×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

「始まったか」

教会の外で、バージルは爆音に揺れる教会を見て呟いた。
アスタは先頭になると急に気性が荒くなる。恐らく次から次へ湧いて出てきた悪魔の相手が面倒になったのだろう。コートの内側に隠し持っていた手榴弾を悪魔に向かって放り投げた。そう、予想した。
全く、あの気性の荒さはどうにかならないのか。そう思うが彼女の大体の生い立ちを知っているから本人に注意しようと言う気も起きない。普段からあの気性の荒さではない事には常々感謝しているが。

「派手に行動をする。あれは彼女がやっているのか」
「だから言っただろう。あいつは弱くない、と」
「……足手纏いになるよりは良い、か」

最後の言葉はくれぐれもバージルに聞かれないように小声で呟く。
しかしアーカムにはまだアスタの強さを信じられずにいた。何処であんな爆発を起こしたかなんて想像は出来ないがあの爆発のレベルからしてアスタ自身もただでは済んでいないだろう事は容易に想像出来た。
恐らく戻って来た時は腕の1本は失っているだろう。嘆かわしい事だと思うがそれは彼女も自業自得だというに違いない。アーカムはそう思っていた。
それにアスタが強いからと言ってどうと言う事はない。寧ろ喜ばしい事だ。計画に幅が広がる。尤も彼女が自分の寝首を掻きに来ないか心配にもなるが。
教会に着いた時のあの鋭い猟犬の目。あの目は尋常ではなかった。殺気も起こさずにあの目を出来る人間なんて相当訓練されている人間だろう。恐らく"バージル"と言う抑止力があったとしても制御出来ない力を発揮する事すらありえる。
しかしその時が来たらその時だ。アーカムは口元を歪に吊り上げ、教会をもう一度見上げた。


††††


酸素がもともと薄かったお蔭かすぐに爆炎は燻り、鎮火された。しかし倒壊しかけた壁や天井が崩れた際の土煙は中々晴れない。アスタは崩れてきた瓦礫を上手くバリケードに使い炎と爆風をやり過ごした。それでも少しだけ土煙を吸ってしまったのか咳が止まらない。
流石に少しやりすぎたと反省はするが、手榴弾の爆風で通気口が出来たお蔭か空気の通りも良くなった。腐った死体が醸し出していた腐臭や埃の饐えた臭いなどは結構薄れている。少し待てば爆風で燃え尽きてしまった酸素も元の数値に戻るだろう。
その間アスタは積み上げられた瓦礫に座り胸元に仕舞いこんでいる懐中時計を開いた。
まだこの教会に入って5分も経過していない事を知り、アスタは溜息と共に肩を竦めた。
早くこんな茶番は終わらし、テメンニグルを復活させて、魔界への道を開き、力を手に入れなくては。今もこうしている間にきっと姉は苦しみに耐え続けているだろう。

『アスタ、おまえだけでもこの研究所を逃げ出すんだ』
『いや!ねえさんも、ねえさんも一緒じゃなきゃいや!』
『馬鹿!わたしだっておまえと一緒にいたいんだ!でも、でももういやだ、アスタが泣きさけびながらわたしのことを呼ぶのはもう耐えられないんだ』

その言葉にぼさぼさの髪を伸ばしっぱなしにした、白いワンピースの少女は大きな目にじんわりと涙の玉を浮かべた。そして"ねえさん"と呼んだ短い髪の、少女と同じ顔をした少女に抱きつく。
その光景をぼんやりした頭で思い出してしまっていたのかアスタは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、瓦礫の山から飛び降り、アルカネットを構えたまま先へ行く。
そうだ。此処でのんびり酸素濃度が元に戻るのを待っている訳にも行かない。少しでも濃度が戻れば呼吸は難なく出来るのだ。悪魔と激しい斬り合いをする訳でもないのに。

暫く進んでいけば柱は壁が頭骸骨で覆われた細い通路に出る。
まるでカタコンベだ。さすれば此処は墓所として機能していたのかと考えるがその線は薄いような気がしてきた。
先程のあの交じり合ったまま死んでいた男女一組のミイラ。幾ら悪魔に疲れていてもあくまで聖職者。墓所で犬の様に交わり合うだなんて正気ではないだろう。悪魔に品位も知恵もないと思ったら大間違いだ。その事を知っているからアスタはそう思う。
この先は霊安室かと思いながら先を進んでいくがアスタの検討は間違っていた。

「此処はあの図書館の地下と同じ……?」

広々としたホールの壁際にはパルテノン神殿の様な柱が飾り立ててある。そして正面には此方に視線を向ける女体の像。首には輪を嵌められ、其処から鎖が豊満な胸の谷間へと伸び堕ちている。
そして"傲慢"と同じく足には同じ杭が埋め込まれていた。この杭が大罪を封印している枷だと言うのは明白。だからこそ人間が触れば、アーカムが語った様に神経を灼かれたり、そのほか災厄に見舞われる仕組みをスパーダはつけたのだろう。矢張りただでは転ばない。生唾を飲み込みながらそう思った。
しかし思案に何時までも時を掛ける事は出来ない。早く次の行動に移らねば。

