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激しく水飛沫と剣劇の重たい音が鳴り響く。
あれからずっとダンテは怒涛の攻めを繰り広げるアスタの攻撃をリべリオンで受け止め続けていた。
アスタの怒りはかなり深く、このままでは彼女が倒れるまでこの攻めは続きそうだ。このままではバージルがわざわざ招待してくれた"パーティ"に乗り遅れてしまうかもしれない。決して楽しいものではないだろうけど、それだけは勘弁被る。
だがアスタの攻撃を簡単に弾くという事すらも出来ない。先程から隙を見て数分の気絶で済む位の打撃攻撃を仕掛けてやろうと思ったが、その隙が全く見つからない。最小限の動きのみで斬り込んで来る。
此処に来て何となくだがバージルがアスタを傍に置いている理由が解かった。あのすかした態度のお兄様は彼女の感情に訴えかける何かをして傍に置いているのではないか。そして利用しているのではないかと推測する。
ふと、彼女が唯一無防備な部分を見つけ、口角を上げて笑みを浮かべた。

「何がッ、可笑しい?!……!?」
「攻めは確かに凄い。だが、足元がお留守だぜ?」

脚を払われ、体が傾く。そのまま転び、地面に這い蹲ったアスタの頭上からそう言い、地面に転がったサントリナ&ベルガモットをアスタが拾うよりも早く拾い上げる。
ナイフジャグリングを披露して余裕な態度を見せながら。案の定、メインウェポンを取られたアスタは悔しそうな表情を浮かべていた。

「降参するなら返してやるけど?」
「誰が降参するものですか!」
「んじゃあ返してやんねぇ」

まるで子供のやり取りだと思うがこうでもしないと彼女は引かないだろう。
しかし思っていたのと違う反応を見せる。

「……貴方は何故、バージルに反発するの?」
「あ?……ただ単純に子供の頃から気に食わないってだけさ。今回のこの件も、な」

今まで手に収まっていた、サントリナ&ベルガモットが手から消える。一瞬の隙を狙ったかの様にアスタがダンテの手から掠め取っていたのだ。彼女の両手に確りと握り締められていた。
まだやる気なのか。そう思うといい加減そのしつこさに重い溜息が出るし、敬服の念すら抱く。だが何故だろうか。胸がじりじりと嫌な痛みを発するのだ。呼吸が苦しくなる。
アスタももう体力に限界が来ているのか荒く、呼吸を繰り返していた。しかし、尚もサントリナ&ベルガモットを構え、ダンテに敵意と戦意を向ける。

「……あんまり女に暴力を振るいたくはないんだけど、今回ばかりは仕方が無いか」
「女だからって、馬鹿にしているんです?」
「馬鹿にはしてないさ。でもな、これ以上俺の邪魔をするって言うのなら」

背に負っていたリベリオンを頭上から勢い良く振り下ろす。剣先が水面を掠め、飛沫が舞う。

「俺もこれ以上は容赦しないぜ?」

先程の軽口を叩いている時とは打って変わって真剣そのものな、低く呻った声にアスタは初めてダンテからの殺意を感じ取った。皮膚が服の下で電気でも浮けたかの様にびりびりと痛みを感じている。
此処でダンテと戦う少し前、アスタはバージルにダンテを倒して彼のアミュレットを奪って戻ると、そう言った。しかし、実際に戦ってみてその発言が如何に愚かな物だったかを考えさせられた。
ダンテもバージルの双子の兄弟であり、あの魔剣士・スパーダの息子なのだ。
人間、幼い魔女が改造されただけの人工半魔如きがそう易々と倒す等と言う事は本来ならばありえない事。アスタは生唾を音を立てて飲み込んだ。

