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電波通信

兄とのラリーの後、夕飯と宿題を終え広いお風呂で汗を流してきた。パジャマに身を包みながら濡れた髪をタオルでがしがしと拭う。
部屋に戻ってベッドに腰掛けながら携帯を掴み取るとすぐにアドレスを開く。現在の時間は22時15分前。
日南からの電話を待ってると言ってくれた白石の言葉を思い返すと意識しない内に頬の筋肉が綻んでいく。
白石の事になるといつもそうだ。気持ちが落ち着かないというか、余裕がなくなるというか。でも心が満たされて幸せな気持ちになる。彼の事が好きで好きで仕方ない。
すぅっと息を吸って静かに吐いて、通話ボタンを押す。
耳に携帯電話を充てると呼び出し中のコール音にすら心臓の鼓動がときめいて行く。

「(早く、沢山お話したいなぁ)」

待っている間も白石の事ばかり考えてしまって顔がニヤついてしまうのを抑えられない。
6コール目で電話繋がった電話に一際大きく心臓を鼓動させた。

『あ、日南?』
「!! 友香里!」

白石の携帯電話に出たのは彼の妹の友香里で。
彼女は大坂にいる時に白石関連の事で色々協力してもらっている大の親友だった。

『ひっさしぶりやなぁ!東京どうや、楽しい?』
「楽しいよ。お友達も早速沢山できました!……ちょっと先輩のお姉さま方に睨まれたけど」
『うわー、何があったか知らんけどとりあえず頑張り。あ、クーちゃんな今、風呂入ってんねん。もう少ししたら上がってくると思うんやけど』
「じゃあその間友香里とお話してたいなぁ」

電話の向こうで友香里がえへへと元気に笑っている。
何を話そうか考えていたら電話からがさごそと物音が聞こえてきてから『こら友香里!』と白石の声が聞こえてくる。ただ声が聞こえただけなのに平静を取り戻していた心臓が再び騒がしく高鳴っていく。

『ぎゃ。ちょっとクーちゃん、家の中やからって上半身裸とかデリカシーないわ!』
『ほほう?スカート捲ってリビングで転がってお菓子食べてたんは何処の誰やったかなぁ?お蔭で見たくもない妹のパンツ見てもうたわ』
『うっさいわクーちゃんの阿呆!日南に嫌われてしまいや!!』

電話の向こうで聞こえてくる白石兄妹の会話に耳を傾け、「相変わらずだなぁ」とはにかむ。
友香里が羨ましいと思う。白石の事を小さい頃からずっと見てきて、傍に居れて。
でも妹と言う立場ではきっと彼の事をこんなにも好きにならなかったんだろうなと、静かに目蓋を閉じた。

『堪忍な日南、騒がしくしてしもうて。今部屋に移動するわ』
「うん。ゆっくりで構わないよ?」
『嫌や!ゆっくり何かしていられへんわ。俺、日南と沢山話したい事あんねん』
「!」

受話器越しに顔を真っ赤に染めていたら白石が『せやから、少しだけ待ってて。上着る』と良いながら階段を駆け上がり、ドアノブを捻る音が聞こえ、携帯がベッドの上に優しく置かれたのだろう、もそっと携帯が何かに包まれる音がした。
上を着たのか白石は若干照れたような声で『お待たせ』の声を聞いてから、堰を切った様に本格的に通話を始める。
でも、会話は大阪にいる時と同じで何の取り止めのない世間話ばかりで。美味しいたこ焼きのお店は見つけたか、とか謙也がクラスでやらかしてしまった阿呆話とか、共通のペットである猫の話とか。そんな話ばかりだ。
少し話出来なかっただけなのに白石とこうしてまた話が出来る事が途轍もなく嬉しい。彼の優しい声が言葉を紡ぐ度に幸せになっていく。

『せや、日南。部活の時はお兄さんにラリー誘われた言うてたけど、そっちでもテニスやっとるんか?』
「ん?うん、お兄ちゃんと家のコートで打ち合いしてるだけだけど。後は学校と家の間にストリートテニスコートあるから其処で打ったり、とか」
『さよか。……なぁ日南、氷帝のテニス部入るんか?』

寂しそうに紡がれた白石の声に日南は「え?」と息を詰まらせた。
何でそんな事を聞くのだろう。動揺で視線が僅かに眩む。
頑張って言葉を発しようとするが声が動揺で震えた。

