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▼ これが私の、僕の婚約者

「お嬢ちゃん」
 秋葉原駅の電気街口付近。呪術高専の制服を脱いで、私服に袖を通した名前は五条の事を待っていた。今まですれ違って中々一緒の時間が取れなかったから、日付を合わせて一緒に外食しようと約束していたのだ。
 五条が待ち合わせに微妙に遅れる事はわかっているけれど、今日は中々来る気配がない。もしかしたら待ち合わせ場所を間違えているのではないかと心配になって、スマートフォンを弄っていたら、急に見知らぬおじさんに声を掛けられた。
「はい?」
「お金あげるから、ちょっとついてきてくれるかい?」
「は?」
 この人は一体何を言っているのか。呆気にとられていたら有無を言わさず手首を掴まれ、引っ張られていく。
「ちょっと、離して」
「いいからいいから」
「いくない!」
 一発お見舞いしてやろうか。そう思ったけれど、相手はとち狂ってるとはいえ一般人みたいだし、傷害沙汰は起こせないかなと思うと溜息が出る。
 それから待ち合わせになっても来ない教師であり、婚約者でもある男を思い浮かべて「あいつ絶対ぶん殴ってやる」と思いながら、足に全体重を掛けて踏ん張る。
 すると名前を引っ張るおじさんの手首を、黒い長袖に包まれた手で誰かが掴んだ
「ちょーっといいかな」
「悟……!」
 いつもの目隠しを外した五条が、冷たい目でおじさんを睨み付けていて。底知れない、深い海のような瞳に睨まれておじさんは萎縮しながら怯えていた。
「な、何だね君は!」
「何だね君ははこっちのセリフ。その子知り合い?そんな訳ないよね。この子、僕の連れだし」
 ぐっと手首を握る手に力が込められる。
 それから低い声で唸ってみせた。
「その汚い手を離して、さっさと失せろ」
 おじさんは「ひいっ」と情けない声を上げながら、短い足をシャカシャカ精一杯動かして逃げていく。その後ろ姿を見て五条は笑っていた。
「悟……」
「ごめんな、迷って遅れた。嫌な思いさせちゃったね」
「別に構わない、けど……。ちょっと怖かった」
 最後だけポツリと呟くと、名前の頭を撫でて五条は申し訳なさそうに「ごめん」ともう一言謝罪して。
 女の子からしたら、急に知らない男に声を掛けられて、しかも手首を掴まれて無理矢理何処かに連れて行かれるのは怖いだろう。例えそれが強敵であり、異形の形をしている呪霊と戦う呪術師だろうと。
「待たせちゃったし、怖い思いさせたし、昼ご飯は僕が奢るよ。名前の欲しいものがあればそれも買ってあげるし」
「そこまでしなくて良いよ。でも、ありがとう。悟」
    ===============

 丁度昼前だから何処かで食事にしようなんて話になって、二人は喫茶店に訪れていた。
「……甘い」
 目の前で苺パフェに練乳とパウダーシュガーを掛けている婚約者に、思わず口角が上がる。
 やっぱり怖い思いをさせてしまったし、お詫びとして好きな物を注文してあげたのだけど、これなら迷って待ち合わせに遅れても良かったかも知れない、なんて最低なことを考えてしまう。
 普段命を張って呪いと戦う彼女も、こんな可愛い表情が出来るのか、なんて思ってしまって。立場もあるのだけど、彼女はどうにも普段からクールぶって険しい表情を浮かべているから、年相応な表情をしていると逆に嬉しい。
「好きな物沢山食べるのは構わないけど、そんなに掛けると太るよ」
 いくら甘党の五条でも頭を悩ますトッピングを重ねるのはいかがなものか。彼女は糖分摂取してすぐに分解吸収出来る体質という訳でも無いし、脂肪に変わってしまうのは普通の人間と同じなのだ。
 しかし言い方が気に入らなかったのか、名前はムッとした表情で、テーブルの下で思い切り五条の脛を蹴る。
 今は術式を解いているから五条の身体は無防備な状態で。ごっ……と鈍い音が脛から鳴った。
「……いっでぇ!!術式解いてる時にスネ蹴るのやめてくんない?!幾ら婚約者でも怒るよ!?」
「年頃の女子に太るって言うな中年」
 ギロっと睨まれて萎縮する。名前を気に入っているにはいるのだけど、どうにも彼女に睨まれるのは苦手だったりする。大事にし過ぎて機嫌を損ねたくないというか、尻に敷かれているというかなんというか。
「毒舌が過ぎる」
「顔だけは褒めれるんだけどね。あと強いってとこ」
 つんとしながら苺を食べる。練乳たっぷりな苺はすぐに小さな名前の口の中に消えていってしまった。頬杖をつきながらぼんやりとみていたけれど、好きな光景だ。
「透けて見える持ち上げありがとうね。僕ももう一つケーキ頼もうかな」
「中年太りしたら怒るよ」
「中年って言うのは止めて。心が折れそう」
 確かに二十八歳は中年に片足を突っ込んでいるけれど。名前なりの報復なんだろうけど、流石に痛い。
 しかし名前はあっけからん顔で新しい苺にフォークを刺していて。
「万里の長城並に図太い神経してるのに?」
「太くて長いって言いたいの、それ」
「うん」
「いやぁ、照れるなぁ」
「何で照れる」
 照れ所がわからなくて呆れていると、手首をがっしり掴まれる。それからそのまま五条の方に手繰り寄せられて。練乳たっぷりの苺は五条の口の中に消えていった。
「あっ、苺取るなぁっ」
「さっき蹴ったお返し」
 苺を取られて膨れっ面になっている名前に笑みがこぼれる。
(こういう子供みたいなとこ可愛いんだけどね。言ったら怒るから言わないけど)
 さっきのおじさんは、多分名前にいかがわしい事をしようとしたのだろうけど、その表情を見るのは自分だけでいい。
 でも、そんな淫靡な表情を見るのはまだまだ先で。今は子供らしさがある表情を見ていたい。
「かーえーせー」
「やーだー」
 今はまだ彼女を保護する立場にいたいだけなのかもしれない。それはそれで構わないのだけど。


2020/02/22

前半部はTwitterの「 #見知らぬおじさんにお金をあげるからおいでと腕を引っ張られた時のうちの子というか夢カプの反応」というタグネタで書いた話