「Sweet babe!」
「Damn it!(ふざけるな!)」

今度はダンテから攻められる。しかし疲労が溜まった、あまつさえ女の細腕ではダンテの様に上手く攻撃を受け止める事が出来ない。
元々アスタは守りに転じる事等はせず、ヒットアンドアウェイを主な戦法としていた。攻撃は全て避ける。そして隙を突いて切り込み、仕留める。だが、ダンテはそれを許してくれない。一撃一撃が早く、そして重く隙を見つける事も出来なければ振り払う事すら出来ない。
握力が下がっていた事もあるのかダンテのスティンガーの強烈な一撃を受け、ベルガモットをその手から零した。ダンテもそれを確認し攻撃の手を緩めようとしたが、意思とは裏腹に体がアスタを仕留めに掛かる。
何とか腕を少し下げ、アスタの手を切りつけるに留まり、アスタもベルガモットを拾うことを諦めて身を翻し次の攻撃をかわそうと準備をしていたがいつでも物事というのは考えた通りに進んでくれないらしい。

赤い飛沫が宙を舞い、ダンテの頬に降りかかる。生温いそれがアスタの血だと言う事に気付くのに少しだけ時間が掛かり、恐る恐る自分の真正面の少女に視線を向ける。
すると今度は想像してしまった、最悪な光景が目の前で繰り広げられていた。
手に肉を刺し貫いた嫌な感覚がある。

「かっ、は、ぁ……」

アスタの腹には白銀に輝く、自身の相棒が突き刺さり、彼女は口から、そして腹から鮮烈な赤を零していた。彼女が身に纏っている青いコートが赤く染まっていく。
衣服が吸い込めなかった分の血液が雫となり、水面の上に落ちていく。水と混ざり合った血は金魚が泳いでいるかの様な幻影を見せて、透明に溶ける。
アスタは呼吸を荒くさせ、震える手で弱々しくリベリオンに触れる。だが、その度にアスタは苦悶の表情で口から血液を大量に排斥していた。

「アスタ、動くな。余計刺さる」
「……ダン、テ。私は、貴方が嫌いです。バージルの事を一番理解出来るのに理解しようとしないから」
「……」

アスタの容赦ない一言にダンテは黙りこくる。
しかしアスタの血に塗れた手が、ダンテの首に掛けられたアミュレットに再び伸ばされ手要る事にすぐに気が付き、反応を見せる。アスタの指先が衣服を纏っていないダンテの体に触れ、赤い筋を描く。その手を包み込む様に握り締め、「舌、噛むなよ」と呟いて一気にリベリオンを引き抜いた。先程の比ではない血液が飛び散る。
何故彼女がこのアミュレットに其処まで執着するのかが気になる所だが、今はそんな事は如何でも良い。
膝から崩れ落ちたアスタは薄く張られた水の中に体を沈ませながら、ダンテを見上げて睨みつける。その目は「殺してやる」と言う訴えではなく「何故殺さなかった」と静かにダンテに突き刺さる。水面にアスタを見下ろすダンテの姿が移る。ダンテは気付いていなかったが彼女を見下ろすその表情は悪魔のそれと同じく冷たい物だった。
大分傷が修復されたのかアスタは奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと、でも刺された腹を抱き抱えながら立ち上がり、尚もダンテを睨みつける。爪先だけを器用に使い、ベルガモットを浮かせて手に取るとナイフホルスターに仕舞い、よろけながらダンテの横を通り過ぎる。
彼女が4、5歩通り過ぎた所でダンテは体ごとアスタに振向いた。

「待てよ、そんな体で動いたら本当に死ぬぜ?」
「……生き恥を晒すなら、それでも構いません」
「バージルに、そう言われてるのか?」
「……いいえ。彼には、生きろという風に、言われています」

