戦国BASARA短編 | ナノ
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▼ 元気になってね、のおまじない

此処数ヶ月の間にBASARA学園内では色々な変動があった。
校長が居なくなったり、生徒会長と副会長が居なくなって新生徒会長の座を巡って抗争があったり。

そんな中名前は最近になって仲良くなったとある男子生徒の背中を見る事が多くなった。
背中に刺繍された六文銭。
以前までは喧しい位に元気良く声を張り上げていたのに、今では摘まれて萎れた花の様に元気がない。
暇があれば窓際で頬杖をついて、溜息を吐いている。彼が元気がないと何処となく淋しい。

「幸村殿」
「!! おぉ、名前殿ではありませぬか」
「外、何かあるのですか?」
「今日も良い天気でサッカー日和だと思っていた所でござるよ。名前殿は…確か毛利殿と同じく吹奏楽部でしたな」
「えぇ。そう言えばサッカー部、そろそろ大会があるのですよね。私達吹奏楽部も応援に参りますね!」
「それはまっこと心強い」
「有り難うごさいます!……」
「……」

それ以降会話が続かない。
それはそうだ。幸村と名前は最近になって漸く会話をする仲になったのだから。
それ以前までは互いに名前と姿を知っているだけの希薄な関係だった。
それに自分から話掛けたとはいえ元気のない幸村と無理に会話をするのが心苦しくなってくる。
名前は幸村が元気を失っている理由を知っている。彼が心から慕う師であり、サッカー部の顧問である武田 信玄が学校に病欠で来ていないからである。

遠目からでも幸村が信玄をとても慕っていたのは名前にも解っていた。
それはBASARA学園の所属している生徒、教師全員が知っている事なのだけど。
よく名前を叫び合いながら殴り合っている。
そんな時とある人物が二人に近付いてきた。

「旦那!こんな所で何やってんだ。そろそろ部活始めないと…」
「佐助!もうそんな時間だったか!」
「猿飛、殿?」
「あれ?旦那、名前ちゃんと一緒だったの?」

死角になっている幸村の影からひっょこりと顔を出す。
サッカー部と新聞部を兼部している彼とは新聞部の生徒として吹奏楽部のアポイントの取り付け等で顔見知りなのである。
部長である元就ではすぐに突っぱねてしまうからだ。吹奏楽部が怖い部活だと思われているのは元就のそういった性格にもよる物があるのだけど、生徒が敬遠して部員が入らなかったら吹奏楽部は廃部になってしまう。
だから副部長である名前が元就の代わりに新聞部のインタビューを受けたりしているのだ。その後、元就に怒られるのが毎回の事なのだけど。
その度に一学年上でもある佐助が助け船を出している。

「うむ!名前殿と話をしておったのだ」
「そうかい。でも旦那、旦那がいないと部活始めらんないから時間厳守で頼むぜ?名前ちゃんも、そろそろ行かないと毛利の旦那にどやされるんじゃない?」
「あっ!本当だ、猿飛殿ご忠告ありがとうございます。!私部活に行きますね!幸村殿も部活頑張ってくださいね!」

わたわたと慌てた様に名前は走りながらも首を少し後ろに向けて、幸村と佐助に大きく手を振る。幸村も小さくだけど名前に手を振った。
その様子を佐助は少し切なさそうに見つめた。

「ほら旦那、そろそろ部活行くよ!今日はサッカー部がグラウンド使える日なのに部活してなかったらまた野球部が勝手に練習しちゃうぜ」
「むっ、それはいかん!行くぞ佐助」
「はいはい」

そんなやりとりの後廊下は誰もいなくなり静寂だけが其処に残った。


名前は何とか部活には間に合ったものの部長である元就に説教の言葉を受けていた。
間に合った、とは言っても部活が始まる時間ぎりぎり。滑り込みセーフの判定。
前みたくCD-ROMを投げ付けられなくなっただけマシなのかも知れないけれど矢張り説教されると精神的に参る。
流石に部員全員の前で固い床に正座して説教は名前でなくともキツい。

「全くそなたは……崇高なる我の吹奏楽部の副部長という自覚が足りぬ!!」
「……ぅはい」
「声が小さい!」
「申し訳ございません元就様!!」

部員達はおろおろとその様子を見守っている。
何故なら名前は元就をここまで怒らせる事はなく、寧ろいつもは彼の怒りを諫める立場にあるからだ。
名前が説教されているとなると元就を諫める事が出来る人物はいなくなる。
それに名前の足は痺れでそろそろ限界だったのを誰もが皆悟っていたから。

