戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 着飾りの翅

今日も何時もと変わらないとそう思っていたのに、その考えは見事に木っ端微塵に打ち砕かれた。
名前は何故か吉継と共に城下まで来ていた。
何時も誰かと二人きりの時の隣は夫である三成がいるから、吉継と二人きりと云うのは何か違和感があった。
別に名前は吉継が嫌な訳ではない。
寧ろ吉継も大好きだ。大切な人だ。
若干頬を綻ばせると吉継は「締まりの無い顔よ」とからかう様に言う。

「だって、珍しいんだもの」
「何がだ」
「刑部が私を外に連れ出そうとする事が。体調が良いからと言って無理はしないで欲しいと云うのもあるけど、それでも何故だか嬉しいのです」

事の発端は一刻前。
城の庭で何時もの様に花の手入れをしていた名前に吉継から声を掛けてきた。
仲が良いとは言え、吉継から名前に挨拶以外で声を掛ける事は珍しい。
普段は名前から声を掛けている記憶しかないからそう感じるのかもしれないのだけど。
しかし、吉継の口から爪弾かれた言葉は名前の予想の斜め上を行っていた。

「主は着物を何枚持っておる」
「は?」

着物と云うのはあの着物、なのだろうか。
一瞬思考が止まったが、名前の知っている着物と言えば衣類の着物しかない。
吉継がそんな事を質問してくるだなんて誰だって予想はしない。
しかしその質問してきた本人は何時もの如く平然と輿の上に鎮座していた。

「三成の事よ。結婚した後、主に碌に着物も買い与えていないと思っただけの事。我が知る主はいつもその戦装束を着ておる」
「確かに、常時戦に備えてこの戦装束着ているけど……。でも、刑部に心配されずともちゃんと着物位持っています」
「では再度問うぞ、皎月。何枚着物を持っておる」
「……5枚」
「治部之輔の嫁にしては少ないなァ」

意地悪く笑う吉継に名前は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
確かに三成は結婚してから特に自分に何かを贈ると言った事はされた覚えがない。
婚前は髪飾りや紅と言った物を贈られた事はあるけど。
三成がそういった贈り物が苦手な人間だと言う事は知っていたから、別にそう言った贈り物がなくても落胆などはしないのだけど、他人からそれを言われると少し凹む。
まるで三成が甲斐性なしみたいに言われているみたいで。

「そう言えば我から主に婚礼祝いの品を贈ってはいなかった。如何だ、我が主の着物を買ってやろ」
「そ、そんな迷惑を貴方には掛けられません。それに、私なんかよりも自分の好いている人に贈った方が喜ばれるんじゃ?」
「おぉ、何と。皎月、主は我からの善意を受けぬと申すか」
「そう言う訳じゃないけど……」

そして吉継に言い包められる様に名前は城の外に連れ出された次第だ。
嬉しいし楽しい反面、三成にこの外出がバレでもしたらきっと名前も吉継もこっぴどく彼に怒られるのは容易に想像出来た。
三成の事は愛しているが、それ故に怒鳴られると泣きたくなる。
吉継だって自分の事を哀れんでくれているだけで、悪い事はしていない気がする。

反物屋に着くとよく大阪城に布を売り込みにくる気立ての良いお兄さんが二人を迎えてくれた。
普段はこの反物屋から買い付けている布は兵士達の戦装束だったり、秀吉や半兵衛、それに自分達の替えの戦装束用の布ばかりだった。
特に普段着るような打掛等の布を購入する事はない。

「これはこれは刑部様に皎月院様。珍しい方々がいらっしゃったもんだ。御用があればあっし、直に城に向かいやしたのに」
「良い。今日は普段とは違う布を買いに来た」
「普段とは違うと仰いますと?」
「察しの良い主であれば言葉に出さずとも解るであろ?」

吉継の言葉に青年はにやりと商人らしい笑みを浮かべて店の中へ二人を招き込む。
中には煌びやかな模様の描かれた反物が沢山並べられていた。

「皎月よ、好みの物はあるか?」
「刑部、再度確認します。本当に、私に着物を誂えるつもりなの?」
「これは我の好意よ、コウイ。主の事も我は好いておる。無論、友としてな」

「何であれば我も反物を見立ててやろ」と言って白から薄紫に階調が変化しており、その中に薄い色調の花模様があしらわれている反物を一巻き選ぶ。
そして名前に体に当てると「ふむ」と一人で納得する。
確かに綺麗な反物だが名前は自分にはその反物は似合わないと何故か悲嘆していた。
何故なら吉継が選んだ反物は三成と同じ色調だから。

三成は孤高で気高く、清廉な人間だ。
それは名前もよく解っているし、そんな彼が大好きだ。
しかし自分は矮小で彼に対して何も出来ない木偶同然な女だ。
この時代で女である自分が秀吉の左腕である三成に何かしたいと思う事すらおこがましい事態なのだけど。
そこでふと思う。三成はこんな自分の何処を好いてくれて、愛そうとしてくれようとしたのだろう。

そんな名前を見透かす様に吉継は名前の頭に手を置いた。

「刑部?」
「泣くな泣くな。主が泣いたとなれば我とて三成に叩き斬られる。大方自分は三成には似合わぬ女だと悲嘆していた、違うか?」
「……何で刑部は私の思っている事が解るの?そんなに感情が顔に出ていますか」
「何となくよ、ナントナク。主にはこの色合いがお似合いよ。三成と対になる、そうさな、アレが菫色であれば主はそうよな……菖蒲色と言った所か」

そして「我にはそう、主らは似合いの夫婦に見える。卑屈になる事も無かろ」と言って青年に布を渡した。
そして更に反物を選ぶ。

「三成は主の事を充分過ぎるほど愛している。だから安心しやれ」
「……ありがとう、刑部」
「礼など不要よ。ほれ皎月、主も反物を選ばぬか。後9本は選ばねばならぬ。全て我に選ばせるつもりか」
「……刑部、ありがたいけれど10枚も着物は要らないわ」
「……主は年頃の割りに御洒落に興味が無いのか」


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後日、吉継が購入した反物が見事な着物に仕立て上げられたといって名前の部屋に届けられた。
勿論、三成には秘密のままだ。これは吉継の指示なのだけど。
着飾った名前を三成に見せて驚かせようと言った魂胆らしい。
侍女に着物を着せられながら名前は吉継と襖越しに会話をする。

「でも刑部、三成は私が着飾っても何も思わないんじゃないかな。服装を変えた事にすら気付かない気が……」
「安心しやれ。以前主が髪飾りを三成から贈られた物に変えた時、あやつは鬱陶しい位に我にその話をしてきた位の男よ」
「えぇっと、それはごめんなさい」
「良い、日常よ」

出された茶を啜り、吉継は名前が着替え終わるのを待っていた。
実のところ、名前に着物を買ってやった本当の理由は自分が着飾った名前が見てみたいから。
女らしく着飾る事が無い名前も気に入っているが、元の素材が良いだけにそれが勿体無く思っていた。

横恋慕、とかそういった感情ではないが吉継も何だかんだ言って愛しくて仕方がない。
早く、名前の着替えが終わらない物か。それを望みながら襖越しの衣擦れの音に耳を傾けた。


2014/03/19