アスタのその言葉に少しだけ驚きはしたが、ダンテはすぐに平静な様子を見せる。
今度はアスタが少しだけダンテの方に振向き、「嫌いです」と言葉を紡ぐ。唐突に紡がれた言葉にダンテは「は?」と言葉を零す。
先程も「嫌い」とは言ってきたが何故このタイミングでもう一度それを口にしたのか。アスタは僅かながらに哀れみを含めた微笑みを浮かべ、その場からジャンプだけで配管の上に飛び乗り、姿を消した。
その場に取り残されたダンテは一人、静かに佇み呟く。少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら。

「……嫌い、か」


††††


アスタは完全に塞がりきっていない腹の傷を腕に抱えながらバージルの元へ、ゆっくりと足を向ける。
こんな惨めな姿を見せるだなんて真っ平御免被るが彼に言われた言葉は守らないといけないような気がして。「何があっても俺の元に戻って来い」だなんて、そんな言葉を言われたら戻らない訳にはいかない。
しかし血を多く流し過ぎたのか上手く足が上がらない。左足を軸に、右足を引き摺って移動するしか出来なかった。
こんな時こそネヴァンのお喋りがあれば良いのだが、今後彼女はアスタには干渉してこないだろうと、そう思った。恐らく彼女が認める力などアスタにはないだろうから。悪魔のそういった軽薄な部分はある意味で好ましい。

「ばっかみたい」

自分の存在その物を唾棄する様に吐き捨てる。余りに惨め過ぎて変な笑い声すら口から零れ出る始末だ。
貧血で視界が眩み、堪らず壁に体を預ける。そういえば少し前にもこんな事があったなと漠然と思い出す。しかし今は少し休めば回復する。だから恐れる事などない。
しかし、聞きなれた規則正しい歩幅で紡がれる足音にアスタは苦笑を浮かべた。彼は何故こういう時に限ってすぐ自分を見つけ出してくれるのか、と。

「また、随分と無茶をしたものだな」
「バージル……。すみません、思っていたより強かったです、ダンテ」

「お腹、思い切り刺されたのが致命傷になってしまったようです」とはにかみながら告げると、途端、バージルの表情が強張る。強めに床を蹴りながらアスタの傍にしゃがみ、傷の深さを確認すると眉間に皺を濃く刻んだ。

「……傷の治りは」
「これでも大分癒えてはいるんですよ?剣が貫通した位ですから」
「そうか。立てるか?」
「はは、お恥ずかしながら立つ事もやっとです」
「……」

無言でアスタの血塗れた体を横抱きにすると塔の頂上付近に向かって歩き出す。
あの時、アスタが悪魔の力を覚醒させた時の事を思い出す。あの頃に比べたら顔色は平常時のそれと代わり映えしないが、あの時は本当にアスタが死ぬのではないかとすら思った。
死にたいと言うのならば勝手に死ねば良い。あの時も今もそう思っているが、今になって漸く解かったのだ。自分がアスタの死を望んでいないからこそ傍に彼女を置き、居なくなれば探しに出てしまうという事を。
ある意味でアスタには幼い頃得ていた母の優しさや温もりに似たものを感じている節がある。

「(……随分と過保護なものだな、俺も)」
「? バージル?」
「喋るな。傷に響くだろう」
「でも……、何でもありません。大人しくしています」

本当はバージルに聞きたい事があった。「ダンテと戦うのですか?」と。
本当は阻止したかった事なのに、アミュレットを奪ってくるどころか大敗を喫して戻ってきた挙句に何も阻止出来ていない、矢張り自分はちっぽけだと苦笑を浮かべる。
それどころか変な眠たさが襲ってくる。

「眠っていろ。眠って、次に備えておけ」
「……置いていきませんか?私の事、足手纏いだと」
「置いて行きなどはしない。必ずお前も連れて行く。だから安心して眠れ」

段々とバージルの声が歪み、瞼が落ちる。それが眠りに就く寸前だという事に気付く間もなく。眠りに就いてから、アスタの腹の傷は急速的な修復を見せた。

「……ダンテ」

バージルは噛み締める様に唯一の肉親、弟の名を呟いた。


2015/04/15