戦国BASARA短編 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ Longing and despair

「卿からはその"忠誠心"を貰おうか…」

ざりっと、砂利が石畳に擦れ潰れ去る音が鳴る。
燃え盛る屋敷へと続く石畳の上で荒く呼吸を続ける名前はその言葉を発した男を見上げる様に睨み付けた。
殺してやる。と強い殺意を込めて。
名前は爪の先程も残っていない力を振り絞り、力なく地に臥している自らの手を、指を微かに動かす。
男はその様子を見て「…ほぅ」と感嘆の声を零し名前を興味深気に見下ろした。

「いやはや、卿のその主人に対する忠誠心は狂気とも執念とも取れる」
「…っく」
「卿に今一つ問おう。何故見返りも何もないのに卿は私を討とうとする?そんなにもあの冷徹な主人に誉められたいか」

男、松永久秀は一歩一歩ゆっくりと名前の方へ足を進める。
何とか隙を突いて松永に一矢報いたい名前であったが先程述べた様に体に力が入らないのだ。
ただ松永を射殺さんばかりに睨み付ける事しか出来ない。
自分の無力さに名前は歯痒さを感じていた。
そしてそれと同時に安芸にいる智将と謳われる主君の事を脳裏に思い浮べていた。


名前の主君である毛利元就は大和国へと遠征に赴いていた。
名前はその遠征に同行させてもらえず、安芸の守りに着いていたのだが、元就達の軍勢が安芸帰ってきたと聞き軍勢を城の城門まで出迎えに行った時。
名前の瞳は絶望に染まった。
瞳に映ったのは大きく負傷した兵達に、心から慕う主君の姿…。

「元就、さま…?」

直ぐ様元就に駆け寄るが元就の体の負傷の度合いは激しく、今は激しい痛みで意識を失っていると傍にいた典医に言われた。
色白な肌に滲んだ血の赤の面積が負傷の激しさを表していた。
名前の目にぼろぼろになった元就の体が焼き付く。
一体、誰がこんな事を…。
怒りと悲しみが腹の底から込み上げてくる。
握りこぶしをぎゅっと、皮膚に爪が刺さり血が滴り落ちるくらいに握り締め、歯を食い縛る。
元就を、毛利の兵達をこんな風に痛め付けた奴を絶対に許してはなるものか!
名前の瞳が怒りと復讐に満ちた丁度その時、微かな呻き声が耳に入り、その声にはっとしてうつむき気味だった顔をはっと上げる。
呻き声の主人は祭にとって唯一無二の殿である元就の物だったからだ。
ぴくりと右手人差し指が動かされると、今度は震えた右手がゆっくりと宙へ上っていく。
名前はすかさずその手を両手でしっかり包み込むように受けとめる。

「其処におるのは、名前か……?」

痛みに耐え、呻きながらも声を紡ごうとする元就に名前は涙をぼろぼろと流した。
何度も「はい」っと涙声で返事をする。
痛々しい…。出来れば喋らずこのまま傷を癒す為に眠りに着いてほしい。
しかし元就は途切れ途切れな、擦れて薄くなった声で名前に何かを語り掛けてくる。

「我が、不在の間…安芸は何事も…、なかったか…?」
「はい。何物も攻めては来ず平和そのものでした」
「……そうか。そなたがいたお陰で…」
「元就様、もうお休みくださいませ!貴方様がいなくなっては安芸は…毛利は一体どうするのです!!お休みになって傷を、癒して下さい!」

ノイズ混じりの様な声で喋り続ける元就の言葉を遮り、名前は想いを元就に告げた。
現在、毛利家には元就の後継ぎになるような人物は存在しない。
名前に言われる迄もなく元就はそれをよく解っていた。
元就は興奮して肩で呼吸をし、涙を流し続ける名前を見つめ、これが最後だ、と唇を動かした。

「泣くな名前、この…愚か者が」
「元就様!」
「名前。大和の…、大和の松永久秀には、気を付けよ…」
「松永、久秀?…っ、元就様?!誰か、誰か来て!!」

松永久秀に気を付けろ。元就はそういってぱたりと、苛烈な痛みに再び気を失った。
その後すぐに元就は大急ぎで城内に運び込まれた。
幸いな事にただ気を失っているだけで命には別状はないと典医に告げられ名前はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、松永久秀。彼を討ち取らない事には名前の腹の底にて蠢く怒りは消えそうにもなかった。
名前はその晩、無言で軍を抜け出し、元就の忠告を破り松永と対峙する為に大和国の松永久秀の元へ早馬を走らせた。

