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▼ Nightmare on a third dimension

 脚を斬られ、痛みと不快感が吐き気と成り襲い掛かってくる。
 綺麗に斬られた傷口からは熱い、どろどろとした紅の体液が止め処なく溢れ出し、清潔感に満たされた真っ白な床を、破面アランカル特有の白い死覇装を染め上げた。
 名前は自分の脚を斬った十刃エスパーダであり、上司のザエルアポロ・グランツを見上げ、絶望に満ちた表情を浮かべる。しかしザエルアポロはそんな名前が気に食わないのか思い切り手の甲を踏みつける。
 鈍く、手の甲の骨が砕ける音が響いた。
 一瞬、何が起きたか理解が出来ていなかった名前だがその後すぐに砕かれた手の激痛が神経を伝い、名前の口から断末魔に似た悲鳴を上げさせる。だが、その声は既に声にはなっていなかった。なる事すら許されなかった。
 叫び続けていた所為で喉の粘膜が掠れ、血が滲み出ているから。
 動く事も声を上げる事もままならない、芋虫の様な名前を見てザエルアポロは愉快そうに笑いながら彼女を見下した。
「お前は何でこんな事になっているのか理解しているのか?」
「……?」
 ザエルアポロの言葉が解かり兼ねて、自分が彼に対して何かをしてしまったのかを思い返してると目の前に邪淫妃の切っ先が、後数ミリと言う距離で近付く。
「その様子を見る限り、理解していない様だね。全く……これだから低脳な奴は」
「!!」
「嫌いなんだッ!!」
 切っ先が目の前から引いたと思いきや、名前は思い切り腹部を蹴られ、宙に浮き、そして壁に背を強く打ち付けた。
 本日何回目かの激痛が体を駆け巡る。赤い血液が飛沫となって飛び散り、痕を残す。
何故自分はこんなに理不尽な扱いを受けているのだろうか。何かザエルアポロの逆鱗に触れる事をしてしまったのだろうか。
 しかし脳の中の思考回路はとっくのとうに体がキャパシティオーバーを訴えている痛みと、多量に流れ出る血液の所為で段々と白い靄の中に意識が埋もれていく。
 体が限界を訴えているのか、目蓋は重くなり、眠りに就こうとしている。一重に眠り≠ニは言っても永遠の眠り≠ニ言う物かもしれないが。
 だがザエルアポロはそれを許してはくれない。名前の髪を鷲掴み、自分の方へと手繰り寄せた。
「こうでもしなくちゃ、出来の悪いお前は何も学習しないだろう?」
 壁に頭をたたき付けられ、頭蓋の中で脳がぐらぐらと揺れる。そんな錯覚すら覚えた。
 遂には鼻からも血が垂れ、その様を見たザエルアポロは「フン」と鼻を鳴らし、髪から手を放す。
 しかし頭を叩き付けられたお蔭なのか、痛みのお蔭なのか。ぼんやりとした、不吉な眠気はすっと後退り、消えていく。
 ただ、現状は眠気が去っただけであり、この状況から逃げられる術を得た訳ではない。
 すると今度は名前の腕を掴み、ずるずると何処かへ名前を引き摺っていく。
「でも、お前に死なれると僕も困る。一先ずはその脚の応急処置だけはしてあげるよ、名前」
 引き摺られ先に辿り付いたのはザエルアポロの研究室で、名前は乱雑に白いシーツが敷かれた、固めの台に乗せられ、未だ体に無事くっついている両腕をベルトできつく締め上げ、固定された。
 するとザエルアポロは薄紫の液体が入った注射器を名前に業とらしく見せつけ、恐怖を煽る。
ザエルアポロは所謂マッドサイエンティストだ。
 それは彼の従属官を長年の歳月努めてきた名前は良く知っている。藍染の為に薬品や霊子装置なども製作してきた。でも、その半面で破面アランカルの肉体を作り変える薬品なども製作していた。その薬の実験体となった従属官の末路は悲惨な物で、初めの頃は夢に出てくるくらいに鮮烈で過激でショッキングだった。
 鋭利な針が名前の首筋の皮膚を刺激する。
名前は涙を溜めて嫌だ嫌だと首を横に振るが、ザエルアポロは狂喜的な笑みを浮かべ、一思いに針を刺し、薬を注入する。
 途端、即効性の薬だったのか名前は白目を剥き、体を痙攣させながら意識を手放した。
 その姿を見てザエルアポロは寂しそうな表情で呟く。
「君だけは僕の傍から離れないと思っていたのに」
 斬り落とされてから時間が経過している彼女の足を切り口に合わせ、縫合していく。
 本当は彼女が自分の傍から離れていくのであればこんな物を再びつけてやる必要もないのだけど、元気に、無邪気に跳ね回る名前を見ていると何故だか心が安らぐ。だからこそ返してやる。
 清閑な部屋に名前の体を修復する金属と、血に塗れた肉を弄くる音だけが絶え間なく鳴り続いていた。
 ――ザエルアポロは許せなかったのだ。
 名前が、自分と同じ顔を持つ双子の兄・イールフォルトに心を許している事を。
 今回名前に少々きつめの折檻をしたのだって、彼女が微笑みながらイールフォルトの手を取り、宮の外に出ようとしたのが理由だ。
 名前には緊急戦闘時以外はこの宮から一歩も外に出ないように言いつけてあるのにも関わらず、だ。
 それにもう一つ、ザエルアポロには許せない事があった。
(何で僕には悲しい顔しか見せないのに、あのカスにはあんなに優しい笑顔を向けるんだ……)
 彼女を加虐した時に見せる泣き顔も、研究に明け暮れて倒れた時に見せる呆れ顔も、自分の研究が終わるのを待っている内に眠りこけてしまった無防備な寝顔も、どれもソソる物があったがそれでも一番好きな表情は優しい、女性らしさを持つ笑顔。
 しかしそれを向けたのは自分ではなく、双子の兄。
 そして最近の彼女が自分に向ける表情といえばそんな煌びやかな物とは正反対の悲しい表情。
 それがどうにも疎ましくて仕方がなかった。
 こんなにも大切にしているのに。寵愛を向けているのに。それなのに彼女は自分に対してはいつも普通で、それが気に入らない。
「いっそ、君の脳を弄繰り回して僕の事しか愛せない様に改造してしまおうかな……?」
 今まで以上に、機械の様に自分に忠実に、そして自分だけにあの笑みを向けるように。
 でも、それはザエルアポロが気に入っている名前≠ナはない。
 それ以降もザエルアポロは無言で、器具が鳴る音だけが響く部屋の中で名前の体を直していた。

