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チン……と涼やかな刀のが鞘に収められた後に低い男の「選べ」と言う声が聞こえた。ダンテの目の前に現れた男はダンテに一瞥もくれる事なく、像に向かって言い放つ。
すると像は唇を動かさずにその声に呼応し、返答の言葉を捧げた。

『承知……。我の名は"怠惰"。いずれまた会おう』

そう言ってその姿を闇の中に消し去った。
一体今何が起きている。ダンテは混乱する頭の中で必死に状況整理に普段使わない頭をフル回転させていた。
しかしそれはやがて普通の人間では考え付かない答えに到達した。

「最近やけに面白い事件続きだな。急に悪魔が団体様で観光してたり、墓場から兄貴がひょっこり出てきたりな」

背後でそういうダンテに呼応する様に振り向く。
同じ銀髪に、同じアイスブルーの瞳。そして同じ顔。あの日を境に会う事がなかった双子の兄弟。
最初はアスタがダンテを見たと言った時は「そんな馬鹿な」と思いすらした。しかし彼女の言う通りだった。そもそもバージルはアスタの言葉を嘘だとは思いもしていなかったが。

「生憎だが……一度も死んだ覚えはない」
「そいつぁ失礼。じゃあ俺の勘違いか」

ダンテはバージルの横を通り過ぎると手に持っていたリベリオンを肩に担ぐ。

「余りに久し振りだと兄弟でも解らないと来た。あんたにこんな趣味があるとはな。死体と悪魔?デートにしちゃシケてるぜ、バージル」
「長らく会わなかった……。お互い理解出来ずとも仕方あるまい」
「そう思うか?お互い様でよかったぜ。最近来たんだろ?気付かなくて悪かったな。このところ仕事が忙しくてよ」
「気にするな。此方も忙しかった」

数年、もしかしたら10年近く離れ離れになっていたであろう兄弟の会話としては妙に雰囲気が軽い。きっとこの場に第三者がいればそう思うと共に感動の再会だとでも、そういうのであろう。
しかし空気は一気に冷たく凍りついた。
「いいや、案内してやるよ」。そう言ったダンテはリベリオンの切っ先で転がり落ちていた髑髏を拾い上げ、バージルに向かって突き出す。
その目は普段彼が悪魔を刈る時と同じ冷たく、だが怒りに燃えている時の目だった。

「悪魔退治とは別料金でな」
「悪魔退治……、貴様が?」
「悪いか?結構繁盛してるぜ?」

冗談交じりにそう言ってやればバージルは冷笑を浮かべた。
矢張り双子とは言え、昔から目の前にいるこの男とは気が合わない。それはダンテも同じ様に考えているだろうが。

「……ならその仕事はすぐに終わる」
「……終わる?」

怪訝そうに言葉を繰り返したダンテにバージルは容赦なく次の言葉を口にした。
「この世界は魔界に呑み込まれる」と。
その言葉を聞いたダンテは己の仲で瞬時に何かがざわめき始めたのを感じた。

「塔を建てる。古に封印された恐怖の塔。スパーダの封印した道がある。魔界を開く。俺の手で」

冷たくそう言い放ったバージルに対して意識せずにダンテは言葉を紡ぐ。
その声は僅かに震えている事に気付きながらも止められなかった。止める必要もなかったが。

「……正気か?」
「正気とは?」
「親父の閉じた道をまた開く?」
「それしか方法が無い」
「一体何の方法だってんだ?……笑えねぇぜバージル。母さんは悪魔に殺されたんだ」

バージルは一瞬言葉を止め、もう元には戻らないあの日以前の幸せだったあの頃を思い出す。
ダンテとはずっと喧嘩ばかりして、それをはにかみながら優しい母が諌める。そういえばスパーダとの記憶が余りないなと呆然と思ったが、すぐにその記憶を闇の中に葬り去る。
力を得るのに優しかった記憶など必要はない。

「知っているさ」

ダンテの中で何かが切れた。
昔から考え方は正反対で何かにつけて衝突してきたが、今回ばかりは取り澄ましているその顔をぶん殴らないと気が済まない。
ダンテは優しくて、でも時には厳しく接した両親が大好きだった。父は厳しいし、剣術稽古になると恐ろしいから苦手だったが母の事は本当に大好きだった。
彼女の死の間際まで一緒にいたのはダンテだ。だからこそ彼女の最後までの優しさも気高さも何もかもを知っている。
だが目の前にいる同じ顔をした男は今、なんとのたまった?
体の中で血がマグマの様に沸騰していく。
腰のガンホルスターからエボニー&アイボリーを引き抜き、バージルに銃口を向ける。

「飛び道具か……下らん。俺は魔界に行く。邪魔をするなら誰だろうが、斬る」
「あんた程の男が悪魔の手先になるとはな。哀しいね」


††††


朝日が窓越しに頬に光をさした。目蓋一枚で隔てられているだけの光にアスタは眩しさを感じ、ゆっくりと目を覚ます。
体が随分気だるいが寝すぎただろうか。上半身だけを起こしたまま両腕は頭上高く、腰から背骨にかけてぐっと背伸びをする。少しだけ気分が軽くなったような気がした。
するとノックの音が軽快に三回鳴らされ、アスタは何時もの調子で「どうぞ」とだけ返事をした。

