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▼ 刹那に咲く花

「あー、夏祭りってもうそんな季節かぁ」

廊下の掲示板に貼られたポスターを見て今抱いている感想を口にする。
すると一緒にいた同じ男子バレー部2年の田中&西谷コンビが「夏祭り!」と急にはしゃぎだす。女好きなこの二人の事だ。きっと浴衣姿の女子でも想像しているのかもしれない。案の定背後から「潔子さんの浴衣は何色か」と言う議論が聞こえてきた。
もしこの廊下に潔子さんが来たらまたガン無視されるよと突っ込みを入れた方が良いのか。しかし名前は敢えてその突っ込みを入れようとは思わなかった。
名前の頭の中も夏祭りの事で一杯だったから。

「(懐かしいなぁ、夏祭り。最後に行ったの中2の時だっけ)」

中学の時は女子バレー部でバレーに打ち込んでいたし、3年になれば受験があったから夏祭りに行こうだなんて思いもしなかった。お祭に行くくらいなら勉強とバレーボールに打ち込みたいという脳筋まっしぐらな思考の所為で中学3年間はまともな恋愛などしてはいなかったのだけど。
高校に入ってから余裕が出来るかなと思っていたら余り余裕も出来ずに怪我や何やで入院したりもしていたから、祭りにいったのが中学2年が最後になってしまっていた。
目蓋を閉じてその時の事を思い出す。

『名前、手繋ぐべ。はぐれたりしたら大変だから』

そう言った1つ年上の先輩は何時もの優しくて、明るい笑顔を浮かべて手を差し伸べた。
名前は少し戸惑いながらも、頬を染めて差し出された手にそっと、一回り小さな手を重ねる。
自分の手を離さない様にと握った大きな手は彼の笑みと同じ位に温かかった事を名前は今も覚えている。それが年単位の過去であっても。
思い出してたら不意に嬉しくなって自然に表情が緩んだ。

「後でお祭一緒に行けるか聞いてみよう……」

幸いその先輩は同じ学校に在籍している。
在籍している、と言うよりは先輩がこの烏野高校にいると知って推薦を蹴って同じ学校を受けたまでの事なのだけど。


授業が終わり、バレー部の練習も終わり、あれから数時間の時間が経過していた。練習が終わった頃には夏といえど外は真っ暗に染まっていた。
そんな中名前は男子バレー部の部室の前で目的の先輩を待つ。
別に電話でもメールでも良いのだが出来れば何も介さず自分の口で夏祭りに誘いたい。幸いした事に夏祭りの日は練習が休みだったから。

「あれ、苗字。まだ帰ってなかったのか?」

部室から出てきた先輩組の内2人が名前に声を掛ける。

「旭さん、大地さん。うん、スガちゃん待ってるんだ」
「スガなら影山と日向に捕まってるからもう少し時間掛かると思うぞ?」
「え、嘘」

澤村の言葉に名前は落胆の表情を見せる。するとタイミングよく「なーにしてんだ、よっと!」と澤村と東峰の背後からぴょこんと立った銀髪が見える。

「スガ、ナイスタイミング!」
「? 何が?って名前、まだ残ってたのか?」
「う、うん。スガちゃんと一緒に帰りたいなと思いまして……」
「どうして敬語……イタッ」

東峰が突っ込みを入れると澤村が無心で東峰の脛を蹴る。澤村の表情を見ると「空気読め」といわんばかりな表情で睨みつけられていた。空気を呼んで涙目ながらに菅原と名前を見てみると仄かにふんわりとした空気を作りながら「そっか」「駄目だった?」と言う会話を交わしている。


☆・☆・☆・☆


数日後の夕方。名前はお気に入りの浴衣に、結い上げた髪に簪を挿して菅原と一緒に夏祭りが開催されている神社に来ていた。
神社の広い境内には幾つもの出店が展開されていて、色とりどりの提灯もぶら下がっている。そして人と人がひしめき合っていた。

「流石夏祭り……人多いな」
「そうだね。もしかしたバレー部の誰か会うかも。田中とノヤも来るような事言ってたし」
「あはは、ありえる!でも月島と影山辺りは難しいかな」
「そうかな?月島君は山口君に引っ張られ仕方がなくって感じがあるし、影山君は以外にこう言うお祭り好きそう」

からんころんと下駄の音を境内に響かせながら二人は歩く。
菅原も名前も浴衣を着てすっかり夏祭りと言う気分だった。出店から焼き蕎麦のソースのにおいや甘い綿菓子のにおい等が漂ってくる。

「名前、腹減ってない?」
「うーん、微妙な感じかなぁ。一応お昼抜いてきたけど。あ、スガちゃん金魚掬い!金魚掬いやりたい」
「金魚掬いは最後の方がいいと思うよ。金魚が可哀想」
「……そうだね。新鮮な酸素をなるべく多くあげて長生きさせたいし」

小さい頃、金魚掬いを一番最初にやって祭りが終わってさあ帰ろうとした所で袋の中を見てみたら金魚が死んでいた嫌な思い出を思い出してしまい名前は「ふふふふふ」と暗い声を零しながら菅原の隣を歩く。その様を見た菅原も苦々しげな笑みを浮かべていた。
しかし、隣を歩いている名前を見て感じる物がある。普段感じる事が無い色っぽさが滲み出ている様な気がした。それは今日が夏祭で、名前が見慣れない浴衣を着て、女の子らしく飾り立ててるからだと思う様にしたが。
そこでポツリと名前に対して抱いた感想が零れる。

