戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 重ねた唇は冷たくて

※死ネタ


家康は目の前で横たわる骸を哀悼の目で見つめていた。
白い羽根の様な着物が血を吸って赤く変色している。まるで羽根を撃たれ地に落ち、息絶えた白鷺の様。
家康は彼女の骸の前に片膝を付いて薄く開いた薄暗い瞳を、瞼に手を重ねて確りと閉ざす。
今まで嫌な物を沢山その目に映してきたから、もう二度と嫌な物も怖い物も見なくて済む様に。

「名前、今まで済まなかった。もう、苦しまなくてもいいんだ……」

我ながら何を言っているのだろうと思うと嘲笑してしまう。
彼女に最後の絶望を与えたのは他でもない自分、徳川家康なのだけど。
関ケ原の戦いの折に西軍総大将であり彼女の夫であった石田三成を、友人であり参謀であった大谷吉継を。
その前には畏敬の念を示していた君主・豊臣秀吉をその手で屠ってきた。
名前も三成も同じ様に嘗て友だと思っていた家康を一気に敵と、憎しみの対象として見るようになり、その首級を狙い関ケ原の戦いを起こした。
その戦の誘いに乗ったのは自分だ。本当は戦いたくなかった。殺したくはなかった。

まだ生前の温もりを宿した柔らかな曲線を描く輪郭に傷だらけの手を添える。
つい先程まで生きて、家康を憎んでいた相手なのに不思議な物だ。
あたたか過ぎて、愛し過ぎて、悲しくて仕方がない。

『お前が私達から秀吉様を、生きる意味を奪った!そして私から愛していた人達を奪っていった!』

名前と戦う前に叫ばれた言葉。
涙を、悲嘆と憤怒にくれて溢れ出た赤い涙を流しながら吼えられた言葉を聞いた時、家康は彼女を楽にしてやろうとそう思った。

家康は名前が三成に嫁ぐ前から密かな想いを抱いていた。
あの三成に気に入られ、よく話に出されるだけでも珍しいのに。
いざ合ってみたら笑顔が似合い、他人の事によく気が付く、優しい女子と言う事に惹かれた。
想いを告げる前に三成の元に嫁いでしまったが、家康の目から見ても二人は似合いだった、間に入る隙間もなかった。
思えば自分も知らない内に三成を嫉んでいたのかもしれない。
家康は自分の罪を見直す様にゆっくりと重くなり始めていた瞼を閉じた。


ずっと自分の名を呼ぶ聞きなれた声がする。
今は秋なのに真夏の様な暑さに家康は瞼をゆっくりと開いた。
すると其処にはさっき家康が殺した筈の名前が眉間に少しだけ皺を寄せて今も家康の名を呼び続けていた。

「名前……?」
「漸く起きた。こんな所で寝ていたら風邪をひきますよ。只でさえ肩や腹を出しているのだから。貴方が風邪をひいても三成は医者なんて呼びませんからね」

くすくすと笑いながら名前は薄めの、羽織る事ができる程度の布を家康に手渡した。
何故名前が生きているのだろう。背筋が冷たく凍り付く。
今まで見ていた、名前を殺した情景はあれは夢だったのだろうか。
早鐘を打つ心臓にそのまま動けないで居ると名前は首を傾げて「家康?」と再び名を呼んだ。

「大丈夫?顔色が悪いけれど」
「あ、い、いや。大丈夫さ、ありがとう名前」
「そう……。なら良いけど」

名前から布を受け取ると膝に掛ける。
そうだ、こっちが現実なんだ。今まで見ていたのが夢なんだ。
そう思おうとして家康は名前に何時もの笑みを向ける。
ふと、名前の隣に白い装束を身に纏った人間が立っている事に家康は気が付き顔を上げる。
彼もまた、家康が殺した筈の人間だった。

「三成!」
「家康、貴様何時まで私の城に滞在しているつもりだ」
「! 三成。執務は良いの?昨日から停滞気味だと怒っていたでしょ?」
「休憩だ。休まねば刑部と左近が五月蝿い」