「起きていたのか」
「はい。おはようございます、バージル。相変わらずお早いですね」
「……一睡もしていないがな」
「え?も、もしや何か悩みでも?!」
「いや。外に出ていた」
「外に?」

夜中に外に出るだなんて何をしていたのだろう?そう思いまだまどろみの中にある思考を少しずつ無理をかけない様に働かせる。
そしてある答えに到達した。次の、第三の封印を解きに行って来たのだと。
そうであれば声を掛けて欲しかったと思い、胸の中がもやもやした何かで埋め尽くされていく。
バージルはベッド際の椅子に腰掛けるとむくれ顔のアスタの頭に手を置き、子供に対するそれの様に優しく撫でた。

「バージルの秘密主義者……」
「何を馬鹿な事を言っている」
「封印解除しに行くのなら叩き起こして下さっても良かったのに」
「あの状態のお前を連れて行った所で足手纏いにしかならなかったと思うが?」

そう言われてしまえばぐうの音も出ない。恐らく声を掛けなかったのはバージルなりの慈悲だったのだろう。珍しく掛けられたそれを考えればこれ以上何か反論しようとしたら切り刻まれるに相違ないと考えぐっとせり上がって来た言葉を喉奥で押し殺した。
その様を見たバージルはこれまた珍しく喉を鳴らして笑い声を溢す。

「何か嬉しい事でもあったのですか?」
「いや。なんでもない。……アスタ」
「はい」
「少し、眠る。膝を貸せ」
「? 私もう起きるのでベッドで眠られた方が……」

そういうよりも早く、バージルの目蓋はゆっくりと閉じられる。
幾ら彼でも一睡もしないというのは流石に堪えるらしい。アスタは笑みを溢しながらベッドを降り、バージルのコートを脱がせると体中の全筋肉を機能させてバージルをベッドに横たわらせた。
腕に抱えたバージルのコートをコート掛けに掛けようとした所でふと気付く。バージルの物ではない、でも悪魔の物でもない少しだけ異質な魔力が残っている事に。しかしアスタにはこの魔力に覚えがあった。これはあの時すれ違ったダンテの魔力だ。
とすれば、バージルはダンテに会えたのだなと思い、兄弟仲良く感動の再会でもしたのだろうと勝手の想像を思い浮かべる。事実を、二人の関係性を知らないアスタにはせいぜいそう考える位しか出来ない。

「……あ。袖、切れてる。後で繕っておかなくちゃ」

ソーイングセットなら有事に備えて持ち歩いているし、裁縫は得意な方だ。勝手に直すのは後でバージルに怒られそうだから彼に聞いてからの修復になるだろうけど。
アスタは自分の着替えを終わらせると先程までバージルが座っていた椅子に腰を下ろす。

「全く、仕方のないお人」

普段は触れる事が出来ない彼の髪にそっと、先程のバージルと同じ様に優しい手付きで撫でる。するとそれがくすぐったいのか僅かに眉間に皺を寄せて体を捩った。
まるで子供だ。体は大人のそれだが眠っている時だけは子供の様なものだとアスタは思う。そもそも彼は他人に無防備を晒す事はしないからこういう局面に当たるのはほぼ皆無なのだが。

「……かあ、さん」
「!!」
「俺は、……」
「……バージル」

急に「母さん」などと言うから驚いてしまったが、バージルがどんな夢を見ているのか想像しただけで胸が痛んだ。バージルは確かに自分の過去を多くは語らない。だが、大まかには自分の生い立ちは教えてくれた。それは自分の事を信頼してくれているからだとアスタは自負している。
バージルはあの日の事を自分の罪として受け止めているのではないかと思う。
母を、弟を助ける事が出来なかった自分の無力を赦せないから力を求めているのではないかとアスタは勝手に想像している。
それを口にしたら最後、首と胴体がこの世からおさらばする破目になるから口には出さないようにしているけど。
そっとバージルの大きく、華奢な手を取りアスタは両掌で優しく包んだ。

「バージル。私は貴方のお母様ではありませんが、ずっと、死ぬまで貴方のお傍に居れればと思っています。だって、一人で苦しんでいる貴方を放っては居られませんもの。どんなに貴方が嫌がろうが、私は……」

その後の言葉は黙殺する。これ以上の言葉を続けてしまえばきっと気持ちが暴走してしまうだろうから。自分自身の大切な目的すらも見失ってしまいそうだから。

「……私と言う女は、本当に駄目な存在みたいです。姉さん……」

嘲笑を自分に。天井を仰ぎながらアスタは溜息を吐いた。
明日からは残りの封印場所を探さなくてはならない。その為に少しでも英気を養い、技を磨いておかなくてはと。きっと何もしないままでいたらバージルは先に行ってしまう。それだけは嫌だから。
バージルの手をベッドの上に戻すとアスタは静かに部屋の外に出て行った。
少しでも手掛かりを得ておかなくては。その為にはアーカムから話を聞く必要がある。そう思って。
全ての封印を解くのに1年の時を費やす事になるとはこの時まだ誰も気付いてはいなかった。


2015/02/24