「名前、その浴衣似合ってる」
「!!」

そう言った菅原は自分が何を言ったのか瞬時に思い返し、少し大きめな目をまん丸にして思考を一旦停止させる。照れているのか僅かに頬が染まっていた。
その様を見た名前は一瞬きょとんとしてからふんわりとした笑みを浮かべる。

「ありがと。スガちゃんもその浴衣、似合ってる。格好いい」
「さんきゅ。何か名前に言われたら照れる」
「最初から照れてるくせにー」

からかう様にそう言うと更に菅原の頬が赤く染まった。
そして照れ隠しから名前の浴衣の袖を掴み「ラムネ!ラムネ買って飲もう!」とラムネが売っている出店の方に人混みを掻き分けて進んでいく。

「そう言えば、今日は暑いから喉乾くもんね」
「うん。あ……」
「ん?あっ、林檎飴!」

視界の中に入った林檎飴の屋台に名前は目を輝かせる。
中学2年生の時、二人で祭に来た時も名前は林檎飴を見つけてはしゃいで、喜びながら林檎飴を堪能していた。その時の名前の表情は凄く幸せそうだったのを今でも菅原は覚えている。
名前に「此処で待ってて」と言うと菅原は林檎飴の屋台まで駆けて行く。名前は何が何だか解からずにその背中を見つめていた。
しかしすぐに真っ赤に光沢を放つ林檎飴を片手に持って名前の所に戻ってきた。
そしてその林檎飴を「はい」と言って名前に渡す。

「良いの?」
「だって名前好きなんだろ?林檎飴」
「! 覚えててくれたんだ」
「そりゃあんなに嬉しそうな顔して林檎飴舐めてた名前見てたら覚えるって」

何気ない一言に名前は恥ずかしさや嬉しさで段々と体温が上がっていくのを感じた。

「夕飯になる物買って石段に座って花火待とうか」
「花火!そうだよね、花火までまだ少し時間あるもんね」

名前は貰った林檎飴を帯と腹の間に挿すと菅原と隣に並んで境内の石床の上を歩く。
こうして隣に並んで歩いていられるだけでも幸せに満ち溢れているのに、好きな物まで覚えていて貰えているだなんてこの上ない幸福だ。
手の甲にこつんと優しく、何かが触れる。それが何か解かった名前は隣にいる大好きな人の顔を見上げると、気まずそうに視線が交わる。それが「手を繋ごう」と言う合図だと気付いて名前は嬉しそうに笑みを浮かべて再度自分の手の甲に触れた華奢な手を握り返す。
あの時よりも確りとした手にもうあの頃とは違うと思うと同時に、今でも一緒に入れてよかったという気持ちが生まれてくる。
手を繋ぎながら焼き蕎麦や焼き鳥等を二人で食べる分だけ買って境内の中でも少し外れた場所にある大きな石の上に二人で腰を下ろす。

「はー、すっごい人だねやっぱり。足疲れちゃった」
「じゃあ、花火終わったら帰ろうか。明日も練習午後からあるし」
「そうだね、この分だと寝坊しちゃいそー」

履いていた下駄を脱ぎ、浴衣を少し肌蹴させると脹脛から足首、足の裏などを可能な限りマッサージしておく。名前にとっては普段通りの行動だったのだが菅原はその光景から目を逸らす。
確かに中学時代は彼女の生足を毎日の様に眺めていたが今は状況が違う。浴衣から伸び出ている脚に今此処で感じてはいけない劣情を感じてしまう。

「名前っ、はしたないから止めろって!!誰かに見られたらその……」
「何でそんなに焦ってるの?」
「!! 少しは人の気にもなってみろって……」

菅原の言葉の意味を解さない名前は首をただ小さく傾げるだけだったが、突如として鳴り響いた轟音と色とりどりな光によって空に視線を向け、その表情を綻ばせた。
どん、どんと音が響く度に濃紺の、星屑が鏤められた空に満開の花が咲く。

「始まったな、花火」
「うん!わー、此処からでもとっても綺麗に見えるんだね!」

無邪気に笑う名前の横顔を見て菅原はまた、頬を若干赤らめた。恥ずかしいのか照れ隠しの様に顔をすぐに花火に向ける。

「なぁ、名前」
「ん?」
「来年もまた夏祭り来ような。二人きりで」

真剣な顔をした、でも顔を赤くした菅原にそう言われ名前は時間が止まったかの様な錯覚を覚える。花火の轟音が壁の向こうで鳴っているかの様に遠退いていく。

「……いや、だったかな」
「ううん!!そんな事ないっ、嬉しい!来年もスガちゃんと一緒にいても良いんだって思うと、私とても幸せだし嬉しいよ!!」
「じゃあ、約束な」

小指を名前の目の前に出すと名前も小指を絡めて指きりを交わす。二人の表情は幸せに満ちて、満開に咲いていた。

End


2015/06/20