戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 下天に咲く花

※百合要素あり


「石田、名前を一日貸して貰うぞ」

いきなり佐和山城に単身で訪れた孫市は三成の前で名前の肩を抱き、何時もの至極真面目な表情でそう言った。
名前も三成も、同室にいた吉継も左近もいきなりの孫市らしからぬ言動にぽかんとした顔をしている。
しかしすぐに三成が気を戻し、傍らに置いていた無銘刀を手に取り抜刀する。
孫市は眼前に切っ先がある事にも臆せず三成をじっと見ていた。
そして何時の様に「からすめ」と一言告げ、腕の中で少し震えていた名前を更に自分の方に抱き寄せた。

それがつい一刻半前の出来事。
名前は先に行く孫市の背を付きながら近江のはずれの野山まで訪れていた。
普段であれば三成や左近が傍にいるし、孫市の傍にも雑賀衆の面々が誰かしら其処に居る筈なのに。今日に限っては孫市と名前の二人きり。
此処数ヶ月は天政奉還の詔のお蔭で戦が増えているというのに見張りも護衛もつけずに外に出る事に名前は少しだけ不安を感じていた。
やがて大きな木の下で孫市が足を止めるのを見ていると、彼女は其処に腰を下ろす。
そして自分の隣を二、三回叩いた。どうやら名前に此処に座れと言いたいらしい。
孫市の真意が解らないまま名前は困惑しながらその場に座る。

「ねぇ孫市」
「何だ」
「今日は一体どうしたというの?佐和山城で話をするのではいけなかったの?」
「……あぁ。石田が喧しくて敵わないからな」

そう言うと孫市はフッと儚く、大人の女性らしい笑みを浮かべた。
名前は孫市の事を友だと思っているし、それ以上に同性の人間として憧れを抱いていたからその笑みに少しだけ胸を高鳴らせる。
きっと自分が男に生まれていたら彼女の様な女性を好いていたのではないかと、そう思う。
しかし孫市はその笑みを浮かべたまま名前の髪にそっと手を伸ばし、優しい手付きで撫で始める。

「こうしたくとも石田が居てはお前に触れられない。私もお前に触れたい。それはいけない事か?」
「別に私は構わないけれど、確かに三成がいたら出来ない事ね」

そう言った後に孫市の言葉にふと違和感を感じた。
何時もは個より群を尊重する彼女が今、「我ら」ではなく「私」と言った。
確かに今のこの場面でいえば「私」と口にする方が正しいのだろうけど。
それにしても彼女の口からは聞きなれない言葉を聞くだけでどうにも困惑してしまう。
だが何時もでも困惑していても仕方がないし、何よりも孫市に対して失礼だ。
何時もの笑みを浮かべると孫市は満足そうに口元を緩めた。

「矢張りお前と一緒に居ると心が休まるな」
「鶴姫さんと一緒に居る方が休まるのでは?」
「姫と居る時も確かに心は休まる。だが姫とお前は違う」
「雰囲気が?」
「人間そのものだ」

孫市はそう言うと名前の肩に頭を預ける。
橙色の明るい髪が着物の上に散らばった。
名前も先程、孫市が自分に対してしたそれの様に優しく髪を撫で付けた。
始めて彼女の髪を触ってみたが見た目とは裏腹に少し固くて確りした髪質。
傭兵だから仕方の無い事なのだろうが髪の水分が飛んでいる様な手触りだった。
でも名前はそんな孫市の髪は嫌いではない。

「少し疲れているみたいですね」
「あぁ。最近は我らの出番も多いからな」
「……天政奉還の詔の所為?」

少し寂しそうにそう言うと孫市も声調を一段階落として「あぁ」と呟いた。
彼女は傭兵集団の頭。しかもただの傭兵集団ではない。味方につければ必ず戦に勝利すると言われる程の実力を持つ傭兵集団なのだ。
今や何処の軍も天下を掴もうと、将軍・足利義輝を倒そうと躍起になっている。
天下を掴むのであれば雑賀衆の力が必要になってくる面もあるだろう。
名前は少し表情を翳らせて溜息を吐いた。
そんなに天下が欲しいのなら自らの手で義輝やその他の将を倒せば良いのに。雑賀衆の力に頼っておいて何が天下統一だ、と。

