戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 運命なんてふとした瞬間に変わるもの

※小説ネタにつきネタバレ注意


長曾我部軍の船の甲板の上で二つの影が火花を散らして交わる。
一つの影はその場から動かずどっしりと構え、もう一つの影は縦横無尽に甲板の上を動き回りもう一つの影に攻撃をしきりに仕掛けていく。

「はっ!あんた、女にしちゃぁ随分と強ぇじゃねぇか!!」

元親は楽しそうにそう言う。
がきん。と飛来してくる薙刀の一突きを軽くいなす様に碇槍を振る。
攻撃を弾かれ、薙刀を繰る緑色の装束に身を包んだ少女は空中で身を翻して帆柱に足を付き、そのまま柱を蹴り、その威力を使ってもう一度元親に向かって薙刀を振るった。
遥か上空から獲物を狙い急降下していく鷹の様に。
しかし、それがいけなかった。

「甘ぇぜ、名前!」
「?! しまった!!」

急に体を網に捕われ名前は動きがとれなくなってしまった。
元親の技・四縛。この技に捕まったのはこれで何度目だろうか。
内側から薙刀で網を切り、脱出を試みようとしたがなかなかに網が丈夫で切れない。
これには名前はがっかりと肩を降ろした。

「…降参です、元親殿」
「お、漸く降参したか!あんた、見かけによらず負けず嫌いだからなぁ…」
「もー。それより早く降ろしてくださいよ」
「そう慌てなさんな…っと」

技を解き、名前は忍の様にひらりと甲板の上に着地した。
そして立ち上がり、元親に握手を求める。
元親は満足そうに笑い、碇槍を肩に掛けると一回りも二回りも大きな男らしい手で名前の小さな手と握手をした。


名前はついこの前まで中国地方の覇者・毛利元就の傘下にいた武将であった。
ザビー城崩壊の一件で多くの部下の命を奪った絡繰りを仕込んだ元就に復讐する為に元就を船の上で襲撃した。
元親が最後の反抗を見せた元就を殺し(殺す、と言ってもあれは正当防衛だった)、毛利との戦いは終決した、と思った。
「我を失えば、この地は必ず侵入者の蹂躙にまみれることとなるだろう」。
元就が死ぬ前に残した、言葉。
侵入者が誰かを聞き出す前に息を引き取ってしまった元就に自分の軽率さを悔やんだ。
槍ではなく、拳を。拳で対処していれば元就を生け捕り、侵入者を誰かを吐かせる事も出来たというのに。
元就の亡骸を甲板の上にそっと寝かせ、元就の言った言葉の意味を考えていた。
その時、少し離れたところからギシリと甲板が軋んだ音がし、元親はその場を振り返った。

「誰だ?!」

其処に立っていたのは自分の血なのか、はたまた返り血なのか。
緑色の装束を赤く染めた、薙刀を持った少女が惚けた顔で立ち尽くしていた。
少し大きめな少女らしい双眸から涙が頬を伝い、流れる。
ふらふらと元親と元就の亡骸の元に近寄ると、元就の亡骸の横で膝を付き、そっと元就の手を取りしゃくりを上げて泣き始めた。

「元就、さま。元就さまぁ…っ!!」
「……」

悲痛な叫び声が頭に響く。
目の前の少女を元親はただただ見つめるしか出来なかった。
元就は自領の民にはその冷酷さから嫌われていた。だからこそ元親に手を貸してくれたのだが…。
しかし目の前の少女は愛しい人を亡くした娘のように泣きじゃくっている。
そういえば民達が言っていた。「もし、名前という少女を見つけたら生かして欲しい」と。
理由を問えば自分の身を顧みず民達に貸せられた税を減税してくれたり、様々な知恵を与えてくれた。と、嬉しそうに言うものだから元親は名前を見つけたら生かす、という約束を取り付けていた。

「お前が、名前っていう娘さんか?」
「…西海の鬼……」

虚ろになった瞳の視線と交錯する。
今の名前には明らかに敵意も殺意もないことが窺い知れた。

「何故、奇襲をかけたのですか」
「あんたの主君の所為で俺の部下が死んだ。九州でな」
「復讐というわけですか」
「あぁ、そうだ」

元親のその一言を聞き名前は静かに、自分の喉元に薙刀の刃を押しつけた。
それを見た元親はぎょっとして名前の手を掴み、自害を止める。

「な、何を!」
「馬鹿野郎!何死のうとしてんだ!」
「元就さまは死んだ!それは即ち毛利の敗北。敗北には死しかないと元就さまは仰っていた!」
「だからって死ぬ事ぁねぇだろ!」
「離して!離してよぉ…っ!!」

名前の手から薙刀が落ちる。
そしてまた、崩れ去る様に大泣きし始めた。
これには流石の元親も参ったのか名前を俵の様に担ぎ上げ、自分の船へと向かう。
担ぎ上げられた事に驚いた名前は泣くのを止め、元親に降ろすように懇願するがそれは聞き入れられなかった。

「今此処であんたを降ろしたらまた死のうとするだろ。毛利が残した言葉についても色々聞きたい事はあるし、あんたにゃ生きてて欲しいって思っている人間だって沢山いる。それによく見りゃべっぴんさんじゃねぇか。その若さで死ぬだなんて勿体ねぇぜ、名前」

