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この広間に来てからどれだけの時間が経っただろうか。ふとアスタはそれが気になった。
いつの間にか、此処にいる者の人数が少し増えているような気もし始めたから恐ろしい。
もしかしたら先程説明を受けたこの像に神経をやられたか。
考えすぎなのかもしれないとも思いつつも像を見上げると一点のみを見つめている筈の像と目が合う。

「ッ?!」

何か嫌な物が背筋を電撃の様に走る。
エマージェンシー。心臓が早鐘を打ち、此処にいるべきではないと危険を告げる。
太腿に括りつけたナイフホルスターに手を掛けると手首を強い力で掴まれた。

「どうした、アスタ。何を脅えている」
「今、動く筈のない像と目が……」
「その像の目はいつも訪問者を見ているのだよ。言葉通り見ているだけ。2000年もの間、彼が何を考えているか考えも付かないが」

アーカムのその説明に心臓も警戒を緩めたのか徐々に鼓動を落ち着かせていく。
其れを脈拍で感じ取ったのかバージルもアスタの腕から手を離すと、ナイフホルスターに掛けられていた手もだらりと重力に従う様に垂れ下がる。
だが、バージルはじっとその隣で像を見上げていた。像も見下げる様にこちらを見ているからだろうか。
しかしバージルはアスタ達には気付けない変化をその目にしていた。
像の口から鋭利な歯が覗いている。
その歯が僅かに光を発したのをその目で捉えた途端、バージルの頭は急に痛み始めた。
そしてあの日、悪魔の群れに襲われた時の光景が頭の中で巻き戻される。悪夢が再来する。
そんなことは露知らずなアスタは急に纏っている空気を変えたバージルに対し首を傾げた。

「? バージル?」
「どうかしたのかね」
「バージルの様子が……」

片手で頭を抑えたかと思うと呼吸を荒くし、体を小刻みに震えさせている。
アイスブルーの鋭利な瞳も瞳孔が開ききり、アスタの呼びかける声すら聞こえていない様だ。何時もは小さな声でも聞き取って何かしらのアクションを取るのに。
こめかみから汗も噴出し始めていた。
これは尋常じゃない。そう思いアスタはバージルのコートを掴み、彼の体を揺り動かす。
彼の名前を叫ぶ様に呼びながら。

「バージル、バージル!一体どうしたというのですか」
「……アスタ」
「!! 良かった……意識はあるのですね」

アスタが安堵の笑みを浮かべた途端、バージルはアスタの体を片手で突き飛ばし上空へと飛んだ。
そして一瞬の内に閻魔刀を抜き去り、像の首を刎ねる。
アスタはすぐさまアーカムの体を横抱きにし、後ろへ、広間の唯一の入り口側へ飛び退く。
このままだと落ちて来た首に押しつぶされる懸念があったから。
すぐにアーカムを下ろすと何かがあった時の為にアセイミーを、サントリナ&ベルガモットを構える。
案の定像の首は床に叩きつけられる様に落ち、石床の地面を、自らの一部をも砕く。
其れを確認できた時には既に閻魔刀は鞘の中に収められていた。

「警告は不要だ。……アスタ、そのままアーカムを守っていろ」
「了解です!」

アスタが返事をすると像の首が宙へと浮かぶ。
首の断面からは生き物其れの様に、黒い血が滴り落ちている。
そして動く筈のない口を人間の様に動かし、壊れたTVの様に幾重も甲高い声が重なっている声を上げ、喋り始めた。

『良いだろう。我の名を頂きたい。スパーダの子よ』
「貴様の名など知らん」
『名を失い2000年になる』
「名が欲しければ勝手につければ良い」

踵を返し、そう言い放つと像は嬉しそうに唇を歪めて『承知した』と嗤う。
その言葉が口切となり、像の体は一気に壊れるように亀裂が走り、ぼろぼろと破片を落としていく。
するとその中から翼の生えた大きな悪魔の姿を現した。
そして先程よりも低く、響く声で名乗りを上げる。

『我が名は"傲慢"。7つの名が揃う時望みし恐怖が天へ伸びる』
「(7つの、名……?)」

サントリナ&ベルガモットを持つ手の力を緩めず、アスタは傲慢が言った言葉の意味を考える。
傲慢に7つの名。この二つのワードで頭の中に浮かぶのは七つの大罪しかない。
もしかしたら他にもスパーダは大罪の名を奪い、封印しているのだろうか。

「何をしているアスタ、行くぞ」
「!!」

何時の間にか広間の出入り口に移動していたバージルに呼びかけられ、漸く此処から出ることを悟ったアスタはサントリナ&ベルガモットをナイフホルスターの中に落とす様に閉まった。


††††


広間を出た後である現在、アスタは一人で街の中を歩いていた。
あの後アーカムに居住に使う部屋を案内されたのだが、どうもあの図書館に長い時間居たくない。
それにバージルはアーカムと話があると言ってアスタを部屋から追い出してしまった。
何故自分一人が蚊帳の外にされなければいけないのだろうと憤りも感じてはいるが、もうそれは今更と言うもの。
それよりも今は別の事を頭の中で思い浮かべていた。

