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▼ Strawberry kiss

 この宮に相応しくない、甘い香りが鼻腔を擽る。
 名前はソファに座って、ピンク色のビンに入ったそれを指で摘まんで食べていた。
 おまけに言うと名前が食べているそれもピンク。ザエルアポロは怪訝そうに名前と名前が手に持ってるビンを見た。
 なんて幸せそうな顔してそんな物を食べているんだ、と。普段見せない幸せなそうな彼女の表情にムッとする。
 しかし名前はそんな事は気にもとめず、ザエルアポロにビンの口を向けた。
「ねぇ、ザエルアポロ」
「なんだい?」
「そんなにコレ、食べたいの?」
 それから名前はビンを上下に振って見せた。中からカランカランと小気味良い音がする。
 中身はキャンディか何かなのだろうか。そう思ったがそんな事は関係の無い事だ。
 しかしザエルアポロは呆れたように一度溜息を吐いた。
「そんな得体の知れないもの、僕が食べる訳無いだろう?」
「えー、美味しいのに……」
「そんなことを言ったって僕には関係ないし、微塵の興味もない」
 すっぱりとそう言えば「ぶー」と、ブーイングされる。
 そろそろ休憩を終わらせて研究を再開しようと思った時、ザエルアポロはふと思った。このシチュエーションは使えると。
 不敵な笑みを浮かべ、名前の横に座った。
「あれ?研究に戻るんじゃなかったの?」
「あぁ、別に急いで終わらせる様な内容でもないからね。名前」
「ん?何、なに?」
「やっぱりそれ、一粒くれないかい?この甘ったるい匂いから察するに、菓子かなんかの類だろ?」
 名前がビンをザエルアポロの方に向けたら、ザエルアポロはその細い指でそれを一粒だけ持ち上げた。
「何だこれは。……チョコレート?」
「うん。そうだよ」
 しかしチョコレートとはいえ、少々形が凝っている。
 形はハート型なのだけど、まるで宝石のように削られており、中に恐らく果実であろう赤い粒が交じっている。察するにこれは果実入りのストロベリーチョコなのだろう。
 しかし何とも乙女チックなソレは此処、虚圏には存在すらしない、筈。
「こんなモノ、君は何処で……。まさか暇を持て余したからと言って勝手に……」
「違う違う。イールフォルトから貰ったの」
「あ、兄貴だって?!」
 ザエルアポロは驚いて、勢い良くソファーから立ち上がる。
 まさかとは思ったけど名前とイールフォルトは従属官同士。仲が良くても可笑しくはない。それに、イールフォルトをはじめグリムジョーの従属官
先日現世に行ったと聞く。
 しかし名前はいつの間にイールフォルトと会って、否、仲良くなったのだろうか。
 そんな事よりも、出来の悪い双子の兄に先を越された感があってザエルアポロは少々落胆した。その上で怒りと、嫉妬と憎悪が燃え上がる。
「ザエルアポロ?どうしたの?いきなり立ち上がって」
「……何でもない。気にするな、カス」
「え、何でいきなりカス呼ばわり?!幾らなんでも酷くない?」
 鋭い眼で睨み付けながら「煩いぞ」と一言言って指に挟んだチョコレートを口に放り込む。
 口の中にじわじわとチョコの甘さと苺の甘さが広がって、口内の熱で溶けていく。ザエルアポロは「そろそろ頃合いか」などと思い、名前の肩を叩く。
「ん?何?ザエ……」
 案の定振り向いた名前の肩をぐいっと思い切り掴み、身を乗り出す。
 そして口の中のチョコレートを名前の口の中へ移し恍惚の笑みを浮かべた。
 熱で溶けたチョコレートが粘膜の様に舌に絡みついて。実際舌も一緒に絡んでいるから粘膜が絡んでいるのも同意かもしれないけど。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまって、ザエルアポロっ……!!」
 名前は顔を真っ赤にしわなわなと震える。
 それは羞恥の所為なのか、はたまた怒りの所為なのか。恐らくは前者なのであろうけど。
「ふん。甘ったるすぎて僕は余り好きじゃないな」
「なっ」
 自分からあんな事をしておいて好きじゃない≠ニ言うとはどういう神経をしているんだと言いたくなったのを、名前は頑張って抑えた。
 ザエルアポロはその様子を察したのか言葉を続ける。
「……チョコレートの事だ。まったく、甘ったるくて気分が悪くなる」
「あぁ、そう」
 何故だかわからないけどほっとする。それから次の瞬間、名前の唇に何かが触れた。
 目の前に広がるピンク色に思わず目を白黒させる。
 そして唇から感触放れると自分が何をされたかようやく理解し、口をぱくぱくさせる。
「だけど君は丁度好い甘さだから、嫌いではないよ」
 そう言ってザエルアポロは研究に戻る。今、この部屋に居るのは名前一人。
(あぁ、どうしよう……。今なら羞恥で死ねる!)
 クッションを抱き締め、心の中で叫ぶ。
 今度イールフォルトに会ったら思い切り愚痴でも零してやろう。そう誓いながら。

    ===============

「遊びに来てやったぞ、兄弟!」
「来なくていい。即刻帰れ、カス」
 いきなりの弟の連れない言葉に口元をひくつかせるイールフォルト。
 しかし今日はいつもより毒、というか刺が少ない様に思える。そして瞬時にその理由に該当する答えを導きだした。
「名前か?」
 弟が一番気に入っている従属官の名を出せば、何かの薬を調合しているのか、フラスコを持つ肩がピクリと反応する。
 その様子を見たイールフォルトは何かを察したのかザエルアポロの所まで寄り、ポンっと肩を叩く。
何故だかとても楽しそうに笑っている。
「何だ?気色の悪い」
「今度来る時……」
「?」
「今度来る時、赤飯炊いて持ってきてやる。人間……日本人はそうするらしいぞ」
 がしゃんと言う凄惨な音を立てフラスコが落ち、中の液体がぶちまけられる。
「っ〜!このクズ!もう二度と来るな!」

end.

2014.11.25