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ホテルの部屋に着いた時には既に斬られた傷は回復していたが未だに心臓の鼓動は落ち着かないままだった。
バージルと刃を交えた事はあったが、今ではバージルと戦おうだなんて気は起きない。
負けが目に見えているから戦いたくないのではない。
根本的な恐怖が体を蝕んでいく。それに呑まれて自分が自分じゃなくなる事が怖い。
だが先程バージルに閻魔刀で切られた時、其れに近い恐怖が生まれた。
歩いている内に何とかその恐怖を胸の奥に押し込める事は出来たが。

「其方は何か目ぼしい情報は得られたか」
「いいえ。外れ、でした。そもそもスパーダの伝説すら知らない、そんな嘘吐きしか居ませんでした」
「……」
「嘘は嫌いです。だから早く此処から立ち去りたい」
「其れは出来ん」

バージルは瞼を閉じたままそう言った。
アスタの瞳が微かに揺れ、それからバージルの横顔を捉える。

「興味深い話をする男に出会った」
「……興味深い?」

「あぁ」と短くそう返事をすると、バージルはそのままゆっくりと唇を紡いだ。
その男が彼に話した内容をアスタにも一から教えてくれるらしい。

スパーダが魔界を封印し2000年の年月が経過しているが、その際、彼は"テメンニグル"と言う塔にて魔界を封印した。
塔の封印を解く事が出来れば魔界への道も開かれるという。そう、アーカムが言っていたとバージルは語る。
但し魔界への扉の封印を開くには鍵が二つ必要になる。
それはバージルが持つアミュレットと彼の弟が持つアミュレット。
弟が死んでいたらアミュレット探しは絶望的な結果には終わるが、幸いアスタが弟らしい人物を目撃している。
彼が何処に住んでいるのかさえ解れば、アミュレットを無事に二つ合わせる事が出来れば、そうすれば目的地である魔界に行く事が出来る。
二人がスパーダの足跡を追っていたのは魔界への扉を開く事に他ならなかったから、これは大きな戦果とも言えるだろう。

しかもそのアーカムと言う男、他にもバージルやアスタが知らないスパーダや魔界の話を沢山知っているという。
明日はこのホテルを出て、アーカムが用意するという部屋に移るとバージルはそう告げた。
詳細はアスタも共に、その部屋で話すとアーカム自らがそう言ったという事も受けて。

「お前はこの話を如何思う」
「……テメンニグルの塔の話は知っていましたが、まさかスパーダが絡んでいるとは知りませんでした。そう、ですね、信じる事は一応出来るとは思います」
「そうか」
「バージルとしては、この話は信憑性があると?」

そう尋ねると少しだけ間を置いて口を開く。
何か思う所があったのだろう。そうでなければバージルがそう簡単に"人間"を信じる訳が無い。
アスタの中ではアーカムが人間かどうかも疑わしく思っているが。

「あの男はこう言っていた。"人はしばしば魔に魅入られる"と」
「彼が魔に魅入られた結果、今の話を全て一人で調べ上げた……そう仰りたいのですか?」
「相も変わらず察しが良い」
「……珍しいですね。貴方が他者の努力を認めるだなんて」

アスタが本当に驚いた様にそう言うとバージルはそのまま黙り込んでしまった。


††††


翌日、二人は誰も来ない図書館に足を運んでいた。
ドアのプレートにはご丁寧に"本日休館"に変えられている。
それでもバージルは気にしないでそのまま中に入っていく。アスタもそれに続いた。
中は電飾の灯りではなく、蝋燭に点された火のお蔭で明るくなっている。
如何でもいい事だが図書館で蝋燭だなんて本が燃えたりしたらどうするのだろうか。
まぁ、図書館の一つや二つ消失してもアスタには一向に関係のない事だ。
すると図書館の奥の方から徐々に足音が近付いてくる。
漸く目で視認出来る所まで姿を現した男はバージルが口にした特徴を持つ男だった。

「(この人が、アーカム……)」

その姿に息を呑む。何故だか知らないがこの男からは嫌な物しか感じられない。
それに彼の顔の左半分が火傷で爛れた様に変色しているが、それがただの火傷ではない事にすぐに気付いた。
変色している部分の皮膚が炎の様に蠢いている。
バージルが言っていた言葉を思い出す。人は魔に魅入られる、と。
その言葉はそういう意味かと、アーカムを警戒しながらそう思った。

「君がアスタと言う少女か」
「何故私の名を?」
「何、単純な話だ。風の噂で聞いた事がある。魔具や魔道書を扱う店を各地で調べている怪しい女がいる、と」
「……確かに、各地でそう言った店を探しては居ますが。一度たりとも"アスタ"の名を口にした記憶はありませんがね」

