戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 卑猥的感情表現

名前は悔しそうに下唇を噛み締め、現状を耐えていた。
その身に纏っている衣服は何時もの緑色の戦装束ではなく、"絢爛豪華"と言う言葉が相応しい煌びやかな着物。頭も普段は鉢金が付いた鉢巻を巻いていたが、今日は美しく繊細な硝子細工の飾りが付いた箸を挿していた。
これらは全てある男の趣向によって飾り立てられた姿だった。名前の趣味でも、本心でもない。
寧ろ、こんなお座敷遊びが似合いそうな女の服装だなんて名前は心の底から嫌っていた。
そんな名前の表情を見た美女が名前の唇につんと人差し指を添えた。

「あらあら、義輝の前でそんな顔をしちゃ駄目よ」
「……京極殿、私はこのような服装は不本意でございます」
「義輝が貴女を望んでいる。だからこそ貴女の主は貴女にこの格好をさせ、酌をしてくるように命じた。違うかしら?」

くすくすと妖艶に笑みながら京極マリアはそう言った。
そうだ、この任務(任務ではなくただの酌だが)をしくじれば主である元就の顔に泥を塗る事になる。
それは名前がその手で元就の策を握り潰すという意味にもなる。それだけは駒である名前がしてはいけない事。
しかし、傍にこんなに妖艶な美女が居るのに何故自分を酌に選んだのか。
もしかしたら元就の計画を知りつつ、それに乗っているのではないか。
そう思ったがあの道楽狂で有名な足利幕府13代将軍・足利義輝がそんな事まで考えているとは到底思わない。

「さぁ、義輝はこの中よ。楽しませてあげて頂戴」

そう言ってマリアは名前を義輝が控える広間に放り込み、そのまま戸を閉めた。
戸が閉まりきり、部屋の内と外の音が遮断された時に付け加える様に声を弾ませて喋る。
「酌でも、色でも、ね♪」と。
そのまま踵を返すといつもの様に「さて、この前の献上品をゆっくり品定めしようかしら」と言って自室に戻っていってしまった。

程なくし、義輝の横に着いた名前は表には出していないが渋々と義輝の盃に酒を注ぐ。
てっきり部下や芸妓等もこの部屋に居ると思っていたのだが、本当の意味で二人きりの様だ。
舌打ちをする訳にもいかないから取り澄ました顔の下、悟られない様に奥歯を強く歯軋りした。
名前は不要な戦を嫌う。だからこそ今回の義輝が起こした天政奉還の詔に対し、腹を立てていた。
本当であればそんな人間と二人きりで過ごすのは拷問に近い。

「名前」
「は、はい!」

不意に名前を呼ばれ反射的に返事をする。
すると義輝はからから笑いながら「そう、緊張せずとも良い。今日は無礼講だ」と言って名前の肩を撫でた。
何故其処で体に触れる必要がある。そう思ったが怒りや不快感を表に出してはならないと自分に言い聞かせ、ぐっと堪える。

「酌はもう良い。其の方も一緒に飲まぬか。マリアが選りすぐった酒は実に美味いぞ」
「……私めはその様な身分ではございません」
「良い。先ほど言うたであろう、無礼講だと」

義輝は先程使っていた盃より小さめな盃を出すとその手で酒を注ぎ、名前の手に渡した。
無礼講とは言われたが相手は元将軍。呑まねば無礼にあたる。
名前は特に酒が好きと言う訳はないのだが意を決してぐいっと豪勢に煽った。
その呑みっぷりに義輝は手を叩き「良いぞ、良いぞ」と囃し立てる。
注がれた酒は果物の香りがし、普段宴で出される酒よりも口当たりがよく甘い物だった。
だが、普段呑んでいる物よりもきつい。そう言った印象を抱く。

「おぉ、もう顔が赤くなっているな。其の方、実は下戸か」
「下戸ではありませんが、余り嗜ぬのです。主が禁酒令を施行しております故」
「そうであったか、それは済まぬな。だが外国の酒は日ノ本のそれとは違う。感想は如何かな」
「初めて口に致しましたが……確かに美味ではありますが日ノ本の酒に比べるとどうにもきつく、私には辛い物があります」

