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▼ 金魚の様に漂うしかない

晴れの日は嫌い。太陽の光が眩しいから。
どちらかといえば雨や曇りの日の方が好き。陰鬱な気分になれるし、自分の腹の中でのた打ち回っているモノが静かになってくれるから。
独り言の様にそう言えば部屋の中に一緒に居る男は「僕もだよ」と言って煙管を咥えた。
そういえばずっと昔、彼に拾われた時もこんな問答をしたっけかなぁと漠然と思い出す。
その時のやり取りには続きがある。彼はこう言ったのだ。「水盆の中でしか生きられない哀れな金魚」と。
そして死に掛けている名前の体を抱き締めて頬に口付けて、力と居場所を与えてくれた。


「ねぇ、椿。私が金魚なら椿は水盆なの?」

突如、何の脈絡もなく言われた言葉に椿は「は?」とだけ言葉を返した。
それもそうだ。誰だって何の脈絡もない話を切り出されたら「何だこいつ、何言ってんだ」となるだろう。勿論名前だってそう思う。我ながら可笑しな言葉運びだ。
しかし椿はそれが面白かったのだろうか。何時ものあの笑い袋の様な笑い方はせずに喉をクックと鳴らす。さも愉快そうに。
口からゆっくりと吐かれた真っ白な煙は水の様に揺らめいて、やがて消え失せた。

「君がいるべき水盆は"僕"じゃないよ。"憂鬱組"だ」
「じゃあ、椿は一体なんなの?」
「僕?そうだなぁ……僕は」

そう言ってゆっくりと名前がいるソファまで歩いてくる。
何かを考えている椿なんて今まで、そう見た回数は少ない。だからこそ今隣に腰を下ろした椿の姿そのものが新鮮に思える。
きっとこの場に他のメンバーが居たら大変な事になっているだろうと名前は思う。
ベルキアは騒ぎ立て、オトギリは「椿さんが考え事してるなんて困ります」と言って、シャムロックはあたふた落ち着かないで居て、ヒガンは面倒臭そうに煙草を吸っている事だろう。桜哉に関しては関与してこないに違いない。
そんな事を考えていたら椿がこつんと名前の肩に頭を乗せる。
ずれたサングラスから覗く紅の瞳と視線が交わる。

そういえば椿は赤い。椿の花も一般的には赤いし、彼の瞳も着物の帯も下駄の鼻緒も赤い。
でも隣に居る椿はどちらかといえば真っ黒だ。髪も着物も真っ黒。

「そうだね。僕も金魚だ」
「……椿の場合は金魚って言うより闘魚って感じだけどね」
「あっははははは!!笑えなーい!闘魚は僕よりヒガンの方が合ってると思うよ」

漸く何時もの馬鹿笑い(だと桜哉が言っていた)をした椿に何故だか感情が静まり返る。静まり返る、と言う表現も相応しくないとは思うが。
闘魚の件もそうだ。椿が口にした通りどちらかといえばヒガンの方が合っている。後はベルキア。彼らは見た目が派手な上に戦闘狂と呼ばれる部類に分類されるとシャムロックが常々文句を零していた。
そう考えれば椿が言った通り、彼を闘魚として分類するのは何かが違う。そしてそれと同時に椿を例えるのなら何が相応しいのかだなんて見当違いな考えが頭の中に浮上する。
だがそんな名前の頭の中を知ってか知らずか椿は先程の話の話題を移す。

「君はこの世界その物が水盆だとしたら、如何思う?」
「皆仲間なんじゃない?水盆の中でしか生きられない可哀想な……」

其処まで答えると椿は小声で「違う」と殺気を放ちながら呟いた。
解答を間違えたかもしれない。そう一瞬の内に思案するが名前は顔色一つ変えるどころか瞬き一つしない。
何となく、椿が次に言いそうな言葉が頭の中に浮かんだから。

「本当、君の冗談は笑えない。この世界が同じ水盆だって?知ってる、名前。大きな水盆の中には更に小さな水盆が幾つも、無尽蔵に存在するんだ。だから僕達は兄さん達と"戦争"をしている。先生の為に。だって違う場所に居るんだもの、分かり合えないからね」
「……解ってる。でも、根本的に同じ世界、同じ空間、同じ時間に生きてる。その事実には変わりはないでしょ」
「君も大概莫迦なんだね」

くすっと椿は笑って見せるが、名前はどうもその笑い方に慣れないらしい。
しかし椿の言葉には疑問を禁じえない部分もある。

「聞いても良い?」
「何を?」
「元は違う水盆に居た私達を何故憂鬱組に集めたの?」
「!!」

じっと椿の目を見つめていたら椿は不意に悩み始めた。
そんな椿を見ているのは矢張り新鮮なのだけども、余り彼が悩んだりしている様を見たくはない。誰が悩ませているかなんて、自分の頭の中で理解はしているけど。
今度は名前が椿の肩に頭を預けて、それから空いている手をぎゅっと両手で掴んだ。
椿の手はきっと冷たい。ずっとそう思っていたのに思っていたよりも暖かくて驚いた。でも気持ちの良い温かさに目を細める。

「今日は口数が多い上に随分と甘えてくるんだね」
「……駄目?」
「別に。頼られたり甘えられたりするのは大好きさ」
「嘘ばっかり。……ねぇ、椿」

「好き」と不意打ちの様に言ってやれば「うん。知ってる」と茶化す様に返される。
そうじゃない。じゃれているんじゃない。ムッとした表情を浮かべ、椿も反応が出来ないくらい早く動いて彼の膝に乗る。そして唇に思い切り噛み付いてやった。
時間を置いて唇を離してからはっと我に返る。
たかが下位吸血鬼の癖に何をしているんだと。
今に椿に殺されるかもしれない。もう二度と鼓動する事が無い筈の心臓が段々冷えていく錯覚に陥った。
しかし。

「へぇ、随分積極的だね、名前」
「!! 怒っていないの?」
「全く。君が僕の事を好きだ何て事は結構前から解っていた事だしね」
「……性格悪い」
「うん、よく桜哉あたりに言われる。褒め言葉として貰っておくよ」

今度は椿から唇に軽く触れるだけのキスを貰って名前は微かに頬を染めた。

「……椿、私ね、椿が望むのなら死んでも良いって思ってる。死んでも良いから椿の水盆に飛び込みたい。世界とか、組織とかそんなのじゃなくて"椿"っていう水盆の中に居たい」
「……」
「閉じ込めて欲しいの、椿に」

太陽も月も何も要らない。貴方だけいれば生きていけるよと、そう思う。生きていけるというのは語弊が過ぎる。死んでいるから彼の下位吸血鬼になっているのだから。
下位吸血鬼にして貰って、本当の家族の様に大切にして貰って、側に置いておいて貰って。
きっとこんなに沢山の事を望んでしまったら彼の為に本当の意味で死を迎える時はきっと何よりも苦しい思いをして死ぬんだろうなと漠然と思ってしまう。
椿が名前の頬に手を添える。

「莫迦。本当に君は莫迦だ。僕は君の死を望んだりはしないよ。それに飛び込んできてくれるというのなら受け入れる準備だっていつでも出来てる。だから安心して飛び込んでおいで?」

耳殻を牙で刺す様に囁かれ、名前は小さく首を縦に振った。
やっぱり自分は何を置いてでもこの人についていきたい。そう思いながら。


END


2015/01/27