暗闇の中でアーカムと視線が交わる。
剣呑な、重く暗い空気が立ち込めた。だが、それはバージルの静かに思い言葉で見事に掻き消された。

「無駄話は結構。俺達には無駄に出来る時間はない」
「それは失礼した。それでは早速参ろうか。話をするべき部屋に」

アーカムが踵を返し、闇の中に突き進んでいく。
するとバージルもその背を追う様に足を進めた。勿論、アスタも同じ様に彼らに付いて行くけれど。
長い石壁の廊下を歩いていくと黒金の堅牢そうな扉が姿を現す。
その扉を開いた先には階下に向かう螺旋階段が続いていた。
階段も随分と長く続いているが、その階段も無心に歩いていたらすぐに終わりを迎えた。
階段を下りきると石造が幾つも鎮座している広間に出る。
どうやらその広間が目的地らしい。

「見てみたまえ」

バージルとアスタが広間に入りきるとアーカムは子供に語り掛ける様にそう言った。
広間の中心、アスタ達の真正面には大きな像。
背中に真白い鳥の羽根が生えているがそう言った羽根を持つ悪魔とも戦った事はある。
その所為か人間にも天使にも、悪魔にも捉えられる。アスタには人間の像にしか思えなかったが。
ふと隣でバージルが呟く。

「悪魔」
「私には天使に見えている」

アーカムの言葉にバージルは「馬鹿な」と一言だけ告げ、像が建てられている台座に向かうとそのまま台に飛び乗った。
像の右足は杭で打たれ、左足はとぐろを巻いた蛇を踏んでいる。
するとバージルは何かに気がついたのか右足に打たれている杭をじっと見つめている。
アスタもそれが気になりバージルと同じ様に台の上に乗り、杭を見る。

「この字……」
「解るのか?」
「いえ。……ですが何処かで見た記憶があります」
「そうか」

バージルが杭に手を伸ばそうとすると急にアーカムが叫び声を上げる。

「うかつに触るべきではない!」
「それはどういう?」
「以前それに触れた牧師は牧師は全ての神経を灼かれた。そのまま生きたが木偶の様だったと書いてある。文書は古く解釈は複雑で難解……。代々守るものが伝えてきた教訓だ、"見えるものを信じるな"」

そう言い切ったアーカムをバージルは台の上から彼を見下ろす。
今アーカムが言った言葉はバージルが一番良く解っている。
一瞬、バージルの纏う空気が凍り付いたのを感じ、アスタはこめかみから冷や汗を滲ませる。
だが予想に反して彼は冷静だった。

「……知っているが?」
「我々はお互いの利益の為に組んだのだ。慎重に動いてもらわねば。バージル」
「成程……。貴様の命の心配もせねばならない……か」
「待ってください、バージルッ」

アスタが気付いた時にはアーカムに向かって抜刀をし、次元斬を放っていた。
しかし次元斬の軌道はアーカムを裂け、背後にあったオブジェを破壊する。

「ならば一つ言っておく。"我々"と言う言葉を使うな」
「承知した……。君と私の緊張ある関係を尊重しよう。人間と悪魔の同盟の為に……」


††††


「少し、この像に付いての話をしよう」。アーカムはそう言い、バージル達が立つ台の上に来た。
そして手にした赤い革表紙の本を開く。彼が先程口にした文書と言うものなのか定かではないがそんなものはアスタにもバージルにも関係が無い。

「2000年前、スパーダの救った世界は不安定だった。スパーダは自らの手で魔界への道に封印を施し強い悪魔の力を鎹としたのだ。その時、名を奪われたという悪魔について魔剣文書に記述がある」
「名を?」

名を奪われた、とは一体如何いう事なのだろうか。
そう思っているとアーカムは像の右足を貫く杭の一部を指差し「其処だ」と告げる。
示された箇所を見れば其処だけ何かで抉ったかの様に削り取られていた。

「彼らにとって名は"真実"。悪魔の名はその姿よりも実態に近いといわれる。遺伝子に似て彼そのものを現すという意味で悪魔の名は本人の雛形の様なものだ。名を奪うという事は完全な支配を意味する」
「上位の悪魔が人間の魂を奪う時に名を聞き、術中に嵌めるのもそういう事なのですか?」
「あぁ、そうだ」
「名を奪う……。そんな事が」
「今彼女が言った通り上級の悪魔であれば、スパーダであれば可能だ。彼は比類なき強大な悪魔だ。凡百の悪魔など彼の前では赤子の様なもの。しかし彼には波の悪魔にない知性があった」

「だからこそ裏切ったのかもしれないな」。バージルは何か含みを持たせるように、バージルに蛇の様なねっとりと絡みつくような視線を向け、そう言った。
恐らく彼はバージルが何者か知っているからこそ、挑発でもするかの様に言葉を投げかけたのだろう。
此処に来てアスタは矢張りアーカムは信じるに値するのかをもう一度考え始めた。


2015/01/13