名前を船に連れ戻ったときに部下に色々言われたが元親は一切気にはしなかった。
武の心得が有ろうともこんな細腕の少女一人に自分達は負けないだろうという自信、名前が危害を加える心配がないと言うことを解っている。
船に戻る途中に死ぬなと説得したのが効いたのか、元親に、長曾我部軍に力を貸すと名前自らが約束を持ちかけたからだ。
約束を違えた時は煮るなり焼くなり好きにしていい、と信念を貫かんとする瞳でそう言われ、覚悟の大きさを身に感じた。

しかし元就が残した言葉の意味を聞いても名前は元就から何も聞いてはおらず情報と言う情報は得られなかった。
これにはがっくりと元親は肩を降ろしたが名前が何かを思い出したかのように「あ」と声を上げた。

「そう言えば幾らか前、大阪の豊臣から軍師が元就さまに同盟を申し込みに謁見を…」
「豊臣だぁ?」
「はい。元就さまが民から多くの年貢を取り立てるようになったのも確かその軍師が来てからの事だと記憶しています。同盟を組んでいる手前、豊臣はきっと元親殿達、長曾我部軍を廃掃しにかかると思います。その時はどうされるのですか?」
「…そん時はそん時だ。色々と聞いて済まねぇな、名前」

元親は密かに名前に隠し事をしていた。
今さっき名前の口から出てきた豊臣。
毛利との戦いで負傷した部下や名前を一度砦に置いていった後の航海で彼らに間見えていたのだ。
豊臣の軍師、竹中半兵衛に毛利元就を倒したことで感謝されたが元親はそれに腹立った。
名前の気持ちや今の中国地方、瀬戸海の情勢のことを考えると殊更。
その時名前は気絶していて手当てを受けていたし何ら関連性もない事だと思っていたから伝えなかったが、まさかこんな風に話が繋がっていたとは思わなかった。


「…元親、殿?」
「あ、あぁ。何だ」
「何だか浮かない顔をしていますね。矢張り私じゃ組手の相手に不足ですか?」
「いや、そんなんじゃねぇ。わりぃな、俺自室に戻るわ」
「元親殿?」

心配そうに名前が声を掛けてくるが元親は止まらなかった。
まだ何か言いたそうな顔をしていたが賄い方に名前を呼ばれて名前は元親の自室とは反対側の厨房に走っていった。
名前が長曾我部軍に溶け込んでいるのに安心はするが矢張り、胸が痛む。

もし、また豊臣が長曾我部と対峙したとしたら名前はどうなる?
名前がいた毛利は豊臣と同盟を組んでいて、豊臣がもし名前の姿を見つけてしまったら彼女は間違いなく同盟国の裏切り者として処断、殺されてしまう。
きっと豊臣と戦うとなると名前も戦に身を投じるといって聞かないだろう。豊臣の事を随分と訝しんでいる様子だから。
元親は自室に戻ると大きめな杯に酒を注ぎ、一気に仰いだ。

「あいつを連れてきたのは失敗だったかなぁ…」

最近はあの出会いの後から何故かずっと名前の事が気になって仕方がない。
名前が悲しんでいたり泣きそうになると辛く感じるし、喜んだり笑顔を浮かべていると元親も嬉しくなる。

「…俺ぁ、あいつに惚れちまったのかね」

嘲笑にも似た、後悔の様に元親はぼやく。
そしてまた杯に酒を並々と注いで一気に仰いだ。
この後すぐ、とんでもない来訪者が二人、元親の元に飛び込んでくると知らずに。


===============


長曾我部軍に乗り込んできた伊達政宗、前田慶次との同盟締結、そして打倒豊臣軍への誓いを込めて砦では盛大に宴が催された。
名前も長曾我部軍の、元親の部下に仕事を切り上げて宴に参加するように勧められ、元親達と杯を飲み交わしていた。

「騒ぎがあったって聞いてましたけどまさか奥州の伊達政宗殿と加賀の前田慶次殿だったなんて…。元親殿、何故私に教えてくださらなかったんですか!」
「わりぃ、それどころじゃなかったんだよ」
「私だって今は長曾我部軍の一員です!」
「Hey,Girl!そうカッカすんなよ!勝利前の宴だ、楽しまなくちゃ損だぜ?」
「そうそう!それに女の子が怒ってたら折角のべっぴんな顔が台無しだよ?」
「政宗殿、慶次殿!お二方は少々飲み過ぎです!明日の朝の出航の際、船酔いが酷くなっても知りませんからね!」

明日の朝の出航。その一言を聞いた元親の酒を飲む手が止まる。
まさか、名前は戦準備に付いてくるつもりなのだろうか。

「名前…お前も戦に出るつもりなのか?」
「当たり前です。言ったでしょう?私だって今は長曾我部軍の一員だと。それに…」
「あん?それに、どうした?」

言葉の続きを言うのが恥ずかしいのか何なのか、もごもごと口を動かしているだけで、宴の喧騒もあってか何を言っているかが聞き取れない。

「名前?」
「私は、元親殿の傍で戦うって決めたんですからね!」

名前の頬が若干赤らむ。
酒が急に回って酔ったのか?そう思ったがどうやら違うらしい。
そう行って名前は自室に戻って行ってしまった。
それを見た慶次が首を傾げて元親に問う。

「? 名前ちゃん、どうしたんだ?」
「酔いが回ったから寝るってよ」
「そりゃ残念だ」

残念がる慶次を余所に元親は名前の言葉を思い出して杯に満たされた酒を一気に煽った。


2012/03/17