「(……うぅ、足痺れてきたよぉ…)」
「聞いておるのか名前!」
「はいぃぃぃ!!」

結局この日は名前に対する説教で吹奏楽部の練習は潰れた。


===============


完全下校時刻の10分前。
名前はよろよろと元気なくふらつきながら校舎と校門の間を歩いていた。矢張り元就の説教は堪える。
家に着いたら即効で倒れられる。間違いない。その位に名前は疲弊しきっていた。
しかしふらふあら歩きの所為で右足で左足を踏んでしまい、足がもつれて体が前の方へ傾く。
名前はとっさに手に持っていたフルートのケースを抱き抱え、目を瞑る。
しかし転ぶ事はなく、腹部に違和感を感じた。

「大丈夫でござるか、名前殿」
「その声…幸村殿」
「ふらふらと歩かれては危のうござりますぞ」
「すみません、少し疲れてて…って幸村殿もサッカーの練習で疲れてますよね?」
「某は鍛えておりますから!」

「だから心配はないでござるよ!」と言った感じに胸を張る。
何だが武田先生が学校にいらっしゃっていた時の幸村に戻ったみたいだ。
体と精神が訴えていた疲労感が吹き飛んだ気がした。自然に笑みが零れる。
幸村はそんな名前を見て微かに頬を赤らめた。何故だろうか、胸の奥底があたたかくて、でももどかしくて苦しくて。
不思議な感じがするけど幸村にはその感じが何かわからなかった。こんな感情、初めてかもしれない。

「何故であろうか、名前殿は共に居ると不思議と心が温かくなりますな」
「そうですか?私は、幸村殿と一緒にいると元気が出るし勇気も貰えます!」
「なんと!!」

幸村は驚いた顔をしている。その表情はそんな風に言われたのは初めてだ、と言いたげだ。
そんな時名前は何かを思い出したかの様にカバンの中から巾着を取出し、何かを出した。
そして包み紙を剥がしたものを幸村の口元に運ぶ。

「な、名前殿?」
「チョコレートですよ。幸村殿は疲れてないって言ってましたけどやっぱり体には疲労感があると思いますし」
「む…かたじけない」

そう言うと幸村はぱくりと名前が指先で持っているチョコレートを食べる。
口腔内の熱で溶け、特有のどろりとした甘さが口の中いっぱいに広がった。
すると名前は「まだいっぱいありますよ」と言いながら自身もチョコレートを一粒口に含んだ。矢張り甘い。

「…名前殿は大丈夫なのですか」
「?」
「毛利殿からお叱りを受けたのでしょう?」
「気付いてらしたのですか」
「名前殿の様子を見ていたら漠然とそう思い…」

どうやら幸村は名前が少ししょぼくれていた事から、名前が元就に叱られた事を推測したらしい。
そんなに解りやすいのだろうか、と名前は苦笑いを浮かべた。
幸村はとても心配しているみたいだが。
それは状況が違うとも名前も同じだった。
しかし、幸村に余り心配させるのも名前に取って気分は余り良くない。
咄嗟にいつもの笑顔を作る。

「私は叱られ慣れてますから!それよりも、幸村殿です!」
「そ、某がいかがなさった」
「幸村殿も元気ないです。何か幸村殿が元気ないと皆調子狂っちゃいますよ?」

「きっと武田先生だって心配します」と言うと幸村の表情がぱっと明るくなる。
恐らく武田先生の名前が効いたのだろう。
幸村はすぅ…と大きく息を吸い込むと今度は大きく息を吐いた。
そして自分の両頬をぱちん!と叩く。

「名前殿!色々とご心配お掛けして申し訳ごさらん!この真田源次郎幸村、名前殿のお言葉で吹っ切れましたぞ!」
「そうですか、それは良かった」
「何だか走りたい気分でいっぱいなのでこれにて失敬!チョコレートありがとうござりました!!」

そう言うと本当に走って行ってしまった。
流石サッカー部キャプテン。走るのが速い。
もう幸村の姿は見えなかった。
ちょっと遠くで「ぅお館様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」といういつもの叫び声が聞こえるが。
いつも周りの人間はあれを「暑苦しい」だの「うるさい」だの言うがそうは思わない。
元気があっていいじゃないかと名前は思う。今の今まで元気が無かったから尚更。
しかし。

「この時間だと流石に近所迷惑です、幸村殿」

ぽつりと呟いたが走り去っていった幸村に聞こえる訳もなく、明るい橙色の空に声は消えた。
そして名前も遥か前方にいる幸村を追い掛けるかの様に走りだした。
さっきまでの疲労に塗れた表情ではなく、真っすぐとしたいつも明るい表情を湛えて。


2012/07/06