名前の言葉に義輝は「ほう」と言葉を零す。
しかし次には名前にある箱を手渡した。

「将軍様、これは一体?」
「む、知らぬのか。これは花札と言うものでな、庶民の賭博用の品らしい。これを使って一つ賭けでもせぬか?」

賭け。そう言われた途端に名前の頭はぐるりと回った。
今までこんな事がなかったのに一体何が起きたのか。
その場に手を着き、荒い呼吸を繰り返す。体温が上昇しすぎて気分が悪い。
義輝はその様子を何事かと思いながら見ていた。

「大丈夫か、朋よ。見た所、苦しそうに見えるが……」
「体が、……熱い」
「熱い?酒を飲んだからそう感じるのではないのか?」
「酒を飲んだ程度で感じられる熱さでは……」

此処でひとつの可能性を考える。
もしかしたら名前が口にしたあの酒の中に毒でも入っていたのではないかと。
しかし義輝には名前を毒殺する理由も、利点もない。
そもそも剣豪将軍と呼ばれた彼であればそんな周りくどい事はせずに、その刀で名前の首を刎ね落とせばいい事だ。
しかしそれをしないという事は矢張り、気まぐれ、はたまた彼の道楽で此処に呼ばれただけかもしれないと苦しくなり始めた頭の中で思い始める。

「寝所に寝具を用意しよう。立てるか、名前」

そうは言ってみたが立てなさそうな名前の腹に腕を回すと体がびくりと反応する。
まるで電撃が奔ったかの様なそんな感覚。
もしかしたら酒の中には毒薬よりも性質が悪いものが混ざっていたのではないかと熱に浮かされながらも冷静に思考する。

「苦しいのであればそう声を我慢せずとも良い。喘ぎ、少しでも楽になる方法をとれ」

そう言われ少しだけ抑えていた呼吸を自然な回数に戻すが、荒く呼吸を繰り返さないと呼吸が苦しい。
そう言えば小さな頃、城に控えていた侍女に菓子を貰った際に毒を盛られた事がある。
そんな時もこんな風な苦しさが身に纏わり付いていたなと思い出す。
矢張り酒に毒でも盛られたか。そう思いながら名前は徐々に暗くなっていく意識に蝕まれ、瞼を落とした。

「……?名前、どうしたのだ」

酒のお蔭で体温が上がり、温かい頬に触れる。
これでは生きているか死んでいるかは解りやしない。
段々と収まってきた呼吸も気になり、義輝は名前の口元に耳を寄せる。
かすかに聞こえる空気の音に生きている事を感じる。

「ふむ、眠っているだけか。……しかし、眠り顔も随分と愛らしい。いつぞやか、予に戦を仕掛けて来た時とは違う顔つきだ」

以前名前は元就の命を破り、応仁の乱の舞台に踊り出て義輝に刃を向けた。敵対心と主への忠誠心を乗せて。
しかし剣聖将軍と呼ばれ、室町幕府最高の将軍と謳われる義輝に一介の将である名前が敵う筈などなかったのだ。
彼女との戦いは退屈そのものだった。
だが、彼女の心意気と闘志。義輝はそれを気に入った。

「其の方は予の事を嫌っておるが、予は其の方が気に入っているぞ、名前よ」

そう言って名前の額に手を置く。
彼女を妾にし、子を産ませればきっと強い子が生まれる筈だと何故だかそう思う。
その間の、子を作るまでの経過も義輝にとっては楽しみだが。
以前、彼の朋である松永久秀が言っていた。
「自分を嫌う者を無理矢理服従させ、手懐けるは楽しい」と。
きっと名前を手篭めにした時の嫌がりようは楽しいかもしれない。
その様を想像し、義輝はにやりと楽しそうに唇を歪ませた。


2014/11/03

お題配布元「モノクロメルヘン」