「は、入らないよ。だって私は皆の、四天宝寺のマネジャーだよ。他の学校のテニス部なんて」
『……ちゃう。ちゃうよ日南。女子テニス部、あるやろ。氷帝には』
「あるけど、入らない」
『……日南がそう言うならそれでええけどな。でも、余り溜め込んだらアカンで』
「うん。……蔵ノ介さんも余り溜め込んじゃ、駄目だからね。頑張り屋さんなんだから」

電話の向こうで白石の言葉が止まる。何か不味い事を言ってしまったのだろうかと心配になるけども一拍置いて『ありがとう』と感謝の言葉が鼓膜を揺らした。

『あ、アカン。もうこんな時間や。堪忍な日南、明日も朝練あるからそろそろ寝るな』
「うん。ありがとう、やっぱり徹夜覚悟は難しいね」
『せやな、……暫くは無理そうや。日南が大坂帰ってきたら沢山話聞かせてな。あっ、時間あればまた電話したいけど』
「も、勿論!」

震えた声から一変して嬉しさで声が上ずってしまったが、電話の向こうで白石の喉が転がる音が聞こえた。
電話越しでも白石の笑顔が浮かんで来てやっぱり早く大阪に帰りたいと思う気持ちが強くなる。
しかしそんな強い思いと裏腹に不安だけがぽつりぽつりと浮かんでくる。
もし、全国大会までに大阪に、四天宝寺に戻れなかったらどうしよう。
途端に胸が苦しくなって気分が落ち込んでいく。

『……日南?』
「! うん、何?」
『いや、急に黙り込むからどうしたんやろって……ほな、おやすみ。電話出来そうな日あったらメールするわ』
「待ってる。おやすみ」

終話ボタンを押すと日南はそのまま倒れ、ベッドに横になる。
嬉しいのに、寂しいこの変な気持ちをどうしたら良いのか解らない。
日南は天井を眺めながらゆっくり目蓋を閉じた。


===============


一方の白石は携帯電話を閉じると平静を保ちながら静かにベッドの中に潜り込む。ベッドの中は少しひんやりとしていたけど日南の事を思い出せば胸から体温が上がっていく様な錯覚を覚えた。

「……日南、テニス本当はやりたいんやないのかな」

勿論、日南が言った通りテニスをするのであればストリートテニス場やクラブに行けば好きなだけ出来るのだけど、白石が言いたい事とは少し違う。
学校の、部活に所属して自分の力で全国大会を戦い抜きたいのではないか。そう思っている。
忘れもしない昨年の全国大会。日南はマネージャーの仕事をしながらもずっと羨ましそうな目でコートで試合を繰り広げる選手達を見つめていた。
自分もあのコートに立って試合をしたい。そう言いた気な目で。
四天宝寺にも女子テニス部があれば彼女は男子テニス部でマネージャーなんかせずに、女子の方でテクニックやその体躯を磨き上げて全国大会への出場の夢を叶えていたかもしれないのに、日南が入学する丁度前に女子テニス部は人数の問題で廃部になってしまった。
こんな事日南に真正面から言ったら怒られるのかもしれないけれど折角、氷帝学園には女子テニス部があるのだから一時的でも入部してしまえば良いのに。

「もう、あの笑顔見れへんのかなぁ」

ゆっくりと目蓋を閉じると網膜の裏に思い浮かんでくる日南の表情の数々。
昨年四天宝寺に入学してきたばかりの時の緊張した顔に、小春と一氏の漫才を見て爆笑している表情。全国ベスト4敗退の時の悔しそうな表情。
色んな日南の表情を昨年1年間だけだけど沢山、傍で見てきた。
その中でも練習の時に他の部員、男子部員に混じってテニスの試合をしていた時のきらきらした、でも勝ちを全力で狙いに行こうとする鋭い表情が特に好きだった。
あの表情を見る度に白石の心が奮い立たされたのだから。
自分も、あの位楽しんでテニスをしたい。基本に忠実なまま、完璧なテニスをし続けながら。

「ああもう、これ以上考えたって仕方ないわ。寝よ」

何も日南は「テニスを辞める」と言っているわけでもないんだし、そもそも日南が氷帝の女テニに入部し様がしまいが彼女の事だから白石がどうこう悩む事でもない。
自分自身で"入部しない"と言っているならそれで良いのに。
掛け布団を頭まですっぽりと被るとそのまま目蓋を閉じ、眠りに入ろうと意識を沈ませていった。明日も朝一で学校に行って少しでも技術を磨かなくては。
今年こそは全国制覇するんだと、その胸に掲げた目標を自分に言い聞かせながら。


2016/02/15