「起きていらっしゃいますか?私が侵入して来た事に気付いていらっしゃるのでしょう」

声を張り上げてそう、像に尋ねてみるが像は視線をこちらに向けたまま沈黙を保っている。
聞こえていないとは流石にアスタも思ってはいない。だが、無視される事には余り感心しない。
矢張り彼らを解放するのに自分では役不足ではないのかと思う。そう思ってアーカムとバージルにも自分の考えを自らの口から伝えたのだが聞き入れてもらえなかった。
「七つの大罪はスパーダの血族でなければ解放出来ないのでは?」。大罪を封じ込めたのは魔剣士・スパーダだ。封印を解く鍵も恐らくスパーダの血族しか持ち得ない。一般の人間が容易に踏み込む事ができない場所に封印されているが、万が一封印が解かれたらという事もある。
だがバージルは比較的優しげな表情を浮かべアスタの肩に手を置いてこう言った。「お前ならば出来る」と。

「答えてください」
『……何用だ人の子よ』

甲高い女の声が幾重にも重なった声で像は意思を疎通してきた。
これで漸くまともな話が出来る。そう安心するも束の間、アスタはすぐに表情を正し、像の顔を見上げる。

「漸く、お話をして下さる気になったのですね。……私はスパーダ、スパーダの子の遣いで此処に」
『スパーダ?……スパーダ!奴に封印され早2000年!奴に息子が、いやその息子の遣いが何用だ!!』
「貴方が望むものをお持ちいたしました」

ロングコートの裾をドレスの裾の様に摘み上げ、ぺこりと頭を下げる。
だが像にはその姿は映っていない。怒りで目の前が見えなくなっているのだ。
像は金切り声を上げ幾つもの魔方陣をアスタの頭上に浮かべ、叫ぶ。

『私が、望むものだと?ふざけるな人間の子よ!!』
「!! ……交渉決裂。力押ししか方法はなくなってしまいましたか」

魔方陣から雷がアスタの体目掛けて落ちてくる。だが雷が地面に当たり消え失せたその時にはアスタの姿は像の正面には無かった。像も視線でアスタの姿を探す。アスタの姿は何処にも見つからないが一発の銃弾が上唇に飛んできた。
アスタは空中を飛んでいた。銃を構えながら。すぐにアスタを捕らえる様に四方を魔方陣で囲むが囲んだ途端にアスタの姿は一瞬にして消え失せた。

「何処を見ている?」
『!! 小ざかしい、人間風情が……』
「はっ。その"人間風情"に一発もぶち込めない木偶が何を言ってんだ?大人しく名前貰って力を解放すれば良いのによ」

アルカネットをホルスターに収めながらアスタはその場に着地した。そして太腿に括りつけているナイフホルスターに手を掛けると口元を歪め、像に飛び掛り、2本の黒刃でその白い肢体を真っ二つに斬り伏せた。その目は猟犬が獲物を食い千切り、爪で引き裂く時の攻撃的な目。
途端像は斬られた箇所から真っ赤な体液を噴出させてその場に崩れ落ちた。

「力の差は解っただろう?それともまだ"スパーダの血を引く者の代理人"じゃ不服って言う訳?それともまだこれ以上苦しみ続けたい?わぁ、あんたみたいなマゾヒスト初めて見たよ」
『……』
「いい子ですね。それでは改めて貴方に名を……。望む名をその御身に」
『承知した。"色欲"。我が名は"色欲"。いずれまた出会おう、可笑しな人の子よ……』

そう告げた"色欲"はその場で弾け、辺りに破片を撒き散らすと砂となり、消え失せた。
途端、アスタもその場に座り込んで溜息を吐いた。疲れた。漸く終わったと言わんばかりに。久し振りに本気も出したからその分の疲労が急に体に襲い掛かる。
しかし早く戻らなくては。外に人を待たせている。重たい腰を上げて元来た道を戻ろうと足を動かすが、一度緊張の糸が切れた足は中々思うように動いてはくれない。もう一度溜息を吐くとナイフホルスターに手を掛け、サントリナだけを引き抜くと太腿に突き刺す。
痛みはあるし、血も吹き出す。だがこうでもしないと一度弛んだ体は上手く機能してくれない。サントリナを引き抜き、ナイフホルスターに戻すと体がまた緊張状態になり、上手く体が機能する。
「よし」。そう呟いてアスタは本格的に倒壊しかけている協会を後にした。


2015/02/05