あの時は単なる偶然だったのだろうが、またこの街を歩き回っていれば偶然が起きるかもしれない。
バージルの双子の弟・ダンテ。彼と出くわす事もあるかもしれない。
しかしそうなった時はどうやって声を掛ければ良いのだろう。そんな普通の人間の様な事を考えてしまう。
自分はダンテの事は知っているがダンテはアスタの事など全く知りもしない。
それに彼もバージルは死んだものだと思っているだろう。
そんな人物の知り間なんて言われたって「悪い冗談はよしてくれ」の一言で済まされるだろう。最悪の場合、殺される場合だってある。

だがアスタはまだ殺される訳にも死ぬ訳にも行かない。力を手に入れ、向かいたい場所がある。
此処から遠く離れた城塞都市・フォルトゥナ。其処にアスタの助けたい人間が居る。
唯一のアスタの大切に思う"家族"。
その場で足を止め、雲が群青の空を覆う様を見上げながら教会で捧げるそれの様に指を組み、両手を合わせる。思いを馳せる様に瞼を閉じて、願う。

「姉さん、どうかご無事で……」

こんな事を祈るのも馬鹿の様な存在になってしまったが、祈らずには居られない。
姉が、最愛の人が無事で居てくれるのであればそれで良い。何にだって縋ってやる。
例えこの身が完全なる悪魔になろうと、滅び朽ち果てようとも関係は無かった。


††††


「第一の封印は解かれた」

ドアも窓も締め切られた、月明かりしか明かりが無い部屋でアーカムはバージルにそう告げた。
部屋の中には悪魔の標本にミイラ、それに瓶詰め、ホルマリン漬けにされた悪魔の胎児や脳などが置かれている。随分血生臭い部屋だとバージルは思ったが合えて口に出さない。
アーカムがアスタには席を外して欲しいというから部屋から閉め出したが、此処に彼女がいたらきっと脅えながら自分の背後にくっついている姿を容易に想像出来た。
ある意味でこの場に居なくて正解だったかもしれない。
だが、今後の封印解除についての話をするのであればアスタを締め出さなくとも良かったとは思っている。
寧ろ同時に話をした方が説明の手間も省けるだろう。一般論で言えばそうだ。
だがアーカムはバージルの考えを知ってか知らずか言葉を続ける。

「当初、封印は4箇所。残された封印は後3箇所の筈だった」
「しかし第一の封印が語ったのは七人。"罪"だ」
「そう。その通りだ。彼は自ら"傲慢"と名乗った。彼らは七人いる。封印は7箇所存在するのかもしれない」

七つの大罪。
傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、暴食、色欲、怠惰。
元々は4世紀にエジプトの修道士が認めた著作に八つの"枢要罪"と現されたのが人間達の中では起源とされている。
時間が移ろいゆく中で人間達が八つの枢要罪を七つに変え、現在に伝わり七つの大罪と一般的に呼ばれているのだけども。
しかし七つの大罪は魔界でも行動としてよく見られるものであった。
尤も魔界の中では罪はない。悪魔が人間たちが言う罪を犯すのは常の行動であるから罪と言う概念すらない。
スパーダは何を思って七つの大罪をテメンニグルの封印に使ったのだろうか。
封印された魔界への、悪魔達への皮肉なのだろうか。
しかしアーカムは自分の見解をバージルに続ける。

「何か見落としていたのかもしれない。それか4箇所には別の意味があるとも考えられるが」
「封印の場所は?」
「把握している限り後は3箇所しか解らない」
「……よかろう。4箇所の封印を先に潰す。貴様はその間に残りの場所を探せば良い」
「Bravo」

バージルは部屋の中の本棚にしまわれていた、興味深そうな本を見つけ一度本棚から引張ったが今は本よりも気になっている事がある。
アーカムがアスタをこの場から外した理由だ。
今の話の流れで矢張りアスタに聞かれて困る話の流れなどは見当たりもしなかった。
本を棚の中に押し戻すとアーカムは窓の外を見つめ静かにぼやいた。

「彼女の事が気がかりかね」
「だったら何だ」
「少しばかり行動に落ち着きが無い。だから少しばかり気になっていたのだが……」
「俺も一つ尋ねたい。何故この話をアスタにも聞かせない。あいつに聞かれては不都合な点でもあったのか?」

横目でアーカムの姿を盗み見ると彼は肩を震わせ嗤っていた。
そして大仰に両腕を開きながらバージルの方に体を向けると少しばかり声を弾ませる。

「彼女は私の事を随分と警戒しているようだ。信頼をしているかどうかも解らない人間にこんな大切な話が出来ると思っているのかね?」
「……アスタには俺が言って聞かせよう」
「君の言葉でも彼女は私を信頼してくれるだろうか」
「……」

確かにアスタは柔和で温厚な性格に見えて疑心暗鬼で疑り深い性格だ。今日、実際にアーカムに会って見て感じた物もあるだろう。
しかし彼女がアーカムの話を少しでも信じられるといったのも事実だ。
アーカム自体を信頼してはいなくとも彼の話を信じる事は出来るだろう。

「だが、些か大人気ない行動に出てしまったとは私も思っている。次回は感情に任せて行動をする事を慎もう」

そう言ったアーカムの双眸には狂気の色が僅かながらに滲み出ていた。


2015/01/17