   ===============

「……ん?」
 名前は体全体を包むほんのりとした温かさにぼんやりと目を覚ました。
 寝ぼけ眼の目蓋を手の甲で擦り、のろのろと状態を起こす。すると体からぱさりと真っ白な毛布が床に向かって落ちる。
 名前が横になっていたのはザエルアポロの研究室の前にあるリビングに近しい形状の部屋にあるソファの上だった。
 またソファで寝ちゃったのかとぎしぎしと軋んだ音を立てる体を伸ばし、両手で頬を叩く。
 それにしても夢見が悪かったな、と名前は眉間に皺を寄せる。
 まさかザエルアポロが自分の脚を斬り落とした挙句、手の甲の骨を踏み砕き、蹴り飛ばす夢だなんて。
 確かにザエルアポロは激怒すると何をしでかすか解からないし、短気なのは名前も良く知る所なのだけど、何故あんな夢を見たのかが不思議でならない。ぼんやりした頭で考えていると背後から「あぁ、起きたんだね」といつも耳にする彼の声が鼓膜を揺らした。
「またソファで寝ていたんだね。あれほど眠る時はベッドの上でと言いつけているのに、学習能力が無い様だね?」
「ごめんなさい、ザエルアポロ。最近気が付いたらソファで寝ちゃって……」
 また、悲しそうな表情を浮かべる。
 その表情に一瞬だけ無表情に静かな怒りを腹の底で感じるけど、すぐに少しだけ柔らかな表情を取り繕う。
「ソファで眠るから悪夢なんて物を見るんだ。また、見たんだろ?悪夢って奴を、さ」
「……うん。ねぇ、ザエルアポロ」
「何だい」
「貴方は私が気に食わないからって言って私の脚を斬り落としたり、手の甲の骨を踏み砕いたり、思い切り蹴り飛ばしたりしないよね?」
 その一言にザエルアポロは口を閉ざす。
 しかし何も言わない彼に対し、名前は不安になったのか「ザエルアポロ?」と彼の名を口にする。
「する訳ないだろう?君は僕の従属官の中でも特別なんだ。僕の思想を認めてくれる破面アランカルなんだから」
「良かった。その言葉を聞いて安心した」
 子供の様な無邪気な笑みを浮かべてそう言う。
「さぁ、お喋りは此処までにして……。名前、今からアーロニーロの宮に行くけど誰が尋ねてきてもこの宮に入れてはいけないよ?」
「解かってる」
「あのカスが尋ねてきても、だからね?」
「解かってるってば。貴方からの命令はちゃんと守る。だって私はザエルアポロの従属官だもの」
「……頼りにしているよ。もし命令を破りでもしたらそれこそ、君の脚を斬り落としたり、手の甲の骨を踏み砕いたり、思い切り蹴り飛ばしたりするかもしれないからね」
 耳元で業と声を低くしてそう、囁く。
 そして「悪夢はもう、見たく無いだろう?」と意地悪く嗤って見せた。
 そういえばザエルアポロが研究室から出てきてから夢の中で斬られた箇所が痛むのは何故だろうか。
 名前は疑問に思いながらも笑顔を浮かべて頷いた。

End


2016/09/10