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▼ 存在意義を語ろうか

※売春表現有


事務所に入ればテーブルの上には沢山のドーナツが置いてあった。
名前はそれを目をキラキラさせながら見詰める。チョコフレンチにオールドファッション、某チェーン店発祥のポン・デ・リングに抹茶チョコが掛ったドーナツにその他諸々。
いくら同僚のクズチンピラに「無愛想冷血女」と言われようとも名前も好きなものには目が無いくらい爛々としてしまう。
でも、いくら置いてあるからと言って勝手に食べるほど落ちぶれてもいないし、行儀が悪い事も解かっているから何とか自制してソファに座る。
事務所に誰も居ないけど皆何処かに出掛けてしまっているのだろうか。

「あれ、早いな名前」
「! スティーブン、さん!おはようございます」
「ああ、おはよう。ふむ……君がこんなに早く来るとは思っていなかったから事務所を空けていたけど、これならおつかいを頼んでも良かったかな」
「おつかい?」
「朝食用の紅茶をね」
「朝食?」

腕に大きな紙袋を抱えた上司のスティーブン・A・スターフェイスの言葉を鸚鵡返しにしていると、彼はあははと笑って「それ」とテーブルの上のドーナツを指差した。

「それ、僕の朝食だったんだよ」
「朝からドーナツ……胃もたれしそう」
「いやね?本当は昨日の夜食べようと思っていたんだけど食べる暇がなくてさ。で、結局朝になってしまったんだ」
「じゃあこのドーナツは昨日から置き晒し……」
「と、言う訳でもないんだ。買出しに行く前に開けたから」
「そうなんですね」

いつもの「無愛想」といわれる表情でそう返す。でもスティーブンは長年連れ添っている部下の事なんてどんな表情をしていてもお見通しだ。
紙袋をテーブルの上に置くと名前の隣に座って頭を撫でる。そして、優しい表情で笑みを浮かべた。
それでも名前は無愛想なジト目でスティーブンを見つめている。でも、それはジト目であってジト目ではない。それを解かっているから笑みを浮かべる事が出来る。

「お腹空いてるなら一緒に食べようか、名前」
「! で、でも……」
「僕の記憶違いじゃなければ君は甘いものが好きだったた筈だけど……?」
「!! ……頂いても、構わないでしょうか?」

顔を真っ赤にして俯いた名前にスティーブンは思わずぷっと噴出してしまうけど、それは名前が可愛いが故だ。
スティーブンも名前が冷血だの無愛想だの何だの言われているのを知っているけど、本当の名前を知っているからそうは思わない。本当は年相応で可愛い女の子だ。

「構わないよ、人の好意はありがたく受け取るべきだ。それに僕は君と一緒に食べたいと思っているからね」
「! ありがとうございます。じゃあ、私が紅茶淹れます」
「お願いするよ」

そう言うと名前はここ数年見せた事が無いような少女らしいあどけない笑みを見せて「淹れてきます!」とソファを立つ。忙しく走り回る姿が小動物みたいでなんとも可愛らしい。
昨晩事務所で作成した資料に目を通しながら、名前が紅茶を淹れてくれるのを待っているとすぐにティーセットを持ってこちらに戻ってきた。
向かいの席に腰を下ろすと珍しく鼻歌なんて歌いながらカップに赤い茶を注いでいく。

「スティーブンさんは砂糖、幾つ入れますか?」
「ああ、そうか。君、いつも僕に飲み物淹れてくれる時はコーヒーを淹れてくれていたもんね。紅茶の時はストレートで構わないよ。でも今日はそうだな……ミルクティーの気分だから3つ頼むよ」
「ミルクティーの時は砂糖3つ、ですね。覚えておきます」

自分のカップには2つの角砂糖を、スティーブンのカップには3つの角砂糖を入れてミルクを加えてかき混ぜてから差し出した。名前はライブラに来た時から細かく気が利く女の子だったけど、スティーブンは彼女のこういうところを偉く気に入っていた。部下としては100点満点を与えたいくらいに。
これで表情が豊かだったきっと男連中から大層モテるし、友達も沢山出来るんだろうなと思うと複雑な心境だけど。
紅茶も入ったところで2人きりの朝食を始めるけど、ふと名前の事で思い出した事がある。

「そういえば名前。君、また見知らぬ男とモーテルに入っていったと聞いたよ」
「……チェイン情報ですか?」
「彼女も君が心配なんだよ、ライブラの仲間としてね。勿論僕も心配だ」
「でも、私は体を売る事でしか、情報を掴む事が出来ないから……」
「名前、情報班は他にもいる。だから君がわざわざ体を売って情報を得る事はないんだ」