しかし、実際に松永と対峙してから我ながら馬鹿げた事をしてしまったと名前は後悔していた。

松永久秀。乱世の梟雄。
かの第六天魔王・織田信長を裏切りながらも許され、この世に生き続けている男。
何百といた毛利の軍を、その軍の将である元就をも一人で炎の海に沈めた男に一兵卒である名前が一人で立ち向うなど無謀な話。
怒りでその事にすら気付きもしなかった自分を恥じるしかない。
冷静になった今、目の前の男は余りにも強大で、余りにも恐ろしい生き物の様に思えた。

「いや失敬。今の卿は口も聞けぬ程に疲弊していたな」
「……黙れ」
「…口が悪いな。雉子も鳴かずば撃たれない。この言葉の意味を知っているかね」
「はっ…、気に障ったならば殺せばいい。もとより私はそのつもりで貴方を討ちに来た」
「私を討ちその後自らの命を絶つつもりだったのかね?それは滑稽だ。卿の様な細腕の女子に私は討てんよ」
「馬鹿に、するな!」

呻くように声を振り絞るが虚勢にしかならない。
松永は何かを考えるかのように地に這う名前を見つめ、薄く笑うように唇を開いた。

「卿は実に面白い女子だ。ふむ…卿のその忠誠心は中々に良いものだ」
「何を一人で、ぶつぶつと言っている!」
「名前、と言ったな。私は君を気に入ったのだよ。その狂信的な忠誠心、是非とも飼い馴らしてみたくなった。矢張り卿には束縛の鎖が繋がった首輪を贈ろう」
「ふざけるなっ。私の殿は安芸の、毛利元就様ただお一人だ…」

目を見開き力の限り松永を睨み付ける。
が、松永は飄々とした表情を崩さず名前を見下ろし続けていた。
松永とのこの問答もかなりの時間を費やしているのか、ぼんやりと瞳に写る炎上している屋敷もボロボロと黒く崩れている。
体も、傷口から漏れだす血液の量が多いのか冷えてきているような感じがする。
何より指先に本当に力が入らず、感覚すらも失われ始めていた。
目の前も段々と暗くなり、名前はそのまま糸が切れた絡繰人形の様にぱたりと動かなくなった。

「気を失ったか…」

松永は気を失った名前を抱き上げ闇の中へと消え去っていった。


Longing and despair
切望と絶望


名前が目を覚ませば其処は見知らぬ屋敷の一室。
名前自身も上等な布団の上で寝かされていた。
松永との戦いで傷付きボロボロになった体も何者かによって白布を巻かれ手当てをされていた。
上半身を起こし座ってみるが痛みが体を駆け巡る。

(一体、誰が……)

あんな場所に偶然誰か、他の武将が通る訳もなく。
そうなれば名前を此処に運んだのは必然的にただ一人、あの男だけになる。
仇に命を救われるとは何という辱めだろうか。
悔しさで奥歯をきつく噛み締め、呻く。

「そのように呻いていては本当に犬の様だ…」
「松永」

いつの間にか現われた男の名を恨みを込めで呼ぶ。
まるで怒りと憎しみに刈られた獣の様に。
しかし松永はそんな事は気にせず名前に語り掛ける。

「気分はどうかね」
「最低だ」
「そうか」
「松永。最期に一つ教えてあげる。今から私は舌を噛み切って死ぬ。だから貴方の好きな様にはさせない」

かちり。口を開けて下を伸ばすように前に出す。
このまま舌を噛み切れば喉に血が詰まり死に至る。
松永に好きな様に扱われるくらいなら、毛利に戻れないまま死んだほうがましだ。
無言で軍を抜け出し、元就の忠告を破り松永と対峙した時点でもう、毛利に戻れる保障はないのだが。
様々な思いを抱いて名前は口を閉ざしに入ったが、その歯が舌を噛み切ることは不可能だった。
松永が名前が舌を噛み切る直前に指をはませたからだ。

「卿は私の所有物だ。勝手に死ぬことは許しはしないよ、名前」

耳元でねっとりと囁かれた言葉に名前は絶望の色を顔に浮かべた。


2012/01/11