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▼ 君のそばにいられる幸福

名前は心配そうにベッドに横たわっている人物を見守っていた。

「っ……」
「大丈夫?リヒト」
「暑い」

名前の目の前には世界的なピアニストであり、自称(電波系だと名前は思っている)天使な幼馴染が熱に魘されていている。
頬が上気している上に汗が酷い。それに普段から大人しい息遣いも荒い。
最近は疲労が溜まっている状態で公演続き。それは街から街へと言ったものではなく国から国レベルの移動。
幸い暫くの間は移動などがなく彼の両親が待つ(と入ってもリヒトの両親も公演で忙しく家にはいないのだけど)オーストラリアに戻るだけだったのだが。
そんな時名前の肩に乗っていた白と黒のハリネズミが上下に体を揺らす。どうやら彼は笑っているようだ。

「天使のリヒたんでも風邪ひくんっスねー」

名前の方から下りるとハリネズミは人の姿になる。橙と黒の髪を持つ、赤目の青年。名前はその姿を見て少しまずい事になりそうだなぁと思い小さく溜息を吐いた。
案の定、彼の言葉に呼応するようにリヒトは呼吸を苦しそうに荒げながら上半身を半分だけ起こし「うるせぇ、殺すぞ」と低い声で呻く。
何故彼らはこんなに仲が悪いのだろうか。リヒトが悪魔嫌いなのは良く解っているが目の前のハリネズミの青年は悪魔ではない。正確に言えば吸血鬼の真祖なのだ。リヒトは同じだと突っぱねて聞いてもくれないけど。
目の前の二人は確かに性格は正反対だが名前から見た二人はどうにも似通いすぎていて他人には思えないレベルに感じていた。
もう一度小さく溜息を吐く。

「こら、ハイド。リヒトをからかって遊ばないで。重症なのは見ていて解るでしょ?」
「ちぇっ、名前にそう言われたらからかって遊べないじゃないっスか」
「リヒトも!風邪を引いて具合悪いならハイドの挑発に乗らないの。大人しく寝てなくちゃピアノ暫く弾けなくなっちゃうよ?」
「ふん……」

ロウレス、基いハイドは口を尖らせブーイング。リヒトは仕方なさ気にまたベッドに横になる。
今ホテルの外に出ているクランツが帰ってくる前に何度溜息を吐く事になるのか。そう考えると白髪が幾本か生えるんじゃないのかと心配になる。まだ十代なのにそれだけは勘弁願いたい。
尤も目の前で苛々しながら横にって居る幼馴染にそんな事を言ったら怒られるのだろうけど。

「あー、つまんな!俺、バイトに行ってくるっス。後は宜しく、名前たん☆」と言って無責任にハイドが出て行ってしまったからこの部屋には今リヒトと名前の二人きりだ。
額に張り付いた髪は汗で濡れている。こんなに苦しそうなリヒトは久し振りに見た。
熱を早く冷ます為に氷枕を取りにベッドの側を離れようとするが不意にワンピースのスカート部分がつんと名前が向かいたい方向と反対に引っ張られる。

「リヒト?」
「何処に行くつもりだ」
「辛そうだから氷枕と濡れタオル持ってくるだけ。あ、喉渇いてない?冷蔵庫に林檎ジュース入ってたから持ってくるよ?」
「どれもいらねぇ」
「でも、汗かいてるし……」

其処まで言いかけてリヒトの目を見て考えるのを止め、本日3回目の溜息を吐いた。こんな短時間で溜息を吐いたのは生まれて初めてだ。
無言で「此処に居ろ」と視線で訴えられたら溜まったものではない。
別にリヒトが寂しいからそう訴えている訳でもない事くらい、彼と付き合いが長い名前は気付いていた。

本当は明日、リヒトとハイドと遊園地に行く約束をしていたから責任を感じているのかもしれない。
この遊園地行きはクランツが気を利かせてチケットを用意してくれたのだが、名前は凄く楽しみにしていた。
最近はリヒトと外出する事が中々出来なかったから。
別に恋人同士と言う訳でも何でもないし、ただの幼馴染と言うだけだけども。でも名前はリヒトを異性としてみていない訳でもない。寧ろ好きで堪らない。だから彼のマネージャーであるクランツに無理を言って今回のツアーも連れて来て貰っていた。
だから、別に明日予定してた遊園地になんて行けなくても構わない。
リヒトの側にいられればそれだけで胸の中は満たされるし、幸せな気分になれる。今はリヒトが早く良くなってくれる事だけを心の中で、祈り願っている。