そう言うと名前は少しムッとした表情になって、食べ掛けのドーナツを小皿の上に置く。

「そんなの、わかってます」
「解かっているなら何故」

確かに名前が持って着てくれる情報には有益な物が多い。それで何度も悪事を叩く事も出来た。
でも、そうじゃない。上手く口に出す事が出来ないけどスティーブンは名前の体の事を、ひいては将来の事を危惧している。勿論、その事を教えてくれたチェインも、口には出さないけどK.Kも、ギルベルトも、クラウスも。皆名前の事を心配している。
でもそれは届いていないのか、名前は膝の上でぎゅっと拳を握り締める。

「それでも、ライブラの役に立ちたいんです!戦闘に出てもスティーブンさんや、ザップみたいに強いわけじゃないから」
「君は後方支援が上手じゃないか。いつも君の支援に助けられている。だから、僕達も安心して戦っていられる。……それじゃあ駄目かい?」
「……」

反論が出来ないのか名前は顔を俯かせたまま更に強く拳を握り締めた。

「私が居なくても、全然平気なのに、何でそんな嘘ばかり言うんですか?」
「嘘?……今日は聞き訳が悪いじゃないか、名前。僕は君に嘘を吐いた事はないと思うんだけどな」
「嘘じゃないですか!私が現場に到着する前に、戦闘が終わっている事が殆どだし、私の血戦術は血液消費激しいからすぐに貧血になって迷惑掛けちゃうし……役になんて立ってない!!」
「……」
「なのに何で何でスティーブンさんは、私に優しくするの?何で私の存在意義を奪おうとするの?」

確かに名前の操る血闘術は血液を飛ばして闘うものだから貧血になる頻度が多い。そのたびに入院を強いているのも殆どだ。
でも、それでも名前の力がこのライブラには必要で。彼女をライブラに引き入れた時もその力の必要性を教えていたけど解っていない様だ。
尤も、今はそんな事を話したい訳じゃない。売春している事について話をしたいだけだ。
名前はザップとは違うから話せば解かってくれるとは思っている。今のこの状態では興奮して話に時間が掛かりそうだけど。

「別に僕は君の存在意義を奪いたい訳じゃない。でも、売春だけは止めて欲しいんだ。君の将来の幸せの為にもね」
「私の、将来の幸せの為?」
「ああ。君、K.Kに憧れているだろう?あんな素敵な女性になりたいって。彼女があそこまで頑張れる理由が何だか解かるかい?」
「……家族」
「そう、家族だ」

むくれた顔で小さく、呟くように言葉を紡いだ名前の頭をスティーブンは優しく撫でる。
K.Kにこの会話を聞かれたら何を言われるか解かったものでもないけど、彼女が此処にまだ来ない事を願って話を続ける。

「君が将来好い人を見つけて結婚した時に、自分が他の見知らぬ男に抱かれていた事を思い出したりしたら君の性格上自己嫌悪に陥った挙句、パートナーへの罪悪感で悪い方向に行ってしまうだろう?僕はそれを危惧しているんだ。いや、僕だけじゃない。このライブラの皆が」
「……」
「そうだな……情報収集で役に立ちたいなら、もっと健全な方向で情報を集めてもらいたい」
「例えば?」
「僕の妹役として一緒にパーティに潜入したりとか。一緒にカフェにでも行って其処で話を集める、とか」

「どうだい?」と尋ねると名前は少し考えて小声で答える。
「スティーブンさんが、それで喜んでくれるなら」と。
どうにも自主性がないと前から思っていたけど、少しでも自分の体の事を考えてくれるのであれば今はそれでいい。もう一度頭を撫でると優しく微笑んでやった。いつもの作り物ではない笑みを。

「さて、話が重くなってしまったが……ドーナツでも食べて忘れてしまおうか」
「はい!紅茶、冷めてしまいましたね。淹れ直します」
「いや、いいよ。折角名前が淹れてくれた紅茶だ。冷めて不味いなんて事はないだろ?」
「!!」
「はは、そんなに照れなくても。君は可愛らしいんだ。だから、安売りをしては行けないよ、名前」
「……はい」

自分の言葉一つ一つで照れて体を小さく縮ませる名前を見てスティーブンは「本当に可愛らしい」と思いながら、冷めたミルクティーを嚥下した。


2017/01/26