名前の横に胡坐を掻き、極自然に会話を行う三成と名前に置いてきぼりにされた感じがして胸が痛む。
名前の笑みは何時だって三成に向けられていた。
何故ならこの二人は夫婦なのだから。
その事を思い出すと更に胸が痛む。
だからと言って三成も名前も家康がその手で殺す理由はない。

「あ、そうだ。ねぇ、三成、家康。昨日大阪城にいらっしゃる半兵衛様から西瓜を頂いていたから食べましょう。冷やしてあるから切ればすぐに食べられると思う」
「なっ……。名前貴様、何故私に報告しない。すぐに半兵衛様に文を……」
「文なら私が書いて既に遣いに渡しました」
「……」
「三成、名前はやっぱり出来た嫁ではないか」

無言で名前を睨みつける三成にそう言ってやれば照れた様に、でも不機嫌そうに顔を背ける。
名前は相変わらずくすくす笑っているが、すぐにその場を立ち「西瓜取って来ますね」と言って御厨の方に姿を消した。
すると途端に家康から笑顔がフッと消える。

「ワシはお前が羨ましいよ、三成」
「……貴様は今も名前を想っているのか」

静かに紡がれた三成の言葉に家康は少しだけ目を伏せた。
三成は家康が名前を想っている事を知っていた。
何故なら家康本人が三成にその事を告げているからだ。

「……あぁ」

少し小さめな声で返事をする。
そうじゃないと名前への気持ちが溢れてきてしまいそうで。
するとすぐに名前が丸々とした黒緑色の西瓜をと包丁を持って家康達の元へ戻ってきた。
どうやら切り揃えるのが面倒だから刀の使い手である三成に切ってもらおうとしたらしい。
三成はその意図を汲み取ったのか仕方なさそうに息を吐いて名前が持ってきた煩悩柄から包丁を奪い取った。
そして西瓜を宙に放り、刀を扱うが如く西瓜を切り分ける。
名前が西瓜を上手く受け止めて家康の手にそのまま渡した。
しかし、その名前の手に違和感がある。
最初見た時よりも皮膚の色が透けている様に思えた。

「名前?……ッ?!」

顔を上げて名前の顔を見ると彼女の額からは大量の血が零れていた。
周りの景色も先程まで団欒としていた城の、夏の風景ではなく三成と雌雄を決した関ケ原のそれ。
三成も自分が殺した時の様に血を流していた。身に着けている胴鎧も草摺りも苛烈な戦で欠けている。

「貴様は名前に思慕の情を抱いている癖に何もかもを奪い、挙句殺したのだな」
「!!」

しかし其処には三成は居らず、彼の刀を片手に立ち尽くしている名前が其処に居た。
今の声は確かに三成だった。
余りの事に家康のこめかみから脂汗が滲み出る。
そして名前は刀を構え家康に斬りかかった。
この情景も、この後の展開も知っている。

此処でハッとし瞼を開いた。
動悸が全身に伝わる様に鼓動を刻み、呼吸は自然と荒く繰り返される。
名前の体は動かされた形跡も、動いた形跡もない。
当然の話だ。彼女は死んでいる。自分で手に掛けたのだから。
何と言う悪夢だろうか。想っていた彼女の幸せを壊したから彼女が自分に呪いをかけたのだろうか。

家康は名前の体に手を伸ばし、状態を起こさせると血に塗れた口周りを指で優しく拭い、自身の状態も少しだけ前に傾ける。
死してなお愛しい。そう思える。だが彼女の心はもう何処にもない。
彼女のぬくもりも、声も、彼女自身ももう其処にはない。
重ねた唇は冷たく凍え始めていた。

「……もっと早くに気持ちを伝えられて居ればよかったのかもしれないな」

遅すぎた決断に家康は涙を零した。


END


長編IFですが短編にしても解りやすいように。悲恋と言うより微妙にホラー?

夢小説企画「僕の知らない世界で」様提出

企画サイト公開日:2014/10/13
サイト公開日:2014/10/14