「全く、嫌な世の中」
「そうだな。だが我らは戦がなくては生きられない。そう生きてきた」
「私は戦なんか嫌いです。だって大切な人が一人、また一人と居なくなっていってしまう。そんな事、耐えられない」
「……お前は優しいからな」

橙色の髪がもぞりと名前の着物上を動く。
名前が戦を嫌っている理由は他にもある。それは誰かが悲しい顔をしなくてはいけないという事だ。
今だって孫市の表情は疲労の所為か辛そうな表情だ。ついさっきまでは何時もの余裕そうな表情だったのに。
恐らく名前と一緒に居る内に気が緩んだのだろう。

「孫市。貴方は今しがた戦がなければ生きられないと、そう言いましたよね」
「あぁ、言った。だがそれがどうしたというんだ」
「この戦国乱世が幕を閉じたら貴方達は、いいえ、貴方はどうするつもり?」
「……考えても居なかったな」

孫市の声音は酷く寂しそうに名前の耳に届いた。
まだ何も決まっていないというのに勝手に頭の中で孫市が何処か遠くに行ってしまいそうで怖くて体が震えだす。
それだけ孫市の存在と言うものも名前の中では途轍もなく大きな物になっていた。
仲間として共に戦って、でも敵としても戦って。そんな事もあったけど。

「嫌」
「名前?」
「嫌。孫市がどこかに行ってしまうのは」
「……まだ何も決まっては居ない。この乱世が終わる事も、我らが戦で滅びる事もまだ何も」
「滅びては駄目!孫市が居なくなるだなんて私には耐えられない!私だけじゃない、鶴姫さんも長曾我部殿も、慶次殿も悲しむ……!」

半ば叫ぶように声を上げ孫市に抱きつく。
勝手に想像して勝手に怖くなって。でも、そんな未来もありえてしまうのがこの乱世。
目頭が段々熱くなって行って、涙腺から涙が滲み始めてくる。
そんな名前の姿を見て孫市は一瞬目を丸めたが、すぐに何時もの表情に戻し、名前の背中に手を回した。

「安心しろ。私は居なくはならない」
「……本当?」
「約束しよう。尤も、お前が我らの契約者になる、と言うのであればな」
「私と、雑賀衆が契約を?」
「そうだ。そうであれば我らはお前と共に居られるぞ、名前」

至極真面目な表情で言われた言葉に名前は言葉を失った。
呆れや怒りなどと言ったものではない。如何言葉を紡げば良いのか解らなかった。
しかし時間が経つにつれ段々と言葉が頭の中で構築されて行き、意識する前に口から飛び出ていた。

「契約は、しません」
「何故だ」
「確かに孫市と一緒に居る時間は私にとっては大切な物。でも契約は、何か違う物だと思っているから」
「……」
「私は契約主と傭兵と言う立場を結びたくないの。友達でありたいから」

名前の言葉に面を食らったようだったが、すぐにふっとした笑みを浮かべ、孫市は何時もの表情を取り繕う。
それは名前であればそう言うと思ったという確信めいたような表情だった。

「お前は本当に不思議な奴だ。我ら雑賀の力を欲しはしないと?」
「確かに雑賀衆の力をお借り出来ればとは思います。でも。これとそれは違う」
「流石に其処までのからすではないか」

そうは言うが孫市は確信に近いものを抱いていた。
名前はそんな理由で雑賀衆を雇いはしないと。きちんと能力や実力を買って契約を交わそうとすると。
孫市はその場に立つと名前に手を差し伸べ、その体を引っ張り上げ、立ち上がらせる。

「済まない、少し試した」
「ふふ、構いません。でも、少しばかり意地が悪いんじゃないかな」
「そうだな。非礼に何かお前が欲しい物を買ってやろう」

それはもう少し名前と一緒にいたいから孫市の、サヤカの口から零れた本心。
名前はそれに気付いているのかいないのか口元と目元を綻ばせて頷いた。

2014/12/08