戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 失くしてから気付いても

※死ネタ


「元就様。元就様は"永遠"を信じますか?」

夜の帳の元、薬酒を注ぎながらそう聞いた彼女は薄く、悲しげな笑みを浮かべていた。
その時は彼女の言葉を軽んじ、また意味も無い気まぐれな問答だと買ってにそう思い込み無言の答えを貫き通した。答えが返ってこない事を予想していたのか名前は薄く微笑むだけで、辺りは庭で鳴く蛙や虫の鳴き声だけ。しかしそれは元就が信仰する日輪が出ている朝から昼のそれとはまた違う風情を感じる。
名前は元就の盃に薬酒を注ぎ終わると別の酒瓶に入っていた酒を自分の盃に注ぎ、月を見上げる。
元就にとっての名前は日輪の守護者と言っても過言ではない、大切な駒の一人。しかし、それなのに星屑が広がる清閑な夜空を背景にした姿の方が様になっているように思えた。

「そなたは永遠を欲するのか」

名前の戯れに付き合ってやろうとは微塵も思っていなかったのに自然に口が言葉を発する。元就の意思とは相反して。
まさかの戯れに元就が言葉を返してくれるとは思っていなかった名前は豆を投げつけられた鳩の様な間の抜けた顔をしたが、すぐに普段の平静を装った顔に戻り、濃紺の星空を見上げる。

「いえ……、形あるものいずれは朽ち果てます。ですが、永遠があればこの安芸も末永く安泰でいられるのではないかと、ふとそう思った次第でございます」
「ふん。永遠などと言う時間がなくとも子々孫々この毛利が続く限りこの安芸は安泰ぞ。寝言は寝てから言え、この阿呆」
「……申し訳ございません」

控えめに謝る名前を切れ長な目で横目で見つめる。
今しがた彼女が口にした言葉には嘘はないだろう。彼女は嘘を吐くのが下手だ。それは彼女を拾い、この毛利の兵に仕立て上げた元就が一番良く知っている。
しかし彼女の想いなど元就にとっては戯言でしかない。だからこそその先の言葉を元就は一切口に出そうとしなかった。

「元就様、私思うんです。早くこの乱世が終わり、日ノ本が平和になれば良いと思う半面、でもずっと元就様のお傍で元就様の為に、毛利の為に、安芸の為にずっとこの力を奮っていられれば良い、と」
「……」
「元就様がこの狗めを拾ってくださらなければ今頃私はこの世には生きてはおりませんでしたでしょう。戦の中で元就様が抱えていらっしゃる杞憂を断ち切り、その御身すらも私が守り通す。それが私が生きている存在価値でしかありません」
「何が言いたい」

長い言葉に短く、何時も通りの冷淡さで言葉を挟むと名前は盃に口を付けて一度酒で喉を潤した。
自然と、酒で透明には濡れた唇に視線が行く。

「……老いが、憎いと思いまして」
「行かず後家になる事を恐れているのか、そなたは」
「ち、違います!行かず後家など恐れておりません!!ただ、老いていけば体は朽ち、力も弱くなる」
「だから今と言う永遠が欲しい。そう申したいのか」
「……お恥ずかしながら自分でも良く解かっておりませんが」
「案ずるが良い。そなたが饒舌になる時は何も考えていない時だと心得ている」

名前はその言葉が胸にぐっさりと突き刺さったのか「酷いです。元就様」と呟きながら顔を俯かせる。
他の兵士であれば言葉を交わすのも煩わしいが、彼女の冗長な話題を聞くのがいつの間にか執務と戦の合間の安らぎとなりつつあった。
この時間がいつまでの続けばいい。ひっそりと元就も心のどこかでそう思い始めていた。

しかしそれは長くは続かない。そんな事は元就は解かりきっていたと、そう思っていた。
そしてあの夜の名前の笑みと共に、彼女の言葉の意味を漸く理解するに至った。目の前の、名前の骸を目にして漸く。
毛利軍特有の緑色の戦装束は血で真っ赤に染まり、乾燥した部分が膠の様に固く凝固を始めている。しかし名前の体に付着した血は今も生暖かく、その白い肌の上を滑る落ちる様に滴る。だが、触れた名前の手は冷たく、固くなり始めていた。
自分より少し小さな肢体に突き刺さる幾本の矢に、二の腕の刀傷。そして殴打された痕が残り、一部が凹んだ後頭部。鼻や眼球の隙間からも血液が涙の様に零れ落ちていた。
開いている目も暗く、濁りを見せている。
死んでいる。そう解かってはいるが彼女が死んでいるという事実を元就は認めようとはしなかった。冷徹な、氷柱の様な眼差しを地面に横たわる名前に向ける。

「何を眠り扱けている?起きよ、名前。命令ぞ、名前。起きて我に戦況を」

命令の言葉を告げても名前は何も言わない。弱々しい呼吸も、心臓の鼓動すらも何も感じられない。
名前が死んだという事実を受け止める事がで来ていない脳が焦燥を起こし、唇が、肩が小さく戦慄く。
気付かずにいたかった感情を感じ、それを爆発させながら元就は声を張り上げた。

「名前!何故何も言わない!我が返事を求めているのだぞ!!」

声を張り上げた所で彼女が目を覚まさないという事は解かりきっている事なのに、声を荒げ、張り上げずにはいられない。
あの日の夜。名前は永遠がどうのこうのと口走っていたがきっとこうなる事を予見し、恐れ、知らず知らずの内に不確定なその存在に縋ろうとしたのかもしれない。老いが恐ろしいというのも恐らくは不意に口から出た誤魔化しだったのだろう。
元就はゆっくりとその場にしゃがみ込むと名前の開いた双眸に手を置き目を閉じさせる。それが死した名前に対して元就がしてやれる最大限の優しさだった。もうこれ以上彼女に天下取りで、戦で汚れきった穢れた世界を見せてやるのは流石に堪える。

「永遠などと言うものは我には必要ない。永遠が続いてどうなる?我はそなたをこの戦で喪った。しかしそなたは生き返る事は無い。そんな物に縋り、欲するなど愚か者がする事ぞ」

そう告げた声音は優しく、でも震えきっていた。
戦が終わり、喧騒を失った静かな戦場跡地で元就は沢山の骸に囲まれながら目の前の骸の冷え切った手に触れる。

「どうしたものか……そなたと、名前と共にいた記憶しか思い出せぬ。そなたと共に過ごしたあの日輪の様な温もりを帯びた日々だけだ」

途端、その日々がどうしようもなく愛しくなって、でももう取り返せないものだと改めて認知して腹の底がどす黒い物侵食され、熱く熱を帯びていく。
今になって悲しみが、怒りが、涙がこみ上げてくる。泣き方等、当の昔に忘れたと思ってばかりいたのに。
傍にいた、五月蝿い位に感じていた心地良さが段々と冷え切り、元就の中から消えていく。

「名前、我は此処でそなたの死を悼む涙を流しても良いのだろうか?」

言葉がぽつりと風に流れる。
そう言った元就の頬には透明な雫が痕を作り、一つ、また一つと乾いた地面に落ちては濡れた。


end


夢小説企画「僕の知らない世界で」様提出

企画サイト公開日:2015/06/22
サイト公開日  :2015/06/25