「……悪い」
「何で?」
「俺が風邪なんて引いたから明日行けなくなっただろ、遊園地」
「そんなの良いよ。リヒトが早く元気になってくれる方が私には大切だし」

「それに、私は遊園地にいけなくても幸せだよ」と微笑むとリヒトは怪訝そうな表情を浮かべる。
そして意味が解らないと言いた気な視線を名前に放る。

「リヒトと一緒に居られる時間を貰えて、私は嬉しいの。最近一緒に居られる時間も全くなかったら。他の人に我儘ばっかり言っちゃったけど」
「そうだな。クランツは我儘だと思ってねぇみたいだけど」

クスっと僅かに笑ったリヒトに名前も更に嬉しくなる。

「言われるまで、お前と二人きりの時間なんて最近なかった事思い出した」

ぽつりと静かな声でそう言われ、一瞬だけ名前の中で時間が止まった。
リヒトは普段そう言った事は言わない。もしかしたら熱に浮かされ心の中で秘めている言葉が口から自然に滑り出たのではないか。そう思ってしまう。
だが、そうだとしたら今の一言は凄く嬉しい。少しでも自分の事を気に掛けてくれていたから。

「そういえば、子供の頃からずっと"リヒト、リヒト"って付いて来てたもんな、お前」
「そうだっけ」
「あぁ。ジュニアハイスクールに通ってた時はウザくて仕方なかった」
「……」
「でも、今は心の何処か安心出来る。……何でかは知らねぇけど」

若干照れ臭そうな裏を感じられない、彼の純粋な言葉。
その言葉に心臓の音だけが高鳴って行くを感じる。
真っ赤に火照っているであろう熱い顔を俯かせると零れてしまいそうな位に嬉しい気持ちが溢れてくる。

そんな様子をドアの向こう、隙間から四つの目が覗き見ていた。
一揃えの目は赤くて、もう一つの眼は深緑色をしている。
先程バイトに行くと言って出て行ったハイドと、果物や薬を買いに行って戻っていたクランツだった。

「入りにくいね」

ドアから離れ、すぐに困りながらクランツはそう言うがハイドは手に持った間コーラをぐびぐび喉を鳴らして飲んでいる。
どうやら他人のああいったむず痒い様な、青臭さが残るようなやり取りが嫌いな様だ。そもそも他人の色恋に興味が無い。それだけ。

「しかし、リヒトも実に鈍い。あそこまで名前が自分の気持ちを表に出しているのに気付かないだなんて!」
「……応援してるんっスね、名前たんの事」
「まあね。名前の事も良く知っているから応援したくなる」
「そーゆーもんなんスかねー」

どちらにしろ興味はないと良いた気にドアの隙間の向こうの二人を見つめる。
ドアの向こうでは名前が理非とのベッドの前で両膝を突いて前髪を指先で払っている所だった。
クランツはふっと息を吐くとハイドの首根っこを掴んでその場を離れる。いきなり体を、ましてや首根っこを掴まれた事に対してハイドはぎゃあぎゃあ騒がしく抗議しているがそ知らぬ顔。
しかし部屋から離れたエレベーター付近で漸くハイドを解放すると、長く華奢な右人差し指を唇に添えて「Silence」と一言だけ告げると微笑ましそうなそんな表情を浮かべた。

「もう暫く二人きりにしてあげよう。もしかしたら何か進展があるかもしれないしね」
「進展、ねぇ。あのリヒたんが名前たんの気持ちに気付くとは到底思えないけど」
「その間したのレストランでお茶でもしてようか」
「!! そうこなくちゃ」

一方部屋の中にいる名前は首を傾げながらドアの向こうを見つめていた。さっきまで話し声が聞こえていたのだが誰の姿も見えない。気の所為かと思いつつもベッドの真上にかけられている時計を見上げる。クランツは何処まで買い物に行っているのだろうか。少し帰りが遅い気がする。
リヒトも大分熱が辛いのか口数は少なくなり、会話そのものが消滅する。少し喋らせすぎてしまったかと反省するも、リヒトはそれなりに楽しんでくれていたらしい。少しばかり表情が柔和だ。
不謹慎だが今のリヒトはあどけなくて少し可愛い。
表情を綻ばせていると「名前」と名を呼ばれる。寝言だとは思うが「どうしたの?」と一応返したら「腹減った」と小さく、力なく返事が返ってくる。

「今冷蔵庫見てくるね。少し離れるけど大丈夫?」
「あぁ」
「じゃあ少し待っててね。すぐ戻ってくるから」

名前はスキップでもしだしそうな位な軽い足取りでキッチンに向かう。
たまにしか見られないリヒトの意外な一面を見られたから。それに少しでも二人きりの時間が作れたから。本当はリヒトが健康な時であれば一番良かったのだけど。
キッチンに向かえばレンジでチンするタイプのご飯と卵があったから卵粥でも作ってあげよう。そう思いながら名前は調理の準備を始めた。


end


2015/01/22