戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 垣間見た優しさ

※流血、怪我描写


名前は表情豊かな顔を今日は見事な迄に凍り付かせていた。

先の戦で深手ではないが傷を負った。
しかし、それは誰にも伝えていないし、気取られてもいない筈。
誰にも会わないように細心の注意を払ったのだ。それは確かな事である。
それなのに何故、目の前に主である毛利元就が居るのだろうか…。

「名前」
「は…はいっ」
「それはどうした」
「こ…これはですね…」

元就が言う"それ"とは名前が白布を押さえ付けている傷の事を言っているのが容易に解る。
流石に素直に「戦の最中に負った傷です」等とは口が裂けても言えない。
名前は元就から目を逸らし、言い訳を一生懸命考えるが、相手は知将である上に主である。
そんな人間を上手く丸め込めるよさそうな言い訳がなかなか浮かばない。そもそも言い訳に良いも悪いもないのだが…。
考えを巡らせる合間にも元就は何時の様に冷たい視線で名前を見下げている。

「どうした。早く答えよ」
「あ…うぅ…」

何時にもなく不機嫌さを孕んだ声音が名前に突き刺さる。
これ以上答えを引き伸ばせば元就の逆鱗に触れ、処断されるだろう…。そう思った名前は咄嗟に思いついた(本当は余り使いたくはなかったけれど、背に腹は替えられない)言い訳を口にした。

「ね…」
「ね?ねがどうした」
「猫に引っ掛かれました!!」

部屋の中がしん…と、静まり返る。名前は恥ずかしさで顔を真っ赤にするが、静寂の所為もあってか尚赤くなった。
そして、思う。矢張り無理があったか、と。
しかし時既に遅し。
言ってしまったのだから仕方がない、と自分に言い聞かせ元就の様子を伺う。
元就は顎に手を当て「ふむ…」と、声を零した。
あの言い訳で納得したのか、そうではないのか…。恐らくは後者であろうけど。
名前は額に冷や汗を浮かべ尚も元就の様子を伺う。

嘘を吐いた所為なのか心臓が大きく早く鼓動する。
その所為て未だ止まらず、出血が激しい腕の傷にさっきよりも強い力で布を押し当てた。

「そうか、猫か…」

納得したのか、元就は随分とあっさりした声を上げると、名前の正面に腰を下ろした。
しかしこれで安心してはならない。誰よりも聡いこの君主の事だ。きっと「その猫を連れて来い」とでも言いそうだ。
そうなれば本当の事を言わねばならない。
名前の心臓は先程よりも大きく、破裂しそうな迄に鼓動を速めた。
何せ知将と謳われる君主に嘘を吐いたのだ。此れ程迄に心臓に悪い事はない。
その直ぐ後に名前は心臓が凍り付いた錯覚を覚えた。

「貴様の腕を引っ掻いた猫と云うのは爪が一本、刀の様な化け猫なのだな」

止血用の布を持った手首をしっかりと掴まれ、更に言えば最悪な事にその所為で傷口が元就の目下に曝された。
元就は「矢張りな」と小声を零すと、何処から出したのか采配で名前の頭を叩く。

「あのような稚拙な嘘で我を欺けると思うたか」
「も…もももも申し訳あません!!元就様!!」
「謝る暇があるのならば早急に止血を再開せよ。溢れているぞ」

そう言われ、ハッとした様に傷口に布を押し当てる。
幸い畳を汚してはいなかったが、血が腕に筋を作り流れていた。
名前はかなりの力を込めて傷口を抑えても、傷口は脈を打つたび血を排出し続ける。
元就はその様子を見て立ち上がり、名前の横を通り抜ける際にチラリと傷口を見ただけで、そのまま部屋を出ていってしまった。

傷が深くないのは確かなのだか止まらない出血に、もしかしたら太い血管を損傷したのではないか、と考えてしまう。
そうでなければこの夥しい程の出血の説明がつかない。
しかし、名前にはそれ以上考えを纏める事は不可能に等しかった。

段々と体が冷え、布を抑える手からも力が抜けていく。その上、視界も暗く霞み掛かる。
何時になったらこの出血は治まるのだろうか。下手をしたらこのまま失血死するのではないか。
腕に滴る血液がとてつもなく温かく感じる。
そうして意識すらも遠退いていき、遂に名前はその場に倒れた。
ほんの少しの意識の中で、部屋の外から響く足音を、歩く振動を感じたが名前はそのまま目蓋を閉じた。


体が温もりに包まれている。
名前はゆっくりと目蓋を開くと瞳に天井が映り込んだ。
あの世と云うのは現と同じ様なものなのだろうか。
自分の考えが正しいのならば自分は死んだ、と云う事になる。
死ぬ時は元就の元で戦って死ぬ、そう名前は決めていたからこの死に方に憤りを感じずにはいられなかった。

取り敢えず上半身を起こし、今居るこの場所を確認しようとしたその時腕に激痛が走る。

「っ…痛」
「何をしておる」

不意に聞こえた声と筆を置く音に名前は腕を抑えながら、体を音がした方へ向けた。
そして名前は目を大きく見開く。

「元就…様…」
「何だ。そのような顔をして」

視線の先にはもう二度と会う事はないだろうと思っていた主。
と、なれば此処は冥府ではなく現と云う事になる。
自分は死んでいないのだ、そう思ったら涙が零れた。
元就はその様子を少々鬱陶しそうに見ていたが、やがて立ち上がると布団の傍に寄った。
そして名前の頬を軽く叩くと「莫迦が…」と、小さく呟いた。

「元就様、私…」
「煩い!貴様は其処で安静にして眠っていろ!!」

元就は怒鳴る様に名前にそう言い付けたが、その実耳を真っ赤にしていた。
それを見た名前はそれに気付かない振りをして微笑み、「はい」とだけ相鎚を打って、もう一度眠りに着いた。


名前を此処----元就の執務室に移動させたのは紛れもなく元就であると云う事実が名前にとって何にも勝る至福となった。
名前が眠ったのを確認した元就は安堵の表情を浮かべた。

「愚か者が。我に一生の忠誠を誓ったのならば我が死ぬその時まで共におれ。先に死ぬなど不忠も良いところぞ、名前」

眠りに着いている名前の髪を撫で元就は愚痴を零す。
そして思い出す。名前と出会い、彼女が自分に忠誠を誓った時の事を。

「そなたは言うたであろう。身命をとしても我の傍におる、と」

額に掛かった名前の髪を指で弄べばぱらりぱらりと落ちていく。
その様を見て元就は微笑む。
あぁ、この娘に絆されている。しかし、こういう風に誰かに絆されるのも悪くはない、と。


End