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▼ それなら家へ逃避行しよう

※シズちゃん妹主


とある日の昼下がり、池袋60階通りを歩く一組のカップルがいた。
男の方は楽しそうに、女の方は何故かオロオロとして挙動不審。何かに怯える様な、警戒している様な……。
そんな彼女、平和島 名前に新宿を拠点とする黒の情報屋・折原 臨也は優しく声を掛けた。
名前が何故怯えているのか、挙動不審になっているのか。理由は把握しているからだ。
でも挙動不審な名前が可愛くて、つい喉を鳴らしながら笑ってしまう。

「そんなにビクビクしなくても大丈夫だって」
「でも、臨也くん「池袋に来るな」って言われてるんでしょう?」
「確かに言われてるけど、池袋に来る来ないは俺の自由だしね」
「でも、その所為でこの間喧嘩したってサイモンに聞いたよ?」
「シズちゃんが俺が視界に入る度に怒ってるだけ。全く……いい迷惑だよ」

困った様にそう言っていても顔に出ている表情は少なからず笑っている。
そんな臨也の表情に頬を染めて見とれるけど、その反面では実の兄と自分の隣を歩いている青年がはち会わないか名前は心配だった。
会えば必ず喧嘩所ではない、警察沙汰にまで発展するからだった。そして警察ですらも兄の怪力の前では無力だ。
そんな名前の杞憂を余所に臨也は先程の会話を続けるように「それに……」と付け加えた。

「名前が居たら流石にシズちゃんも手は出せないだろうしねぇ……」
「ちょ……、それって私の事盾にしてない?」
「違う違う。妹に怪我させる兄なんて何処にも居ないって事。特に名前みたいな可愛い子には、ね」

最後の部分を強調して言う。
名前は臨也の妹二人を思い浮かべて苦笑した。いくら好きな人とはいえ、今デートしている最中だとはいえ、彼が言えるセリフではない。
ぽそりと、つい本音が出てしまう。

「……可愛い妹を邪険にする兄は居るのにね」
「何か言った?」
「別にー?」

小声で言ったのに何故聞こえた!!と心の中で叫んでみるけど、それは彼が自分の言動を良く見ている事だと知っているからこそ。人間観察趣味は伊達じゃない。
名前はそれ以上何か言ったりせず、はぐらかすと云う行為に出る事にしている。そして、臨也もそれを解っているからこそ敢えて言及等はしなかった。

「そういえば、名前が見たいって言ってた映画もう上映されてるよね。今から見に行く?」
「でも臨也くんにはつまらないかもしれないし……。今度一人で見に行ってくるよ」
「映画の内容がつまらなかったらの名前事を観察する事にするよ」
「……うん。その言葉聞いたら尚更一人で行きたくなった」

サラリと凄い事を言う臨也には若干引き気味に溜息を吐いた。
これを臨也ではない他の男が言った時にはジ・エンド。きっと名前はその男をその場で殴り倒している事だろう。惚れた弱みというのは存外強いらしい。

「それだったら……」

名前が「そろそろ昼食でも食べに行こう」と、言葉を続けようとした正にその時。それは物凄いスピードで二人の間を駆け抜け、数秒後には何かにぶつかったのか大きな破裂音が池袋の町のごく一部に響いた。周りの人達も何事かとこちらを注視している。
名前はネガティブに事を想像し、錆びた機械の様に、道路標識が飛んできた方向に首を向けた。

「人の妹連れ回して何してんだ、臨也ぁ……」

低く唸る、怒気と殺意を孕んだ男の声。
そして、その瞳に映り込んだのは金髪にサングラスのバーテン服の男。
こめかみに青筋を浮かべ、指の関節をぱきぽき鳴らしながら、怒りに充血した目で吹き飛んだ臨也を睨みつけていた。
その視線だけで人を殺せそうな気もしないでないけど、今はそんな事を言っている暇はない。

「……シズちゃん」
「お……お兄ちゃん」

名前と臨也はほぼ同時に違う言葉で同じ人間を指す言葉を発した。
そう。目の前に居る"平和島 静雄"と云う男を指す言葉を。静雄を見た二人の表情は全くもって別なものであった。
臨也は"会いたくなかったけど、やっぱり会っちゃた"と云わんばかりに顔を引き攣らせているのに対して、名前はと云うと思い切り恐怖に呑まれ顔が青ざめていた。
と云うのも名前は兄である静雄に「臨也には絶対関わるな、近寄るな、目を合わすな」と、強く念を押して忠告されていたからだ。
更に言うと目の前の兄は名前に対してなのか臨也に対してなのか定かではないが妙に爽やかな笑みを浮かべている。
勿論、しっかりとこめかみに青筋を浮かべてはいるが。そして静雄はゆっくりと口を開く。

