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▼ 貴方が選んだものだから

「ザップ」
 仕事終わり。くいくいとジャケットの裾を引っ張る今日の相棒に視線を合わせる。
「んだよ」
「お昼の時間。お腹、すいた」
 下手くそな英語でそう告げた彼女の腹は小さく「くきゅう」と鳴いていて。そう言えば今日は派手に立ち回ったから腹が減ったかもしれない。
「あー、確かに腹減ったな。何か食うか、給料出たばっかだし」
 それに、彼女も血闘術の使い手で。尚且つザップ以上に血液を使うから貧血防止に何かを食べさせなくてはならない。
 それにもし彼女の戦後のケアを怠った事がスティーブンやK.Kにバレでもしたら……。考えただけでも背筋が凍り付く。
 しかし、相棒はそんな事は露知らず。じっと、女癖、酒癖が悪く、金遣いも荒いザップをジト目で見詰めていた。
「溶かしてない?」
「まだ溶かし切ってねぇ」
「ん」
 彼女の確認はきっと「奢って欲しい」という主張ではなく、「自分の分は自分で。奢るつもりは更々ない」という意味合いだ。もしせびろう物なら血闘術が飛んでくるか、スティーブンやクラウスにチクられる事だろう。それだけは避けたい。
 しかしギャンブルに行きたいし、今月は愛人に買いたい物もあるからあまり金は使いたくないし……。そんな事を考えながら、相棒を見る。
(顔色悪ぃな。すぐにでも何か食わせねぇとぶっ倒れるぞ、こりゃ)
 だが、ザップは口数が多くないこの相棒の事を余りにも知らなさ過ぎた。出身や血液型、年齢等の基礎的なデータは知っているけど好きな食べ物や、嫌いな物(恐らく嫌いな物に自分は入っているだろう)の類はよく知らない。別に知らなくても支障はないのだけど、何故だかそんな自分に苛立ちを感じてしまう。
 ふと、安くて、早く提供されて、量もある料理が思い浮かぶ。あれなら種類も沢山あるし、嫌いな人も恐らく少ない。少なくともこのHLでは人間、異界人問わず人気がある料理だ。
「バーガーでいいか」
「バーガー??」
 オウム返しに首を傾げる相棒にザップは目を丸くした。
「何だよ、食ったことねぇのか?」
「うん」
 素直に頷く彼女にザップはにかっと歯を見せて笑う。
 そう言えば彼女は長い間自由がなかった、一人でどこにも行けない、囚われの身だったっけ。だから口数も少ないし、表情も年齢不相応に無愛想でしかないのだけど。
「じゃあバーガーにすっか。安くて腹持ち良いし」
 その言葉に名前は、初めて年齢相応なキラキラとした女の子らしい笑顔を浮かべてみせた。

    ===============

 昼のダイアンズダイナー。ザップはいつもと同じく、レオナルドとそして名前と昼食を食べに来ていた。
 俺はお守りじゃねぇっつーの。そう思いながらも年下のレオナルドや名前と一緒に居るのが楽しくて仕方ないと思う自分が悔しい。
 今日はいつものカウンターではなく、ボックス席で。真正面で幸せそうにチーズバーガーを食べている名前に呆れ半分な視線を向けていた。
「お前よぉ、毎度同じモン頼んで飽きないのか?」
「チーズ、美味しい」
 副音声に「だから、放っておいて」とも聞こえそうで。
「少しは他のモンも開拓しろよ」
 溜息を吐きながらポテトを放る。するとレオナルドが「あはは」と笑いながら名前に声を掛けた。
「女の子ってやたらとチーズ好きですよね。名前さんもやっぱり好きなんですか?」
 妹のミシェーラも好きだったんですよ、と微笑むレオナルドに、名前はバーガーを食べる手を止めた。
 チーズには中毒性がある成分が含まれている。
 本で見たなぁ、と名前は思いつつもいつも通りに素直に感想を述べる。
「美味しいから、好き」
「あははは」
 最も単純な理由だけど、大切な物だ。だからレオナルドも軽快に笑ってみせるのだけど。
 でも、名前は「それに」と小さな声で続けた。
「それに、チーズバーガー。初めて食べた、ハンバーガーだから」
「っ!!」
 その言葉にザップは初めて名前とハンバーガーを食べに行った時の事を思い出す。
 そう言えば何を頼めばいいかわかっていなかった名前に、チーズバーガーを選んでやったのは他でもない自分だ。その時もチーズが美味しいと言っていて、幸せそうに食べていたっけ。
「へぇ、そうなんスね。ってザップさん?どうしたんで……ぐえっ」
 急に声を掛けられて動揺した上で、チョークスリーパーをキメてしまう。
「なななななな、なんでもねぇわい陰毛頭!!」
「痛い!締まってる!締まってる!」
 カウンターの奥からビビアンが「こら、お前ら!喧嘩するなら外に出ろ!」と怒っていて、それでもじゃれついているザップとレオナルドを見て微笑む。
 いつも通りのやり取りを見ながらチーズバーガーは、殊更美味しい。
 手に持っていたチーズバーガーが食べ終わってしまって、ビビアンにもう一つチーズバーガーをオーダーする。この時間が幸せだ。
 目の前ではようやくザップがレオナルドを離して落ち着いたらしい。レオナルドの頭から避難してきたソニックが名前に「ポテトちょうだい!」ときゃっきゃしているから、一本だけ手渡してあげる。
 それから名前は小さな声で呟いた。
「でも、美味しいもの、食べ過ぎると、肥るの、難点。好きな物なら、尚更」
 その言葉を拾ったのはソニックだけで。ソニックはポテトを食べながら「どうしたの?」と首を傾げて名前を見上げていた。


2019/12/27