▼ 「おやすみ」から「おはよう」まで
「……寝てる」
遠方への呪霊退治に行って、約一週間ぶりに帰ってきたら。
夜中に訪ねてしまった自分にも落ち度はあると思いつつ、まずは土産物を冷蔵庫に入れておく。五条はいつも遠方へ行く時は食べ物をねだってくる。それもご当地限定もの。
青森へ行けばいちご煮の缶詰め。仙台に行けば喜久福。栃木に行けばかりんとう饅頭。甘いものばかり要求される。別にいちご煮は甘くないけど。
そして五条自身もお菓子系の土産を買ってくることが多い。
(……早めに、一緒に食べたかったのにな)
溜息を吐きながら冷蔵庫を閉める。それからシャワーを勝手に借りて、泊まり用に置いてあるパジャマに袖を通して寝室へ向かう。
しかし、朝起きて隣に自分がいたらびっくりするだろうか、と一瞬悩むけれど「まぁ、悟だから驚かないでしょ」なんて。
珍しくぐっすり眠っている五条の顔を見て、ふふふと笑みを浮かべながら背中合わせに布団に潜る。
それから、たった一言だけ。小さな声で。
「おやすみ、悟」
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「……起きてるんだけどなぁ」
名前の気配を感じた時にバッチリ起きていたのだけど、なんだかいつもと行動が違って物珍しいから狸寝入りをしてしまった。
名前を起こさないように、ゆっくりと体を名前の方に向ける。
少しだけ自分と距離が開いている。何かの雑誌で読んだけれど、後ろ向きに離れて眠るというのは自分達の関係に安心を感じていている証拠だそうだ。それを名前が知っているかどうかまではわからないけれど、無意識なら無意識でちょっと嬉しい。
「でも、僕的にはこっち向いてくれてる方が嬉しいんだけどね」
名前の体を自分の方に向ける。起こしてしまわないか不安だったけど、ぐっすり深い眠りについているから起きる様子もない。
欲情する事なんて殆ど無いけれど、半開きの口が妙に扇情的で驚いてしまった。
「……今はそういう気は全くないけど、急にそういう気分になったらどうすんだってーの」
呪術師としては致命傷とも言えるくらいに安心しきった顔に、五条も何故だか頬が緩んでしまって。
「そもそも睡眠は僕にとってそこまで必要じゃないの、忘れてるよね」
術式の関係で脳は常にリフレッシュしている状態で。しかし。肉体に微弱に疲労や倦怠感は蓄積されはするから、そういった時に眠るだけで良いのだ。それを名前に説明したら「化け物か」なんて、白い目で見られたけれど。だがまぁ否定はしないし、事実だから出来ないのだけど。
うりうりとつつくと、少し寝苦しそうに眉間に皺を寄せて。それから「うーうー」と唸り始めて。
そんな名前を見つめて、笑いながら、五条は再び眠りにつく。
「僕が守っているから、安心して眠るといい」
白く、柔らかな頬に口付けながら。
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朝日が差し込んできて目が覚める。目を開けば真正面に五条の端正な顔があってびっくりしたけれど、彼はまだ眠っている。何とか声を押し殺して五条を起こさないように務める。
でも、その前に一言だけ。
「……おはよう、悟」
それだけ告げて朝食を作ろうと思ったのに。
腰に腕が回されて、ぱっちりと白い睫毛に縁取られた六眼が名前の姿をほぼゼロ距離で捉える。
「おはよ、名前」
「おっ……おおおおお?!」
「何そのオットセイみたいな鳴き方」
オットセイはさすがに例えが悪かったのか「うるさい」なんて睨まれてしまって。でも、そんな顔すら可愛いと思うあたり、相当彼女に入れ込んでいる。ずっと前から自覚はあるけれど。
それでも彼女は頬を染めて、でもまだ五条を睨みつけながら唸って。それから顔の半分を布団にうずめている。
「……さっきの聞いてたかもだけど、おはよう」
「ん」
「本当性格悪い……」
「いきなり隣で爆睡してた名前も名前だけどね」
事実だから、いくら恥ずかしくても反論が出来なくて。名前は頬を染めたまま、今度は頭のてっぺんまですっぽり布団に埋まってしまった。
「……朝ご飯食べに行かない?」
「何処に?」
「カメダ珈琲。勿論お代は僕持ちで」
「……行く」
目まで布団から出した名前の頭を撫でて「じゃっ、布団から出よっか」と笑むと、二人は朝食を食べに行くためにゆっくりと布団の外に出るのであった。
2020/03/08