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翌日。アスタはバージルとアーカムに連れられ、車に乗せられた。
ポンティアック社の1977年代発売のボンヒネル。それなりに古い車種にはなるが古いポンコツ車の様にガタは来ていない様だし、走りも快速。言う事は無い。
しかしアスタの表情は少しだけ不服なのか、窓の外を不機嫌そうな表情で見つめていた。窓硝子に反射しているその表情を見てバージルは鼻から息を静かに吐き出した。

「何を怒っている」
「……別に」
「だったらその顔を止めろ」

ハンドルを握り運転をしているアーカムはそのやり取りをじっと真顔で聞いていた。そして何かを警戒するようにサイドミラーやミラーに細かに視線をやる。
しかしボンヒネルの周りには何もない。あるとすれば鬱蒼とした、暗く深い森。現に今走っている道も市街地の様にコンクリートで黒く舗装されている訳ではなく薄茶色の、土で出来た自然に出来ている道だ。

「もう一度、手順を確認しよう」

アーカムのその言葉にバージルとアスタは顔を正面に向ける。
車の中はエンジンと、外で空気を分けている音しか聞こえない。
ふと、アスタが其処に自分の声を混ぜた。

「今から行く場所は"色欲"が封じられている廃教会」
「そうだ。そして君の役目は何だ?」
「その教会に入り込み色欲の封印を解いてくる。それで終わりでしょう?」
「その通りだ。だが、その様に簡単にいくとも思えん。くれぐれも悪魔に殺されないよう……君は非力な少女なのだから」

何か、含みを聞かせたアーカムの最後の言葉にアスタは眉間に皺を寄せ、舌打ちを聞こえない様に小さく鳴らした。
昨晩、図書館に戻ってきたアスタはバージルとアーカムから件の七つの大罪とその封印の話を聞かされた。その時もアーカムはアスタに探りを入れる様に話し掛けて来たものだから堪った者ではない。
信頼しようにも相手が信頼しようとせずに疑りの視線を向けてくるというのはそれなりにストレスだ。しかし表面上だけ、と言うのもアスタには難しい。それは嘘で信頼関係を気付くという事に他ならない。それだけは頭をぶち抜かれよりも、体を八つ裂きにされよりも、神経が覚醒している内に火あぶりにされるよりも嫌な事だ。
しかし人一人分空いた隣に座って居るバージルが鼻で笑う。

「馬鹿馬鹿しい。貴様はアスタの実力を知らんからそのような事が口に出来る」
「ほう?彼女は君が認める力を持っていると?」
「あぁそうだ」

ミラー越しにバージルとアーカムの視線が交わる。
そうだ。そういえば自分の存在もある意味でのイレギュラーである事をアーカムには言っていなかったとアスタは静かにそう思った。バージルがその口で話していると思ってもいたががこの様子では話をしてもいないだろう。別に構いはしないのだが。
だがアーカムに自分がどんな存在が知られていないほうが都合が良いかもしれない。何となくだが目の前のこの牧師からは溝沼の臭いがする。

その後も車は森の中を走っていく。こんな森の奥深くに教会なんてものがあるのかとアスタは疑心を抱き始めたが、その疑心から程なく、車はゆっくりとタイヤの回転回数と速度を緩め、やがて止めた。
するとアーカムが小声で「着いたぞ」と呟き、バージルとアスタは未だエンジンの律動を続けるボンヒネルから降りる。
目の前に現れたのはチープなホラー映画にお誂え向きの、蔦に侵され、倒壊しかけている大きな教会。

「淫蕩の教会へようこそ」

まるで映画俳優の様にかしずいたアーカムの声にアスタは普段は温厚な目を冷たく、猟犬の様に光らせた。


††††


アーカム曰く、この教会では昔、淫蕩の限りを尽くしていたらしい。元々は信心深く神を敬っていた至極普通の教会だったと彼は一冊の本のページを一枚捲りながら語った。
しかしいつの間にかシスター達の心にも負の感情が渦巻き、その心に付け入る様に悪魔が棲み付いた。
そして、やがて信仰は神から天使に代わり金星の守護天使・アニエルに移った。アニエルは異端派と呼ばれるグノーシス派が新たに唱えた七つの大罪の"色欲"の位置に置かれた天使。
天使も良い迷惑だろう。下々の人間共、それに敵対している悪魔に憑かれ、淫欲に身を委ねた家畜に成り下がった人間にそうやって崇められるだなんて。
そう思いながらアスタは教会の最深部へ一歩一歩足を進めて行く。協会そのものが崩れかけている所為か瓦礫が一々足を取ってきて鬱陶しい事この上ない。

