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▼ 心内環境大雨注意報

もうこれっきりだ。そう、自分の心に言い聞かせ続けていたのに。なのに、なのに、なのに。
貴方に会わない。そう決めたのに、それなのに。
何故にこんなに心がグラついて、浮いて、不安定になって、胸が苦しくなるのだろう。
理由なんて解ってる。そんなの、私がまだ貴方を愛しているから、としか言い様が無い。
でも、貴方は私を愛してなんかいないのでしょう?
自分の掌の上で弄んで楽しんでいただけでしょう?
だからこそ「嫌い」って言って、私を突き放したのでしょう?
池袋の街に雨が降る。


透明なビニール傘をさして名前は池袋の街を歩いた。
一歩歩く毎に足元の水が勢い良く跳ねてまた地面に散っていく。
割り切った筈の気持ちが雨の所為で元のカタチに戻りかけ、段々と鬱になる。鬱屈な気持ちが大きくなれば、それは何に向けられるわけでも無く、より肥大になっていく。

「あぁ、もうっ」

苛付いたような声を上げ、傘を持っていない方の手で髪と額をくしゃりと抑えた。
そして何も考えない様に、そっと目を閉じる。しかしそれは今の名前には逆効果な行動であった。

「っ〜!!何なの、もうっ!」

目を閉じれば嫌でも思い出してしまう。折原 臨也と過ごして来た楽しかった時間を。
戻りたいと思っていても、もう戻ることは出来ない、その事を理解しながらふらりと何にも考えずに雨の降る池袋の街を歩いていた。
否、池袋を歩き回っていたと思い込んでいた。

「あ……れ」

気が付けば其処は臨也が住むマンションの前。
そう、名前は無意識の内に新宿へと足を運んでいた。その事実を知りズキリと心臓が大きく跳ねる。

「(ああ。未練たらたらだなぁ、私)」

何時までも臨也の事を引き摺る自分に嫌気がさす。寧ろ言葉にするのなら「反吐が出る」と言った所か。
そんな事を思い早急に立ち去ろうとした正にその時、誰かに腕を引かれ振り返ってしまった。
そして、後悔した。何故振り返ってしまったのだろう、と。
振り返りきったその時思い切り抱き締められた。
その拍子に傘が手から放れアスファルトの上を転がる。
しかし名前はそんな事を気にかける事も無かった。
そして雨と共にただ一言、言葉が降り注いだ。

「お帰り、名前」
「………臨也、くん」
「酷いなぁ……、化物を見る様な目でオレを見るだなんて」

そう言っている臨也は至極楽しそうに名前を抱き締めていて。愛おしそうに髪を撫で、満面の笑みを湛えている。
しかし、今の名前は臨也のその笑顔に厭な位に殺意と吐き気たった少しの間、感じられなかった体温に名前は内心ホッとしていた。
しかし直ぐに危険信号の様に脳の中であの時の臨也の声が大きく響く。悪魔のような、致死性の高い、残酷な言葉が。
----「名前の事つまらなくなったから嫌いになっちゃった」。

「っ!!」

あの時、臨也が名前に対して言った、余りにも軽過ぎる別れの言葉。
違う。これは別れの言葉なんかじゃない。何も知らない無垢な子供が遊び飽きた玩具を捨てる際に云う言葉と何ら変わりが無い。
名前は目を見開いて思い切り臨也を両手で押し返すとすぐに離れた。荒く繰り返す呼吸の所為で喉がひゅーひゅーと鳴る。

「名前?」

臨也はそんな名前を不思議そうな、キョトンとした表情で見て立っていた。
その様子を名前は肩で息を繰り返しながら、瞳孔が開いた目で睨み付ける様に見つめていると少ししてから。思い出した!と言わんばかりに臨也は口を緩ませて言った。
いつもの「人間を愛している」と謳い、その人間を騙す時のあの表情だ。
今度は何を嘯くのか、名前は軽い殺意を孕んだ目で臨也を見続けて身構える。

「ああ……、そうだった。そういえばこの前名前に"嫌い"って言ったんだっけ。ごめん。すっかり忘れてたよ」

へらへらと笑いながら臨也は続ける。名前にゆっくり近付いて一つ一つまた新しい言葉を紡ながら。
そして名前の体を正面から抱き締め、耳元で囁く様に今度はこう、嘯いた。

「でもあれ、嘘なんだよね」

その一言だけで雨に当たり冷えきった体が怒りの余り体温が急激に上がった。
握り締めた拳が震えだし、自分の目の前の男を殴りたい衝動に駆られた。
しかしソコをぐっと感情で押さえ込む。感情的になったらそれこそ臨也の思う壷だし、面白がらせてしまう。それだけは嫌だ。

「……嘘だったとしても」
「ん?」
「嘘だったとしても、私はもう貴方の事なんて大っ嫌い!!」

泣きたくなるのを我慢して腹の底から声を出し再び臨也を突き放す。
名前は雨で冷えきったアスファルトに転がった傘を拾い上げ、歯を食い縛り、涙を一滴だけ流しながら脱兎の如く其の場を去った。

===============

臨也はあの後、名前の姿が見えなくなってから自室に戻り、雨で冷えきった体をシャワーで温め、今正に上がってきた所だ。
上半身は裸のままで首に掛けたタオルで濡れた頭を拭きながら一人ほくそ笑んでいた。

「あーあ、本当に嫌われちゃった」

タオルをソファーの上に乱暴に投げ付け、代わりに背もたれに掛けておいた服を着る。
服を着ると喉の渇きを潤す為にキッチンへ行き、冷蔵庫を開きビールを一本だけ取り出す。プルタブを引き一気にビールを飲み干せば少しは喉の渇きはましになった。
いつものあの笑顔が一気に絶望と怒りを孕んだ顔に変わった。本当に見たかった名前のその表情を見れたのに何故か心がスッキリしない。寧ろ空虚になりじくじくと痛みだしている。
しかし去り際の名前の表情と言葉を思い出して声を上げて笑った。

「やっぱり面白いなぁ、名前は!!他の女はまた愛して貰えると思って擦り寄って来るのに!!なのに君はオレを心から拒絶して拒否して嫌って……でも新宿までオレに会いに来た!!それってまだ少しでもオレの事が"好き"だって事だよねぇ?大丈夫だよ、名前!オレは"人間"しか愛さないけど、特別に一人だけ"名前"って言う人間を愛してるからさ!!そして早く自分の気持ちに気付いて帰っておいでよ!!何時までも待っているからさ、……ねぇ名前?」

自分の本当の本当の気持ちさえ解っていたら自分も彼女も傷付かずに済んだのに。
しかし、亀裂が入り罅割れた関係はもう既に戻らないと知っている。
言葉の枷を外して自分でも気付かぬ内に涙を流した。

end.