて心配していると、鳳は日南の手を掴んで「こっちだよ」と誘導してくれる。
人と擦れ違った時に女子生徒に「あの子、跡部様の婚約者じゃない?」「もうテニス部と仲良くなったんだ」という言葉が聞こえてきて眉間に皺が寄る。
別に私が何だろうが、何をしようと貴方達には関係ないじゃん。そうは思うけど気にしない様にすればする程周りの事が気になってしまう悪循環に陥る。
無言で鳳に誘導されるまま、奥の方の席に行けば「おせーぞ、長太郎!」と鳳を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げる。
目の前の席には昨日会ったばかりの男子テニス部のメンバーと(一人知らない茶髪の人が居るけど多分この人もレギュラーなのかな、と日南は思った)幼馴染である妃のそうそうたるメンバーが鎮座している。
でも、跡部と樺地はその場に居なかった。もしかしたら生徒会の仕事が忙しいのだろうか。昨日生徒会室に行った時も仕事をしていたみたいだから。
よく観察してみると周りの生徒達の視線がテニス部メンバーに向かっていた。

「すみません。昨日、風鳥さんもお昼誘ってて、教室まで迎えに行っていたんです」
「風鳥?」

宍戸が「風鳥って誰だ?」と言わんばかりの顔をしながら日南の顔を見ると、昨日会ったばかりだと言う事を思い出して「あぁ」と声を零した。

「跡部の婚約者か」
「私のダブルスパートナーだけど?」
「俺の幼馴染やけど?」

宍戸の言葉に妃と忍足が即座に突っ込みを入れる。自分の事を忘れるな、と言わんばかりに。
二人の突っ込みに少し罰を悪くしたような顔をすると「座れよ」と、頬杖を付いたまま告げる。
鳳が妃と忍足の間の空席の椅子を引いてくれたから其処に座る。その鳳は宍戸の隣に座っていたけども。
既に席には昼食が用意されていたから隣に座っている妃に視線を向けるとウィンクを返される。妃ちゃんが用意してくれたんだ、と思うと何だか嬉しかった。
昔から妃は何かと日南の世話を焼いてくれる優しいお姉さんだ。反対隣に座っている忍足もそうなのだけど。

「そう言えば日南ちゃん、マネージャーの話断ったって本当?」

昼食を食べようとしていた皆の手が、芥川の言葉でぴたりと止まる。

「何だよ、日南、跡部にマネージャーに誘われてたのか?」
「ええっと、……実は」

きょとんとした顔で向日に尋ねられて、日南は萎縮しながらも答える。すると「えぇー、何で断ったんだよー」と不貞腐れた声で返された。
跡部には本音を伝える事が出来たけど、ここで本音を言える気がしない。
自分は氷帝に居ても、四天宝寺のマネージャーだからなんて、その一言を口にした途端に折角仲良くなってくれた向日や鳳に嫌われてしまうだろうから。

「あら、ひぃちゃんがマネージャーを断った話は私にしてみたら吉報ね」
「? どういう事だよ、妃」
「ひぃちゃんには是非とも女子テニス部に入ってもらえれば、って思っていたから。ひぃちゃんとならまたダブルスしたいと思うし」
「俺とはもうミクスド組んでくれへんの?」
「榊先生がミクスドの大会に出るって仰らない限り組まないでしょ」
「ちょ、ちょっと待って!なんか、私が女テニに入る方向で話進めてない?」

声を荒げてしまった事にハッとして体を萎縮させるも、妃は「入ってくれないの?」としょんぼりした、寂しそうな顔で日南を見つめる。
他の、男子テニス部の面々も日南と妃の事をじっと見ていた。視線が痛い。
それでも妃は気にせず言葉を続ける。忍足は妃の顔を見ると優しく微笑んでいた。

「私、また、ひぃちゃんとテニスしたいな」
「え?」
「どうせお嬢ちゃんの性格や。"自分は四天宝寺のマネージャーだから氷帝ではテニス部に入らない"って思っとるんやろ?」
「……」

言葉に詰まっていると「A〜そうなの?」「風鳥さんがマネージャーしてくれたら頑張れそうなんだけどな」と芥川と鳳が残念そうな声を上げる。
すると宍戸が「くっだらねぇ」とテーブルに頬杖を付きながら、そう吐き捨てた。

「ちょっと、亮!」

妃が宍戸の言葉を咎めるも、宍戸はあっけからん態度で言葉を続ける。

「だってそうだろ。今は氷帝に居るんだからそんなくだらねぇ事考えて自分がやりたい事諦めるのかよ」
「そういう訳では……」
「お前、自分で気付いてないみたいだけどな、妃がまた一緒にダブルス組みたいって言った時、滅茶苦茶嬉しそうな顔してたんだぞ」
「!」
「やりてぇなら女テニに入部したらいいだろ。四天宝寺の連中がどんな連中かは知らないけどよ、お前の事大切に思ってるような奴らならお前が好きな事してる方が喜ぶんじゃねぇの?」