しかもこのミッションはアスタ一人で行うべきだとアーカムが進言してきたのだ。バージルもアスタの事をアーカムに信じさせる為にと、その進言に首を縦に振ってしまった。
アーカムはともかく、バージルがいう事ならばそれに従う。アスタの脳は普段通り機能を果たしていた。
やがて最深部に繋がる階段が隠されている像まで何事も無く到達する事が出来たが、この後をどうするべきか。階段がどうすれば出現するかまではアーカムも解らなかったと言っている。アスタは大きく舌打ちをした。
像は恐らく彼女らが信仰していたアニエルだろう。白く輝いている磁気の翼に割れ掛けているステンドグラスを通したカラフルな光が降り注ぐ。しかし足元には蠍の死骸が転がっていた。
ふと像の足元にまん丸な、ピンクの宝玉が落ちている。それを拾い上げるとアスタは何かを察した様にアニエル像の上に登る。途中台座に上る際にカラカラに乾いた蠍の死骸を踏みつけたがそんな事は気にしない。
今は早くミッションをこなしてこの協会から出たい。それだけだ。
何かを抱えられそうな不自然な構造のアニエル像の腕の窪みにその宝玉を嵌め込むと案の定像が動き階段が現れる。

「Bingo……」

若干呆れながらもアスタは階段を飛び降り、水路へと青いロングコートを棚引かせながら埃塗れの通路を進んでいく。不思議な事に廊下脇に飾られている松明には炎が煌々と揺らめいている。それよりも悪魔特有の臭いがする事にアスタは眉間に皺を寄せていたが。
が、この鼻をつく臭いは決して悪魔の臭いだけではないだろう。視線をやれば交わったまま死に果てている男女のゾンビに腐乱死体。そんな物が幾つも転がっている。なるほど、これは確かに"淫蕩の教会"と言うに相応しい。
それに先程の蠍の様にカラカラに乾いた蛆の死骸まで固まっている。その死骸に埃が積もっている事から先程の階段が閉鎖されてからかなりの年月が経過している事は容易に想像が出来た。
コートの下、右脇に括りつけているホルスターから愛銃・アルカネットを引き抜き、構える。
その途端、アスタの目の前に幾つも赤い魔方陣が重なり合いながら浮かび上がった。

「此処に来て漸く、ですか」

魔方陣からずぶずぶと悪魔が姿を現す。
ヘル・ラスト。色欲に溺れ地獄でその罪をあながう悪魔。この教会に現れるには相応しい悪魔だなとアスタは思った。
しかしこの程度の悪魔にアスタは屈しない。一歩一歩先に進むように足を進め、視界を遮るヘル・ラストの眉間に容赦なく風穴を開けていく。その表情はあまりのつまらなさに不機嫌そうに歪んではいたが。
頭をぶち抜いた少し後にヘル・ラストは醜い悲鳴を上げて黒い、砂の様な血を散らして消滅していく。悪魔と言えど所詮は下級悪魔。塵や砕けた石壁を媒体にしている程度の悪魔は簡単に屠れる。それが例え人間であろうとも。
しかし下級悪魔が故に出てくる時は鼠やゴキブリの様に群れを成して湧いてくる。

「全く、次から次へと……鬱陶しい」

忌々しそうに吐き捨てるとアスタはコートの内ポケットに手を突っ込み黒い塊を外気に晒す。ヘル・ラスト達はそれが何かを瞬時に察したのだろう。アスタから距離をとろうとじりじりと後退する。
だがアスタは容赦なく、その黒い塊についている銀色のピックを歯で噛み、一気に引き抜くとヘル・ラストの軍勢に放り投げた。からん、と音が鳴る。だがその瞬間大きな爆音と共に炎と爆風が通路を包んだ。

「くたばっちゃえよ」

そうほくそ笑んだアスタは爆炎の中に姿を消した。


2015/02/02