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▼ ラフメイカー

※病気、微流血描写有


硝子の様に透明な雨が止め処なく降っている居るのが教室の窓からも良く見えた。
名前は脱力した様に自分の机に臥せっていると、小さく誰にも聞こえない様に溜息を吐いた。
誰にも聞こえない様に、とは言っても教室は名前以外誰も居ない無人状態だったけれども。
激しくアスファルトを穿つ大雨の所為で帰宅困難になる前に帰れという学校側の判断で部活も委員会も中止。
それだけでもやる気は十分削がれてるのに。
こんなに雨が降るとは思って居なかったし、雨が降るだなんて事を知らなかった為、名前の手元には傘はない。
しかも悪い事と言うのはいくつも続いて起こるらしい。
家に連絡しようと思ったら連絡手段のスマフォを家に置いてきてしまった。

散々だ。そう思うとまた溜息が口から吐き出される。
溜息の音以外に名前の耳に入るのは窓の外の降りしきる爆竹の様な雨音だけ。
しかし、そんな中に不意に廊下の方から爪先で床を蹴る音が虚しく響いては消えて、また音が立つ。
その音は名前が居る教室まで入ってきて、やがて名前の席の傍で消えた。

「誰」

音が名前の近くで止まった時、小さく消え入りそうな小さな声で呟いた。

名前はこの感覚を知っている。
それは今年の、名前がまだ女子バレー部に在籍していた時。
女子バレー部在籍最後の試合の後。
学校から家に帰る途中、名前は激しい胸の痛みに襲われ、そのままその場に倒れ落ちた。
呼吸も侭ならない。その位に苦しくて。
咳き込んだ口からは真っ赤なそれが無機質な、灰色のアスファルトを彩った。
すぐに近くに居た大好きな先輩が救急車を呼んでくれたから一命を取り留めたが、薄れていく意識の中で自分の名を叫ぶ声や、手を握りずっと啜り泣いていた先輩の声だけが暗闇で弾かれた様に響いていた。

「帰らねぇのか」
「……うん」

ぼんやりと光彩が失せた様な瞳に映った坊主頭の同級生。
騒がしいが兄貴肌で、やる時はやる。そんな格好良さを持った烏野のムードメーカーの一人。
田中龍之介。次期エースと呼ばれる男。

「何だよ、傘忘れたのか?」
「知らない」
「知らないって、何だよそれ」

田中は名前の前の席の椅子を拝借するとその椅子に座る。
田中が知っている名前はこんなに弱弱しい女ではなかった。
何時も騒々しくしていた鬼の形相で止めに入って来るような、そんな人間。
でも、普段は明るくて取っ付き易くて、何処にでも居る普通の女子高生。

「何かあったのか」

だからこそ田中は名前に何かあったのかと悟り、声を掛ける。

「……夢」
「あ?」
「私には、夢がない」
「何言ってんだよ、苗字」

「お前にも夢位あんだろ」。そう言って頭をぐりぐりと乱暴に撫でてやるが、すぐにその手は払われた。
しかし、その手に力などは全く入っておらず、田中の手を払った後すぐに机の上に落っこちた。
よくよく名前の体を見ていると肩が微量に震え、泣いているかの様な音が聞こえる。
名前が顔を上げると田中は驚いた。
名前は泣いている訳ではなく、悲しそうな顔をしながら笑っていたから。
そして掠れた声で口ずさむ。

「田中には春高の舞台で戦うって夢がある。でも私には夢なんてない」
「苗字……」
「やりたい事が出来なくなって、心の中は空っぽになって、遠くでただ皆を見つめてるだけ。バレーしたいのに体の自由が利かなくなって、訳解んなくなって、泣きたくなるけど泣けなくって」
「……」

田中は至極真面目な目で名前を見詰め、暫く黙って名前の言葉に耳を傾ける。
その言葉は名前が泣かない代わりに泣いている様に思えた。

「私は夢さえなくなった。本当の飛べないカラスになった。夢に向かって手を伸ばす皆を、ただ指を咥えて見ているしか出来ない」

名前は椅子から立ち上がるとじっと、光がない瞳で田中を見つめる。
しかしその瞳は怒りと焦りと、言葉に出来ない何か深い感情を感じ取れた。

「ねぇ、教えてよ。何でこんなに辛い思いしなくちゃ生きていけないの?」
「知らねぇ」

田中は一言そう言うと立ち上がり、一歩一歩近付く。
そして頭を優しく撫でてやった。
子供をあやすかの様なそんな手付きで。
名前はそれに驚いたのか肩を跳ね上げて驚き、その場で一歩後退した。
そんな名前を「何やってんだよ」と言いたげに笑みを、何時もの邪気がない太陽の様な笑みを浮かべ、田中は言葉を紡いだ。

「今が辛くたって未来は良い事あんじゃねぇの?」
「そんな事有る訳ない」
「……俺だって正直辛い」

本当に辛そうな声音でそう言った田中の言葉に「え?」と声を零す。
表情も、名前の事案じているかのようなそんな表情だ。
そして田中はまた明るい、普段の表情に戻ると名前の両肩に手を置いた。

「苗字が、仲間が俺達の誰にも相談しねぇで苦しんでる姿を見るのが辛ぇ!!」

獣の様に雄たげぶ様にそう言った言葉が名前の胸に突き刺さる。
目を見開いて田中を見ると、彼は何時も通りなのに何故だか太陽その物に見えた。
光が失われていた瞳に光が宿る。

「それに夢なら苗字も持ってんじゃねぇか。烏野高校男子排球部春高優勝!マネージャーだって同じ排球部じゃねぇか。しかも一人じゃねぇ、俺達の女神・潔子さんに可愛い後輩の谷っちゃんだって居る」
「!」
「それに人間なんてみんな迷って、道を見失って、這いずってでも道を見つけて強くなってくんだ。絶対一人だなんて思うな!苗字には沢山頼れる仲間が居るだろ」
「……田中ぁ」

ぼろぼろと一気に止め処ない涙が吹き零れる。
田中の言葉は優しくて、でも残酷で。しかし今の名前には不足していたとても大切な物で。
胸に確りと刻み込まれている。

「今度何があっても一人で悩むな。絶対だぞ!」
「うん。約束する。ありがとう、田中」

今までずっと降っていた雨が、少しだけ雨脚を弱めた。
「今の内に早く帰ろうぜ」。差し出されたその手を名前は嬉しそうにとると、教室の電気も付けたまま、田中は名前を連れて教室を飛び出した。


ラフメイカー


END


タイトルはBUMPの名曲ですが内容にあまり関係はありません


2014/08/24