「名前……、兄ちゃん言ったよなぁ?そのノミ蟲に関わるなって」
「そ……それは」

弁解をしようとする名前の前に臨也が"言わなくて良いよ"といわんばかりに腕を出す。

「やだなぁ、シズちゃん。名前から唯一の楽しみを奪うつもりかい?それは兄として如何かと思うよ?」
「テメェはとっとと名前から離れやがれ」

大仰に溜息を吐き肩を落とすと臨也はコートの袖口からナイフを取り出し、名前を自分の後ろに下がらせる。
静雄は笑顔から一変。目をカッと見開いた。その場にいた野次馬達はぐっと息を呑み、その場を見つめた。誰かが通報したのかパトカーのサイレンも段々と近付いてくる。

「それにさぁ、シズちゃんは俺からも名前からも自由を奪って楽しい?」
「あぁ!!?何言ってやがるんだ」
「俺に"池袋に来るな" とか、名前に"俺と会うな"って……。それって個人の自由じゃない?」

名前は臨也の背に隠れている様な形だからよくは解らないけど、きっととても良い笑顔なのだろうと思う。
臨也の言葉を聞いてなのか何なのか、ゆらりと静雄はその場を動きながら名前に対して言葉を紡いだ。

「名前、今すぐソイツの傍から離れろ。怪我すんぞ」
「え?」

静雄の口調が急に穏かになったのもあるけど、臨也から離れる様に言われた事に戸惑う。
そして次の瞬間、近くの喫茶店の看板をがっしりと掴み、持ち上げ、言葉を続けた。

「今からそのノミ蟲、ぶっ殺すからよ」

ゾッと冷たいものが背筋を駆ける。
静雄の瞳は途轍もない怒気を孕んでいた。それも、いつも以上に。
このままでは本当に臨也が本当に殺されてしまう。
それにその所為で静雄が犯罪者になるのは、絶対に嫌だと心の中で強く思う。
そんな名前がとった行動は一つ。

「駄目!!お兄ちゃん!!」
「「名前?!」」

臨也の背から飛び出し二人の間に割り入る。
何ともお約束な出来事なのだけど、野次馬も臨也も静雄は面食らって行動を止めた。
しかし、ハッとした臨也は何か口にしようとした名前の腕を掴み、静雄と反対の方向へ走り出す。

「臨也くん?!!」
「よく言うでしょ?"逃げるが勝ち"って。後、喋ってたら舌噛むよ」

二人の影が小さくなっていく中、静雄はようやく事を理解したのか、「畜生!」と小さき低い声で唸った。
しかし、心の中ではホッとしていた。大事な妹を傷付けないで済んだから。臨也を始末出来なかったのは悔しいけど。
そう思ってその場を去ったのは、また別の話。

===============

二人はその後も走り続けていた。
臨也に手を引かれ走っていた名前だが、臨也に対して感情の違和感を覚える。

「(もしかして…怒ってる?)」

現に臨也に握られている手首が途轍もなく痛い。そしてぴりぴりとした空気が頬に当たる。

「臨也く……」
「ったく。本当に馬鹿」
「なっ……」

名前から先刻、制止を振り切り前に出た事についての謝罪の言葉を告げようとしたらまさかの馬鹿発言。
しかしその声には毒はあれど怒りは微塵も感じられなかった事にホッとした。だけどいきなり"馬鹿"はないだろうと思い、それだけはムッとした。

「俺がシズちゃんに負けるとでも思ったの?」
「……解らないよ、そんなの。でも」
「でも?」

ニヤニヤと、臨也は笑みを浮かべている時の様な声で繰り返す。

「大切な人たちが傷付け合うのだけは、絶対嫌!!」

凛と、はっきりした屈託の無い声。
臨也はぴたりと走る足を止め、名前の方へと振り返った。

「あーあ、今日は疲れちゃった」
「……」

不安そうな名前をチラリと横目で伺い、臨也は微笑んで言葉を繋ぐ。

「今日はもうさ、オレの家でデートってことで」
「……!! うんっ」

電車に乗ってしばらく。
臨也の自宅に着いて、すぐに二人はリビングのソファに腰を落ち着けて一息ついた。
今度からは静雄とのエンカウントも考慮した上でデートの予定を組まなくちゃ。しちめんどうくさいけど名前との時間を邪魔されないようにするのも大切な事だし。

「今日は名前のお蔭で命拾いした結果になったかな?」
「臨也くん?」
「本当は俺が名前を守ってあげる立場に居なくちゃいけないからね。ちょっと癪。だから、ね」
「?」

そのままソファに押し倒されたと思いきや、両手首を拘束されて名前は瞼をぱちぱちと開閉させる。
臨也は舌なめずりしながら、爬虫類のようなねっとりとした目で名前を見下ろしていて。
何だかヤバい気もするけど臨也を振り切る腕力も、逃げる気力も名前にはなく。そもそも臨也の事が嫌いという訳じゃないから振り切る事も、逃げる事も無いのだけれど。
それにもし逃げたり、拒否したりしたら拗ねてしまうのは必須で。明日の仕事の折に波江に苦労を掛けさせたいわけでもない。
だから大人しく今の状況を享受する。

「名前を沢山リードしてあげるから、覚悟してよね」

end.