他ジャンル短編 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 食べ物の恨み

「おはようございまー…………」
 ある日の朝。いつもと何も変わらないHL。
 そう思いながらライブラの事務所のドアを開ければ、即座に無言でドア閉めかける。
「待て!待てレオ!助けてくれ!」
「返せ……返せ!」
 先輩であるザップ・レンフロが、これまた先輩である名前に馬乗りになられているだけでも目を覆いたい光景なのに、その名前はジャパニーズハンニャのマスクでも被っているかのような形相でザップをボコボコに殴っていたのだ。
 いつもと変わらないHLではなかった。極一部、今日局所的に非日常が突如展開していた。
 彼女、名前が怒るというのはそれ程までに日常と乖離した現象であることをレオナルド・ウォッチは知っている。
 だからこそ、目の前で彼女にボコボコにされている先輩(但しクズチンピラ)に言えることはただ一つ。
「嫌っすよ。名前さんめっちゃ怒ってるし何したんスか」
 スッパり切られたからか「薄情者!」と叫ばれる。しかし、その後名前が「うるさい」とザップの脳天に一発拳を叩き込んで沈めるのだけど。
 すると、すぐ隣にスーツ姿の美女か姿を表した。人狼局のエージェントであり、ライブラの仲間であるチェイン・皇だ。
 チェインは一度溜息を小さく吐くと、ゆっくりと状況の説明を述べる。
「あのバカ、名前のチーズケーキ勝手に食べたのよ」
「ひぇ」
 上司であるスティーブン・A・スターフェイスから聞いたことがある。「名前は大人しくて、ああ見えて優しい子だが、スイーツを取られた時は虎のように牙を剥いて、爪を立てるから気をつけるように」と。
 ライブラのキッチンには共用冷蔵庫とは別に彼女専用のスイーツ冷蔵庫があったり(時々名前が分けてくれたりもするけど)、スイーツストッカーがあるのも知ってはいるけど、まさかここまで烈火のごとくキレ散らかすとはレオナルドもチェインも思っておらず。
 二人はただただ、名前が気を済むまでザップを殴る姿を見ている他なかった。
 しかし、名前の冷蔵庫からチーズケーキを盗み食べたり、ちょっと席を離れた時に盗み食べている予想しかつかないから同情なんかはしないし、寧ろいい薬になるのでは?と思っているけど。
「買ってこい。同じやつ。今すぐ」
 普段の名前からは想像も出来ない、怒りに充ちた声音にレオナルドは「ひっ」と声を零し、彼の頭に乗っていて、名前が大好きなソニックも震えながらレオに縋り付いている。
 きっと別室にいるツェッドも名前のあまりの形相に震えているかもしれない。だからこの広間に姿を現していないだろうと予測を立てるが、違ったとしても姿を表さないならそれがいいだろう。
「そう言えばクラウスさんとスティーブンさんは?」
「あの名前を見て、慌てチーズケーキ買いにいった」
 朝からいるはずの二人が居ないことに合点が行った。クラウスは元より平和主義者だし、スティーブンは名前の事を妹のように思っていると言っていた。……それにしてはやたらと可愛がり過ぎだとは思うけれど。
 とりあえず荷物をソファの上に置いて、腰を落ちつける。チェインも同じように、レオナルドの真正面のソファに腰を下ろした。
 ふと、名前は何かを思い出したかのようにザップを睨みつける。
「あと貸したお金、返せ。借りたものは返す。当たり前」
「宵越しの金なんざもってねえって、いてぇ!」
 容赦ない名前の拳がザップを襲う。
 間髪入れずに胸倉を掴んで距離を詰めると、彼女らしからぬ恐喝の言葉が飛んできた。
「腎臓でも心臓でも、無駄に種撒き散らしてるだけの玉でも、なんでもいいから売って作れ」
「ふざっけんな!俺の体への代償がデカすぎるわ!」
「それだけ、人様に迷惑かけてるけど、自覚なし?一応教えてあげる。人間の体はね、眼球両目一セット約十二万二千円、頭蓋骨と歯のセット約九万六千円、肩が約四万円、心臓は約九五二万円、手が約三万円、脾臓と胃がそれぞれ約万四円、小腸二十万、胆嚢約九万八千円、血液一ポンド約二万七千円、肌が一インチ約八百円……」
 闇市に関わる仕事もあるし、何度かそういった人体パーツのブローカーともやりあったことはあるし、人体パーツはものによって高いことは知っているけれど改めて聞いたらとんでもない値段だ。
「因みに、私のオススメは腎臓と肝臓。レートによると、腎臓約二〇九六万円。肝臓約一二五六万円」
 淡々と告げられるパーツの値段に流石のザップも顔が引き攣っている。
 仕方ない事だ。名前の語気は「売ってお金、作ってくるといいよ」という優しさは一切なく、「四の五の言わず売って金を作ってこい」と言っている。
「……名前さん、怒らせたらダメっスね」
「大人しい子ほどキレると手ェつけらんないっていうしね。まぁ、だからあの二人が特急でチーズケーキ買いに行ったわけなんだけど」
 いつの間にかギルベルトがコーヒーを置きに来てくれていたみたいで、テーブルには芳醇な香りを放つコーヒーと茶菓子のクッキーがぽつんと置かれていた。
 ギルベルトには悪いけれど、あの光景を眺めながらコーヒーは飲めないなぁ、とレオナルドは溜息を吐いた。

    ===============

 数十分後、チーズケーキを買ってきたクラウスとスティーブンの説得により、ザップは名前から解放。休憩室のベッドでしばらく休む事になった。
 しかし、そのお陰でレオナルドは今日は名前と外に出ることになり、何故かとてつもなく気まずい。
「……レオ?」
「ぅ、ひぁい」
「変なの。……朝ので、引いた?」
 控えめな声にレオナルドは肩をびくつかせる。
 本人にもそれほどまでに怒っていた自覚がある事を知ってビックリしているけれど、自覚があるなら次回気をつければいいだけの話だから構わないのだけど。
「引いてはないんですけど、名前さん。あんまり怒らないから、ちょっとビックリしちゃって」
「……ごめん」
「そんなにチーズケーキ好きだったんですね。あ、この前美味いチーズケーキの店見つけたんですけど行きませんか?」
「……」
 名前は顔を俯かせて、首を横に振る。
「確かに、チーズケーキは、好き。でも、違う」
「? 何がっすか?」
「あのチーズケーキ、ギルベルトさんに、教わって作った。みんなで、食べたかったチーズケーキ、だから……つい、カッとなって」
「!」
 そう言えば名前はお菓子を分けてくれた時、とても嬉しそうな顔をする。
 ミシェーラもそうだったけど、きっと名前もそうなんだ。美味しいものをみんなで食べるのが好きな人なんだ。だから、それを壊されてあんなに怒ったんだ。
「名前さんって」
「?」
「可愛いんですね」
「!? 何故」
 顔を真っ赤にして、戸惑う名前にレオナルドはくすくすと笑う。
 それと同時に休憩室で寝ていたザップの言葉を思い出す。
 ――「あいつが好きなモン、俺も知ってみたかったんだよ。……勝手に食ったのは、まぁ俺が悪いから謝るけどよ」
 ――「にしても、あのチーズケーキ美味かったなぁ」
 あの言葉を名前に教えたらどうなるんだろうか。
「レオ?」
「何でもないっすよー」
 言っても名前が困るだけだろうから言わないけれど。でも、いつかまた、今度は名前の手作りチーズケーキを食べたいな、と思いながらHLの雑踏に姿を消した。


2019/03/05