宍戸がそう言い切ると向日と芥川が「格好いい事言ってんじゃねーよ、宍戸ー!」「今のマジ格好良かったC〜!」と言って茶化している。
昨晩の白石との電話のやり取りを思い出す。
白石は、もしかしたら日南が女子テニス部に入る事を望んでいるのではなかったのか。だからこそ、女子テニス部に入らないのかと聞いてきたのではないのか。
昨年、出会ったばかりの財前に言われた言葉も脳裏で反響した。
『自分に嘘ついて"なんでもない"で済ますつもりなんか?そうやとしたら自分、めっちゃつまらん生き方しようとしとるな』。
自分の気持ちに嘘を付いている節は、確かにある。
でも、何時大阪に戻れるか解らないこの状況でテニス部に入っても、と思う気持ちもある。
考えていると頭に何かかが乗っかった。顔を上げたら忍足が薄く唇を緩ませて微笑んでいた。

「自分の事なんや。じっくり考えや」
「侑士君……」
「せやけど、後悔する様な選択だけはせんように気ぃつけなアカンで」
「……うん」


昼食を終えた面々は次の授業に間に合う様に教室に戻ったり、読みたい本があるからと図書館に向かったり各々ラウンジを出て行く。
しかし、ラウンジには、先程テニス部が占拠していた席にまだ二人人影が残っていた。妃ともう一人、男子テニス部レギュラーの滝 萩之介だ。
二人は優雅に食後のティータイムを交わしていた。

「皆、随分、彼女に入れ込むんだね」
「あら。萩之介はひぃちゃんの事気に入らなかった?」
「気に入らない、とは言わないけど気に入ったとも言えないかな。彼女は決断が鈍いみたいだね」
「……まぁ、ね」

滝の言葉に表情を暗くし、言葉を濁す。
何か過去にあったのだろうか。クラスメイトで普段の妃を良く知る滝からしてみればこんな表情をする妃を見るのは珍しい。大会で敗退した時、位だろうか。そんな暗い表情になるのは。

「あーん?滝に妃じゃねぇか」
「跡部。君も紅茶、飲むかい?今日はボクが淹れるよ」
「ああ、頼む。で、何の話をしてたよ?」
「転入生の風鳥 日南ちゃんの話」

跡部用の紅茶を淹れながら滝はさらりとそう答えた。
案の定、幼馴染の話題を出された跡部はぴくりとこめかみを動かして反応した。
何だかんだ言って跡部も気にしているらしい。マネージャーと言う大役を断った日南の事を。氷帝学園での身の振り方を。

「ダメだよ」
「あん?」
「どうしたの萩之介」
「二人に言えるけど無理に部活に引き入れるなんて事はしちゃダメだよ。強引な所あるんだから」
「しねーよ」
「愚問ね。する訳がない」

同時に同じ意味合いを持つ言葉を発した跡部と妃は、顔を見合わせてから「フン」と同時に顔を背け合った。
この二人は仲が良いのか、悪いのか。1年の頃からこの二人と仲は良い方だけど未だに良く解らない。そう思いながら滝は表情を崩さずに跡部に紅茶を差し出した。


===============


日南は鳳と一緒に2年生の教室がある階に向かっていく。

「ごめんね、折角お昼一緒に誘ってくれたのに何だか私の話ばかりになっちゃって」
「構わないよ。皆、風鳥さんの事気になってるから仕方ないんじゃないかな」
「? 私の事が気になってる?私が景吾君の婚約者で、侑士君と妃ちゃんの幼馴染だから?」
「違うよ。少なくても俺は、風鳥さんその物が気になる、かな。幼稚舎の時、余り笑ったり人と話したりしてなかったから」
「そ、そんなに笑ったりしてなかったかな?」

おどおどと尋ねてみれば、鳳は申し訳なさそうに首を縦に振る。
そして「正直、風鳥さんとぶつかった時、あの風鳥さんだと思わなかったな」とそう言った。
そう言えば、昨日見つけた写真に自分の姿を見つける事が出来なかったなぁ、と漠然と思い出す。
はっきり言うと、ドイツに居た時の事は覚えているのに、日本に来たばかりの、幼稚舎の頃の記憶は余り残っていない。
だから、写真を見ても誰が誰だか全く解らなかったのかもしれない。自分の事すら見つけられないのは重傷だと思うけど。
写真、持って来ればよかったな。明日持ってこようと決意すると丁度教室に差し掛かる。

「鳳君、今日はありがとう。また、お昼ご一緒させて頂けたら嬉しいです」

ペコリと頭を下げると鳳は慌てた様におどおどして「気にしなくていいよ!」と遥か頭上から優しい言葉を掛けてくれる。

「寧ろ俺もまた風鳥さんとご飯食べたいな。あ、もし良かったら下の日南で呼んでもいいかな。折角友達になれたんだし」
「! 是非とも!よろしくね、長太郎君!」
「改めてよろしくね、日南さん。じゃあ午後の授業も頑張って」
「うん。長太郎君も」

手を振り合い、鳳は自分の自分の教室に戻っていく。
何だか少し前進した気分だ。四天宝寺に入学した当初は同学年の友達なんてすぐに出来なかったから凪や鳳達とすぐに打ち解けられて嬉しい。
午後の授業も頑張って、今日もストリートテニス場に行ってみよう。
軽い足取りで自席に戻り、次の授業の準備を始めた。


2016/02/21